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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第4章 婚姻
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野心

 御前会議の後、フルウィウスはダングヴァルトを伴なってガルータ地区に入っていた。ダングヴァルトは何の任も帯びていないので、フルウィウスの非公式な幕僚という立場である。体裁にとらわれず面白そうなことには何でも首を突っ込みたがるダングヴァルトと、彼の頭脳を高く買っているフルウィウスの二人にはよくあることだった。軍としてはイレギュラーなことではあるが、いつものことなので二人の幕僚達も慣れていた。

 ダングヴァルトは地位こそ将軍ということにはなっているが、自他共に実戦指揮能力はからっきしだと認めていた。彼の見た目と言動は一見して兵を信頼させられるようなものではないし、直属の部下も参謀肌の士官を3人ほど抱えているだけなのだ。


 プレセンティナ帝国の陸軍は、様々な特殊事情から体制の方も実に特殊である。一つは徴兵ではなく予備役制度を取っているということ。これは主として籠城戦を想定しているため、防火や配給、消耗品の輸送など、戦闘以外の作業も必要となるため、事前にひと通りの訓練を施しておく必要があるからだ。なにせ市内に置かれた軍の倉庫は100を越える。野戦病院として天幕が設置される公園は40あまり、城壁を守備する各隊の兵舎とされる公的機関、民間施設の数は500を越える。事前の訓練なしには物資の移送一つ出来そうにない。実際に全く訓練していない義勇兵は使い物になるまで何日もかかるのに比べて、予備役兵は一日で編成ができるし、そのまま速やかに作業に入ることが出来る。

 そしてその予備役兵を組織化して指揮するために、多くの士官が必要になる。そのため常備軍およそ5,000のうち約半数が士官である。そしてその士官たちは、隊に付随する者と、将に付随する者に大きく二分される。隊に付随する者たちは、予備役兵を吸収して小隊、中隊、大隊といった単位に組織化する役割を担っている。つまりは、各隊の隊長と幕僚、そしてその下につく准士官(叩き上げの兵士。他国では下士官にあたる)達だ。これらは主に兵種や機能ごとに組織化されていて、例えば弓兵小隊は弓兵中隊に属し、弓兵中隊は弓兵大隊に属している。だが実際の戦闘で大隊規模の弓兵(約1000人)をまとめて運用することはまずありえない。多くの場合、槍歩兵と共に城壁上に広く展開されるだろうが、その時槍歩兵と弓兵の指揮系統が2つに分かれていては非常に運用しにくいし、1ミルム以上に延びた大隊を隊付きの士官だけで指揮するのは不可能だ。

 そこで、複数の隊をまとめて運用する者として将軍職がある。もともとは、諸侯が自分の領地から集めてきた兵士達を直接指揮していたのがその由来だ。彼らは例え弱小の貴族でも、歩兵、騎兵、弓兵くらいの基本的な兵種は抱えていたものだ。だから軍は兵種に関わらず諸侯一人ひとりを戦術単位として運用していた。

 だが今では領地を持つ貴族は1人もいない。その代わりに複数の隊をまとめて運用する上級指揮官として、将軍という勅任の士官を置いているのだ。彼らは各兵種の運用に長じた士官を幕僚として配下にしており、彼らを通して各隊を指揮し、連携させて戦術目標を達成するのだ。だから普段の彼らは配下の兵を持たず、様々な状況に合わせた編成と運用の研究に専念している。例外として騎兵だけは、移動速度が違いすぎて他の兵種と一緒に行動しないので、クィントゥスのように騎兵専門の将軍がいる。


 ダングヴァルトが将軍になれたのは用兵論や机上演習の成績が評価されたからなのだが、実際の指揮となると非常に覚束ない。そもそも、各隊の隊長を歴任して兵士たちを鍛え上げてきたような堅苦しい軍人が幕僚になっても、ダングヴァルトと衝突しない訳がない。大抵は「あなたは本当に軍人ですか!?」と怒鳴られて転属願いが出されることになる。一方ダングヴァルト本人も将軍らしくなろうという気がないのか、現場を知らない参謀肌の士官だけを集めてきて研究と事務作業だけやらせている有り様だ。彼としては本当はフルウィウスの幕僚で良かったのに、直接彼を知らない人からは無駄に評価が高かったので、フルウィウスと同時に将軍に任命されてしまったのである。

 常備兵を指揮して行われる演習でも、フルウィウスもダングヴァルトも個別にやれば負け越しているのに、二人で組むと勝率が8割に跳ね上がっている。だからもう、軍の方ももはやダングヴァルトに独り立ちさせようとは考えていなかった。いっそ降格させて、改めてフルウィウスの幕僚にしてはどうかという意見もあったが、実力が認められて降格というのも妙な話だし、ダングヴァルトのような参謀タイプの人材育成のためにも、地位だけでも将軍職に留めておいた方が良かろうということで放置されていた。


 だがそんな二人でも、今回ばかりは阿吽の呼吸という訳にはいかなかった。フルウィウスの真の目的は、ダングヴァルトにも知らされている軍令以上の物だったからだ。フルウィウスはダングヴァルトに真意を明かし、伏して協力を仰ぐことにした。

「頼む、打って出る機会を作って欲しい」

「守ってるだけで良いんじゃないの? そりゃあ、機会があれば野戦もやってみたいけど、外に出るなと釘を差されているんでしょ?」

「だが、これはチャンスなんだ。今は市民だけでなく諸外国の注目も集まっている。功績さえ上げてしまえば陛下としても報いざるを得ないはずだ」

ダングヴァルトは驚いたように片眉を上げた。フルウィウスはイゾルテの出した条件を端から守る気がなかったのだ。それを平然と約束してくるとは、フルウィウスらしからぬ悪どさであり、むしろダングヴァルトの方がやりそうなことである。彼は翻意を促そうとして肩をすくめてみせた。

「形ばかりだね。名誉職を与えられて兵から遠ざけられるよ、俺みたいにさ」

だがフルウィウスはますます勢い込んだ。

「それでも今しかないんだ! テオドーラ殿下が結婚してしまえば次はイゾルテ殿下だ。いったいどれほどの男が名乗りを上げると思う!?」

ダングヴァルトは眉根を寄せた。イゾルテは確かに可愛いとは思うものの、抱きたいかどうかと言われればあと二三年は待ちたいところだ。まだまだ色気と凹凸が足りない。だが親友の切迫した顔を見れば、彼の中ではそうではないのだろう。

「……イゾルテ殿下を狙っているのか?」

「ああ、だから次の機会などないかもしれないんだ! それにテオドーラ殿下だけでなく陛下まで結婚しようというこの時期なら、イゾルテ殿下が欲しいと願い出やすい!」

――確かに一理あるな。これが最大にして最後の機会かもしれない。

フルウィウスは常になく熱くなっているようだったが、それなりに機を見ているようであった。

「一つ聞かせてよ、本当にイゾルテ殿下が目的なの?」

「そうだ」

「コルネリオへの対抗心ではないんだね?」

ダングヴァルトがそう聞くと、フルウィウスは口ごもった。

「……それが全く無いとは言い切れない。だが、今コルネリオが死んでしまったとしても、俺はイゾルテ殿下を諦めきれない」

それは随分と不謹慎な仮定だったが、彼の言いたいことは分かった。

「テオドーラ殿下の方が好みだったんじゃなかったっけ?」

フルウィウスは静かに首を振った。

「それはイゾルテ殿下を知る前の話だ」

ダングヴァルトは静かにフルウィウス見つめたが、やがて降参とばかりに諸手を挙げた。

「分かったよ、あの時お前を置いて行った俺のせいだ。あーあ、俺は殿下にお前を売り込んだつもりだったのに、まさかお前が殿下の虜になっちゃうとはねぇ」

「協力してくれるのか!? ありがとう!」

ダングヴァルトは彼の手を取ってぶんぶんと振り回すフルウィウスに、1つだけ釘を差した。

「その後で帝位も欲しいと言われても、俺は付き合わんよ?」

フルウィウスは笑って答えた。

「そんなものは要らんさ! 帝位など殿下に比べれば遥かに軽い!」

――確かにね。それが分かるということは、本当にコルネリオはどうでもいいようだ。

イゾルテを妻にしても、その地位は皇太子のコルネリオよりも遥かに低く、またその子が帝位に就くこともない。フルウィウスが実権を握ろうとするなら、それはコルネリオに対抗するのではなく、イゾルテを心服させることでしか成し得ない。だがそんなことができる程度の女だと思っていたら、そもそも彼女に惹かれたりもしないだろう。親友に頼みにされていることを素直に喜びつつも、ダングヴァルトは冷静にフルウィウスを分析していた。


「で、手はあるか?」

せっかちにもいきなり策を要求してくるフルウィウスに苦笑しながらも、彼は素早く考えも巡らせた。イゾルテを妻に貰えるほどの殊勲を立てることは非常に難しい。というか明らかに兵も足りないし、罠を仕掛ける時間もない。はっきり言って不可能だろう。

――だがそれならそれで、逆に考えれば手が無い訳でもないな。

「まあ、無い事もないよ」

「本当か!?」

「まず、戦略目標はイゾルテ殿下だよね。だけど、いくら大戦果を上げた後で殿下が欲しいと言っても、褒美が殿下になるとは限らない」

「……だが、そればかりは陛下次第だ。運を天に任せるしかないだろう?」

「いや、そうでもないよ。お前が言った通り今は国中がウェディングブームに沸いているから、それに乗っかるようなストーリーを作ればいいんだ」

「どういうことだ?」

「ドルクを撤退させた上で『フルウィウス将軍とイゾルテ殿下は愛し合っている』とか『イゾルテ殿下を狙うベルケルを追い払った』とでも噂を流すんだ」

フルウィウスは一瞬唖然とし、すぐにオタオタと慌てだした。

「お、おま、何てことを……!」

「それくらいで照れるなよ! お前のために考えてるんだぞ?」

「……すまん。だが、そんな事をして何になるんだ?」

「英雄と皇女が結ばれるというロマンチックなストーリーだ。テオドーラ殿下とコルネリオの二人と同じ構図でもあるし、世論はお前たちを支持するだろうね。それを散々に煽った上でおまえがイゾルテ殿下が望みだと言えば、陛下とて無碍には出来ないと思うよ。世論を敵に回すことになるからね」

自分の考えていたものとはかけ離れた彼の構想に、フルウィウスは何だか()わりの悪さを感じていた。だが、確かに彼の言い分はもっともである。イゾルテを手に入れるためなら何でもやるつもりだったのだ、少しばかり恥ずかしい思いをしたって良いではないか! ――と、彼は思うことにした。

「……なるほど、さすがはダングヴァルトだ!」


「そうなると、戦術目標はドルク軍の撃退だ。でも必ずしも野戦決戦をする必要はない」

「なぜだ? コルネリオはヒシャームの首を取っている。俺もベルケルの首を取らねば、イゾルテ殿下を娶ることなどとても覚束ないぞ」

「まあ確かに、ベルケルの首が取れればそれに越したことはないよ。でも相手だってそれを警戒してるから無理だと思う。

 今回はあくまで一般市民に英雄だと見做されればいいんだ。城壁際で徹底的に打撃を与えて、撤退するところを少しばかり追撃するだけで良いよ」

フルウィウスは眉をしかめて訝しんだ。

「しかし、それだけでは市民も熱狂しないだろう」

「それは遣り様だよ。こういうのはどうだ? お前はベルケルを追い詰めたが、わざと逃したことにするんだ。『テオドーラ殿下と皇太子殿下の晴れの日だ、命だけは助けてやろう』とか言ってさ」

芝居がかったダングヴァルトのセリフに、フルウィウスは目を剥いて突っかかった。

「なっ!? そんな嘘なんかバレるに決っているだろう!」

だがダングヴァルトはあくまで軽い調子で彼をいなした。

「お前にそう報告しろとは言ってないさ、市民が勝手に(◆◆◆)噂するだけだよ。吟遊詩人が歌にしたりしてさ。実家のツテがあるから手を回しておくよ」

事も無げに嘯く(うそぶく)ダングヴァルトに、フルウィウスは今更ながらに舌を巻いた。彼にかかれば、針小棒大、あるいは無いものすらあることにされてしまいそうだった。彼は心底思った。

――こいつだけは敵に回したくないな。

ついでに、彼の実家の商品だけは決して買うまいと心に誓った。



「だから正確には2つの要件を満たす必要があるんだ。ドルク軍を撤退させることと追撃することだ。そして警戒すべきは敵の偽装敗走だね」

「前に言っていた罠の事か」

「ああ、敵の敗走が本物か擬態か見誤れば大変な事になる。例え戦死を免れても、二度と浮かび上がることは出来ないよ」

「分かっている。付き合わせてすまん」

「俺はいいさ。親父から金をふんだくって諸国漫遊の旅にでも出るさ」

「国外追放か」

「自主的にね」

軽い調子を崩さないダングヴァルトが、いったいどこまで本気で言っているのか分からなかったが、フルウィウスには少なからず本音も混じっているような気がした。

「まあ、それはいい。そうならないよう努力するよ。それより実際にはどうやって撃退するんだ? 普通にやっていれば陥落しないだろうから、撃退はできるだろう。だが偽装敗走する相手を本気で敗走させるのは返って難しいかもしれんぞ。味方の敗走を偽装だと知っていれば、立ち止まるのに勇気が要らんからな」

「そうだね、相手の思惑を超えなければ敗走させることはできないだろうな。だけど今回は殿下がその手段を用意してくれた」

「そうか、キメイラか……!」

フルフィウスは目を輝かせたが、ダングヴァルトは肩をすくめた。

「うーん、使えたら良いんだけどね。でもクィントゥスの爺さんは動かんと思うよ。お前が説得を試みるのは止めないけど、逆に諭されるぞ」

――恐らく殿下はそのつもりで連れてきたんだろうな。

あの手この手で出撃を阻もうとするイゾルテには申し訳なく思いつつも、ダングヴァルトは既に覚悟を決めている親友を応援してやりたかった。それに全て上手くいけば、イゾルテは親友の妻になるのだ。笑い話にも出来るだろう。

「じゃあ、大型投石機か? しかし、あれは相手も予測しているだろう」

「今はね。でも敵が迫っても使わなければ無いと考えるだろうね。半年前と同じだよ」

「半年前は途中で組み立てたと聞いたぞ」

「ああ、最初からあるとコルネリオが使っちゃうからね」

「……まさか! あれ()殿下の指図だったというのか!?」

「ああ、あれ()コルネリオらしくない。大型投石機も逆撃も、みんな殿下の指図だと思うよ」

フルウィウスはダングヴァルトをまじまじと見つめた。それは確かに彼自身も気付いたことではあったが、それはイゾルテと会話する上でその言葉の端を捉えたからだ。だから彼女と話してもいないダングヴァルトには知り得るはずもない、と彼は思っていたのだ。

「……知っていたのか?」

「俺に分かったのは、コルネリオじゃないって事だけだよ。でも、それならあとは殿下しかいないからね」

ありもしない出来事をあったように見せかけようと言う一方で、隠された事実をあっさりと見抜いてみせるダングヴァルトに、フルウィウスは恐れを通り越して呆れてしまった。

「……お前と話していると、秘密って何なんだろうかと考えさせられるよ」

「まあとにかく、敵が城壁際まで来た所でイゾルテ・カクテルを蹴り落とし、背を向けたところに矢を振らせ、小型投石機で再びカクテルを撃ちこみ、お前が打って出る。……というところまでは相手の筋書きだろうから、小型投石機の射程外まで逃げてから体制を整えようとするだろうね。だからそこに大型投石機の攻撃を加えるんだ。大型投石機は一度にカクテルを10個くらいなげれるだろうから、合計300個くらいのカクテルが一度に降り注ぐことになる。予想外の攻撃が加えられ、安全なはずの場所が安全でないと知った時、擬態は本物になる――といいなぁ」

真剣に聞き入っていたフルウィウスは、ガクッと崩れ落ちた。

「おいっ!」

「戦なんだから実際やってみないとどうなるか分からないよ。実際にやってみて、本物にならなきゃさっさと戻って来い。こってり叱られるだろうけど、被害は大したことにはならんとはずだ。ああ、打って出るなっていうのは殿下の指示だっけ? 良かったな、殿下に罵って貰えるぞ。踏んで下さるかも知れん」

いつの間にか軽口になっているダングヴァルトの言葉を聞きながら、フルウィウスは残念に思った。

――ここで自信を持って言い切れば、こいつは頼りがいのある将軍になれるんだがな。

だが、だからこそダングヴァルトは彼の幕僚に収まっているのだ。ここは素直に彼の協力に感謝すべきだと思い直した。

「俺にそんな趣味はない! だが、分かった。その方針で行こう」



 テオドーラとコルネリオの結婚式は午後3時から始まった。正確には一般公開されるヘーレ神殿の儀式が午後3時から始まったのである。女神ヘーレはゼーオスの正妻であり結婚を司る女神でもあるため、結婚式といえば普通はヘーレ神殿で行う儀式のことだ。だが国号にペルセパネの名を用い、ヘメタルの名を冠する国から分かたれたこの国では、3女神の神殿で儀式を行うのが正式とされているのだ。

 ペルセパネとヘメタルの2つの神殿での儀式を行って新婦はすでに疲れていたが、新郎がそれを気遣って優しく手を差し伸べた。彼は多くの人々に祝福されながらも、その仲睦まじさを見せつけられた多くの独身男性からは恨みと妬みを買っていた。贈り物の白いドレス{ウェディングドレス}はテオドーラの美しさと胸のボリュームと(既に失われて久しいはずの)清純さを引き立たせていた。それは見守る女達さえもうっとりとさせ、同時に男たちの妬みをますます煽っていた。それは傍らで見守るイゾルテにとっても誇らしく、彼女は自慢気に大きく(◆◆◆)胸を張っていた。

 そのイゾルテはテオドーラから贈られた薄桃色のドレスに身を包んでいた。テオドーラとは対照的に胸元から首までを覆い隠しながらも、両腕は肩まで剥き出しで背中も大きく開いていた。そこから顕になっている彼女の真っ白な肌がテオドーラの白いドレスと対になり、彼女のわずかに褐色がかった肌がイゾルテの薄桃色のドレスと対になっていた。スカートもテオドーラのドレスはふわりと大きく広がっているのに対して、イゾルテのドレスはトーガのようにすっきりとしていて、彼女の足の動きに合わせてひらひらと揺れていた。その美しさはテオドーラに比べても決して引けを取るものではなく、彼女をまだまだ子供だと思っていた人々は認識を改めていた。

 参列者全員で女神ヘーレに祈りを捧げると、薄衣を着た舞手が舞踊を捧げた。その後コルネリオとテオドーラが並んで再びヘーレに祈りを捧げ、誓いのキスをすると拍手と歓声が響き渡り、全市で盛大に鐘が鳴らされた。テオドーラのすぐ近くで花びらを撒いていたイゾルテは、仲睦まじい二人の姿と国を挙げた祝福に柄にもなく感動していた。彼女もこの時ばかりはガルータの心配を忘れて、二人の前途を心から祝福していた。

 だが対岸では、まさにこの鐘の音を合図としてドルク軍が行動を起こしていたのだ。イゾルテがそれを知ったのは、テオドーラたちとともにパレード用の幌なし馬車に乗り込む直前の事だった。



 ドルク西部は、かつてヘメタルとプレセンティナの領土だった土地である。そのためタイトン系の住民も多くいるし、中にはムスリカ教に改宗していない者も多かった。そのためタイトン系の結婚式も珍しくはないし、そのクライマックスに鐘を鳴らすことも広く知られていた。だからベルケルは、結婚式の一番盛り上がるところを狙って水を差すことにしていたのだ。

 ドルク軍の指揮は、綺羅びやかな甲冑をまとったベルケル皇子――の乳兄弟のユイアトが執っていた。忠実なだけで特に非凡なところのないユイアトは、能力的には全くあてにされてはいないのだが、度々ベルケルの影武者となることがあった。体格が同じくらいでベルケルの仕草や声を真似るのが上手いので、遠目にはそっくりに見えるのだ。彼は初めて3万もの軍勢を任されて、少なからず高揚していた。

「ベルケル殿下」

「…………」

「おい、こら、ベルケル殿下!」

「あ、私ですか、殿下」

「今はお前が殿下だ」

「では、でん……あなたのことは何と呼べば?」

「ユイアトだろ」

「あ、そうでした」

「お前に多くは望まん。ただ、味方が崩れたらちゃんと丘向こうまで逃げて来い、そしたらちゃんと助けてやる。だがあまり速く駆けすぎるなよ、敵がついて来なければ意味が無い。護衛の者に合わせればそれで良いから」

「は、はい、分かりました。ユイアト……様」

「様を付けるな、様を。俺がお前に様を付けたことがあるか?」

「す、すみません……ユイアト」

「ほら、鐘が聞こえてきた。行動開始だ。任せたぞ、ベルケル皇子!」

 ユイアトことベルケル(本物)が白馬に乗って後方に駆けていくと、ベルケル(偽)ことユイアトは二三回深呼吸をして、馬格の良い栗毛馬に飛び乗ると姿勢を正した。そして宝石と金箔で飾られた曲刀をすらりと抜くと天に翳した。

「前進!」

その声には自信なさげなユイアトの面影はなく、武断で知られたベルケルらしい威勢の良い大声だった。ベルケル(偽)には、「あわよくば」落とせと言われているガルータ地区は、中級以下の指揮官には「必ず」落とせと伝えられていた。戦いを控えて緊張に顔を強ばらせた兵士たちには、ベルケル(偽)の力強い声は頼もしく響いた。ドルク軍はガルータ地区に向けて前進を開始した。

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