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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第5章 同盟
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恭順

ようやく話が動き出します

 ウェディング・ブームが終わって街の様子が落ち着いた頃、アエミリウス議員が離宮を訪ねてきた。

「久しいな、アエミリウス議員。こうして二人で話すのは元老院総会以来か。あの時は助かったよ」

「いえいえ、殿下のお役に立てて幸いです。その代わりと言う訳ではありませんが、今日お伺いしたのは殿下にお願いしたいことがあるからなんです」

「議員には借りがあるからな。私に出来る事なら何でも言ってくれ」

「そう言って頂けると助かります。実は殿下に会って頂きたい方々がおられるのです」

イゾルテは小首を傾げた。

「私に? 私はもはや継承権もないただの小娘にすぎないぞ。父上や義兄上の方が良いのなら、口利きくらいはいくらでもするぞ?」

「お言葉ですが殿下、だからこそあなたに会っていただきたいのです」

彼女はその鋭い勘で「お願い」の内容を悟った。

「あー、分かる、分かるぞ議員。身分が軽くなって今なら手が届くと思っちゃった男が頼んだのだろう? 支援者の息子か? だが何でもとは言ったが、お見合いとかそういうのはちょっと……」

「全然違います」

「…………」

「全然違います」

「二回言うな!」

彼女は苛立ちを抑えると、今度は訝しむように眉根を寄せた。

「じゃあ、どういうことだ?」

「国を代表する立場にないからこそ、言質を取られる心配がありません。非公式の事前交渉には私のように替えの利く人間や、あなたのように公式の立場を持たない人間が必要なんです」

彼の言いたいことも分からないではなかったが、それなら別に誰でも良さそうなものだ。

「そんなの私でなくてもいくらでも居るだろう、他に居ないのか?」

「それだけなら確かにそうですが、交渉の結果を政府に履行させられるだけの力がなければ交渉になりません」

彼の言うことには一理あった。面倒だからとアントニオに行かせた所で相手は席に着かないだろう。だがやはり、それなら十人委員会の委員を他にも連れて行けば良さそうなもので、必ずしもイゾルテである必要はなさそうだ。

「まぁ、それはそうかもしれん。だが、相手は誰なんだ? 交渉と言うからには、挨拶ではなくて具体的な議題があるのだろう?」

彼は声を顰めた。

「相手はホールイ三国の使節達です。交渉の内容は……」


 ― 恭順 ―


 突然彼の言葉を遮ったイゾルテは、いつの間にか表情を消していた。その碧眼は作り物めいて見え、じっと見つめられたアエミリウスは神像に向き合ったかのような迫力を感じていた。彼はその瞳から受ける圧力と彼の言葉を先取りした意味の重さに、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「……そうです、彼らは恭順を申し入れてきました。と言っても、素直にそう言っている訳ではありません、軍事的な協力(◆◆)を申し入れて来たのです。具体的にどういう形になるのかは交渉次第なのですが、そこでその交渉を殿下に主催して頂きたいのです」


 プレセンティナの隣国のエウノメアー王国と、さらに隣にあるルィケー王国、エイレーナー王国の三カ国はホールイ三国と呼ばれている。女神テムスの3人の娘の名を冠する3カ国は文字通り1つの国から起こった姉妹国であり、その姉妹神をホールイと呼ぶために彼らもまとめてホールイ三国と呼ばれているのだ。彼らの母体となったユーステテア王国は、かつてはそれなりに強盛を誇った国ではあったのだが、ドルクがペルセポリスを直接攻撃するようになると、その度に略奪を受けるようになり、急速に弱体化した。都を守るのが精一杯でドルクの大軍に対して為す術のなかった王の権威は失墜し、やがて2つの地方が自立・自衛を標榜して独立を志すようになった。時の王はこれを受け入れ、それぞれの地方の中心となる領主に二人の娘を嫁がせると、彼らをルィケー王国、エイレーナー王国の王として認め、自らの国号をエウノメアーに改めた。

 彼らはユーステテア王国時代も含めれば300年近くも連綿と続く由緒正しい国々であり、またそのユーステテア王国は成立当初からタイトン寄りでもありゲルム系国家で最初にタイトンの神の名(ユーステテアは女神テムスの別名)を国号とした国でもあった。それはプレセンティナ帝国の近隣にあることで成立当初から比較的にタイトン人の地位が高く、混血と文化的な同化が他国に先んじて進んでいた結果でもあった。ただし彼らの領土はもともとプレセンティナ帝国から奪われた物でもあり、その点では因縁浅からぬ関係でもあった。


 イゾルテは目を瞑った。

――やはり来たか。だがまさかこれほど早いとはなぁ……。

この動き自体は彼女も予期していたものだったが、まだ数年はかかるものと見ていた。そしてその動きを早めるために手に入れたばかりの()を送り出した所だったのだ。

――ドルクもタイトンも時代は加速しているようだ。始めてしまえばもはや誰にも止められないかも知れないな。

「私でいいのか? 舵取りを間違えば帝国が滅ぶぞ」

「……!?」

 彼女の言葉にアエミリウスは目を剥いて驚いた。確かに難しい問題ではあるがいきなり滅亡とはただごとではない。どう聞いてもプレセンティナの得にしか聞こえないのに、なにがどうなってそんな悲観的な結論になるのだろうか? 彼は牽制するように探りを入れた。

「……あくまで事前交渉です。決断は陛下がなされます」

「確かにそうだろう。だが私が関わるかどうかで、事前交渉の流れは大きく変わるぞ」

それは彼にはある種の脅迫のようにも聞こえた。今彼女を止めなければ、彼も共犯になるぞという脅しだ。だが彼にしても彼女が単なるお飾りになるような人間でないことは、元老院総会で痛いほど分かっていたのだ。(実際に痛い目を見たのはムルクスだったが)それにあの時偽客(サクラ)の役を引き受けたことで、彼はすでに彼女の共犯でもあった。彼がイゾルテのシンパであるということは彼自身が喧伝していることでもあり、彼女が失脚するような事になれば彼自身も選挙で落選するだろう。


「……何か具体的な思案がおありのようですな」

「ああ、考えたよ。そして私には考えつかないと諦めた。ここは昔に習うしかない」

「はあ」

「ヘメタルの昔に戻ろう。恭順でも支配でもない。我らが目指すべきは同盟だ」

「同盟?」


 彼には彼女の言葉が意外だった。彼は庇護の見返りとして3国からどれだけの利権を引き出せるかを考えていたのだ。そこでローダスを守ったイゾルテを担ぎ出し、プレセンティナの軍事力と義理堅さをアピールすることで彼らに譲歩を迫ろうと考えていたのである。だがその切り札である彼女が、全く違うことを言い出したのだ。

「支配して税を得るより、交易と投資によって互いに富を得るべきだ。我らには領土を治める知識も技術も失われて久しいのだから」


 かつて広大な領土を誇ったプレセンティナも、ペルセポリスに押し込められて1世紀以上になる。貴族は名ばかりで領地を持たず、"総督"という名の職も失われて久しい。ローダスの新しい港が完成すれば総督職は復活するかもしれないが、それはまだ先の話だし、やはり1都市を支配するだけに過ぎない。


――なるほど、確かに領地を割譲されても直接統治は難しいかもしれない。だが間接統治は可能ではないだろうか?

確かに彼女の言うとおりプレセンティナに領土を治めるノウハウはないのだが、一応擬似的な封建制はあると言えなくもない。ヘメタル直系の国家であり、タイトンで唯一皇帝を頂くプレセンティナに貢納する国家は少なくないのだ。そもそも今イゾルテがプレセンティナに居るのも、北方の新興国スノミが権威付けのためにプレセンティナの皇帝から王の位を授かろうとして使節を送ってきたからである。その代表がイゾルテの外祖父であり、その娘のゲルトルートも彼に同行して来たのだ。だから名目上、スノミの国王はプレセンティナの皇帝の臣下ということになっている。その延長でホールイ三国から定期的に貢物(という名の税金)を受け取れるのなら、それでいいのではないかとアエミリウスは考えた。


「三国の王や貴族たちにこれまで通りの支配を許し、彼らから税を取れば良いのではないですか? 我が国の軍事的な負担が増えるのですから、それだけの見返りがなくては困ります」


 彼の意見は至極妥当だと彼女は思った。一方的に国の予算を使いまくってるように見えるイゾルテだが、彼女は彼女なりの経済感覚は持っている。ただ彼女はストックよりフローを重視しているのだ。だから彼女は羅針盤やジャムといった輸出製品を開発し、今また樽酒{ブランデー}の商品化を図り、一文字版画{活版印刷}によって書籍の輸出に繋げようとしていた。新型ガレー船や火炎壺(というか、高濃度酒精の大量消費)に多大な費用を費やしたのも、ドルクをアルーア大陸に封じ込めることでそれ以上の利益が得られると見込んでいたのだ。その利益の1つがホールイ3国である。これから復興を遂げるであろうホールイ3国は、投資の対象として極めて有望だと彼女は考えていた。


「それではいつまでも彼らは彼らのまま、我らは我らのままだ。彼ら3国の主権と自治を認める代わりに、領域内でのプレセンティナ市民の自由な活動と保護を認めさせよう。それは彼等の復興を加速させるばかりでなく、我らが彼等を見捨てないという保証にもなる。そして有力者にプレセンティナの市民権と元老院の議席を与え、骨抜きにしつつ同化を図る」

「……単なる軍事同盟ではないということですか?」

「言っただろう、へメタルの昔に戻ると」

「……!」


 彼女の言葉にアエミリウスは目からうろこが落ちる思いだった。へメタルは主としてタイトン系の無数の都市国家を統合して作られた国家だったが、必ずしも戦いによって統一された訳ではない。最初は単に同盟を結んだだけだったのに、いつの間にかヘメタル市民が移住してきて、昔からの住人も経済的に有利だから(活動できる範囲が格段に広い)とヘメタルの市民権を取得したりして、「あれ? みんなヘメタル市民? じゃあ、もうヘメタルで良くねぇ?」ということになって吸収合併されていったのだ。冗談みたいだが、そんな冗談みたいな奇跡がヘメタルという大帝国を形作ったのである。

 そしてその奇跡は、個々人の幸福や豊かさの追求というミクロレベルでは極めて合理的な選択でもある。良い稼ぎになるなら遠くまで移住するし、そこに魅力的な異性がいれば結婚もしたくなる。そして子供が出来て孫ができればもはや抜き差しならない。母親や父親の母国と戦争したいと思う兵士はいないのだ。つまり同盟という枠組みさえ作ってしまえば、自然とその奇跡は再現されると、彼女は考えていた。

 そしてそのヘメタルに戻るということは、つまり――


――この方は、3国だけで終わらせるつもりはないのだ……!


アエミリウスは自分が大きな歴史の転換点に立ち会っていることに気付き、体が震え出すのを止めることが出来なかった。


「……ひょっとして、3国が恭順してくると予測されていたのですか?」

「まさか、そんな訳ないだろう。私はただ、そうなるように努力しただけだよ」

苦笑するイゾルテを見て彼は数秒ほど唖然とし、今度は激しくツッコミを入れたくなった。

――それを"予測していた"って言うのではないのですか……!?

だが彼女にとってはそれは"予測"の内には入らなかった。"予測"とは現状を観察し、未来の有り様を前もって推し量ることである。だが神でも魔女でもない彼女には、積極的に事態に介入しなくては先の事など見通すことなど出来なかったのだ。


 ホールイ3国が度々ドルクに襲われて多大な損害を受けていることは、当然イゾルテも知っていた。特に10年前の包囲では収穫のほとんどを奪われた上に農地を荒らされ、塗炭の苦しみを味わったという。だから彼らがプレセンティナとドルクの戦いの行方に注目していることも分かっていた。だからこそ彼女は彼等に害が及ばないように海峡で敵を防ぎ、彼等にプレセンティナの力を見せつけるために海峡のあちら側で勝ってみせたのだ。今後もプレセンティナがドルク軍に海峡を渡らせないと信じられれば、彼等は安定した発展を取り戻すことができる――ように思える。だが実際にはそう上手くはいかない。

 彼等はいわばドルクという宿痾(しゅくあ)に取り憑かれた雛鳥だった。痩せこけて肉も少なく、喰らえば病を移される心配があった。だから今までは、豹も狼も彼等を無視してきたのだ。だが今、彼等の病が突然治ってしまった。それは彼等にとって喜ばしいことでもあったが、同時に豹も狼ももはや何ら恐れることなく彼等を食べられるようになったという事でもあるのだ。だが病が癒えたことに喜ぶばかりの雛鳥達は、豹や狼がよだれを垂らしている事にまだ暫くは気付かないはずだった。だから彼女は、(ダングヴァルト)を派遣して世論を煽らせ、危機感を持たせようとしていたのだ。彼はどちらかというと、軍事よりそう言った方面に向いていると彼女は考えていた。だが事態の方が勝手に進展し、彼の到着すら待っていてくれなかったようだ。


「どうだ、アエミリウス議員。それでも私に主催させたいか?」


再び感情の消えた碧眼にじっと見つめられながらも、アエミリウスは老練な政治家だけあって1つ深呼吸しただけで震えを治めてみせた。そしてニヤリを笑い返すとイゾルテに頭を下げた。

「勿論ですよ、殿下」



 二人は連れ立ってルキウスを訪ねた。これほど思い切った提案をするのであれば、最低限大筋の合意だけは先に取り付けなければならない。先方と話がまとまった後で、「なに? そんな話聞いてないぞー!?」と言われてまた一から説得するのはバカバカしすぎる。ルキウスなら納得してくれるとイゾルテは信じていたが、彼にしても事前の根回しをする時間が必要なのだ。


 まずはもともと要請を受けたアエミリウス議員が口を開いた。

「陛下、この度ホールイ3国より私の元に軍事協力の打診がございました」

「打診? 要請ではないということは差し迫ってはいないのか?」

「はい、今すぐ兵を出してくれと泣きついてきた訳ではありません。今のうちに西の潜在的な脅威に対して備えておこうというのでしょう。ですから上辺では、「海峡防衛に協力したい」なんてことも言っております。まあ、徴兵して編成して移動してくるだけで軽く2週間はかかるでしょうから、海峡防衛なんかに間に合うはずがありません。事実上、こちらがあちらに協力するだけです」

議員の言うとおり海峡防衛に間に合わないのは明らかで、海峡を突破されれば彼らは自衛で忙しくなるのだ。事実上彼らがプレセンティナに協力できることは何もなかった。


「また名前だけではないのか? スノミやヘーパイスツスのように、王位を授けてくれというやつだ」

「父上、議員は潜在的と申しましたが、顕在化するのは時間の問題です。彼等にとって軍事的な後ろ盾は死活問題です。議員に非公式な交渉を求めてきたのは、恐らくはディオニソスにも打診しているからですよ」

横から口を挟んだイゾルテに、アエミリウス議員は非難するように不満げな目を向けた。

「殿下……聞いてませんよ、そんなこと」

「何を言う、彼等としてはそうするのは当然だろう? ……と言いたいが、すまない、今思いついたんだ。でも、きっとそうしていると思う。違うか?」

「いえ、言われてみればきっとそうだと納得できます。ディオニソス配下の属領になるという選択肢は、ある意味では確かに現実的です。そういう例がいくつもありますから」

「ふむ、逆に言えばその先例よりも有利な条件を提示してやれば、彼等はこちらに靡くと言う訳か。しかし、海はともかく陸に援軍など出せないぞ。この100年、ペルセポリスから日帰りできない所に兵を送ったこともないのだぞ? 野営の仕方すら忘れているかもしれん」

「確かに父上の仰るとおりです。ですが、そのためのキメイラです」

イゾルテの言葉を聞いてルキウスとアエミリウスは唖然とした。

「まさか、最初からそのつもりで作っていたのか? やけに入れ込んでいると思えば、まさかそんなに先を見越していたとは……」


「キメイラはイェニチェリを蹴散らしました。本当は違うんですけど、まぁ、タイトン諸国の使節団はそう聞いて帰って行きました。交渉がまとまる頃には大隊が編成し終わっていることでしょう。大隊100両、随伴歩兵と輜重隊も含めて1500名あまり、私にお貸し下さいませんか。ホールイ3国をぐるりと廻ってきます」

「お前が行くことはない。コルネリオに行かせた方が良いだろう」

「今回は威圧でありながら威圧ではありません。ホールイの外に対しては威圧に映らねばなりませんが、ホールイの民には脅威と見られてはなりません。その点、女の身である私が率いればホールイの市民達には脅威と映らないでしょう」

「うん? それはそうだが、市民感情なんかがそんなに重要か? 他国のことだ、狼藉でも働かぬ限りは多少怯えさせても構わぬと思うがな。第一お前はローダスでも無茶苦茶にやって来たではないか」

「あー、ひどい! ローダスでは私は人気者ですよ! ……あんまり嬉しくないですけど」

ローダスではイゾルテが地獄の坂(死体と瓦礫で出来た階段)を冷然と眺める肖像画が大好評らしい。きっとドSだと思われているのだろう。


 アエミリウスは話が逸れそうな空気を察した。

「陛下、殿下は大望を抱いておられます。殿下はこれを契機として、タイトンを再統一されるおつもりなのです」

アエミリウスがそう言うと、ルキウスは愕然として口を大きく開けた。

「冗談……だよな? お前は時々暴走するが、まさかそんな荒唐無稽なことを考えてはいないよな?」

「陛下、それが意外と荒唐無稽ではないのです」

イゾルテはひとつ頷くと、静かにルキウスを見つめた。

「再統一と言っても征服しようというのではありません。支配と恭順ではなく、同盟によって和を結びます。そして利によって交わり、交わっては血を(なら)し、文字を以って心を1つにするのです。プレセンティナではなく、ヘメタルの名のもとに」

彼女が静かに語った言葉は予言めいて、あるいは過去の歴史を語るように確信に満ちていた。

「……ヘメタルの建国史か。それを再現しようというのだな? 長い、途方もなく長い道のりになるぞ……」

「確かに。ですが時代は加速しています。豹と狼が覇を競う今、小国の多くは我らの試みに興味を示すでしょう」

「豹と狼……ディオニソスとアプルンか」


 ディオニソスは中部ウロパを縦に貫く大国、アプルン王国は西ウロパを制する大国である。今のウロパ大陸は、この2大国の覇権争いの渦中にある。それ以外の小国は、あるいは身を小さくし、あるいは片方に従属することで生き残りを模索している。そこに新たな可能性を示すのだ、ヘメタル同盟という名の可能性を。


「それにホールイ3国は、貧するといえども重要な交易路を抱えております。同盟の元で彼らが富み栄えれば、それはタイトン中の商人の目のするところとなります。ですから父上の御代の内に、少なくともウロパ大陸の半ばまでは同盟に参加させられると見込んでいます」


 ルキウスは静かにイゾルテを見つめた。

「…………それが目的なのか」

アエミリウスは訝しげに眉を寄せた。

――『それ』とは何だ? 再統一が目的だということは、はっきり申し上げたはずだが……?

だがイゾルテには分かった。タイトンの再統一が彼女にとってはより重要な目的の為の手段でしかないことを、ルキウスは悟ってしまったのだ。彼女は彼と視線を合わせようとせず、俯いたまま答えた。

「……せめてもの御恩返しです」


 ルキウスは目を瞑ると、一筋、涙をこぼした。彼女はルキウスの名を残すためにそれを行おうというのだ。再三に渡るドルクの攻撃を跳ね返し、古の五賢帝のように血筋にこだわらず後継者を定め、そして一度滅びたヘメタルを再興した、古今比類なく偉大なる皇帝。彼の名は後世にそう語り継がれることだろう。その一方で彼女の名は稀代の魔女として残される。もちろんルキウスはそんなことなど望んでなどいなかったが、それでも彼女の気持ちは嬉しかった。

「馬鹿者が……。本当にお前は馬鹿者だ」

「申し訳ありません……」

「馬鹿者、謝るな。私はお前に感謝しているのだ。そんなことも分からんのか、馬鹿者」

「申し訳ありません……あっ」

うっかり謝ってしまったイゾルテが顔を上げると、いつの間にか彼女も涙を流していた。しかしその顔はとても嬉しそうで、それを見たルキウスも涙を流しながら優しく微笑んだ。見つめ合って互いに泣き、互いに笑い合う感動的な二人の傍らで、アエミリウス議員は――

――えーと、何なのだろう、いったい。御二人が何に感動しているのか、全然分からないのだが……。

状況についていけなくて、非常に居心地の悪い思いをしていた。


 アエミリウス議員の様子に気づき、ルキウスは涙を拭うと彼に声をかけた。

「すまぬな、アエミリウス。みっともない所を見せた」

「いえ、まぁ、なんと言いますか、感動的……でしたよ? 何でしたら、私は後日改めて伺いますので、お二人でお話を続けられては如何でしょう」

彼はもう家に帰りたかった。だが、イゾルテが彼を引き止めた。

「いや、話を進めたいから残ってくれ。面倒くさい事務作業は議員に押し付け……いやいや、経験豊富な議員の力に頼らねばならんからな! 期待しているぞ、うん」

そうやって笑わせようとしたのは彼女の照れ隠しだった。アエミリウスもそれに乗って肩を竦めてみせた。

「ええ、構いませんよ。何なりとお命じ下さい。でも、主催者は殿下ですからね」

「分かってる、分かってる」

「良かろう。ではコルネリオも呼んで、本腰を入れて話し合おう」

コルネリオを交えての密談は、その日夜遅くまで続いた。

神&国の元ネタについては……

 ホールイ=ホーライ

 エウノメアー=エウノミアー

 ルィケー=ディケー

 エイレーナー=エイレーネー

 ユーステテア(テムス)=ユースティティア(テミス)

 ディオニソス=ディオニューソス(バッコス) 聖獣が豹

 アプルン=アポローン 聖獣が狼


あれ、3国出したかっただけなのになんだか面倒なことになってしまった……


地理的なイメージとしてはこんな感じです。(右側は現在の国です) 

 アプルン王国=フランス+スペイン+ポルトガル

 ディオニソス王国=ドイツ+オーストリア+ハンガリー+チェコとかスロバキアとか

  ただし、直轄領は西半分で、東半分は近年属国化した半独立の辺境諸侯領

 ホールイ3国=バルカン半島(ギリシャ除く)

 空白地帯=ウクライナ西半分+ルーマニア+モルドバ


オランダあたりやイタリアには小国(主に都市国家)が乱立しています。スカンジナビア半島では半島内部で抗争が起こっていて、海を越えて大国に戦争を売っている余裕がありません。ゲルトルートの故郷のスノミもそこにあります。


 スノミ王国=フィンランド(スオミ)


なんで空白地帯なんてものが存在するのか、という話は5話ぐらい後に出てきます。

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