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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第4章 婚姻
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擬態

今回、ドルク側とプレセンティナ側にコロコロと視点が代わります。そのせいで場面(視点)転換の時に微妙に時間が戻ったりして、分かりにくいかもしれません。今まではだいたいどちらか一方の視点だけで書いてたんですけど、今回はそれではなんだか意味不明な行動が多すぎたのでこうしました。

 ユイアトがベルケル(偽)として前進を命じた時、フルウィウスとダングヴァルトもガルータの城壁からその様子を見ていた。彼らがドルク兵を目にするのは10年ぶりである。多くの攻城兵器と共に丘を下り始めたドルク軍を前にして、さすがに緊張を隠せなかった。少なくともフルウィウスは。

「うーん、なんか少ない気がするなぁ」

なぜか緊張しているように見えないダングヴァルトに、フルウィウスはちょっとイラっとした。

「はっきり言え、何がだ」

「もちろんドルク軍の事だよ。せいぜい4万ってところじゃないか?」

「……だとしても、鯖を読むのはいつものことだ。驚くにはあたらんだろう」

「鯖を読むなら10万と言うんじゃないかな。4万が5万でも大して変わらないよ」

「伏兵がいるというのか?」

「丘向こうが怪しいねぇ」

なるほど、とフルウィウスはダングヴァルトの見解に納得した。だが、だからといって追撃を、そしてイゾルテを諦めることは出来なかった。

「……だが、全体の8割を囮に使うか? それだけの囮が逃げ散ってしまったら伏兵だって崩れるだろう」

「丘向こうにいればこちらの様子も見えないからね、指揮官さえしっかりしてれば崩れないと思うよ。夜襲じゃないんだから気をつけろよ、追撃がたかだか1000だと分かれば、嵩にかかって攻めてくるぞ」

「丘向こうまでは行くなと言うことだな」

「ああ、さっさと戻って来いよ。余裕があれば堂々と、それが無ければ脱兎のごとく。敵を射程に引き込めれば、それはそれで策だったと言い訳できるからさ」

「他人事みたいに言うな」

「他人事だからね。それとも褒美を分けてくれるのか? あ、それはちょっと嬉しいかも。3人でしたことってないんだよ」

「指一本触れさせるか!」

「ちぇっ、じゃあせめて酌ぐらいはして欲しいね」

ふと気づけば、ダングヴァルトの軽口に付き合っている間にフルウィウスの緊張はほぐれていた。

――俺以外にもこれくらい気を使えれば大物になれるのにな。

「分かった。全て上手くいったら酌でも何でもしてやるよ、俺が」

「それは嬉しくないなぁ」


「それはともかく、城門が1つしかないのに攻城槌をあんなに揃えたのは何故だと思う?」

「攻城櫓はイゾルテ・カクテルに弱いらしいからねぇ。攻城槌はそれに比べれば燃えにくいらしいから投石機の攻撃を引き寄せて、その間に歩兵を進める気だろうね」

「じゃあ、攻城槌は後回しにするか?」

「いや、あんなのでも城壁をドンドン叩き出したら士気にかかわるよ。敵の士気を落とすためにも早めに始末しちゃった方がいいでしょ」

「それもそうだな」


 フルウィウスは量産型鏡式望遠鏡{ニュートン式反射望遠鏡}を構えた。

「弓と盾が妙に多いな。それにあの盾、大きくて作りが粗末だ。補強の金具が入ってない」

「ふむ、使い捨てるつもりで作ってきたんだね。だけどイゾルテ・カクテルは盾ごと燃やすから、密集してたらあんまり意味が無いはず。散開するのかなぁ」

「あの数だ、散開するにも限度がある」

「だよね。となると、あれはあくまで弓矢に対する備えだね。俺らの足元までは来ないつもりだ」

矢軍(やいくさ)をするつもりか」

「梯子も多いのか?」

「ああ、だがそれは当然だろ?」

「そうでもないさ。でも梯子も準備してるのなら城壁近くまで来るね。隙を見て城壁に登るつもりだ」

「頭を使ってきたな、面倒だ」

「ああ、面倒だろうけど、今のうちに油を抜かせてくれ」

「そうだな」

フルウィウスは望遠鏡から目を離すと叫んだ。

「伝令! 各人2つずつ火炎壺から油を抜け! 以上!」

「「はっ!」」

伝令の騎兵がフルウィウスの指令を復唱しながら城壁に沿って左右に馬を走らせた。

「酒精は炎がデカイからぱっと見違いが分からないけど、油がないからすぐ消えるよ。長引けばバレるからね」

「ああ、分かっている」



 ドルク軍は城壁から500mあまりの位置で一旦止まると、30の攻城櫓と20の攻城槌を先頭に押し立てた。通常、攻城槌は城門を破るために使うものだが、土やレンガ造りの城壁なら壊せないこともない。中核に石を使っているペルセポリス本市の城壁はとても破れないが、ガルータ地区の城壁は所詮時間稼ぎ用の物なのでただのレンガ造りだった。時間さえあれば攻城槌で壊せないこともない。だが、その時間を稼ぐことが出来るとはベルケル(本物)も思っていないかった。一瞬で燃やされたという攻城櫓よりは、屋根があって防御力に優れる攻城槌のほうがなんぼかマシという報告を聞いて数多く作らせたのだ。

 じわじわと進むドルク軍に対して城壁上の投石機が何かを放つのを見たベルケル(偽)は、振り上げていた刀を勢い良く振り下ろして号令を叫んだ。

「とおぉぉぉつげぇぇぇき!」

僅かに速度を上げる攻城櫓や攻城槌を追い越して歩兵たちが一斉に飛び出すと、城壁から数百の矢が放たれた。運の悪い百人ほどの兵が悲鳴を上げ、更に運の悪い数十の者が無言で倒れてもドルク軍の足は止まらなかった。歩兵の間から飛び出した少数の騎兵達が城壁から20mあまりのところに旗を突き立てると、歩兵たちはその旗まで進んで隊列を組み、大盾を全面に押し立てた。そしてその隙間から弓兵が弓射を始めた。前回の反省を活かし、城壁のすぐ下に殺到するのは止めたのだ。だが矢の応酬によって隙ができれば何時でも梯子をかけて乗り込めるよう、盾の後ろで準備だけは整えていた。

 一方で攻城兵器も前進を続けていた。彼らの役割は敵の注意を引いて投石機の攻撃を引き付けることであった。その間に弓兵で敵に打撃を与えようというのだ。30の攻城櫓は敵が2斉射する間にあっさりと炎に巻かれたが、20の攻城櫓は10斉射を浴びてもまだ半分が残っていた。だがそれらも城壁には取り付かず、直前で立ち止まって歩兵たちの盾となった。

 お互い盾を構えているため矢が当たることは少ないが、プレセンティナ側には魔女の壺を投げる小型投石機があり、ドルク側には数の優位があった。双方にじわじわと被害が広がる膠着状態が10分ほどの続いた後、プレセンティナ側は盾の隙間を塞いで弓射を中止した。投石機からの攻撃は続いていたものの攻撃全体の数は大幅にへり、数十の兵士が梯子をかけようと城壁に近づいた。だがその時無数の魔女の壺が宙を舞った。彼らは悲鳴を上げて梯子を放り出したが、魔女の壺は彼らの頭上を越えて盾を構えた歩兵たちの上に落ち、彼らを盾ごと燃え盛る薪へと変えた。明らかに投石機の数より多い魔女の壺が、明らかに投石機より短い間隔で再び宙に舞うと、先頭に付近の者達が悲鳴を上げて後ずさりを始めた。いくら城壁の上からだとはいえ、一抱えもある魔女の壺を素手で20mも投擲することは不可能なはずであった。そう思うからこそ距離をとって盾を構えたというのにプレセンティナ兵は易易と投げてよこしたのだ。安全なはずの盾の後ろが全然安全でないと知ってドルク兵は動揺した。

 気の利いた幾人かの下級指揮官は梯子を持った兵士を再び前進させ、一か八か城壁に乗り込ませた。予想に反して彼らは容易に城壁に登ることが出来たが、あまりにも人数が少なすぎた。あっさり返り討ちにあって城壁の外に突き落とされた時、思い出したように魔女の壺が一斉に投げ捨てられ、彼らの成功を見て後に続こうとしていた者たちを纏めて炎獄へ送り出した。彼らの絶叫と炎の壁を見て、ドルク兵達の士気はついに底を割った。我先にと後退を開始した兵士たちの背には、投石機から魔女の壺が投げつけられた。



 ドルク軍を待ち構えていたフルフィウスは、その先頭が小型投石機の射程に入ると号令を発した。

「射てぇぇえ!」

号令を受けて小型投石機が射撃を開始すると、弓兵たちも矢を番えて射撃を開始した。攻城櫓は投石機のわずか2斉射で全滅したものの、次の標的である攻城槌はなかなか始末できなかった。

「歩兵が足元に来る方が早そうだね」

「盾を立て掛けろ!」

フルウィウスの号令を受けて、兵士たちは普通より二回りは大きい盾を城壁の端に立てかけた。半年前の戦いの結果、今後ガルータを防衛する機会が増えると見越して作られた物で、城壁の端に引っ掛けて固定するので兵が構える必要がない。盾というより取り外し可能な塀というべきかもしれない。弓兵たちは盾と盾の隙間から狙いもせずに次々に矢を放った。今は精度より手数が優先なのだ。やがてドルク兵は、ダングヴァルトの予言通り城壁から離れた所で前進を止めた。

「追撃隊は城門前に!」

フルウィウスの命令が伝えられると、歩兵たちは一部を残して階段を駆け下りて城門前へと急ぎ、弓兵達は彼らが城門前に移動している間も射撃を続けていた。

「追撃隊はだいたい揃ったようだよ」

「スリング用意!」

フルウィウスの命令が伝えられると、弓兵達は射撃を止めて弓を置くと盾の隙間を塞ぎ、タオルのように長細い布を拾って片端(かたはし)を手首に結んだ。

「投擲開始!」

弓兵達は予め油を抜いて軽くした火炎壺を布で包むと反対の端を握り、ぐるぐると回して勢いをつけると布から手を離した。布に包まれていた火炎壺は勢い良く空に舞い上がり、目の前の盾を越えて姿を消すと数秒の後ドルク兵の悲鳴が聞こえた。彼らには自分の投げた火炎壺が当たっているのかどうか分からないが、とにかく次々に火炎壺を投げ続けた。すると突然何箇所かでドルク兵が盾を蹴倒して乗り込んできたが、残っていた歩兵が慌てて彼らを城壁から突き落とした。

「足元に集まってきたよ」

「火炎壺を落とせ!」

命令を受けて歩兵たちが盾越しに火炎壺(油入り)を幾つも城壁外に落とすと、またしてもドルク兵の悲鳴が上がった。そこには予めイゾルテ・カクテル4000発分の油が捨てられていたので、あっというまに業火に包まれた。

 盾の隙間から下を覗いていたフルウィウスは、遂にドルク兵が崩れるのを見た。

「良し! ここは任せた、行ってくる!」

返事を待たずに階段へと駈け出した彼の腕を、ダングヴァルトがとっさに掴んだ。

「いいか、どんな形でも必ず戻ってこい! 必ずお前の身が立つようにしてやる!」

常になく真剣なダングヴァルトの様子に、フルウィウスは一瞬呆気に取られた。

「……分かった、その時も任せる!」

再び駈け出した彼を見送りながら、ダングヴァルトはつぶやいた。

「頼むから死ぬなよ。死んだ英雄の嫁取りなんか、さすがに策が思いつかないよ」

頭を振って気を取り直すと、ダングヴァルトは号令を発した。

「えーと、奇数番は投擲中止! 今度はまた弓射だ!」

弓兵の半数が布を外して再び弓を手に取ると、去りゆくドルク兵に向けて矢を放った。



 城壁から500mほど離れた安全地帯からその光景を泰然と見つめていたベルケル(偽)は、追撃の弓射が少ないことに気付いた。城壁から距離をとっていた歩兵たちにまで火炎壺が投げつけられたのはベルケル(本物)に言われた筋書きにはなかったが、兵が崩れたのも矢が少ないのも筋書き通りだ。だから彼は無駄と知りつつも筋書き通り兵を叱咤した。

「下がるなぁ! 押せぇぇぇ! 敵は少数だ!」

ベルケル(本物)にせまる迫力で叫んだ彼の言葉は味方にはほとんど効果を表さなかったが、まるでそれに応えるように再び無数の魔女の壺が宙を舞った。

――近い!

一瞬、地のユイアトが悲鳴を漏らしかけたが、それは彼の100m近く前方に落ちて一帯を炎の海に変えた。

――これも筋書きに無かった!

その迫力に負けそうになった彼は「俺はベルケル、俺はベルケル」と小声で自分に言い聞かせてなんとか体裁を保った。小型投石機の射程から逃れてひと安心していた兵たちも再び恐慌に陥り、多くの者が今度こそ武器も兜も投げ捨てて潰走を始めていた。それは筋書き通りだった。

 筋書き通りに戻ったものの、先ほどの筋書きにない長距離攻撃が自分に届かないかベルケル(偽)は不安になった。城壁のすぐ下にしか攻撃できないはずの魔女の壺を、距離をとった兵士たちの頭上まで投げた方法は、ひょっとして普通より軽い火炎壺があるのではないだろうか? 長距離攻撃でもそれを使ったらここまで届くのではないだろうか? だが筋書きに従えば、彼はまだ逃げる訳には行かないのだ。

――早く逃げさせてくれ!

彼が祈る思いで熱い視線を注ぐと、ガルータ地区の唯一の城門がゆっくりと左右に開いた。

「やった!」

思わず地のユイアトの声で歓声を上げてしまった彼は、再びベルケル(偽)に戻って叱咤した。

「城門が開いたぞ! 押せぇぇぇえ! (なだ)()めぇぇぇえ!」

だが潰走する兵士たちはもとより、彼の周囲を固める10人の護衛達も何の反応も見せなかった。彼の叱咤はこの混乱の中でもベルケル(偽)が逃げ出さずに留まっているための言い訳にすぎないのだ。万が一敗走中の兵士が彼の命令に応えて城門を突破したら、まあそれはそれで構わないのだが、このまま敗走してもらっても一向に構わないのだ。ただ彼だけは敵が目前に迫るまで退いてはいけなかった。

 最後まで城壁前に残っていた健気な兵士たちが城門から飛び出してきた敵兵に切り捨てられると、もはやベルケル(偽)の本陣以外に戦意を見せるものはいなかった。

「逃げるなぁ! 敵は少数だ! 押し戻せぇぇえ!」

ベルケル(偽)はここぞとばかりに大声を上げた。作戦の成否は今、ただ彼の演技力だけに掛かっていた。それはベルケル(本物)が帝位へと上り詰めるために残された唯一の道だとも聞かされていた。ここで敵に引き返されては、ベルケル(本物)もユイアトも、更には彼の一族の未来までもが閉ざされてしまうのだ。



 城門前に集合した追撃隊に合流したフルウィウスは、伝令を呼びつけた。

「伝令! 大型投石機に攻撃を開始させろ!」

伝令が走り去って行くと、彼は馬に乗って追撃隊に大声で呼びかけた。

「ドルク軍は崩れた! よくやってくれた!」

彼の言葉を聞いて、兵士たちの間から歓声と雄叫びが巻き起こった。趨勢が決まる前に城壁を降りた彼らは、戦いの行方を不安に思っていたのだ。フルウィウスは両手を上げて静まるのを待った。

「今ドルク軍は、城壁からの射撃を浴びながら必至に逃げ去ろうとしている! だが、ごく一部は依然として城壁のすぐ近くで抵抗している! 我々は外に出てこれを始末する! 大型投石機の攻撃を合図に外に飛び出すぞ! 皇太子殿下とテオドーラ殿下の結婚祝いに勝利を捧げよう!」

兵士たちが再び歓声や雄叫びを上げると、大型投石機が次々に火炎壺を放った。

「門を開けろ!」

ゆっくりと左右に開く門の間から混乱するドルク軍の様子が露わになると、フルウィウスの血がふつふつと沸き立った。

「出撃!」

叫ぶなり彼は門外に飛び出して周りを見回した。まずは退路を確保しつつ、敵の敗走が本物か擬態か見破らなくてはいけない。

「第一班、あの攻城槌の裏を当たれ! 第二、第三班はあの小隊を挟み込め! 第四班はあの攻城槌だ!」

ひとまず目につく敵に対処を命じると、彼は逃走する敵を見つめた。

――あの必至さは擬態には見えないが……

だが、それは彼の願望がそう見せているだけかもしれない。ダングヴァルトには迷ったら引き返せと言われていた。

――なにか具体的に判断の根拠となる物はないのか……!?

そう思って彼が見回すと、背を向けるドルク兵達の中に唯一自分たちに向き合う集団を見つけた。その中央には綺羅びやかな金色の甲冑を着た男――おそらくはベルケル――がいて、刀を振り上げて何かを喚き散らしているようだった。フルウィウスがはっとしてすぐ近くを見回すと、死体より遥かに多くの盾と兜と弓と槍が散乱していた。

――武器と兜が捨てられている! この敗走は本物だ!

擬態であれば反攻のため武器を捨てたりはしない。ドルク軍は本気で敗走しているのだ。思惑通りの展開にフルウィウスの血は完全に沸騰した。彼の手は、すでにイゾルテの袖口にまで届いているのだ。

「総員注目! あそこにベルケルがいる! 第一皇子の首を取って、皇女殿下に捧げるぞ! 手柄の欲しい者は俺に付いて来い!」

フルウィウスはそう叫ぶと、形振(なりふ)り構わずベルケルに向かって突撃していった。



 城壁近くの残兵の掃討を終えた敵が、ベルケル(偽)の熱演に惹かれたのか一路彼に向かって走り出すと、彼は内心で歓声を上げた。だが、彼はまだもう少しだけ粘る必要があった。

「おのれぇぇえ! 許さんぞぉぉぉを!」

彼が筋書きにない突撃をする素振りを見せると、左右の護衛達が慌てて彼の馬の前に割って入り、押しとどめてくれた。

「ええぃどけっ! 奴らは俺が殺してやる! どけっ、どかんかっ!」

彼はじたばたしながら口では駄々を捏ねたが、本当に突撃してたら大変なことになっていたので内心では感謝していた。最初は慌てた護衛たちも、彼が全然力を入れていないことを知って演技だと悟っていた。彼らの中でノリの良い男が叫んだ。

「殿下、死んではなりません! 後日の再戦を期して、ここはお退きください!」

ベルケル(偽)は敵との距離を測りながらうだうだと彼を怒鳴りつけていたが、敵が150mまで近寄ると態度をコロリと変えた。

「ええ~い、やむを得ん! 今は退こう! だがいつか必ず、ペルセポリスはこのベルケルが落としてくれるぞ!」

そしてこれまでの戦意が嘘のように、護衛とともに天幕の残る丘の上へと馬を駆けさせた。必死で逃げているはずの彼らの顔には、いたずらを企む子供のように(こら)え切れない笑みが浮かんでいた。



「あの馬鹿、頭に血が上っちゃってるよ。らしくないなぁ」

一路ベルケルに向かって馬を駆けさせるフルウィウスを見て、ダングヴァルトは嘆息した。彼の目にも敵の敗走は本物に見えたが、フルウィウスは味方の歩兵を置き去りにしてベルケルに向かっていたのだ。彼は明らかに視野狭窄に陥っていた。

――まあそれでも、本当にベルケルを始末できれば問題ないんだけどさ。

手が空いているダングヴァルトは、高みの見物を決め込んでフルウィウスの置いていった望遠鏡を覗きこんだ。

「へぇ、あれがベルケル皇子か。さすがはドルクの皇子様だ、すげぇ金ピカ。派手だねぇ」

ベルケルのがっしりした体を覆う鎧も、目深にかぶった兜も、腰に差した鞘までも金箔に覆われ、全身がまばゆい光に包まれていた。

「あの武具一式くれないかなぁ。あれを着て白馬に乗っていれば、まさしく皇子様だよ。成金趣味だけど、お水の女の子にはモテそうだよなぁ」

そんな呑気なことを考えていたダングヴァルトは、自分の内心の言葉に違和感を感じた。白馬の王子様なんていうのは、白馬が貴重で高価でよく目立つからだ。特にドルクは目立ってナンボという文化だし、だからこそベルケルは実用性に乏しそうな金ピカ武具を身につけて目立とうとしているのだ。それに、確か遊牧民族だった頃の名残で白馬が神聖視されていたはずだ。そこまでする男がどうして白馬に乗っていないのだろうか? 

――簡単だ、ヤツは乗れなかったんだ!

ダングヴァルトは馬に嫌われる質なので、馬に拒否されることがよくあった。あの男がどうかは分からないが、貴重で高価でよく目立つように手入れされている白馬の方は、そりゃあ気位も高いだろう。主である皇子以外は決して乗せないほどに……! そう考えると、兵が逃げ去っているのに彼がいつまでも居残っている理由も分かった。

――擬態は兵ではなく、将の方だったのか!

重大な間違いに気づいたダングヴァルトは、叫び声を上げた。悲鳴と言ってもいい。

「まずい、あれは偽物だ! 伝令! 伝令!」

突然騒ぎ出した彼の前に伝令が駆け寄ってくると、彼は唾を飛ばさんばかりに怒鳴った。

「フルウィウスに伝えろ! あの金ピカは偽物だ、白馬に乗ってない! いいからさっさと帰って来い! 以上だ!」

彼に気圧された伝令がコクコクと頷いてから飛び出して行くと、今度はフルウィウスの幕僚に怒鳴った。

「聞いての通りだ! 馬鹿が逃げ帰ってくるから、援護の準備を整えろ! 俺は暫くここを離れる!」

言うなり飛び出して行ったダングヴァルトに、後ろから声が追ってきた。

「将軍はどこに行かれるのですか!?」

彼は立ち止まりもせずに叫び返した。

「爺さんのとこだ!」

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