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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第5章 同盟
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丸ノコ

ちと短いです

 イゾルテが一文字版画屋に送られてきた小説を密かに検閲をしていることは一般には知られていない。発禁指定されて印刷を断られた者達も、「誰か」が検閲しているとは知っていてもまさかそれがイゾルテだとは思っていないだろう。だからその日、こんな本が紛れ込んで来た。


『アキラスとパトロクレス』 発行:正しい愛を伝える会


 そのタイトルと発行元を見た瞬間、それが誰の手によるものかイゾルテには分かってしまった。

「あの人だ。これを書いたのはあの人に違いない……!」

リーヴィアには未亡人時代からの茶飲み友達か大勢いるのだが、その中でも一際個性的な人物がサビカス伯爵夫人だった。彼女は「正しい愛の伝道師」を名乗り、同好の婦人たちを大勢集めて様々な活動をしているのだ。

 本の内容は一応、半神の英雄アキラスの物語らしかった。だがアキラスに妻子が居たこととか女だけの部族のアムゾーンの女王を殺した後にムラムラして死姦しちゃったこととかは一切省いてあり、逆に女装して身を隠している時に衛兵に身体検査される(物凄くどうでも良い)シーンとか、足に矢傷を負った親友のパトロクレスに包帯を巻くシーンが延々と書かれていた。こんな感じで……


 「ここか、ここが痛いのかパトロクレス、んん?」

 「あ、ああ、駄目だ、触らないでくれアキラス!」

 「ふふふ、俺の鎧を勝手に持ち出した罰だ。それに俺がどんなに心配したと思っているんだ?」

 「アキラス……」

 「今度は俺の矢を受けて貰うぞ」

 「え? ま、待て、アッーーー!」


イゾルテはそこで読むのを止めた。

「ま、まあ、あれだ。神話にもある話だし、問題ないだろう」

本当は様々な意味で発禁にしないといけない内容だったが、イゾルテは彼女達を敵に回すことを怖れたのだった。




 ある朝、割りと分かりやすい贈り物が届いた。紐{電源コード}の付いた「ノミ」{電動彫刻刀(注1)}だ。なんで紐が付いているのか良く分からないのだが、紐が付いていて「RY○BI」と書かれた贈り物は今までも幾つかあった。ギザギザ円盤{電動丸鋸}の付いた物や、小さなのこぎりの付いたもの{電動ジグソー}、先端を十字を切った鉄の棒が付いているもの{電動ドライバー}などである。のこぎりがあったので恐らくは工具だろうと推測されたのだが、どうにも使いづらくて職人たちには不評であった。きっとこのコードをどうにかすれば隠された機能を発揮できるのだろうが、黒い板{ソーラーパネル}の付属品{変圧器}に挿してみても、うんともすんとも(というか正確には「うん」だけしか)動かなかった(注2)。使用法が何か微妙に違うのだろうということで用途不明扱いで倉庫に放り込んであった。だが今回のはノミなので、割と普通に使えそうだ。ただのノミとして。


 イゾルテは離宮の家具職人に預けてみることにした。家具職人は細かい木工細工が多そうに思えたからだ。

「こんなのが届いたんだが」

「これは……ノミですか? でも、これ木槌で叩いて大丈夫なんですか?」

「へ?」

彼女はそこまで考えていなかったが、そういえば石工(いしく)がカンカンとノミを叩いているのを見たことがあった。

「あー、木工細工でもノミを叩くのか?」

「ノミは普通、叩きますよ?」

叩く部分の素材は柔らかくもないが固くもない素材{プラスチック}で、どう見ても叩いたらまずそうだった。彼女はノミ{電動彫刻刀}を引っ込めた。

「邪魔をしたな。やはりこのシリーズはお蔵入りだ」

そう言って彼女が用途不明品の倉庫に向かうと、家具職人が追いかけてきた。

「シリーズって、他にもあるんですか?」

「あれ、知らんのか? ノコギリとかがあるぞ」

「ちょっと興味があります。見ていいですか?」

「それはもちろん構わないが……あれ、ひょっとして新入りなのか? いや、でも、前から居たよな? おっぱい職人だよな?」


 おっぱい職人とは、イゾルテの胸がお椀のようだと言った(言わされた)、大層見どころのある家具職人である。

「お、おっぱい? おっぱい職人って、ひょっとして兄のことですか!?」

「へー、お前はおっぱい職人の弟なのか。おっぱい職人はどうしたんだ?」

「……兄は、ちょっと体調を崩しています」

彼の兄は睡眠障害に陥っていた。眠りが浅く、突然「むねじゃなーーいっ!」と意味不明の言葉を絶叫して目覚めるらしい。ついでに叩き起こされる義姉もちょっとノイローゼ気味になっている。

「そうか、早く元気になれとおっぱい職人に伝えてくれ。そしてまたおっぱいを作って欲しいと」

「はぁ……」

職人は釈然としない顔をしながらも神妙に頷いた。


 そうこうしている内に彼等は倉庫に着いた。

「ほら、ここが不明品の倉庫だ」

「不明品?」

「こっちの棚が機能が分からない物で、こっちの棚が用途の分からないものだ」

「……何が違うんですか?」

「例えばこれだ」

イゾルテは丸い何かを指さした。

「何ですか、これ?」

「いや、だから分からんのだ」

そう言って彼女はそれを叩いた。


  へぇー


「……何です、今の」

「いや、だからこういう機能がある遺物だ」

そう言って彼女は隣の丸い物を叩いた。


  ガッテン!


「……で、何の意味が?」

「いや、だから機能は分かるけど用途は分からないんだよ。だからこの棚にある」

「……なるほど」

彼は、用途が分からないということがどういうことかようやく分かった。


「で、この工具はノミとしても使えなさそうだから機能も不明かな」

「そのシリーズの他の物もですか?」

「ああ。ほらそこだ、緑色のやつ、これと同じ色合いの。ノコギリがあるだろう?」

彼女が示した先には、ギザギザ円盤が付いた物{電動丸鋸}と小さなのこぎりが付いた物{電動ジグソー}が転がっていた。

「こ、これがノコギリ……?」

そういって彼が手にとったのはギザギザ円盤が付いた物{電動丸鋸}だった。

「丸いノコギリとは、なんとエキセントリックなノコギリなんだ! 殿下、私はこんなの初めて見ましたよ!」

「へ?」

彼女は隣の小さなのこぎりが付いた物{電動ジグソー}を示したつもりだった。ギザギザ円盤が付いた物{電動丸鋸}がノコギリだとは今の今まで考えたことがなかったが、言われてみれば丸いこと以外はノコギリっぽい刃並びだ。

――円盤ということはやはり回転するのだろうか? あれが回転すれば……うん、確かにノコギリとして機能しそうだ。回転運動なら足漕ぎ方式で対応できそうだな。

手で往復運動する普通の鋸より、随分効率が良さそうに思えた。


「その遺物自体の使い方は分からないが、回転するノコギリは我々の手でも作れそうだな」

「でも、どうやって回すんですか?」

「もちろん二輪荷車のような足漕ぎ式だ。手で回すより強い力が出るぞ。まあ、家畜や水車でも構わないが場所を選ぶからなぁ」

「……回す方法は分かりました。でもそれじゃあ、どうやって取り回すんですか? 水車って、水車ごとノコギリを動かすんですか?」

「は? 何を言ってるんだ? 水車ごとって……」

彼女は言いながら、彼が決定的な勘違いをしていることに気づいた。

「そうか、お前が何を勘違いしているのか分かった。逆だ、逆。ノコギリは固定するんだよ。丸いノコギリをどーんと置いといて、そこに木を突っ込むんだ」

「おお、なるほど! 細かい細工は無理ですけど、角材作るのには重宝しそうですね」

「ああ、これであらゆる木材加工の生産効率が向上するだろう。港の材木置場の近くに作業場を作って角材生産を一手にやらせよう。規格も作って大量生産すれば、お前たちも家具作りが楽になるだろう」

 だが興奮するイゾルテに家具職人が水をさした。

「あー、木目とか選べないのはちょっと困るんですけど……」

「なんだ、贅沢だな。そんなことに拘る奴なんかいるのか?」

家具職人は肩を落とした。

「……皇女殿下がそんな事言わないでくださいよ。我々は精魂込めて家具を作ってるんですよ? ちゃんと良い家具を使って下さい……」

「そうか、私たちが買うのか。すまん、そのあたりは家令に任せっきりだった。私が気にしていないから、家令も執事に任せているのかもしれん。執事もメイドに任せてたりしてな、ははははは」

「…………」

家具職人がいじけてしまったのを見て、イゾルテは優しく慰めた。

「ま、まあ、気にするな。お前たちを雇っているのは家具を作らせるためじゃない。良い家具が作れても作れなくても関係ないから!」

「いや、あの、そっちが本職なんですけど……」

彼はますますいじけた。

「じゃ、じゃあ、木目を選んで立派な円盤ノコギリ台を作ってくれ! お前を見込んで頼むんだぞ!」

工具に木目なんか関係ないだろうに、と思いながらも、それを彼女に言っても無駄だと悟り、彼は肩を落とした。

「分かりました……」


注1 すごくマイナーですが、電動彫刻刀なんていう物があるんです。文字通り電動の彫刻刀なんですが、ガガガガガガガガッと振動するので驚くほどサクサク削れます。高周波ブレードならぬ低周波ブレードですね。年老いたら仏門に入って庵を結び、電動彫刻刀で仏像を掘りたいという気にさせてくれます。楽に削れて全然修行にならないのが唯一の問題ですが。

注2 電力足りてません。なんで贈ってきたのか……。せめてバッテリー式のにして欲しいところです。


アキラス=アキレス

パトロクレス=パトロクロス です。

"ギリシャ趣味"の代表的なカップリングなんだそうです。というか、わりと両刀が普通だったみたいです。やっぱゼウスの影響でしょうか……。


 丸鋸の発明は、1777年と意外と新しいです。アルキメデスもダヴィンチもデッサンを残さなかったということが意外でなりません。ヘリコプターとか考えてる場合じゃないだろうが、と思うんですけどね。ちなみに蒸気機関と組み合わせて普及したのは19世紀だそうです。

 それまであらゆる角材は大工さんが普通の鋸でぎーこぎーこして作ったということですから、凄まじい労力です。真っ直ぐに切るのって結構難しいのでんですよね。その点動力が人力ではあっても、未熟練労働者を単なる動力として使える丸鋸+足漕ぎシステムは生産性がすこぶる良いはずです。

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