動揺
「ハサールとドルクが手を組んだらしい」
その突拍子もない噂がペルセポリスの商人達の口の端に上るようになったのは晩夏の頃であった。裏で糸を引いているのはもちろんドルクのビルジ皇子である。彼としては直接プレセンティナ首脳部に伝えたかったのだが、噂を流したのが彼だと分かれば欺瞞情報かと疑われかねなかったし、その情報がドルクに逆輸入されれば彼の立場を危うくしかねなかった。そこで彼は北アフルークの商人たちにリークしたのである。彼らはその特ダネを喜んでプレセンティナの商人に伝えてくれた。相手の興味を引く話題は商売の切っ掛けになるからだ。
だが北のアムゾン海の向こうの事情を南のメダストラ海の向こうから伝えられたプレセンティナ人達は、最初は全く信じなかった。その理由の一つは50万人規模という遠征軍の陣容があまりに現実味を欠いて見えたからである。
「しかし、ドルクならそれくらい集めかねないぞ。大戦になるかもしれない」
深刻ぶってそう評する者は馬鹿にされた。確かにドルクならそれだけの数を揃えることは出来るかもしれないが、問題はそれだけではないのだ。
「そうだな。で、あのドルク人どもが他人の土地で悪さをしないと? それをあのハサール人達が黙って見ていると? 賭けてもいいが、お前の言うとおり大戦になるだろう。ただし、ハサールでな!」
50万の大軍を遠征させることが出来たとしても、それほどの大軍をハサールと共存させられるとはとても思えなかったのだ。彼らはスラム系商人が吹聴するハサール人の高慢さと残虐さを(些か誇張されて)聞き知っていたし、ペルセポリスを包囲したドルクの大軍がホールイ3国でいかに振る舞ったかもよく知っていたのだ。
だが話がここで終わらないのが商人の商人たる所以である。
「仮にもしそうだとしたら……ハサールも来年は出稼ぎ略奪に兵は割けないな。プレイアダスの小麦がだぶつくぞ」
「そうか? ハサール人は食料はそんなに奪わないって聞いたぞ。だから小麦を売って金品に変えてるんだろう?」
「確かにそうだな。農民が金に困らないなら買い叩くこともできんだろう。売り渋って返って値は上るかもしれないなぁ」
「北アフルークの小麦を買い増すか? いやそれだけでなく、いっそ高値で買い集めてでもハサール人に売りつけるべきかもしれん。あっちは相場が上がりそうだから十分に元は取れるぞ」
「おいおい、ハサールに売ったとバレたらプレイアダスの連中が怒るぞ、毎年襲われてて恨み骨髄だろうからな。それにうちの政府も規制するかも知れん」
「いや、ハサールの相手はドルクだから政府は文句なんか言わんだろう。戦闘が始まれば同盟を結んで援軍を派遣するかもしれん。プレイアダスなんぞ知ったことか」
「ヘメタル同盟ってやつか? しかし、相手はタイトン人じゃないぞ?」
「ヘメタルだっていろんな異民族の国や都市も混じってたんだ。へメタルがゲルム人に滅ぼされる前から、俺達はとっくに混血しまくってたんだぜ?」
「マジか!? それなら俺は同盟を支持するね! ハサール人は知らんけど、スラム人の娘は色白の別嬪が多いらしいぜェ。しかもイゾルテ殿下みたいな金髪碧眼の娘も居るってよ。是非とも連れて帰って混血したいじゃねぇか!」
「おいおい、お前のかみさんはどうするんだ?」
「代わりに置いてこればいいさ。あいつも喜んで混血するだろうぜ」
「そいつぁ困る」
「なんでお前が困るんだ?」
「俺が自由に混血出来なくなるからさ!」
ワイフネタのブラックジョークは長期間家を留守にしがちな交易商人たちの伝統であった。そして高い確率で冗談にならないのがブラックジョークのブラックなところでもあった。
だが彼等の会話がもう一つブラックだったところは、噂の内容が事実だったことだ。実は前もって「ドルク軍が山脈地帯を越えてハサールに入り、幾つもの集団に分かれて北上していた」というスラム人の噂もアムゾン海側の交易商人を通して伝わって来ていたのだ。だがこちらの噂も単独ではあまりに信憑性が乏しかった。それに万が一噂が事実だとしても、ドルクがハサールに攻め込んだのだろうと思われていた。だが北アフルーク経由で流れてきた情報の中には「エフメトがハサールの姫を娶った」という情報などもあり、お互いに足りない部分を補完し合うと急速に現実味を持ち始めた。
50万という数字は一見信じがたいが、ドルクならその数を揃えること自体は不可能ではない。そして50万ともなると2m間隔で5列縦隊を縦列を作ったとしても200kmの行列が出来るのだ、軍を分割しなくては移動も儘ならない数である。そしてそのような大軍でもない限り、ハサール国内で軍を分割して行軍などさせないだろう。50万は大げさだとしても半分の25万は居ると見た方が良さそうだった。
そしてその規模の侵攻となると国境紛争どころではなくハサール全体を併呑する意図が見えてくるが、それならプレセンティナと直接交易しているアムゾン海沿岸のスラム人都市が1つも攻略されていないのは不自然であった。それにプレセンティナ海軍とてドルク―ハサール間の沿岸航路まで封鎖している訳ではない(それをするとハサールを敵に回すことになる)のだから、アムゾン海を渡った方が速いし楽だし上陸地点も自由に選べる。山道出口で待ち伏せされる危険に比べれば遥かに有利だし、補給路も確保できる。逆に山道で50万人分の補給を賄おうなどというのは余りにも無謀である。
ではなぜわざわざ山道を通ってハサールに入ったのか? 答えは2つしか考えられなかった。ハサールの意表をつくためか、アムゾン海を支配するプレセンティナの監視の目を避けるためだ。だがハサールの意表を突くのなら奇襲すれば良いだけでわざわざ政略結婚をするとは考えにくいから、プレセンティナの目を盗むためだったという方が蓋然性が高い。実際にプレセンティナは、ドルク軍がハサールに侵入して半年近くたった今になってようやく事態を深刻に受け止め始めているのだ、北アフルークからの情報がなければ来年まで気づかなかったかもしれない。
もちろん50万(?)のドルク兵が外国に入りながら大きな揉め事も起こさせずにいるというのは信じがたい事だが、ハサール騎兵ならば歩兵主体のドルク軍にとっては天敵のようなものでもあるだろう。ドルク兵も彼らの目の前で無茶は出来ないのかもしれないし、傍目にも危うく思えることなのだから両首脳部も腐心してコントロールしているのだろう。こちらから手を伸ばせればいくらでも諍いを起こすこともできそうだが、閉鎖的なハサールの内陸部のことには外国人は介入しようがなかった。
それに両者は利害が一致していた。ドルクがペルセポリスの(文字通り)厚い壁に業を煮やしているのは明らかであり、先年ローダスに攻め入ったように別の矛先を探している可能性は高かった。そしてハサールはハサールで旧アルテムス王国が欲しいのだ。
かつてホールイ3国の北、ディオニソス王国の東にあったアルテムス王国は、ハサールの侵攻によって約50年前に瓦解した。寄せては返す波のように、ハサール軍は領内に侵入しては略奪して帰って行った。王国軍が辛うじて都市を守ることしか出来なかったのはホールイ3国の母体となったユーステテア王国と同様である。だが、こちらはもっと始末が悪かった。彼等は簡単に自衛できてしまったのである、城壁で守られた大都市だけは。
ホールイ3国が相手にしたドルク軍とアルテムス王国が相手にしたハサール軍の大きな違いは、兵の数と攻め寄せる間隔と、そして攻城戦の能力だった。何年も間を置いて数十万という単位でウロパ大陸に攻め入って来るドルク軍は、その全てを養うために根こそぎ食料を奪い尽くそうとした。しかももともとペルセポリスを攻略しようとしている軍隊だから、都市部に立てこもって抵抗する各王国の軍との間で熾烈な攻防戦も行われた。
一方でハサール軍はせいぜい数万程度の騎兵が侵入したにすぎず、農村や城壁のない町だけを略奪して帰っていったのだ。大量の食料など行軍の邪魔でさえあるから、彼等の要求したものは金品だった。そして彼等は致命的なまでに攻城戦が苦手だった。彼等は攻城兵器を持たず、馬を降りれば集団戦の訓練を施された歩兵には全く対抗もできなかったのだ。だからあえて死命を賭してまで都市攻略には拘らなかった。おかげで大都市は、農村部から兵をかき集めなくても自衛できてしまったのである。
そのためアルテムス王国は二つに割れた。自衛が可能な都市と置き去りにされた農村に、農村経営を基盤とする領主達と都市だけで生きていける都市市民達に。各主要都市は領主を追放して独立自治を宣言し、王都マイラでは革命が起きて共和制都市国家となった。王政から共和制への革命というと、初期へメタルのように王の専政に対する反感から市民(へメタルの場合は貴族だったが)がクーデターを起こしたように思えるが、要するに自分の収入源である農村部をなんとか取り戻したい勢力が、「外のことなど知った事か」という都市市民に実力で負けたのである。
こうして旧アルテムス王国は崩壊して無主の土地となった。ただし、マイラを含む7つの都市国家が緩やかな連合を組んでプレイアダス7都市連合を名乗っている。彼等は城壁の外は外国であると嘯いてハサールによる農村の搾取を傍観し、それどころか片棒を担いでさえいた。ハサールによる搾取はもはや事実上の貢納関係となり、ハサール騎兵は毎年戦闘も略奪も行うことなく村の外に置かれた貢物を受け取って、領収書代わりの旗を立てて去って行くのだという。だから農村ではどうしても農作物を金品に変える必要があり、そのためには国外にまで販路を持った大都市の商人に売る必要があった。プレイアダスの商人たちはその弱みに付け込んで、買い叩いては巨利を得ているのだ。そして勿論、その主な輸出先の1つはプレセンティナであった。
置き去りにされた農村部はいかにも征服して下さいと言わんばかりではあるのだが、ハサールが怖くておいそれと征服できないのはホールイ3国と同様である。それどころかアルテムスの西にあった数々の小国も、寄らば大樹とばかりに更に西のディオニソス王国の属国に成り下がった。これがディオニソス辺境諸侯領である。彼等はハサールの手がこれ以上延びないことを祈りながら、イザという時にはディオニソス王国が助けてくれるという夢にすがっているのだ。
一方長年その状態を続けてきたハサールがなぜ今になって旧アルテムス王国を欲するのかというと、それは人口問題である。彼等はかつてスラム人の諸都市を攻略しハサール・カン国を建国したが、その戦いの過程でただでさえ多くなかった人口が激減してしまった。だがその後支配下に置いたスラム人からの安定した食料供給によってハサール人の人口はみるみる回復し、今では50万(注1)を越えるほどになった。だが、これ以上の人口増加を目指すには現在のハサール領だけでは足りないのだ。食料供給はそれほど逼迫してはいないのだが、より深刻なのは放牧地の確保である。ドルクのように遊牧生活を放棄すれば幾らでも養うことは出来るだろうが、そうすれば民族の結束を失って人口で敵わないスラム人を始めとした農耕民族にあっという間に飲み込まれてしまうだろう。彼等の支配下にあるスラム人だけでも300万人以上はいると推計されているのだ。彼等はそれを恐れるからこそ、決してスラム人をはじめとした異民族と血を交えようとしなかった。例外はニルファルのように国外に嫁がせる場合だけである。
しかし旧アルテムス王国領を完全に併呑するためには、プレイアダス7都市連合がまるで魚の骨のように邪魔だった。そこでドルク軍に各都市を攻略させようというのだ。
御前会議を招集したルキウスは、その冒頭で前もって分析した情報を皆に開陳した。もちろんハサールの思惑の全てを察することは出来なかったが、半ば制圧下においている旧アルテムス領を完全併呑したがっているのは当然のように思えた。そしてハサール騎兵の機動力とドルク軍の攻城戦能力が理想的に組み合わされれば、それがどれほどの脅威となるかは容易に想像がついた。そして北アフルークからの噂通りドルク軍を率いているのがエフメト皇子であり、プレセンティナへの復讐に燃えているのであれば、その最終的な目的地は当然ながらペルセポリスだと考えられた。そしてその進路上にあるホールイ3国も無事では済まない。同盟が締結されればプレセンティナ陸軍はホールイ3国を守るために戦わねばならないのだ。それはつまり、数十万のハサール・ドルク連合軍をペルセポリスの城壁の外で迎え撃たなければならないと言うことである。
「不可能だ。どう考えてもホールイ3国など守り切ることなど出来るはずがない。ペルセポリスに籠城すべきだ」
苦り切ったコルネリオの独白は、御前会議の一同の気持ちを代弁していた。ただ一人、イゾルテを除いて。
「確かに、数でも機動力でも我らに勝ち目はありません。ただしそれは、陸軍だけなら、です」
一同の視線が彼女に集まった。深刻そうな彼らを安心させるため、彼女はにっこりと微笑んだ。
「彼らがペルセポリスを目指すというなら、アムゾン海に沿って行動することになるでしょう。つまりは我が海軍の手の内ということです。
我らは船を使い彼等の側背を扼すのです。もちろん、キメイラを用いて。キメイラを海上輸送することは以前から懸案になっていました。この期にその準備も整えておきましょう。
それにスラム人も利用します。彼等に武器を与え、沿岸都市に防壁を築き、彼等の独立を支援します。クレミア半島などは地峡さえ塞いでしまえば丸ごと奪えるでしょう。そうすればハサール騎兵は国元に帰らざるを得なくなります」
「なるほど……」
そもそも100年以上も国外に陸兵を送り込んだことがなかったプレセンティナには、海軍の軍艦に陸兵を移送させるという考え自体が無かった。まして機動的に運用することで有利な位置を確保しようなどとは考えが及ぶはずもなかった。さらには敵国内で動乱を扇動しようなどとはあまりにも悪辣な発想である。それを妖精のような少女がにっこり微笑みながら言うのだから更にタチが悪い。だがその有効性は疑う余地がなかった。
「ディオニソスの辺境諸侯も煽りましょう。これを期に、ディオニソスから離反させてヘメタル同盟に参加させるのです」
さすがにそれはどうかと、ルキウスが反対した。
「待て待て、それではディオニソスを敵に回すのではないか?」
「確かに反感は買うでしょう。ですが、具体的な行動には至り得ません。そもそもディオニソスは辺境諸侯を庇護する立場にあるのですから、そのために軍を差し向けねばなりません。それを怠るからこそ離反されるのです。我々に手を上げるくらいなら辺境諸侯に援軍を送るでしょう。その場合辺境諸侯は同盟に参加しませんが、今回の戦い自体はむしろ有利になります」
それはとても陰険な策であった。そもそも敵がペルセポリスを指向する以上、辺境諸侯は当面は安泰である可能性が高いのだ。だが「煽る」という以上、彼女はその情報だけは伏せるつもりなのだろう。あるいはバレた時のために将来の危険性も同時に説くのかもしれないが。
「ディオニソス王国が援軍を出せば、王国と辺境諸侯の結束が固まるぞ? そうなれば我らの同盟は一歩後退することになる」
「それは後の事です。それにその時は、ディオニソス王国それ自体がハサールを脅威と思うことでしょう。まとめて同盟参加を画策すれば良いことです」
「…………」
そんな事ができるのだろうかと一同は疑問に思ったが、転んでもタダでは起きないのが彼女である。ローダス防衛では東メダストラの覇権を確立し、数カ月前のドルク軍の侵攻で勝ったことで、返ってホールイ3国を傘下においてしまった。だからこの戦いに勝つことができればディオニソス王国ですらどうにかしちゃいそうに思えたのだ。それに最初は絶望的に思えたこの戦いも、彼女の言葉を聞いている内になんだか勝てそうな気になってきているではないか。
「私は明後日にはホールイ3国に向かうことになっております。まずは彼等にこの情報を伝えて準備を促しましょう。その間にプレイアダスにもつなぎを取って下さい。その足でマイラに向かいましょう。そしてメロピーにも」
「マイラはともかく、メロピーにまで行く理由があるのか?」
「ディオニソスの辺境諸侯と会談します。それには一番西のメロピーが最適かと。現段階で辺境諸侯領にまで入れば、ディオニソス王国に反感を持たれるかもしれませんので」
ルキウスは静かに頷いた。
「良かろう、西の同盟交渉に関してはお前に一任しよう。その間に我々はスラム人への支援の準備する。それに兵糧の準備だ、場合によっては旧アルテムス全土の農地を焼かねばならん」
「「全土……!?」」
イゾルテも含めて一同はルキウスの言葉に驚いたが、彼女だけは2重の意味で驚いていた。恐らくルキウスは彼女がそう言い出すことを予期して、彼女に責任を負わせまいとしたのだ。考えてみれば農地を焼くのは防衛線の基本戦術だ。プレセンティナだって籠城前に散々やってきたことである。スケールこそ大違いだがルキウスにも経験がある事だったのだ。
「此度は略奪ではなく征服に来るのだ、金品だけでなく食料も奪うだろう。恐らくは収穫前か収穫直後に農地を抑える気であろうが、収穫させては敵を肥え太らせるばかりだ」
だが列臣の中にはまだ納得出来ない者もいた。
「しかし、それでは現地の民が生きていけません!」
「だからだ。だから我らが事前に食料を準備する必要があるのだ。ありったけの食料をプレイアダスに送りつけ、周辺の農民を収容する必要がある。併せて国外に避難する者を受け入れる体制も必要だ。イゾルテ、ディオニソス辺境諸侯とホールイ3国にはこれも要請しておきなさい」
イゾルテは目を閉じて喜びを噛み締めていた。理性的に焦土作戦を選びながらも、徒に民の命を犠牲にしようとしない彼らの言葉が嬉しかったのだ。それは、皇帝から奴隷に至るまでが力を合わせねば生き残れなかったプレセンティナならではのことかもしれなかった。だが、それでは足りないのだ。
「分かりました。ハサールに関しては彼等も他人事ではありません。それにホールイ3国は人手を欲しているはずです。難民の受け入れにも納得してくれるでしょう。辺境諸侯の方も、食料の供出に協力してくれるかもしれません。ですが……私はプレイアダスからも退去させるべきだと考えます」
「何? 彼らに長期間抵抗させた方が戦略上優位になるぞ? 7都市合わせれば20万から30万のドルク軍を拘束できるだろう」
ルキウスの言うことは間違いではなかった。ただし、それが可能ならばの話だ。
「……プレイアダスはプレセンティナではありません。50年もの間ハサール騎兵しか見ていない彼らが、ドルク軍とまともに戦えるとは思えません。言わば、士官と予備役兵を使わないで常備兵と義勇兵だけで籠城戦をするようなものです。的確な指揮もなく、僅かな精鋭と碌に訓練もされていない者達だけで長期間守り切れるとは私には思えません。まして農民たちは商人たちに反感を抱いていると聞きます。そのような不和を抱えて長期間籠城することなど不可能です」
そう言われてみれば、まさしく籠城戦の反面教師のような存在だった。物心が付く前から籠城戦の心得を聞かされるようなプレセンティナ人には、逆に想像を絶するほどの無防備さである。
「……なるほどな、確かにそれは盲点だった。しかし彼らが簡単に都市を捨てるだろうか? 敵を甘く見ていればこそ、簡単に避難するとは思えないぞ」
「そうです。ですが彼らが如何に幼稚であろうと、自分の選択の責任は自分で負うべきです。プレイアダスは退去勧告だけして放置し、農村の説得を優先すべきだと思います」
退去を薦める以上、支援もしないという事でもある。それは事実上プレイアダスの市民を見捨てるという言葉だった。ひょっとするとイゾルテは、支援しない口実として退去勧告をしようと言っているのではないかと疑う者さえいた。
一同が息を飲むのを見て、ルキウスは密かにため息をついた。こうならないために彼女に先んじて焦土作戦を指示したのに、結局彼女が悪名を残すことになってしまったのだ。だが彼女の意見に反論を許す隙は見当たらなかった。
「良かろう、お前の案を容れよう。だがそれは私の判断だ。お前の功績とはなっても、お前の罪ではないのだからな」
注1 チンギス=ハーン時代のモンゴルの人口は70万人程度だそうです。ならハサールが50万もいたら大したもんです。
神&国(都市)の元ネタについては……
マイラ=マイア プレイアデス7姉妹の長女で、何気にヘルメスの母ちゃんだったりします。
メロピー=メロペー プレイアデス7姉妹の末娘。姉妹の中で一人だけ人間と結婚して、不死性を失って死んじゃった、割りと普通の人。……なんで結婚するだけで死ぬようになるのか良く分かりませんが。
今更なんですが、エフメトは山道を通らなくてもカスピ海(っぽい湖)を渡れば良かったのではないかと気づきました。「カスピ海(っぽい湖)には大きな港がない」ということにしておきましょう。うん、そうしましょう。




