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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第5章 同盟
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火炎樽

 ユイアトの傷は中々癒えなかった。傷そのものも深かったのだが、食事が思うように取れないので回復が遅れていたのだ。それでもようやく骨もつながり肉も付いて、そろそろリハビリをしようと言う頃になって意外な客が訪れた。

「ユイアト様……」

げっそりとやつれたその男は、ベルケルの側近の一人だった。

「ぅオまェワ、ゴホン、おまえは、トユガル、カ? ヤツレた、ナ」

痛みはもうほとんど無いのだが、どうにも治ったばかりの頬が突っ張るのでユイアトはまだ上手に喋れなかった。長い期間ろくに喋ってもいないことも原因の一つだろう。

「いくさは、どう、なっタ?」

そう言いながらもユイアトは、トユガルの様子を見て捗々(はかばか)しくないことを感づいていた。トユガルが黙ったまま答えないのを見て、ユイアトは話を続けた。

「早く、殿下に、合流、しなく、てハ。殿下ハ、どこ、ニ?」

「……ペルセポリスです」

ユイアトは目を見開いた。だがトユガルの憔悴ぶりを見ればそういうこともあるだろうと納得した。

「そうか……身代、金ノ、受け、渡シ、は既ニ?」

「…………」

「どうし、タ?」

答えないトユガルを訝しんでいると、彼は悔しそうに吐き出した。

「殿下は……殿下は、亡くなられました……!」

「ナ……ニ……? ペルセ、ポリス、だと、言っタ、ダロウ!?」

「……ご遺体のことです」

「……返されて、ない、のカ?」

「殿下だと思われていないのです」

「馬鹿、ナ!」


「殿下は炎にまかれて全身に火傷を負われており、判別が難しい状態でした。その上致命傷が矢傷だったのですが……当時、そこにプレセンティナの兵が居たはずがないのです」

「誤射、カ……」

――味方に間違いで殺されるとは、殿下らしからぬ最期だ……

「いえ、その矢は間違いなくプレセンティナ軍のものでした。捕虜になった私はご遺体の面通しをさせられ、殿下だと確認したのです。その時その胸にはプレセンティナ軍の矢が突き刺さっておりました。しかし、殿下は他の者に連れられて後退する最中だったのです。殿(しんがり)だった我々さえ敵の矢は受けていないというのに、なぜ後退中の殿下が敵の矢を受けるのでしょう? しかも正面から……!」

ユイアトは眉を顰めた。

「どういう、ことダ?」

「……プレセンティナ軍も不思議に思ったのでしょう、殿下の胸にあるはずのない矢が刺さっていることを。それで影武者ではないかと疑ったのだと思います」

「暗、殺!? ビルジ、様、カ……!? なんと、いう、ことダ……!」

ユイアトはベルケルから貰った、今では遺品となってしまった宝剣を毛布の中から取り出した。別に暗殺者を警戒してのことではなく、大切なモノだから文字通り肌身離さず持っていたのだ。

「殿、下! 最も、必要、ナ、時に、お側、に、おらズ、申し、訳、ありま、セン……!」

捧げ持った宝剣に瞑目して詫びると、ユイアトはその宝剣をトユガルに差し出した。

「これで、俺ヲ、討って、クレ」

「…………」

「もはや、生きて、いてモ、意味が、なイ」

だがトユガルは黙ったまま宝剣とユイアトを見比べていた。その目には後悔や戸惑いではなく、もっと前向きでもっと強く、そしてとても昏い光が宿っていた。

「……意味はあります。あなたにしかできない事があるのです。殿下の仇を討ちたくありませんか……?」

「わたし、にハ、無理、ダ」

「いえ、あなたしかできないことです。……ベルケル(◆◆◆◆)殿下」

「……?」

ユイアトはトユガルの言葉に眉を顰めた。彼の言い出した事が全く理解できなかったからだ。

「ベルケル殿下ならば、ビルジ殿下……いえ、ビルジの身辺に近づくことが出来ます。亡くなったユイアト(◆◆◆◆)様のご遺体は、私が引き取って参りましょう」

ユイアトはようやくトユガルの言っている事が分かってきた。

「私、に、ビルジ……を、討テ、と?」

そう言った彼の目にも、既に昏い光が灯っていた。

「医者を、呼んで、クレ。火傷、の、治療、が、必要、ダ」

彼の口元が歪んだのは、怪我のせいばかりではなかった。



 その頃遠く離れたペルセポリスでも、イゾルテが瞳に暗い憂いの色を浮かべていた

「今日も雨か……」

そう言って窓に向かって溜息をつく彼女の姿は、まるで物思いに(ふけ)る姫君のようで一枚の名画のように実に様になっていた。というか、そのものだけど。

「ちぇっ、折角新兵器のテストが出来ると思ってたのになぁ。威力評価用に羊まで用意したんだぞ? 上手くいったら焼肉パーティーもする予定だったのになぁ」

絵画という物は言葉が記録されないところが素晴らしいのだ、きっと。ぼーっと彼女の横顔に見惚れていたアントニオは肩を落とした。


「でも殿下、雨の日に使えなくて兵器として大丈夫なんですか?」

それを聞いてイゾルテは悩んだ。果たしてこれはツッコミなのだろうか? それとも純粋な疑問なのだろうか? 彼女がアントニオを睨みつけると「あれ? 何かマズいこと聞いちゃった?」と言う感じに動揺したので、純粋な疑問だと判断して答えてやることにした。

「もちろん雨の日にも使えないと困る。だが、ドルクは雨の日には攻めてこないぞ」

「え? 何でですか?」

「地面がぬかるんでたら、攻城兵器が動かせないだろう?」


 攻城兵器(特に攻城櫓)というものは泥濘(ぬかるみ)に弱い。無茶苦茶重い上に重心が高いから、泥濘(ぬかるみ)に捕まると簡単に動けなくなったり横倒しになってしまうのだ。すると梯子で城壁を登ることくらいしか手がないが、それしか無いと分かっていれば火炎壺なしでも幾らでも防ぎようがある。それに、火炎壺は不発率が上がるだけで雨の中でも一応使えるのだ。不発弾も油と酒精は撒き散らすから、結局全体としての火の勢いはあまり変わらない。焼かれるドルク兵の方が前もって水をかぶっている分、多少は長生きできるかもしれないのだが。


「……確かに、雨の日に城攻めはしたくないですね」

「だろ? しかも下着までびしょ濡れになるのに風呂にも入れないんだぞ。たぶん着替えもないんだろうし。あー、臭そう。やだやだ」

イゾルテが上から目線で顔を顰めてみせたのは、遂に暁の姉妹号の個室に一人用風呂が設置されたからだ。これで彼女は船上でも(雨の日にびしょ濡れになるのは避けられないが)毎日風呂に入れるのだ! 海水風呂だけど! 乾くと塩でザラザラするんだけれど!


「でも、どうせ攻城櫓は焼かれちゃうんでしょう? だったら攻城櫓なしで雨の日に攻めて来る可能性もあるんじゃないですか?」

「まぁな。でもやっぱり同じことだよ。攻城櫓が使えない時点でもう駄目だと思っていい。城壁の下まで来たら、こちらは投石機なしで幾らでも攻撃できるんだから。海が近いから抜け穴を掘ったら水没するし、ガルータ地区を落とすのは意外と大変だよ。私なら諦めて付城を作るなぁ」

「でも籠城戦はそれでいいとしても、キメイラは野戦用なんですから、雨の日にも使うんでしょう?」

「分かってるよ。一応それも用意してあるんだけど……」

「何か問題があるんですか?」

「……地味なんだ」

「は?」

「雨用のは地味なんだよ! 晴れ用の新兵器はむちゃくちゃ派手なのに!」

「…………」

「しかも貧乏臭いんだ。地味な上に貧乏臭い、そして陳腐だ。だから、こう、疼くんだ! 私のプライドが!」

妙に興奮しているイゾルテを見ていると、返ってアントニオは興味が湧いてきた。

「何なんですかその新兵器。そうまで言われると逆に期待しちゃいますよ?」

「もう試験は終わってるよ。別に何の準備も要らなかったからな。そのうち見る機会もあるよ」

「……楽しみに待ってると、ハードルが上がりますよ?」

「う゛っ」

そう言われてしまうと彼女としても勿体ぶることが出来ず、渋々答えてやった。

「……矢だよ、矢。適当に作った矢を束にして打ち出すだけだ」

「大弩ってことですか?」

「いやいや、そんなに真面目な物じゃない。10x10で100本の矢を紙で縛ってまとめた物だ。キメイラ大隊の200門の投石機で斉射すれば20000本だからな。命中率も何も関係なし。まさに雨あられと撃ちまくるだけだ」

「……10分ちょっと全力射撃しただけで100万本を超えそうですよ? 矢を作る方が大変じゃないですか?」

「いや、命中率は関係ないと言っただろう? 角材を細く切って先端にクギ式の鏃を付けるだけだ」

「えっ、じゃあ、矢なのに四角いんですか!?」

「それどころか、芯とか木目とかも気にせずに切るから曲がってるかもしれない。矢羽も無いからまっすぐ飛ばないだろうなぁ」

「て、適当すぎ……」

「な、貧乏くさいだろう?」

アントニオは舌を巻いた。手の抜き方が半端じゃない。手の抜き方にも手を抜かないとは、さすがはイゾルテだった。

「矢はしょぼいけど生産設備は凄いんだぞ! 角材を放り込んだら9連丸ノコで2分で100本に切り分けるんだ。並べておいた鏃にガツンと一発巨大ハンマーでぶっ叩けば一気に完成! そしてそのまま紙ひもでまとめて出荷だ。」

「……なるほど、四角いのも木目を選ばないのも矢羽がないのも納得しました。確かに生産性は凄まじそうですね……」

「ふっふっふ、しかもその一式を馬車に納めた物も用意してあるのだ!」

「え? 何でまた?」

「何を言っている、もちろん出先で困らないために決まってるだろう? キメイラに接続することで、その動力を使って矢を作るんだ。鏃は別で用意しないといけないけどな」

その用意周到さにアントニオは呆れ果てた。

――出先って言っても一番遠い国境でも一日で行けるのに。というか国内には市内の街路樹くらいしか木が生えないのになぁ……。

ドルク軍に利用されるのを防ぐため、プレセンティナには灌木以外は根こそぎ処分されているのだ。



「じゃあ、晴れの日用は?」

「そっちは秘密だ」

「楽しみに待ってると、ハードルが上がりますよ?」

再びアントニオは脅迫混じりに催促したが、イゾルテは今度は笑い飛ばした。

「はははっ、どんどん上げておけ! 私の焼き肉にへの期待も天井知らずだ!」

毎日良い物喰ってるくせになんでそんなに焼き肉に期待しているのか、アントニオにはそっちの方が気になった。

「何でそんなに焼き肉が楽しみ何ですか? 羊の肉なんて料理長さんに言えばすぐに出してくれますよ」

「今回の焼き肉は一味違うんだよ。なんと、羊をまるまる一頭、目の前で捌いてもらうことになってるんだ!」

「……それが楽しみなんですか?」

「ああ、前に巨大な魚{マグロ}を捌く所を見たことがあるだよ。まあ、ちょっとグロかったけど、結構迫力があったぞ」

「で、今回は羊を?」

「ああ、やっぱり魚より迫力あるんだろうな!」

「…………」


『腸詰めと法律は作るところを見せたくない』と言うが、イゾルテは見るどころか自分で法律を作るタイプだ。必要と思えば脂ぎった議員連中を向こうに回して論陣を張るだろう。買収だってするかもしれない。でも腸詰めの方はどうだろうか……?

――しばらく離宮ではお肉が食べられないだろうなぁ……

アントニオには悲劇的な結末しか想像できなかった。



 2日後、雨も上がり地面も乾いたので、イゾルテは陸海の工廠の担当者たちと郊外に出かけた。そこはかつてイゾルテ・カクテルのデモンストレーションを行った演習場だった。

「これが晴れ用の新型兵器、火炎樽だ。スリングによる投擲を参考にして、酒精のみを入れてある」

彼女がアントニオに示したのは小さな樽だった。

「壺じゃダメなんですか? 樽のほうが軽いかもしれませんけど、作るのが大変ですよ?」

「確かに生産コストが全然違うな。でも樽じゃなきゃダメなんだ。さっきは酒精のみと言っちゃったけど、正確にはもう一つ詰め込むんだよ」

「木炭ですよね?」

鋭いツッコミにイゾルテは言葉を失った。だが彼女はそっぽを向いて間違いを認めなかった。

「……さっきは酒精のみと言っちゃったけど、正確にはもう二つ詰め込むんだよ」

アントニオももはやツッコまなかった。

「……木炭と何ですか?」

「良く聞いてくれた。それは……空気だ」

「はぁ? そりゃ空気は入ってると思いますけど……」

「だから、火炎放射器{ポンプ式水鉄砲}みたいに空気を限界まで詰めておくんだよ。樽が割れた時に思いっきり酒精が吹き出すように!」

クィントゥスが自決した時、火炎放射器{ポンプ式水鉄砲}の燃料樽を暴発させて、キメイラを一瞬にして炎に巻いたという話から思いついたのだ。

「この樽を思いついたのはクィントゥスのおかげだ。これをクィントゥスの樽と名付けよう」

アントニオは微妙な顔をした。イゾルテがこの新兵器(というか新弾頭)に入れ込んでいるのは分かるし、クィントゥス将軍の死を悼んでいるのも分かる。だが将軍は自分の自殺方法に名前を付けられて嬉しいだろうか? 仮にアントニオが首を吊って自殺して、ロープのことを「アントニオの縄」って言われるようになっても、彼は全然嬉しくなかった。

「なんだ、不服そうだな? よし、アントニオ、お前が実験しろ」

「え? まあ良いですけど」

名前はともかく、火炎樽自体にはちょっと興味があったので彼はうっかり承諾してしまった。だが彼が早速火鉢から木炭を取り出そうとすると、イゾルテは慌てて彼を止めた。

「ば、馬鹿、まずは空気を入れないと!」

「え? 順番が決まってるんですか?」

「空気を入れ過ぎたら……暴発するぞ?」

「ええぇ!? 安全弁は付いてないんですか!?」

「バカを言うな、付いてるに決まっているだろう! だがどこまでが安全か試すのも性能試験だ。今回は樽ごとに違う設定になっている」

「…………」

彼は彼女の言葉の正しさに納得した。してしまった。だがそれはつまり、この試験自体は全然安全じゃないということだ。

「大丈夫だ、アントニオ。いざとなれば『アントニオとクィントゥスの樽』と改名してやる」

「止めて下さい! 縁起でもない!」


 一度承諾してしまった上に彼女の言ってることが尤もだったので、彼は仕方なく実験を続けた。とりあえず火種が近くになければ酒精{アルコール}まみれになるだけだ。なんだか風邪をひきそうだけど死にはしない。たぶん。

 今回は足漕ぎ動力が使えないので、空気の注入には贈り物の空気入れ器{ハンドポンプ}を使った。彼がひーこらひーこらいいながらシュコシュコ、シュコシュコとしている間に、羊が一頭連れて来られて標的の隣に繋がれた。ようやく安全弁から空気が漏れ出すようになると、アントニオは炭火を樽の上に置いて外蓋をした。そして少しばかりふらふらしながらも火炎樽を小型投石機の上にセットし、狙いを定めようとした。すると傍らに居た兵士が慌てて逃げていった。ふと振り向くと、イゾルテはいつの間にか面覆い{顔面サンバイザー}の代わりに丸兜{ヘルメット}をかぶってしゃがみこんでいて、軍人たちも彼女に倣って頭を抑えてしゃがみこんでいた。

 彼は再び投石器を見た。それは強力な板バネを使って、僅か1mあまりのストロークで100m飛ぶだけの速度に加速する装置である。かつて火炎壺を試射した時も、彼女は蓋を前方にしないと(つまり底面に荷重がかかるようにしないと)その場で割れてしまうと注意していた。だから彼は今回も同じようにセットしたのだが、今回は壺ではなく樽である。強度はどの面も同じような気がする。

――つまり、現段階でギリギリまで荷重がかかっているとすると……発射した瞬間に破裂するんじゃないか!?

「で、殿下! なんてことさせる気ですか! ボクを殺す気ですか!?」

「だから言ったろ? いざとなれば『アントニオとクィントゥスの樽』と改名してやるって」

「嫌ですよ! 殿下が自分でやって下さい!」

イゾルテはやれやれといった感じに肩をすくめると、立ち上がって彼の傍らまで近寄り、すっと的を外していきなり発射してしまった。

 バシュッ!

「…………!」

一瞬身を固くしたアントニオは、無事だったことにほっとすると同時に、イゾルテのクソ度胸に改めて舌を巻いた。彼が連れて行ってもらえなかった先日の戦いでも、キメイラの屋根の上に生身を晒し、先頭に立って指揮を執ったという話だった。それに帰ってきた時には薄桃色ドレスの胸に穴が開いていて、そこから見える白い肌にちょっとドキドキしたのを彼は思い出した。彼は改めて彼女に惚れ込んだ。男惚れだけど。

 だが彼が関心したのも束の間、火炎樽は100m彼方に落下して、ぼわわっと霧のような水しぶきを上げた。だがそれだけ。火は付かなかった。

「おおー、なかなかいい感じじゃないか! 目一杯空気を入れただけはあるなぁ」

面覆い{シールド}で顔は見えなかったが、彼女の声音はどうみても失敗を残念がっているようには思えなかった。

「あの、火が付きませんでしたよ? 良いんですか?」

「何を言ってるんだ。水が燃える訳が無いだろう」

彼女の言葉にアントニオは虚を突かれた。

「……水が入ってたんですか!? じゃあ何で炭火を入れさせたんですか!? 危ないとか言ってたのは何だったんですか!?」

イゾルテは彼の肩に手を置くと、ヘルメットをかぶったままの頭を静かに振った。

「お前達の安全意識をはかるために演技をしたんだよ。だが、私がお前を危険な目に遭わせる訳がないじゃないか」

しんみりとした声でそう言われて、彼は……怒鳴った。

「口元が笑ってますよ! イタズラだったんでしょう!?」

「あーやだやだ。人の善意を疑うなんて、アントニオの心は穢れきってしまったなぁ。全く誰のせいだろう?」

「殿下ですよ! 殿下!」と彼が言うことを期待しているのが透けて見えて、彼は不満げに押し黙った。

「…………」

「まあ、そう拗ねるな。ちゃんと紐を持ってきたから。これを引き金に結んで引っ張れば良いだろう?」

どこまでも計画的なイゾルテに、彼はますます膨れた。


 アントニオがふてくされたままひーこらひーこらと別の樽に空気を入れ、小型投石機にセットすると、彼は引き金に結んだ紐の反対の端を持って投石機から離れた。そしてその場にしゃがみ込むと顔を背けて叫んだ。

「いきます!」

 バシュッ

火炎樽は見事に発射されたが、紐で引き金を引っ張ったせいで少し狙いがそれた。的から少し離れた所に落ちたそれは、ボフッという鈍い音とともに大きなキノコのような火柱を上げた。その大きさは火炎壺の比ではない。

「「「おおおおぉぉぉ~」」」

その派手さに一同は歓声を上げたが、その歓声に重なって何かが聞こえてきた。

 めぇぇぇぇえぇぇ!

毛に火が燃え移って半狂乱になった羊が、杭を引き抜いて一目散に何処かへと走り去ろうとしていたのだ。

「ああぁ、焼き肉がぁ~!」

演習場に羊とイゾルテの悲鳴が木霊した。


こうして火炎樽は正式採用され、イゾルテがトラウマを負うことも回避された。

壺でもどうにかなるような気もしますが、内圧に対する強度では樽のほうが丈夫そうな気がしたので、樽にしました。それに、火炎壺と火炎樽で書き分けられる、という非科学的な事情もあります。

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