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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
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ユイアト海賊団 その9

戦いまで雪崩れ込むつもりだったのですが、まとまらなかったので分割しました。


 夜襲によって甚大な被害を受けたビルジ艦隊は物資と兵士の陸揚げを優先し、その日のうちには他の入り江を捜索することすらしないまま日が沈んだ。イゾルテはもちろんその夜も意気揚々と夜襲に出かけたが、その戦果は……皆無だった。

「まさか、灯台が見えないとは……」

 ビルジ艦隊そのものは動きが無かったものの、上陸した陸兵たちは周囲に展開して周辺の丘や岬を占領してしまっていたのだ。それが灯台を排除する目的で行われたのか、昨晩そこにあった灯りを海賊の拠点だと思っただけなのかは分からないが、おかげでビルジ艦隊の停泊する入り江近くの灯台は軒並み潰されてしまったのである。それ以外の灯台は十分にあったからイゾルテは再び夜襲に出掛けた訳だが、いざ入り江に近づいてみると占領された丘が邪魔になって他の灯台まで見えなくなってしまったのだ。

「私としたことが、海図に陸地の標高が描いてなかったから気付かなかった……」

まあ、海図っていうのは基本そういう物だ。昨晩も見えていなかったはずだが、手前の丘の灯台で十分だったのでより遠くの灯台など気にも留めていなかったのである。

「ベネンヘーリ、お前は覚えてたんだろ? 教えろよ!」

「はて? このシーテ・ハメーテ・ベネンヘーリ、昨夜の光景はまざまざと覚えておりますが、トリス様が何をおっしゃっているのか皆目見当がつきません」

ベネンヘーリは記憶力が良いだけであり、イゾルテの地文航法などこれっぽっちも理解していなかった。聞いたことには答えられるが、聞かれないのに自分から言い出すことは大抵碌でもないことである。

 結局意気消沈してとぼとぼ(比喩)と帰ってきた翌日も、ビルジ軍の陸兵は険しく入り組んだクマザーワの原生林を進み、着々とイゾルテたちのアジトに迫っていた。

このままではイゾルテが観測班を置いている山頂までが占領されるのは時間の問題である。そうなればビルジ艦隊の位置は分からなくなり、逆に海賊団の位置は丸分かりだ。アジトも陸兵によって占領されるだろう。イゾルテは一兵も失わないままに追い詰められようとしていた。

 海賊団は21隻。しかも難民の中から志願してアジト建設に協力してくれた義勇兵やボランティアを後方に送り届けるために3隻は()かなくてはいけないだろう。船も人員も喉から手が出るほど惜しかったが、泳げない(◆◆◆◆)人間を海戦に連れて行っても仕方がないし置き去りにするほど非情にもなれなかった。

――クマザーワを放棄するか……? しかしここをビルジに押さえられては、ビルジ軍はホームズ海峡の両岸を手に入れることになる。況して我々を追ってペルージャ湾の各地に展開されては、難民船の安全を確保出来なくなる……

 勝敗ということだけを考えれば無理に戦う必要は無かった。待っていればそのうちムルクスに命じた派遣艦隊が到着するはずなのだ。プレセンティナの精鋭艦隊にかかればドルク海軍など物の数ではない。だがそれでもイゾルテが海賊団を組織したのは、より多くの人たちをアルビア半島に避難させるためなのである。況して陸上からの攻撃が差し迫っているこの時期に避難船を止めるのは、未だにバブルンに残っている人たちを見殺しにするのも同じだった。

「親分、どうするんですかい?」

海賊たちは縋るような目つきでイゾルテを見ていた。海上で戦うにしても彼我の戦力比は2.5倍だ。それをひっくり返す知略を彼女に期待しているのだろう。だが、彼女に策はなかった。

「戦えばお前たちは百人単位で死ぬだろう」

海賊たちは怯んだ。無数の海賊団を血祭りに上げビルジ艦隊に対しても一方的な夜襲を成功させたイゾルテをして、なお多大な犠牲が出ると言わしめているのだ。いったいどのような死闘となるのだろうか。しかし彼女は、熱い想いと言葉をも失った訳では無かった。

「だが、今難民船を止めれば万単位で難民が死ぬ! ビルジにペルージャ湾を握られれば、百万単位でアルビア半島の人々が死ぬのだ!」

イゾルテはその蒼い瞳に強い決意を漲らせながら、海賊たち一人一人と目を合わせた。それは彼女が時折見せてきた静かで神秘的なものではなく、燃え盛る炎のように熱く猛々しいものだった。

「戦おう! そしてビルジ艦隊を追い払うのだ! 今それが出来るのは、我々しかいない!」

それは当たり前の人間が持つ情熱であり、心だった。少なくとも彼女はそう信じていた。ここは彼女の国ではなく彼らは彼女の民ではなかったが、彼女は1人の人間として彼らを守ることを当然だと考えていた。

「……勝てるんですかい?」

「勝てる。例え我々が海の木屑と消えようとも、ビルジ艦隊に撤退せざるを得ないだけの被害を与えられるだろう」

「「「…………」」」

果たしてそれが勝利と言えるのだろうか? 海賊たちは顔を曇らせた。だが彼女の瞳に浮かぶ決意は微塵も揺るがず、彼女が本当にそう考えているということは海賊たちにも明らかだった。


「……勝てる戦に尻込みするようなやつぁ、ここにはいませんぜ」

1人の海賊が声を上げると、即座にもう一人が応えた。

「そうだ、人助けをしねぇ海賊なんてただの海賊だ! だが俺たちは誇り高きユイアト海賊団だ!」


イゾルテは声を上げた海賊たちに向かってニコリと微笑んだ。

「メフディー、パヤム、ありがとう。私はドルク人を代表する立場にないが、きっと彼らも感謝してくれると思う」

2人が真っ赤になるのを見て、他の海賊たちも我先にと声を上げた。

「俺も! 俺も戦うぞ!」

「そうだ! 俺たち1人で1万人分とは、剛毅な話じゃねーか!」

「ビルジのために死ななきゃならねぇ敵の方が憐れだぜ! 俺たちゃ1万人の同胞と親分のために死ねるんだからな!」

「ありがとう、みんな! ありがとう、セルピナ! お前たちの尊い犠牲のことは忘れないぞ!」

イゾルテと海賊たちは互いに涙を流しながら感動の渦に包み込まれていた。……ただ1人を除いて。


「……なんでそこに、私の名前が出るのかしら?」

セルピナである。彼女(?)も熱気に乗せられかけていたのだが、イゾルテが彼女の名前を出した途端に嫌な予感に囚われて冷静になっていた。

「もちろん、いざとなったらお前を犠牲にして撤退するからだけど?」

「ば、馬鹿かっ!? ビルジが撤退を許すわけ無いだろ! 俺の安全を確保したら全滅させられるに決まってる!」

「だ、か、ら、セルピナがそれを阻止してくれるんだろ? セルピナならグサッと一突き、ビルジを簡単に黙らせることができるじゃないか!」

「…………」

戦場なのはともかく逃げる場所のない船上で暗殺するのは玉砕に等しい。しかし海賊たちが自己犠牲の精神に目覚めて悲壮な決意を固めている横で、この状況を生み出した責任のあるセルカンだけが保身を図ることも出来なかった。

「我々が敗れればサビーナがどうなるか……分かるよな?」

別にイゾルテがどうこうするという事ではなく、彼女の庇護を離れたサビーナが、ビルジの兵にどんな目に遭わされるのかという話である。だがそんな脅しまでされてはセルカンに断ることは出来なかった。……海賊たちが白い目で睨んでいたし。

「……分かったよ! その時は俺がビルジを殺してやる!」

「その心意気や、よし!」

「さすがセルピナ姐さんだぜ!」

皆が再び盛り上がる傍らで、セルピナだけは心細気な顔をしていた。

「あ、あの、でも出来れば陸地の近くにしてくれないかしら? 遠泳は得意じゃないのよね……」

彼女の泣き言は誰も聞いていなかった。

次回こそ決戦です。

いや、まあ、ペルージャ湾を巡る局地戦の中での決戦に過ぎませんけど。

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