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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第3章 太子擁立
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新型ガレー船(模型)

 二輪荷車(自転車)の試作3號機を見たイゾルテは、その後丸2日ほど書斎に閉じこもった。二輪荷車を安定させるために、同じものを横につなげるというアイデアからインスピレーションが働いたのだ。贈り物の本の中から1枚の写真を見つけ出すと次々とアイデアが生まれだし、彼女は夢中になった。そしてようやく書斎から出てくると、イゾルテはアドラーを呼びつけた。


「アドラー、解決したぞ」

「何の話ですか?」

「新型ガレー船、いや、白鳥型推進方式のことだ」

「確か、学者たちは水車を大きくした方が良いと言ってましたよね?」

「ああ。"白鳥"のように水車が小さいと、水面を垂直に叩くことになるからな。その点水車が大きければロスが少なく、回転の力を後ろ向きの水流に変換しやすい」

「ですが、その大きな水車をどこに乗せるんですか?」

「もともと1つの回答は持っていたのだ。これを見ろ」


 イゾルテが指さしたのは、「船の歴史」と書かれた本だった。そこには「外輪船」と書かれた絵(写真)が載っていた。

「おお、水車を両脇に付けるのですか。

 確かにこれなら大きく出来ますな」

「だが、このままではダメだ」

「何故です?」

「ガレー船の衝角は勿論、小型投石機の1発で終わりだぞ?」

「ああ、弱点丸出しですもんね……」

「だから私はその問題を克服する方法を考えていた。その答えがコレだ」

イゾルテはそう言って糊の付いた紙(付箋紙)のついたページを開き、「ダブルカヌー」と書かれた絵(写真)を指差した。

「こ、これは……!」



 さらに5日後、イゾルテはアドラーたちに作らせた模型を持って皇宮を訪れた。

 執務室を訪ねると、心を入れ替えたテオドーラが皇帝の傍らで執務を学んでいた。実務を夫任せにするにしても、皇帝本人も知っておいた方が良いに決まっている。イゾルテはテオドーラの変化を嬉しく思った。


「父上、姉上、新しい船の模型を持ってまいりました」

「新型ガレー船だな。見せてくれ」

イゾルテは白い覆いをガバっと払い除けた。

それはガレー船の、というかゲルトルート号を含めたこれまでの全ての船舶の常識を打ち破るものだった。

それは……

・船が2つ横並びにくっついていた(双胴船)

・その間に巨大な水車が前後に2つ付いていた(内輪船(注1))

・それぞれの船体は前後に細長く、高いマストを4本ずつ備えていた(合計8本)

・2つの船体の間には宙に浮くように広い甲板が広がっていた(クロスデッキ)


「……これで1隻なのか?」

「これで1隻です」

「これがガレー船なのか?」

「定義によります。

 人力で航行可能な船をガレー船と呼ぶのなら、まさにそうです」

「なんでこんなにマストがあるんだ?」

「あった方が良いでしょう?」

「この広い甲板は何に使うんだ?」

「並んで体操でもしましょうか」


 皇帝はそれ以上のツッコミを控えて眉間を揉んだ。ツッコミ所が多すぎて、このままでは話が進まなそうだった。

「これの利点を説明してくれ」

「まず、水車を装備したことで自力推進が可能です。そして、弱点となる水車を左右から挟むことで敵から隠しています。また2つの船を連結したことで、左右方向への安定性が格段に上がっています。そのため、それぞれの船体は細長くすることが可能になりました。船幅が減った分、水の抵抗が大幅に減っていますので、高速になるはずです。また同じ理由で船幅に比べて高いマストを装備できます」

「なるほど、いつもながら筋は通っているな。だが、ここまで帆を増やすのならもう帆船でいいのではないか? お前が以前言っていた通り、これからは射撃戦がより重要になるだろう。それなら、水車のためだけに大勢の水兵を乗せるのは効率が悪いのではないか?」

「射撃戦の為にも、自力で方向転換出来る事は重要です。それに彼らには射撃戦にも参加してもらいます」

「弩でも持たせるのか? だが射撃戦が激しくなるなら、敵兵は白兵戦の直前まで甲板には出て来なくなるぞ」

「いえ、水車を回す力を大弩や投石機の巻き上げにも利用するのです。1人の腕で巻き上げるより、10人の足で巻き上げた方が早いのは自明です。射撃間隔は大幅に短くなります。左右両舷合計60門の兵器が、試算では6秒毎に発射可能です」

「……1分で600発ということか!?」

「片舷では300発です」

「何れにせよ、一瞬で針ネズミだな」

「あるいは火ネズミです」


 イゾルテの言葉に、皇帝は「イゾルテ・カクテル」の評判を思い出した。工廠で大増産している高濃度酒精(アルコール)も、軍部は大半を「イゾルテ・カクテル」用の備蓄に回しているらしい。この船に近づいた愚か者の末路が目に浮かぶようだった。


「確かに面白い試みだ。ゲルトルート号に続いて、海戦の常識を覆す物となるだろう。しかし、しばらく海戦はないぞ。今作る必要があるのか?」

「間に合えば、渡河の妨害に使いたいと思います。大型船で真っ向から戦えば、我軍の勝利は疑いようがありません。ドルク軍は無数の小舟で渡河しようとするでしょう。

 そこで、この船の出番です。ゲルトルート号並みの索敵範囲があり、狭い海峡を自由に泳げ、小舟相手の攻撃力は並みの船の百倍以上です。ドルク軍が一斉に渡河するその最中(さなか)に突入すれば、これ一隻でドルク兵数万人を始末できるでしょう」


「それは幾らなんでも言いすぎだろう」と言いかけた皇帝は、1分で600発のイゾルテ・カクテルを発射できることを思い出した。小舟に1つ直撃すれば、全員がそのまま焼死するか、飛び込んで溺死するかしか選択肢はない。無数の小舟が炎を上げる水面を、悠々と進む巨船の姿が瞼に浮かんだ。


「分かった、建造を許可しよう。だがな、イゾルテ。これだけはどうしてもお前に聞いておく必要がある」

「……何でしょう」

「"白鳥"のどこが雛形だったんだ? 全然違うぞ!」

イゾルテは不満気に口を歪ませた。

「急いで方向性を示せと仰ったのは父上ですよ」

「ではせめて名前にでも入れるか? ネダ(ゼーオスが白鳥に化けてレイプした人妻)号とか」

「勘弁してください。それよりも、姉上の名を頂きたい」

「えっ、私の?」

全然話に付いて来れていなかったテオドーラは、突然自分の話題になって驚いた。

「今回は随分私の工夫を取り入れました。それで、姉上に捧げたいと思いまして……」

イゾルテは言いながら頬を赤らめ、目を逸らした。しかし、テオドーラは微笑みながら首を振った。

「いえ、だめです」

「えっ……?」

「だってせっかく2人並んでいるのです。私は右の半分だけ、左にはあなたの名前をつけましょう。そうすれば、2人はいつも一緒でいられます」

「お姉さま……」


見つめ合う二人に、慌てて皇帝が割って入った。

「ゴホンッ! あー、では、『暁の姉妹』号でどうだろうか。暁はタイトンの東端にある我が国を指し、姉妹とはもちろんお前たちのことだ」

「まぁ、"太陽の姫(イゾルテ)"が乗る船に相応しい名前ですわ」

こうして『暁の姉妹』号の建造が開始されることとなった。

注1)"内輪船"と言われる船は実際にあるようですが、どうやらスクリュー船のようです。

外輪船からスクリュー船に移り変わる時代に、"外輪"に対する言葉として使われた……のかと思いますが、はっきりとは分かりません。

ですが一般的な用語ではないので、この話ではあくまで水車が内側に付いている船を指すことにします。


ネダ=レダです。白鳥座の元ネタの話です。

ゼウスって、本当に最低ですね。性的な意味で。

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