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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第5章 同盟
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復讐

予約投稿してたので宣伝するのを忘れてましたが、感想欄の方にイラスト(というか5コママンガ)を頂きました。

いつか猫缶も出すかもしれません。食べるのはきっと学者かエロイーザですが。

 トユガルはペルセポリスに戻ると「ユイアトの遺体をベルケルだと偽った」ことを謝罪し、その返還を求めた。その報告は担当者から順々に上司に報告されて行ったが、すでに一件はイゾルテの手を離れており彼女に報告が届くことはなかった。ルキウスは即座に返還を決め、既に身代金の受領が済んでいた二人の高級士官と共にドルクへと送り出された。まだガルータで治療を受けていた解放済みの捕虜達も合流し、数ばかりは20名ほどに増えた敗残兵の群れは主の塩漬けの遺体を牽いて再びベルケル(偽)となったユイアトの元へ向かった。


「ベルケル様、ご無沙汰致しております」

「久しいな、トユガル」

頬の張りには慣れたのか、それとも特訓でもしたのか、ベルケル(偽)は以前の通り自信ありげな声音で喋った。

「まだ火傷が癒えぬのでな、しばらくは包帯が取れぬ」

言葉の通り彼は以前にまして包帯まみれになっていた。特に顔は念入りに焼いたため、完全に包帯に埋もれていた。

「部下たちは知っているのか?」

「知っているのは私を含めて3人だけです。それとあなたの治療を行った者たちですね……」

トユガルの声に剣呑な響きを感じ、ベルケル(偽)は不自由そうに首を振った。

「彼らは知らぬ。うっかり小火(ぼや)を出した私の治療をしただけだ」

「……あなたがそうおっしゃるのなら、そういう事にしておきましょう」

一行は馬車を仕立てると一路帝都へと向かった。



 ベルケルが生存していて帝都に向かっているという連絡は、駅伝網に乗せられてビルジの下に届けられた。

「何、兄上が生きていただと? 本当か、本当に生きていたのか!? 良かった! 本当に良かった!」

飛び上がらんばかりに喜んだビルジを見て周囲の者たちは訝しんだ。ビルジがベルケルを嫌っていたのは公然の秘密だったからだが、その喜びは演技ではなかった。

――我が手の刺客が誤って殺したのかと案じていたが、そうでなくて良かった。こんなことで元締めを処分してしまったら、本番で使えないからな。

 ひとしきり喜んだビルジは、気持ちを切り替えて次の策に打って出た。生きているのなら利用できる。いや、是非とも利用しなくてはならなかった。

「饗応の用意をしろ。失意の兄上を慰めて差し上げねばならん」



 帝都に入ったベルケル(偽)は、ひとまずベルケル(本物)の館に入った。館と言ってもイゾルテの離宮よりよほど大きい。女達の住まうハーレムまで付いているのだから当然ではあるのだが、残念ながら今のベルケルはそこに立ち入ることは出来ない。戦を終えたベルケルがハーレムに立ち寄らないのは不自然だったが、火傷は丁度いい言い訳になった。だが館で彼を待っていたのは女達だけではなかった。

「ビルジ殿下が御慰労申し上げたいとのことです。ささやかながらも宴の用意が整えてありますので、ビルジ殿下の館までご足労頂きたいとのことです」

その使者の口上は、トユガルからベルケル(偽)へと伝えられた。


「これは好機です。酌でもしに近寄ったところを始末しましょう」

トユガルは暗い笑みを浮かべたが、ベルケル(偽)は首を振った。

「忘れたのか? ビルジは兄の暗殺に失敗したのだ。少なくともヤツ自身はそう思っている。再びその手段を用いるのに躊躇などないだろう。羽交い締めにされて毒でも飲まされれば、それで終わりだ」

「では如何されるのですか? ビルジの手を警戒していては、こちらの手も奴の首に届きません」

「……一つだけ、我らの方が有利な点がある」

「何でしょうか?」

「死を決しているという点だ。生き残る必要がない我々なればこそ、打てる手がある」

「…………」

「謁見の間で殺すのだ。陛下の御前でヤツに俺の顔を(あらた)めさせる。そこをグサリと一突きだ」

「ですが、謁見の間では帯剣できません。武器を持ち込もうとした事が発覚すれば、あなたの正体まで疑われかねませんよ」

「これはもともと陛下から賜った剣だ。此度の敗戦の責を取ってこれを御返し申し上げる。そう言ってこれを近衛どもに見せれば、返って身の証にもなるだろう」

「なるほど……」

「ただし我々も、主張を告げる間もなく殺されるかもしれない。書面を用意して欲しい。ベルケル殿下(本物)が、いかに無念に亡くなられたのかということも含めて」

「……畏まりました。ではビルジにはこう伝えましょう。『戦の顛末を報告するまでが戦だ、饗応はありがたいがその後にして欲しい』と」

「良かろう。それと顔を検めさせるにはまず顔を隠さねばならん。大至急仮面を用意してくれ」

『傷が痛む』と嘘をついて仮面が出来上がるのを待ち、それを身に付けて宮殿に参内したのはそれから2日後の事であった。



「此度の敗戦、まことに申し訳ございません」

参内したベルケルは声の調子こそ以前のままであったが、その姿は変わり果てていた。まともに歩くことすら覚束ない様子で、謁見の間にも側近の一人に肩を支えられて入ってきた程だ。だがビルジの進言で特別に用意された椅子に座ると、その側近は渋々主から離れて後ろに控えた。

 さすがのウラトも気遣わしげに優しい声をかけた。

「戦の仔細については既に聞き及んでおる。今は傷を癒すことに専念せよ」

「ありがたいお言葉ですが、私も武人の端くれです。自ら身を処したいと思います」

ビルジはそれを聞いて飛び上がらんばかりに驚いた。それでは取り込む前にベルケル派が割れてしまう。

「いけません! 敗れたからこそ、兄上の力が必要なのです!」

ベルケル(兄)は静かに首を振った。

「何れにせよこの体だ。しばらく身を謹みたい。陛下、頂いたこの剣をお返しします」

「……そうか、ではひとまず受け取ろう」


そして沈黙が訪れた。


「……あのぅ、玉座に近づいても宜しいので?」

「うん? やけに殊勝なことを言うから自分で返したいと思ったのだがな。まあいい」

ムラトが頷いてみせると、侍従がベルケルの前まで進んで両手を差し出した。


――くっ、力を入れて変装したから全然疑われていない……! こんな警備でいいのか!?

ベルケル(偽)は妙なところで追い詰められていた。

――いや、要するにビルジを近くに呼べればいいのだ。筋書き通りではないが、他にも手はある!

彼は侍従を無視してビルジに呼びかけた。

「ビルジ、これを他人の手に触れさせたくない。かといって今の私には階を登って玉座に近づくことすら叶わぬ。お前の手で陛下にお返ししてくれ」


 その言葉に列臣が息を飲んだ。それは暗に兵権をビルジに委ねるという意味にも取れたからだ。ビルジは何も働きかけないままベルケルがあっさりと下ったことに驚きながらも、瓢箪から駒とでも言うべき事態に完全に浮かれきっていた。

「潔い御覚悟、感服しました。謹んでお預かりします」

調子の良いことを言ってのこのこと近づいてきたビルジに対し、ベルケル(偽)は立ち上がって宝剣をゆっくりと抜き放った。一瞬ギクリとしたビルジも、ベルケル(偽)の続く言葉に落ち着きを取り戻した。

「ビルジ、この美しい刃に何が見える?」

妙に穿ったことを聞いてくるな、とビルジは思ったが、大怪我を負って心境が変わったのだろうと考えた。そうでなければあっさりビルジに下るはずがない。

「……兄上の武勲の数々と、栄光に満ちた帝国の未来です」

「そうか、私には3人の亡者が見えるぞ。私と、お前と……ベルケル殿下だ!」


 そう叫んだベルケル(偽)がビルジの胸に剣を叩き込むために一旦剣を引くと、その顔から仮面が剥がれ落ちた。露わになったその素顔は焼けただれ、しかも憤怒の形相の奥から除く瞳は爛々と光ってビルジを射抜いた。

「ひぃぃ!」

ビルジは腰が砕けてしゃがみ込み、それが彼の命を救った。その時ベルケル(偽)が突き出した宝剣は結果としてビルジにかわされ、ただ彼の頬をかすめただけだった。しかもベルケル(偽)は空振りした剣の重みに耐え切れずにつんのめり、ビルジにつまずいてその上に覆い被さることとなった。

 カラン、カラカラ

転んだ拍子に宝剣を手放してしまったベルケル(偽)は、代わりにその手をビルジの喉にかけた。

「ビルジぃぃ、貴様だけは許せん! ベルケル殿下の御無念、思い知れぇ」

ベルケル(偽)はそう言って腕の力を振り絞って締め上げた。ビルジは目を剥き顔を紅潮させて苦しがったが、衰えたベルケル(偽)には脛骨を折る程の力は出せなかった。

――くそう、怪我さえなければ……!

力が足りないと悟ったベルケル(偽)は声を上げた。

「トユガル! 剣を!」

そう叫んでトユガルに視線を走らせると、彼は既に近衛の手で取り押さえられていた。

「そこまでです! ベルケル殿下!」

背後から肩に手をかけた近衛兵たちがベルケル(偽)をビルジから引き剥がした。ベルケル(偽)は羽交い締めにされ身動きすら叶わぬと悟ると、大きな声で叫んだ。

「ベルケル殿下だと? 私はユイアトだ! 殿下はもはやこの世の何処にもおられぬ! ベルケル殿下は暗殺されたのだ!」

ゴホゴホと咳き込んでまだ息が整っていなかったビルジだが、その言葉を聞いてとっさに転がっていた宝剣を手に取った。そして続きを言わせまいと、身動きのできないユイアトの腹へぐさりと深く突き立てた。だがユイアトは「ゴフっ」っと血を吐きながらも最後の声を絞り出した。

「この、ビルジの手によって……!」

その告発の言葉を最後にユイアトが息絶えると、しばらくの間誰一人声を上げる者はいなかった。

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