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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第3章 太子擁立
32/354

委員会

 新型ガレー船の建造が決まり、造船工廠に赴いては細々とした設計を詰めていたある日、イゾルテは離宮に思わぬ人物の訪問を受けていた。

「はじめまして、かな。アエミリウス議員。元老院の重鎮が、私に用とは何かな?」


 皇位継承の問題があって政治家とは極力距離をおいてきたイゾルテだったが、テオドーラがやっと帝位に就く気になってくれたので、今は以前ほどには警戒していない。それにアエミリウスのような大物をすげなく追い返したりすると、将来皇帝となったテオドーラを補佐していく上で、余計な火種を抱え込むことになりかねなかった。


「殿下に任命状をお渡しに参りました」

「任命状?」

「こちらが元老院議員の任命状、こちらが新神殿建立委員長の任命状です」

「は?」

「ですから、こちらが元老院議員の任命状、こちらが新神殿建立委員長の任命状です」


 元老院議員は1000人以上いるので、貴族、皇族なら大抵元老院に議席を持っているものだ。あとは高級軍人に高級官僚、大商人なんかも議席を持っている。離宮に出入りしている学者や職人の中の何人かも、なんでか議席を持っていたはずだ。(たぶん、組合や学会関係だろう)

 もっとも、元老院の総会など年に1度開かれるだけで、それも十人委員会の委員を互選をするだけである。そして、この時選ばれた10人の委員が、全ての元老院の代表として政府や皇帝を監視し、補佐し、追認するのだ。アエミリウス議員もこの十人委員会の委員の1人である。

 そして元老院では特定の目的を持った委員会が立ち上げられることもあるのだが、それも十人委員会が人選をする。つまり十人委員会に入れない平議員には、ほとんど実権など無いに等しいのだ。


「……元老院議員はいい。少々早い気はするが、いずれなるだろうと思っていたからな。だが、新神殿建立委員長とは何だ?」

「ムルス神殿の建立に関する元老院特別委員会の委員長です」

「……何故私が?」

「殿下が作ると決めたのでしょう?」

「いや、まぁ、そうなのだが。でも、私は城作りなど知らないぞ? 陸軍の爺様連中が喜んでやると思っていたのだが……」

イゾルテがぼやくと、議員は顔を近づけてヒソヒソと囁いた。

「ここだけの話、年寄りはこれまでローダスの悪口を言いまくっていましたので、うっかり失言を掘り返されたりすると困るのです」

「……さもありなん」

「その点、殿下は好感度抜群ですからな」

「そ、そうか?」

「ローダスでは殿下の肖像画が飛ぶように売れているそうです」

「おお! 本当か!?」

「死体を眺める殿下の絵だそうで」

「………本当か?」

「私にはローダス人の感性は理解できませんなぁ。おっと、今のも悪口ですな。何卒(なにとぞ)ご内密に」

はっはっは、と楽しそうに笑う議員に対して、イゾルテも、はっはっは、と乾燥しきった笑いを返した。

「まぁ、そんな訳で殿下に委員長をやって頂きたいのです。殿下と親しいスキピア子爵を副委員長に付けましたので、細かいことは彼に任せれば良いでしょう」

「待て、議員。私は……」

「プレセンティナのためですよ、殿下」

「……分かった」

老練な政治家だけあって、彼はイゾルテの扱い方を心得ているようだった。



 議員の言葉通り、ローダスではイゾルテの人気が凄いことになっていた。絶望的な籠城戦を続けていたら、突然援軍が現れて魔法のように攻撃が止まったのだ。その援軍の代表として現れたのが腹の出たおっさんだったとしても、一気にアイドルにされてしまうところだ。ところが実際に現れたのは、凛々しさとか弱さを併せ持ち、しかも色白金髪とメダストラ海ではめったに見ない容貌の美少女だったのだ。さらに伝え聞いたところでは、援軍を出し渋る廷臣たちを一喝し、皇帝に逆らって自ら軍を募り、さらにドルク艦隊を打ち破ってローダスに駆けつけたと言うではないか!(脚色あり)

 だが、彼らがイゾルテをその目で見たのは、彼女がムルス神殿を詣でた日だけだった。そこでその日のイゾルテの象徴的な2つの場面が肖像画にされた。1つは、清楚なトーガ姿でムルス神に跪いた時の姿。そしてもう1つが、凛々しい軍服姿で顔色一つ変えずに"地獄の坂"(死体と瓦礫の山)を睥睨(へいげい)した時の姿である。それら2つの肖像画は、それぞれ違う嗜好の人々の人気を博していた。


 そんな中、中堅騎士の1人に過ぎなかったベルトランが、新神殿建立の特命全権大使として大抜擢された。本来ならもっと上級の騎士が大使となるべきだったが、戦いたがり(バトルフリーク)なムルス騎士団は幹部が先頭に立って戦うので、上級幹部が軒並み死傷していたのだ。それに、ローダス側でも何かとプレセンティナの悪口を言ってきたので、年寄りは使えないという事情があったのだ。

 この抜擢に、ベルトランは燃えていた。彼はあくまで建立の全件を委任されているだけで、新神殿の長に内定している訳ではないのだが、この仕事を上手くこなせば新神殿の要職が割り振られるのは確実だった。それにベルトランには野望(?)があった。彼を含めてほとんどのムルス騎士は、タイトン諸国への仕官を狙っているのだ。

 ムルス騎士団は実力重視で素性を問わないので、その大半が平民や騎士の次男坊、三男坊の出身である。斯く言うベルトランも、西ウロパに覇を唱える大国アプルン王国…の辺鄙な片田舎の貧乏騎士の三男坊だった。継ぐべき家もないし、継いだってあんまり良いこともない。ムルス騎士団にいつまでも居残っても、(しょせん小島1つ領有してるだけなので)やっぱりあんまり良いことはないのである。

 だがムルス騎士団の中で出世すると、

「前職はムルス騎士団の百人隊長でした」

「おお、それは凄い! 是非、我が王国で騎士団を率いてくれないか?」

という感じで、有利に転職できるのだ。ムルス騎士団にしても、OBが各国の要人になってくれると政治的な影響力が増すのでありがたい。そして要人となったOBが、ムルス騎士団の後輩を引き抜きに来るのだ。どこかの学閥みたいなものである。


 そして、その"仕官"の一形態として"婿養子"という手法が存在する。騎士たちはローダスの女性に人気があるのだが、"婿養子"になれなくなると困るので、割りと禁欲的な生活をしている。斯く言うベルトランもかなりモテるのだが、ベロチューと愛撫までのプラトニック(?)な愛(?)で我慢していたのだ。

 だが今ベルトランは、ムルス騎士団の要人としてプレセンティナの社交界に直接乗り込むことになった。相手を選べない"婿養子"とは違い、自分好みの御令嬢を見つけて(子供が出来るくらいに)仲良くなることができるのだ。そうすればその家に婿入りするなり、プレセンティナ陸軍への就職を世話してもらう事も出来る。


 だが皇帝の娘でありその上美少女であるイゾルテは、好条件にも関わらず、ベルトランにとっては仲良くなりたい相手ではなかった。彼は団長の護衛として3者会談に赴いたので、その帰りにムルス神殿を詣でるイゾルテを道案内し、彼女が"地獄の坂"を見た現場に居合わせたのだ。プレセンティナの水兵たちが顔を背けたり、道端で嘔吐するのを見て彼は少しばかり昏い喜びを覚えたが、イゾルテは全く顔色を変えなかった。その瞳を見れば、怯えるどころか悼んでいる素振りすらなかった。既に"地獄の坂"を見慣れていたベルトランにとっては、イゾルテの冷たい眼差しの方こそゾッとするものだった。後でその場面を描いた肖像画を見たが、彼にはそれを見て喜んでいる連中の気が知れなかった。(そういう連中は、ゾッとしないでゾクゾクっとするらしい)

 戦場で共に戦うには頼もしいかもしれないが、何を考えているか分からず、決して心を許せない。それがイゾルテに対する彼の感想だった。だから彼は、皇帝の娘などという高望みをする気はさらさらなかった。だが彼は、皇帝の娘でありその上美少女である人物が、もう一人いたことを知ることになった。



 ベルトランの社交界デビューはこれ以上ないほど派手だった。500年からの歴史を持つ大宮殿の大広間で、万座の貴顕達の前で主賓として皇帝に拝謁したのだ。こういった経験の全く無いベルトランは、ムルス神殿の儀式のつもりで全てのセリフや行動を丸暗記してその場に臨んでいた。

「ベルトラン・ド・ヴィルパンと申します。この度は、団長閣下より新神殿建立に関する特命大使に任じられました。若輩者ですが、よろしくお引き回しのほどをお願い申し上げます」

何度も何度も何度も練習したおかげで、そのセリフはすらすらと口から流れ出た。

 彼は緊張していなかった。練習の時と同じように、彼の目には皇帝もイゾルテも入っていなかった。ただ練習の時と違うのは、彼の理想を現実にしたような、麗しくも可憐で、そのくせ肉感的な女性が目に映っていることだった。彼女はイゾルテと違って、金髪でも色白でもなかった。多くのタイトン人と同様に、ブルネットで、肌も若干浅黒く、顔の彫りも深かったが、目をみはるほどに美しかった。タイトン人の、タイトン人らしい王道の美しさだった。彼女に比べれば、イゾルテの美しさはイロモノに過ぎない。それに何より、彼女は肉感的な(エロい)体つきをしていたのだ。彼女を見つめるベルトランは(うわ)の空だった。


「ド・ヴィルパン卿、着任を歓迎しよう。新神殿の建立については委員会を設立するので、そちらの方で話し合って欲しい。追って使いを送るので、まずは長旅の疲れを癒やされよ」

その女性に見とれていて、ベルトランの反応は遅れた。

「え、あ、はい、御言葉痛み入ります」

ベルトランは振り返ることを惜しみながら、ゆっくりと退出していった。



 新神殿に関しては、建てる方も建てさせる方も、宗教的・政治的な思惑よりも軍事的な現実を優先していた。プレセンティナ側は攻め寄せるドルク軍の一番邪魔になる場所に作りたいし、ムルス騎士団としてもとにかく堅牢な神殿(というか城)にしたかった。そんな訳で、委員会のメンバーはプレセンティナ側もムルス騎士団側も無骨な連中ばかりだった。ムルス騎士団側はマッチョな若い騎士ばかりだし、プレセンティナ側も陸軍の将軍ばかりである。それぞれの代表として、ベルトランとスキピア子爵が副委員長に任命されている。

 一同が揃った顔合わせの席で、1人だけ浮いているのがイゾルテだった。実際これだけ平均体脂肪率が低いと、もしこの部屋が水没しても、水に浮くのはイゾルテだけだったに違いない。


「私が委員長のイゾルテだ。もっとも私は城作りに詳しくないので、実務に関しては副委員長の2人に頼ることになるだろう。よろしく頼む。

 プレセンティナとムルス騎士団は、城作りに関してはタイトンの双璧だ。お互いの立場を忘れて、共通の目的のために忌憚のない議論をして欲しい」

ムルス騎士たちは委員長がイゾルテだと知って内心大喜びだったが、ベルトランだけは「同じ皇女ならテオドーラ様が良かった……」とがっかりしていた。


「ただし、私から2つだけ注文がある。1つはペルセポリス市内から行き来できる抜け穴を作って欲しいということだ。

 9年前の籠城戦の時、私はまだ子供だったが将軍たちはよく覚えているだろう。苦しい戦いの中で、だれも援軍には駆けつけてくれなかった」

イゾルテがそう言うと、ムルス騎士団側の委員たちが居心地の悪そうな顔をした。

「いや、ムルス騎士団を非難している訳ではない。30年前のロードスにも、我々は援軍を出さなかったのだからお互い様だ。

 だが今回、我々はロードスに援軍を出した。そして今、君たちムルス騎士団がペルセポリスに来てくれた。我々はもはや1人ではない、頼りになる友がいるのだ。たとえドルクに包囲されても、この絆を断ち切らせぬため、まず抜け穴を作って欲しいのだ」


 イゾルテの演説に、ベルトランが水を差した。

「しかし、そうするとあまり遠方には作れません。本城を包囲させることを阻害するため、出城はその包囲の後ろを取れる位置に作る物ではないですか?」

彼はイゾルテの甘っちょろい言葉を、彼女の真意だとは欠片(かけら)も信じていなかった。

「ド・ヴィルパン卿の意見はもっともだ。だが、どうせドルクは十分以上の兵を連れてくる。遠くに置いても、そちらも別に包囲されるだけだ」

さらりと反対意見を述べるイゾルテに、ベルトランは舌打ちしそうになった。先程の言葉が飾りにすぎなかったのだと確信したからだ。


「充分に近くに置いて、相互に支援できる工夫した方が良いということか」

「怪我をしても安全な後方に送ってもらえるとなれば、安心して戦えるな」

「抜け穴を通じて兵の移動が出来るのなら、逆撃の出撃点としても使えるぞ」

「そうなると抜け穴の大きさはどうなる? 馬や戦車(2輪の戦闘用馬車)が通れるほどに大きくするのか?」


 議論が白熱しかけた所で、スキピア子爵が止めた。

「待ってくれ。議論を続ける前に、殿下の話を最後まで聞こう。殿下、もう一つの御希望とは何ですか?」

一つ頷いてから、イゾルテは言った。

「もう一つは、いつドルクが攻め込んできてもいいように作って欲しいということだ」

将軍の1人が手を挙げた。

「それは、城壁から作れということですか?」

「それもある。あとは材料を揃えてから一気に作れということだな。城壁を作りかけの状態で攻めこまれたら目も当てられない」

「ドルクに何か徴候があるのですか?」

「詳しくは言えぬが、今年中に攻め込まれる可能性が高い」


 イゾルテの言葉は衝撃的な内容だったが、陸軍にはリークしてあったのでプレセンティナ側の委員に動揺は少なかった。だがローダス側の委員は顔が引き攣っていた。彼らはつい先日、厳しい籠城戦を経験したばかりなのだ。

「だから、今年中は設計と縄張り、それと材料集めに終始するのが無難かもしれないな。ドルクが帰った後で、一気に作ったほうが楽でいい」

「確かにそうですな」

何の気負いもなく、ドルクが撤退していくことを当然と考えているプレセンティナ人を見て、若いムルス騎士たちは驚きを隠せないでいた。

10人委員会はヴェネチア共和国に実在した組織の名前です。

40人委員会もありました。

300人委員会みたいに怪しい組織ではありません。

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