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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第3章 太子擁立
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鏡式望遠鏡

 ある朝イゾルテが起きると、枕元に贈り物が届いていた。絵(写真)の描かれた四角い箱に入ったタイプの贈り物だ。イゾルテの経験上、箱入の贈り物は組み立てが必要な場合が多い。組み立てが不要なものは、大抵むき出しで転がっている。

 今回の贈り物も、どことなくゲルトルート号のモデルとなった一連の贈り物(DoAG○STINIと書かれた本と模型部品)に似ている気がする。ちなみに箱入りで最も難解だったのは、バラバラにされた絵(ジグソーパズル)だった。


 イゾルテはベットの上で両膝をつくと、胸元で指を組んで祈りを捧げた。

「どなたかは存じませんが、神様、いつもありがとうございます」


「ニュートン式反射望遠鏡作成キット」と書かれた箱の表には、望遠鏡のような筒状の何かの絵(写真)が描かれていた。(勿論文字は読めない)だが筒は一定の太さを保った寸胴型だし、端にも目を当てる部分がないようだ。それならどうしてコレを望遠鏡だと思ったのかというと、筒の脇から飛び出している部分が9年前に貰った望遠鏡(双眼鏡)の接眼部を彷彿とさせたからだった。

 だが普通に考えれば、脇から覗いても筒の反対側が見えるだけだ。

「何だこれ…?」


 ひとまず箱を開けてみると、バラバラの部品と本が入っていた。今回は部品が全部揃っているようだ。

「これは鏡か。こっちはなんで歪んでいるのだ?」

 中には2枚の丸い鏡が入っていた。小さい方は楕円形をしているが、間違いなく鏡だ。(斜鏡)だが大きい方は、円形だがお椀のように丸くへこんでいた。(凹面鏡)

――神様がわざわざ品質の悪いものを送ってくるだろうか?

気になってその鏡を隅々まで観察していると、イゾルテは重大なことに気付いた。片目を瞑って正面から見ると、自分の顔が歪みなく拡大されて見えるのだ。

「これはレンズ? 水晶の代わりに鏡を使っているのか!?」


 イゾルテの知るレンズとは、水晶から削りだして作る物だ。ガラス製の物も無いわけではないが、透明度も低く歪みも大きいので、虫眼鏡ならともかく望遠鏡にはとても使えない。だが大きな水晶は非常に高価で、だからこそ贈り物の望遠鏡(双眼鏡)が重宝されているのだ。しかし水晶の代わりに鏡を使えるのなら、いくらでも大きく出来るではないか!


 イゾルテはこの大発見に思わず叫びそうになったが、はたと気づいた。

「鏡では自分の顔しか見えんではないか!」

イゾルテは喜びの反動で崩れ落ちた。


 だが、贈り物研究ではぬか喜びなど日常茶飯事だ。彼女はなんとか立ち直った。

「こんなのでも利用方法があるのだろう。ひとまず組み立ててみるか……」

本に載っていた図(組立説明図)と箱の絵を参考に、イゾルテは組み立てていった。


 やはり筒の脇の部品(接眼部)には小さなレンズ(接眼レンズ)が付いていた。しかも、普通の望遠鏡の接眼レンズと同じ、小さく見えるレンズ(凹レンズ)だ。大きく見えるレンズ(凸レンズ)と組み合わせれば、望遠鏡ができそうである。そのレンズの先の筒の中には、小さい鏡(斜鏡)を斜めに取り付けた。

「なるほど、鏡で反射することで筒の脇から見れるようにしてあるのか」

だが感心したのも束の間、その次の図には反射したその先にへこんだ鏡(凹面鏡)を取り付けるように描いてあった。

「どういうことだ!? これでは結局自分の顔しか見えんではないか!」

それどころか、覗きこんだ目しか見えないはずである。


 だが、一喜一憂も贈り物研究にはつきものだ。彼女は再び立ち直ると、とにもかくにも贈り物を完成させた。

「まぁ、作った以上は見てみるか」

イゾルテが接眼部を覗きこむと、そこには見慣れた模様が見えた。

「この模様は何だ? 毎日見ているような気がする……。ひょっとして、私の目に文字通り焼き付いてしまっているのか?」


 なんとか思い出そうとその模様を凝視していたら、イゾルテは目が疲れてしまった。

「うーん、思い出せん!」

そう言って眉間を揉みながら上を見上げると、その先に模様を見つけた。

「あっ、天井の模様だったか!」

どうして自分の瞳が見えないのかはさっぱり分からないが、やはりこれは望遠鏡のようだった。


 窓から外を眺めてみると、明るさと言い倍率と言い、以前貰った望遠鏡(双眼鏡)に匹敵した。もっとも昔貰った望遠鏡(双眼鏡)のように倍率を変更することはできないので、見張り用にはあまり向かないかも知れない。だがそれでも、これなら量産できる可能性が高いのだ。

 ゲルトルート号や建造中の『暁の姉妹』号クラスの船を量産した場合、ボトルネックになるのが望遠鏡だった。折角半径25kmの視野を手に入れても、普通の望遠鏡ではそんな遠くの船を見つけたり識別するのは無理なのだ。だが、鏡式望遠鏡(反射望遠鏡)なら量産も大型化も(たぶん)可能である。


「これは今すぐにでも量産せねば!」

イゾルテは鏡式望遠鏡(反射望遠鏡)を持って部屋を飛び出した。

「きゃあ」

「おっと、すまない」

部屋を出たところで、メイドとぶつかりそうになった。

「で、殿下!」

「すまなかった。急いでいたのだ」

イゾルテは言葉では謝りながらも、体はすでに研究棟に向かって走りだしていた。

「違います! お召し物が!」

「えっ?」

イゾルテはネグリジェのままだった。


 メイドに叱られながら着替えを済ませ、朝食も摂らされて、イゾルテが研究棟にやって来たころには日もすでに高くなっていた。

 ここに来てイゾルテは、誰に相談すべきか迷った。原理の解明や大型化の研究は学者に時間をかけてやってもらうにしても、再現はすぐに出来そうだ。適任は鏡職人だろうが、これまでの贈り物研究では出番がなかったので、そんな職人は離宮に呼んでいなかった。

――鏡職人に伝手があるのは誰だろう?

迷った末、イゾルテは家具職人達の部屋を訪れた。


 研究棟において、家具職人達は便利屋のような存在である。別に家具を作るわけではなく、その技術でもって試作品制作に協力するのだ。だが今回は、本職の家具作りの方で鏡職人と知り合いではないかと考えたのだ。


だが家具職人の返答は期待したものでは無かった。

「鏡職人は知ってますが、わざわざ曲がった鏡を注文するなんて聞いたことがありません」

「単に曲がっているのではなく、高度に計算された曲線にしたいのだ」

「……たぶん、我が国の職人では無理だと思いますよ?」

鏡の製造では、品質と言い生産量と言い都市国家バネィティア共和国が群を抜いている。

「バネィティアの鏡職人を招聘するしかないか……」

「無理でしょう。あそこは滅多なことでは技術を外に出しません」

「ではやむを得ん。注文を出して作ってもらうか」

せっかくの鏡レンズ(凹面鏡)技術を流出させるのは痛いが、例えば通常の鏡の製造技術と交換するなどの取引は充分にあり得た。


 だが意外に博識な家具職人は、イゾルテに異議を唱えた

「いえ、そもそもあそこの鏡は錫箔をガラス板に貼り付けるものです。正確にへこんだガラスを作るのも大変ですし、そこに錫箔を敷いたら皺が出来てしまうと思いますよ」

「本業でもないのに詳しいな」

「まぁ、いろんなチームの仕事をしてますから」

横断的に様々なプロジェクトに出入りするため、妙な知識が溜まっていくらしい。


「では他に手があるか?」

「むき出しの金属ではダメなのですか?」

「……ダメではないが、重くなるからなぁ……」

あまり重すぎるとマストの上まで持ち上げられなくなってしまい、本末転倒になる。

「では、木で作って鍍金(メッキ)しますか」

「出来るのか?」

「あー、鍍金と言ってしまいましたが、それはたぶん無理なんでしょうね。そんな家具見たことないですし。でも、家具の表面に金箔や金属板を貼ることは良くあります。木で型を作ってその上に薄板を曲げて貼り付け、最後に研磨して鏡のように仕上げれば問題無いと思います」

「まぁ、それならかなり軽くはなりそうだ」

「銀も節約できますしね」

「銀!?」

 イゾルテはてっきり鉄か何かのつもりだった。贅沢に慣れてるくせに、イゾルテは結構貧乏臭いところがある。

「光の反射率も、加工のしやすさも、錆びにくい点でも、やっぱり銀が一番でしょう」

「しかし、銀は高く付きそうだなぁ……」

「直系30cmの水晶なんてありませんけど、銀皿なら幾らでもあるでしょう?」

「……確かに」

こうして半ば押し切られるように、銀製凹面鏡による鏡式望遠鏡(反射望遠鏡)の試作が開始されることになった。

反射望遠鏡は自作する人が多いようです。

凹面鏡なんかもバラ売りしています。

直径80cmクラスの大砲みたいな望遠鏡も、個人が持っていても不思議じゃないみたいです。

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