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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第5章 同盟
73/354

漏洩

多のか少ないのか分かりませんが、累計PVが10万に達しました。

同時に1日あたりのPVが5000を越えました。どこかの掲示板にでも載ったのでしょうか。

あるいはエタったと思っていた方々が、更新に気付いてまとめて読んだだけかもしれませんが。

 ベルケル暗殺の真犯人であるエフメトは、ユイアトがビルジを暗殺しかけた事など知らずに新妻と共に呑気に象の背に揺られていた。結婚以来着飾るようになったニルファルは、エフメトに肩を預けて……というか、半ば胸に顔を埋めるようにして手紙を読んでいたが、突然顔を上げた。

「エフメト! 狩りに行こう!」

「狩り?」

「次の宿営地の近くにオジ上の狩場があるんだ」

「どのオジ上だ?」と、口に出しかけたエフメトは思い直して口をつぐんだ。ニルファルの叔父(伯父)は父方だけで6人、母方で9人。義理の母(可汗の他の妻)の兄弟も含めれば……まあ、とにかく大勢いるのだ。大叔父(大伯父)をオジと言っている可能性も含めると100人を越すかもしれない。だから名前を言われても、エフメトには誰が誰やら分からなかった。

――後で領地と名前の対応表を調べておこう……


 領地と言ってもハサールでは、遊牧のテリトリーや徴税権のテリトリー(対象区域のスラム人から税金を取る権利)など、分野ごとに別々に区割りされていて複雑である。しかも一部は季節によって変わるので更に頭が痛い。ドルク人にはなかなか理解も把握もし難い制度だ。


「だが次の宿営地には長居しない予定だぞ。俺達が長逗留すれば後続の者たちがすべて難渋することになる」

ドルク軍は10分割されて行軍しているので先頭の彼らが予定を変更すると後続に連絡しなくていけないのだが、最後尾は遙か400ミルムの彼方であった。連絡が行き届くまでに時間がかかりすぎるので、先頭の彼らは雨が降ろうと槍が降ろうととにかく予定通り進まなくてはいけない。だが彼女は諦めなかった。

「軍は先に行かせれば良いじゃないか。なぁ、行こう! 狩りだぞ、狩りぃ~!」

彼女はそう言いってエフメトの胸をツンツンとつついた。


 エフメトは脂下(やにさ)がった顔で「どーしよーかなー」と脳天気に呟きながらも、内心では別のことを考えていた。

――確かに一度、ハサール騎兵の実力を見ておく必要もあるなぁ

だがそう思いつつも自分の軍と離れることは若干の不安が残った。彼はまだハサール人社会の人間関係を把握したわけではない。というか、系図を覚えるだけで一苦労だった。いまのところほとんどの人々には好意的中立な立場と認識されているとは思うのだが、若い男からは(ニルファルの関係で)恨みを買っている可能性も高かった。もっとも、もはやハネムーン状態の2人を見れば、どこにも割って入る隙がないと誰にでも分かるだろうけど。そんなことを考えながらニルファルの尻を撫でると、彼女は真っ赤になって彼の手を(はた)いた。

「痛っ」

彼女は膨れてみせたが、彼にはその姿がたまらなく愛おしかった。

――夜と昼のギャップがたまらんなぁ。昼のニルファルは初心なところがいい。

そして彼女の夜の(かお)は、エフメトの他にはいつも聞き耳を立てている可汗の密偵しか知らないことだ。

――あれっ? ということは、可汗も知っているということか? ……マズいぞ、可汗に恨まれてるかも。いやいや、何れにせよニルファルが一緒にいる限りは大丈夫だ!

結局エフメトは狩りに出かけることに決めた。


「良し、では勢子だけ連れて行くか」

「せこ? せことは何だ?」

「勢子を知らんのか? 勢子無しでどうやって狩りをするんだ?」

二人は目を合わせるとお互いに首をひねった。

「せこが何かは知らないが、こう、馬の上から草原を見渡して獲物を探し、追いかけて矢を放つだけだぞ?」

「そうか、自分で探して追いかけるのか……実にハサールらしいな」

彼の感想にニルファルはますます首をひねった。

「またエフメトは妙な事を言う。探したり追いかけたりしなくては狩りにならないだろう?」

「下々の者はともかく、王侯は勢子に獣を追い立てさせるのだ。太鼓なんかを叩いてな」

だが彼女はまだ不思議そうに首をひねった。

「狩りのために? わざわざ?」

「逆だ。王侯がわざわざ狩りに行くんだから、下々の者にそれくらいはさせるさ。一匹ずつ探すのと違って次から次へと獣が出てくるぞ」

「なるほど、それは確かに面白そうかも……!」


 弾んだ声を出すニルファルに目を向けながらも、エフメトはドルクとハサールの違いに考えを巡らしていた。

――そういえば、ハサール人は町作りどころか家すら作らないのだったな。家族とか血族以上の単位での集団労働に縁がないのか……?

正確には(パオ)と呼ばれる天幕――というか組み立て式の家は自分たちで建てるのだが、それは基本的に家族だけで手は足りる。農耕をしないので水害にも鈍感だし、草原を走り回るので街道も作らない。間違っても町なんか作らないし、当然ながら城壁も作らない。軍事行動以外はほとんど集団行動と無縁なのだ。

 そのため両者はマンパワーに対する感覚があまりも隔絶しているようだった。ドルク人は支配下の異民族(というかドルク人もだが)を労働力として徴用しては、町を作り、道を作り、(つずみ)を作って来た訳だが、ハサール人は支配下のスラム人をほとんど放置している。自治をさせ、貢納させるだけで、自分たちの生活に組み入れる訳でもなく、彼らを指揮して何かを作ることもない。ドルク人の感覚ではスラム人を招集して勢子として使うところだが、ハサール人は狩りという生活の一部にスラム人を関わらせたくないのかもしれない。そもそもスラム人を一人も奴隷にしていないところも理解し難いが、それも遊牧生活に付いて来れないからであろうか。

 そう思って振り返ってみれば、ドルクなら必ず橋があるであろう所に橋がなく、馬に跨ったまま川を渡らされたところが何箇所もあった。エフメトは象に乗っていたので問題なかったが、後続の歩兵達は全身びしょ濡れになっていた。

――手が足りていないのか? それとも、スラム人が連携して叛乱しないようにわざとインフラを整備しないのか……?

もしそうであれば、ハサール西部にも橋のない川が幾つも存在することになり、来春タイトンへと攻めこむ時に、冷たい川を渡河する必要が出てくる。

――早いうちに橋を掛けた方が良いな。橋を作られては困るというなら、浮き橋を用意しておこう。



 さすがに象に乗って行くのは憚られ、狩場には二人共馬に乗って向かった。エフメトもニルファルも馬に乗るのは久しぶりだった。

「ファル、大丈夫か? 傷痕は痛まないか?」

「傷痕? 何の話だ?」

「俺が付けた傷の話だ。あの夜痛い痛いと言っていたではないか」

「……!」

ニルファルがムチを振り上げる前に、エフメトは笑いながら馬の腹を蹴って逃げ出していた。

――似ている。こういうところは私の父上にそっくりだ!


 勢子役のドルク兵達が小さな山の裏手に回りこんでいる間、まずはニルファルがハサール式の狩りを見せてくれた。

「まずは私の番だ! ちょうどあそこに獲物がいる!」

そういって馬を駆けさせる彼女をエフメトが温かく見守って――いようとしたのだが、どんどん遠くに駆けて行くので慌てて彼も追いかけた。1ミルム半程も駆けてようやくニルファルに追いつくと、得意満面の彼女が草原狼を一匹仕留めていた。

「どうだ、エフメト。一射で仕留めたぞ!」

エフメトは舌を巻いた。

「ファル、お前……目ぇ良すぎだ!」

確実にドルク人にはマネの出来ない狩りの方法だった。それに全然集団行動じゃないのでハサール騎兵の実力はあんまり分からなかった。

「ファルが異常に目が良いことと、騎射が上手いことだけは分かった。正直な話、ファルはハサールの中でどれくらいの実力なんだ?」

「遠乗りは上の上だぞ! だけど総合的には上の下くらいだな、私は強弓が引けないから」

「なるほどなぁ」

――つまりは、優秀は優秀だが、同レベルの騎兵はいくらでもいるということか。個々の兵の力としてはすさまじいな。しかし問題は軍としての能力なのだが、これは実戦まで確かめようがないか……


 そうこうするうちに勢子達が山をぐるりと囲んで配置に付くと、ニルファルの叔父(普通に実母の弟だった)の部族から借りてきた太鼓やラッパや笛みたいな鳴り物を使い、どんどんがんがんぴーひゃらぼぇ~っと騒ぎ始めた。するとそれに驚いたイノシシや鹿や兎が麓に陣取ったエフメト達の前に次々と飛び出して来たではないか! ニルファルは嬉々として矢を放ち、次々に獲物を仕留めていた。

「おお、凄いぞエフメト! もう狼を5匹も仕留めたぞ!」

「……そうか、喜んで貰えて何よりだ」

何故に狼が優先なのかはエフメトには全然分からなかったが、馬にまたがって矢を放つ彼女は活き活きとしていて、彼女本来の野性的な魅力に溢れていた。

――でも、幾ら野性的でも狼は食べないよな……?

エフメトはちょっと晩飯のメニューが心配になった。

 彼らの後ろでは、ハサール人達がニルファルが撃ち漏らした獲物たちを思い思いに狩っていた。それを見ていると、群れを追った者達は自然と隊列を組んで獲物を半包囲して仲間の元に追い込んでいた。

――ほう、よく訓練されているな。……いや、ひょっとしてあれは羊を追い込む時の動きなのか? 『ヤー』とか『ホー』とかいう掛け声で、部下に動きを指示しているのか!?

それは驚くべき事だった。つまりハサール騎兵は5人に1人くらいは小隊指揮官になれるということなのだ。いや、生活の一部として全ての者が羊の追い方を学んでいるはずだから、熟練度は違うとしても全てのハサール騎兵が士官教育を受けていることになる。いざとなれば誰もが小隊指揮官になれるのだ。適当に狩り集めてきた雑兵たちに言うことを聞かせるため、士官が声を枯らさなければならないドルク軍とは訳が違った。

――これは……強いはずだ!

ドルク軍50万を集結させることが出来ても、平原で戦えば10万のハサール軍に潰走させられるだろう。そして追撃を逃げ切れるのはせいぜい数万だ。だがそれゆえに弱点も分かった。平原でなければその強さは発揮できないということだ。一歩でも遊牧生活から離れた戦場では、その練度の高さが逆に仇になるだろう。だからこそ都市攻略のためにドルク軍を受け入れたのだ。

――早い内にドルク軍らしいところを見せる必要があるなぁ。でもしばらく戦いは無いし……。困ったな、橋や浮き橋を作るくらいしかないぞ。

だがエフメトは気付かなかったが、この勢子を使った巻狩りはハサール人達に大好評だった。そしてニルファルの叔父が「一日で鹿とイノシシを4頭ずつ、狼3匹と兎を2羽仕留めたぞ!」とわざわざ手紙を書いて自慢しまくったので、「ドルク人は面白いことを考えるなぁ」とハサール人社会で評判になった。おかげでエフメトはこの後、通り道の領主達に何度も狩りに誘われることになるのだった。


 ちなみに晩飯にはニルファルが手ずから作った肉ばかりのごった煮シチューが出された。エフメトはハーブ臭くて堪らなかったが、我慢して口に入れてみると意外と美味しかった。

「これは何の肉なんだ?」

「うん? どれだ?」

「……どれって、シチューしかないぞ?」

「だから、シチューの中のどの肉のことだ?」

「……色々入ってるのか?」

「うん」

ニルファルは木しゃもじでひとつひとつ肉を指し示した。

「これが鹿で、これが猪、こっちが兎で、これが狼だぞ」

「意外と食えるなぁ……狼も」




 真犯人のエフメトが呑気に狩りに興じていた頃、濡れ衣(?)を着せられたビルジは追い詰められていた。ユイアトの決死の一撃は確かにビルジの頬に傷を1つ残したに過ぎなかったし、刃には毒も塗られていなかった。だが別の猛毒がビルジの致命傷になりかけていた。多くの者の面前でビルジがベルケルを殺したのだと告発されてしまったのだ。

――まさかあのユイアトにあのような事が出来るとは……!

ユイアトがベルケルの影武者をしていることはビルジも聞いていたが、冴えないユイアトでも人形くらいにはなるのだろう、という程度にしか思っていなかった。だが彼はベルケルの仇を討つために自ら顔を焼いてビルジの隙を狙ったのだ。

――くそっ、これでベルケル派の取り込みは不可能だ!

 ベルケルに暗殺者を貼り付けたマフズンに八つ当たりしたいところだったが、ビルジが首の皮一枚繋がっているのもとっさにトユガルの身柄を押さえたマフズンの功績だった。彼が懐に忍ばせていた告発文を手に入れたお陰で前後の事情が全て分かったし、告発文その物を握りつぶすことも出来た。

 告発文によればベルケルが暗殺によって倒れたことは明らかであった。恐らくは連絡が取れなくなったという暗殺者が誤って殺してしまったのだろう。現場は相当な混乱であっただろうし、ベルケルが魔女を一旦は射殺したということだから、一兵士の視点からは勝敗が定かではなかったのかもしれない。そして暗殺を悟ったユイアトはビルジに復讐するために今回の事件を起こしたのだ。

 しかし告発文は握りつぶせても、ユイアト自身が口にした言葉は今更取り消すことなどできない。その言葉を聞いたものは皇帝を始めとした貴顕達であり、おいそれと口をふさぐことも出来ないのだ。噂はあっという間に広まるだろう。恐らくは、満身創痍の体を押し自ら顔を焼いてまで「主の仇」を討たんとしたユイアトに多くの同情が集まるだろう。そして彼の忠義を褒め称えた人々は、返す刀でビルジを悪し様に罵るのだ、「兄を暗殺した卑怯者」として。

 ビルジはエフメトが国を空けている間に国内を固めなければならなかった。だからこそベルケルに逆転の機会を与えて都から遠ざけたのだ。だというのに今彼は、ベルケル派を取り込むどころか、自らの派閥すら割りかねない危機に陥っていた。暗殺したと言われること自体は構わないのだ。そのつもりだったからこそ、ベルケルが「勝った場合は」殺せとマフズンに命じたのだ。そこまでする男だと畏れられることは、皇帝を目指す上では決してマイナスにはならない。味方からは返って頼もしく見えるほどだ。だが、下々の者に罵られるようでは話は180度変わってくる。同じように嫌われるのだとしても、畏れられるのと軽蔑されるのとでは雲泥の差なのだ。彼としては、ダメージを最小限に留めるために何らかの手を打たねばならなかった。


 「ベルケルは戦死した。ユイアトは勘違いしたのだ」という主張は、遺体に刺さった矢の存在が明確に否定するだろう。ビルジ自身、自分の暗殺命令によって死んだのだと思っている。だが正直に「勝った時にだけ殺せと命じたのに、暗殺者がうっかり殺しちゃったんだ」と言うことは更に有り得なかった。暗殺命令を出したことに変わりないというだけでなく、配下をコントロールし切れなかったことを満天下にさらけ出すことになる。ただでさえ軍事的な能力に疑問を持たれる立場なのに、配下を掌握する力を疑われ暗殺すらまともに出来ないのだと思われては、すでに支持を取り付けた者達からも見放されかねない。彼は別のストーリーを用意しなくてはいけなかった。


 「何者か」がビルジを暗殺した。その「何者か」はユイアトに犯人はビルジであると信じさせ、仇を討つように使嗾(しそう)した。ユイアトもビルジも等しく被害者なのである。真犯人は誰だ?


 答えは2つしかない。「魔女」か「エフメト」だ。


「エフメトだ。エフメトの陰謀なんだ!」

図らずも彼が真相を言い当てたのは、合理的な推理によるものではなく合理的な計算によるものだった。犯人が魔女だという方が国民を納得させられる可能性が高いことはビルジにも分かっていた。実際にエフメトもベルケルも魔女によって痛い目に遭っているのだ、魔女の恐怖は既にひとり歩きしている。だがそれではビルジにとって何の利益にもならない。それどころかエフメトが本当にペルセポリスを落としてしまったら、ヒシャームに加えてベルケルの仇まで討ったことになってしまう。更にはビルジ自身も魔女に暗殺されかかったということになるから、エフメトに恩を売られることになる。そうなったら、たとえそれまでにビルジが皇帝に即位していたとしても、簡単に追い落とされかねないではないか……!


「噂を流せ、エフメトがベルケルを暗殺したのだと。ユイアトを騙して俺を殺させようとしたのだと」


もちろんそれで全て済むなどとはビルジも思っていない。


「それと、北アフルークの商人を使ってプレセンティナにリークしろ。エフメトとハサールの動きを出来る限りだ」


これは万が一にもエフメトにペルセポリスを落とさせないための策だ。スラム系の商人あたりからハサールとドルクが何かをしているという情報は流れているだろうが、ドルク軍をすんなりと通過させ、一緒になってタイトンに攻めこむというのは簡単に想像できる話ではない。さすがのプレセンティナも対応が遅れるかもしれなかった。だが今の内に教えておけば随分と話が変わってくるだろう。アムゾン海の北から攻めてくるとなれば当事者はプレセンティナだけではないのだから、魔女ならなんとかしてみせるだろう。そうでなくても、その注意は北に逸れるはずだ。


「もう一人、遠くまで使いを送るぞ。西の果てまでだ」


ビルジは軍を率いた経験はないが、彼にも軍を動かすことは出来る。それにペルセポリスを最初(◆◆)に攻め落とすのは、何もドルク軍でなくても良いではないか。


――それにもう一つ駒を処分する必要がある。折角騒ぎを起こすのだ、処分する駒もせめて有効に使ってやろうではないか。

それは処分される本人達にとっても本懐であるはずであった。彼らの失態がビルジを追い詰め、エフメトにも皇帝にも暗殺という手段を使えなくなってしまったのだから。自らを活かす最後の機会を与えられて、彼らはビルジに感謝すべきだった。

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