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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
281/354

ユイアト海賊団 その6

まさに海賊

悪逆非道の限りを尽くします

 セルピナからの連絡を受け取ったイゾルテはムサイガンダム半島の沖合に船を停泊させて待機していた。

「トリス様、何故出迎える必要があるのでしょう? 荷物を持ったまま帰ってくるだけのことでしょう? ま、まさかセルピナさんに興味がおありなのですか?」

「……あいつは男だぞ?」

「だからこそです!」

ベネンヘーリは興奮して唾を飛ばした。まあ、普通の少女は男に興味を持つものである。イゾルテがセルカンに惚れているのではないかと疑うのは無理も無いことだ。彼はイケメンにだって変装できるのだから。それが変装だと知っている相手に対して、イケメン特殊メイクがどれほど意味があるのかは良く分からないけど。

「トリス様が興味を抱かれるのは当然のことです。確かにあれ(◆◆)は素晴らしいですから!」

「……あれ(◆◆)?」

「作戦が終わって不要になったあの偽乳を譲り受けようと思っているのでしょう? 私も喉から手が出るほどに欲しいですが、トリス様がお望みならば私は我慢致しましょう。あれの触感と食感は私の脳内に記憶いたしましたから」

「って、偽乳のことかよ! しかも食べるなよ!」

「舐めて齧っただけです。普通ですよ?」

「…………」

それは本当に普通のことなのだろうか? だがイゾルテも本当に普通であって欲しかった。彼女も身に覚えがあったから。

「と、とにかく、作戦を変更したいらしい。我々がセルピナを捕まえて物資を強奪し、ついでにビルジに身代金を請求することになった。あくまで"セルピナ"はビルジの味方のままでいさせたいようだ」

「盗人に追い銭ですね。さすがはトリス様です。このシーテ・ハメーテ・ベネンヘーリ、ここまで理不尽で悪辣な作戦は聞いたことがございません」

「……言い出したのはセルカンだ。とにかくセルピナを人質にして敵艦隊の攻撃を誘うんだ。ビルジの艦隊から一隻だけ付いて来ているそうだから、そいつの乗員に"セルピナが誘拐された。身代金を持って来ないとセルピナが酷い目に遭わされる"と思わせなくてはならない」

「はあ。ですが、ビルジ様がセルピナのために身代金なんて払うでしょうか?」

「さあな。しかしいずれにせよ我々を制圧しなくてはならない。時間と場所を指定出来るだけこっちが有利だ」

「なるほど、感服いたしました。ではセルピナを拘束しておっぱいを揉む役はこのシーテ・ハメーテ・ベネンヘーリがお引き受け致しました」

別に胸を揉む必要など欠片もなかったが、確かにその方が酷いことをされそうな切迫感はあるかもしれない。

「……まあ、任せた」



 ムサイガンダム半島は多くの入江と小島が入り組む複雑な地形だ。どこの入江に海賊が潜んでいても不思議ではなく、入江に追い詰めたと思っていたらただの島影でいつのまにかどこかに消えているということもあり得る。そんな土地だから至る所に暗礁もある。まさに海の天嶮(てんけん)とでも言うべき難所だ。ここをアジトにしている海賊たちが同行しているとはいえ、ビルジ配下の兵たちは内心心細さを感じていた。

「なぜここに寄ったのですか? 直行すれば良いのではありませんか?」

ビルジに付けられた連絡士官は、本来海賊に過ぎないセルピナに敬語を使っていた。ビルジとの親密度を考えてのことだ。

「運ぶだけじゃなくて敵地に陸揚げするのよ? 幾らか兵士も連れて行けないわ」

「じゃあ、なんでアカンタレ・アッパースに連れて来なかったのですか?」

「海賊がいっぱい来たら迷惑するでしょう? 私も部下たちを抑えておくのが大変だわ」

「なるほど」

海賊のくせに気の利いた心配りである。まあ、ただの言い訳なんだけど。


 やがて指示しておいた地点にたどり着くと10隻のガレー船が停泊していた。

「あれですわ。細かい指示を与えるから接舷しなさい」

「へい、姐さん」

しかしセルピナの乗った旗艦が近寄ると、ガレー船はそれをぐるりと包囲して次々に接舷してきた。不穏な空気を感じて連絡将校は狼狽した。

「こ、これはどうしたことだ? 何故我々を包囲するんだ?」

「…………」

問われてもセルピナは答えなかった。トリスへの手紙には"セルピナ"を人質にして欲しいという要望しか書いていなかったから、ここから先の筋書きは無いのだ。ぶっつけ本番のアドリブ劇である。トリスがどんな思惑を持っているのか確かめるまでは不用意なことは言えなかった。


「うふふふふっ! 引っかっかったわね、セルピナ姐さん! 白仮面海賊団は私が乗っ取ったわ! 今では赤仮面海賊団よ!」

女の声が響き渡ると、周りのガレー船から水縞模様のシャツを着た海賊たちがぞろぞろと雪崩れ込んできた。セルピナに従う海賊たちは彼女を守るように円陣を組むと半月刀を抜いたが、彼らも状況の変化に当惑しているようだ。……茶番劇だということしか知らないから。

――姉さんって何だ? そういう設定なのかな?

「あなたは誰? 姿を見せなさい!」

「私はここにいるわ!」

接舷した船の外側を漂う別のガレー船の船べりに、その女の姿はあった。異様な姿である。赤い仮面をかぶり、赤いガウン{襦袢}を着て、なぜかすっぽりと丸テーブルに嵌り込んでいたのだ。最大の謎は丸テーブルだが、セルピナたちの目を引いたのはそこではなかった。ガウンが寸足らずで前が開いていたのだ! 辛うじて乳首は見えていないが形の良いおっぱいがほとんど丸出しに近く、かわいらしいおへそも、そして海賊たちとおそろいの水縞のパンツまでもが丸見えだったのである!

「「「「おおおおぉ!」」」」

セルピナ派(?)の海賊たちは歓声を上げた。(セルピナ)の偽乳しか見てこなかった彼らにとって、その乳とパンツは何よりものご褒美である。それに彼らは、トリスが美少女であることを知っていたのだ。だが連絡士官だけは喜べなかった。

「な、なんと恥知らずな格好を……」

彼だけは切迫した事態だと思っていたし、仮面で隠すくらいなんだから不美人なのだろうと思ったのだ。うっかり喜んだら後でがっかりするぞという男の持つ本能的な防御反応である。

 一方変装の達人であるセルカンは、自身の経験からその女に違和感を感じていた。正確には違和感のなさに違和感を感じていた。彼はトリスが貧乳だと見破っていたし、赤い女の乳が偽乳でないことも見破っていた。偽乳作りの達人であるからこその鑑定眼である。

――おれだって服越しの感触と谷間周辺の見た目を再現するだけで精一杯なんだ。継ぎ目もなく骨組みもなく、胸の間を完全に衆目に晒すなどとても出来ることではない!

だがしかし、確かにその声はトリスのものであった。

「……いったい誰よ?」

イゾルテの方も名を問われたのは心外だった。この海賊団でドルク語を話す女なんて彼女しかいないのである。赤いガウンを着た彼女は叫んだ。

「私よ! 分からないの!?」

ただしその赤いガウンは、ガヌメーダ人形{リアルドール型ドリンクサーバー}と一緒に(◆◆◆)着ていたんだけど。つまりは二人羽織である。そのせいでガウンの前が(はだ)けて(ガヌメーダ人形の)パンツまで丸見えになっていることは、その人形の背中に密着している彼女には知る(よし)も無いことだったが。

「だから誰よ! 名前を言いなさい!」

名を問われて初めて、イゾルテはガヌメーダ人形に名前を付けていなかったことに気づいた。

「名前? あっ、えーと……ほら、私はサブリナよ!」

「ええっ!?」

セルカンは目を剥いた。サブリナといえばサビーナに付けた偽名だ。

――サビーナなのか? 確かに肌の色合いは化粧で誤魔化せるが……ていうか、サビーナに何て格好させてやがるんだ……!

周りを見回すと海賊たちが食いつかんばかりにサビーナ(?)の胸を凝視していた。(セルピナ)の偽乳より天然美少女(サビーナ)の生乳の方が良いに決まっている。セルカンは色んな意味で腹が立った。

「さっ、サビー……サブリナがそんな恥ずかしい格好をするはずがないわ!」

イゾルテは困惑した。名前や性格設定なんて二の次のはずだ。なんでこんなに拘るのだろうか?

――随分と引っ張るなぁ。声ですぐに分からなかったのは、こんな服装してるところを見たこと無いからだって言い訳かな? 仕方ない、乗ってやるか。

「ふふふ、妹に裏切られたことを認めたくないようね?」

イゾルテが赤い仮面を手に取ると、セルピナは頬を引きつらせた。

――ば、バカな! ビルジの配下も居るのにサビーナの顔を晒す気か!? くそっ、サビーナを餌にビルジを誘引するつもりなんだな、トリスめ!

確かにそうすればビルジはサビーネナの身柄を確保するために全力を挙げるだろう。ビルジ艦隊は確実に海賊撃破のために出撃してくる。だがビルジにしてみればサビーナの生死は問わないのだ。セルカンにとってはサビーナの身の安全こそが至上命題だった。

「ま、待ちなさい! 仮面を取ってはダメ!」

「認めなさい! 私はあなたの妹サビーナよ!」

イゾルテは赤い仮面を投げ捨てた。男たちは仮面の下から現れた美しい顔を見て一斉に息を飲んだ。

「「「……誰?」」」

 てっきりサビーナだと思っていたセルカンはほっと安堵の溜息を吐いた。

――誰かは知らんが、サビーナでないなら誰でもいいや

「うん、そうね。どこからどう見てもあなたはサブリナだわ!」

すごく適当だった。

 てっきりトリスだと思っていた海賊たちはガッカリした。でもよく考えれば、トリスの他に美女が増えたのだ。むしろ嬉しいことではないか!

「俺はサブリナちゃんに付くぜ!」

「年増のセルピナよりピチピチのサブリナちゃんの方が良いよな!」

「サブリナちゃんばんざーい!」

セルピナを囲んでいた海賊たちはあっさりと裏切ってセルピナに剣を向けた。どうせ芝居なんだけど、セルカンは地味に傷ついた。

――やばい、すごい美人じゃないか!

いままで興奮していなかった連絡士官は今更真っ赤になった。その視線はパンツと胸を忙しく往復していた。

「ベネンヘーリ、姉さんを捕まえなさい」

「ははっ」

傍らで控えていたベネンヘーリは一歩進み出ると深々と頭を垂れた。

「このシーテ・ハメーテ・ベンンヘーリ、トリ……じゃなくてサブリナ様のためならどんなおっぱいも力強く揉みしだきましょう! とうっ!」

彼はセルピナの船に飛び移るべくさっそうと船べりを蹴った。

 ズルっ

「あっ、あ~~れ~~」

彼は真っ逆さまに海に落ちた。どっぼーんと大きな水柱が上がっても、しばらく誰も何も言えなかった。

「「…………」」

ベネンヘーリのドジに一番打ちひしがれたのは、皮肉なことにセルピナだった。

――あのバカ、ホントに記憶力だけだな。少しは体を動かせと何度も何度も言い聞かせてきたのに……

上司としては頭が痛いところである。現状の上司であるイゾルテも頭が痛い。ここはお笑いが欲しいところではなく、脅しをかけたいところなのだ。

「えーと、そこの海賊たち! メフディーにパヤム! 代わりにセルピナ姐さんを縛り上げなさい!」

「「ええっ!?」」

セルピナ派から寝返った海賊を指差すと、名指しされた2人のおろおろと動揺した。まさか名指しされるとは思わず、それどころかそもそも自分達の名前をサブリナ(?)が知っているとは思ってもいなかったのだから当然である。

――えっ? 俺ってひょっとして注目されてたのか?

――ふっ、まさかこんな美女に惚れられているとは……

「「へい、喜んで!」」

2人は喜々としてセルピナを縛り上げた。

「ちょ、ちょっと! 痛っ!」

茶番だというのにかなりきつめに縛っちゃったのは、彼らの忠誠心の証である。リアルで良い事だ。おかげでセルピナは演技でなく苦しかったが。

「くっ……! わ、私をどうするつもりよ!」

イゾルテは海の藻屑と化した(かもしれない)ベネンヘーリの最後(かもしれない)の言葉を思い出した。

「そうね、とりあえず胸を揉ませるわ。あなた達、姉さんの胸を揉みしだきなさい」

2人は一気に意気消沈した。何だって男の偽乳を揉まなくてはいけないのだろうか。しかし彼らはしぶしぶとセルピナの偽乳を揉み始めた。

「もっと激しく!」

「「へーい……」」」

「くっ、やめなさい! ああん、そんなに強く揉まないでぇ!」

「「…………」」

セルピナは色っぽい喘ぎ声を上げたが、中身が男だと分かっているとこんなに萎えるものはない。興奮できるのは連絡士官だけである。なんというご褒美! 指示を出しているのが露出狂の美女だというのがまた倒錯的でそそるではないか! 彼は決して状況を忘れた訳ではなかったが、知らず知らずの内に前屈みになっていた。

「何ということを! 非道は止めろ!」

彼は偉そうに叫んだが、所詮はビルジの部下だ。似たようなことは彼自身何度もやって来たことだったし、内心ではむしろ「もっとやれ」と叫んでいた。ついでに脅されて仕方なく(◆◆◆◆)陵辱に参加させられたりしないだろうか? その想像は彼をますます前屈みにさせた。彼は性病の話を聞いていなかったのだ。

「あなたはビルジの配下ね? これは身内の争いよ。口出ししないで貰えるかしら?」

「セルピナ殿と白仮面海賊団はビルジ陛下に忠誠を捧げた! セルピナ殿に手を出すということは、ビルジ陛下を敵に回すということだぞ!」

 セブリナは考えこむ素振りを見せた。

「だったら取引よ。セルピナ姉さんがビルジの家臣だというのなら、身代金を払って下さる?」

「……何だと?」

 身代金は普通身内が払うものである。主君が払うことも無いではないが、それは特別な忠臣に対するものだ。セルピナはまだ何の功績も上げていないし、海賊団を乗っ取られてしまったのなら将来的に功績を上げることも覚束ないだろう。そもそもその身内が要求しているというのが本末転倒である。

――とはいえ、陛下はセルピナ殿を気に入っておられる。女一人としての価値なら十分にあるか……?

「幾らだ?」

「そうね……船団が運んできた物資を頂くわ」

「なんだとっ!? あれは軍の兵糧だ! 身代金になんて出来るか!」

「そう? じゃあ相場の倍で売ってあげる。いまから同じだけ揃えようと思ったら、時間も値段も倍かかるわ。時間が節約出来るだけマシでしょう?」

「…………」

――どのみち武力では勝てない。この場は言いなりになるしかないか……。だがこの程度の海賊なんぞ我が艦隊の総力で当たれば壊滅させられる。物資などいくらでも取り返す事が出来るはずだ!

彼はすばやく計算を巡らせると、条件を呑むことにした。

「分かった、セルピナ殿を開放してくれ。我々の軍船に乗せて帰る。それで良いのだろう?」

「ダメよ」

「何でだ!」

「これは前払い分よ。これと同じだけの物資か、それに見合う金額を追加で払ってくれたら解放するわ」

同じだけ揃えるのに時間がかかると言った舌の根が乾かないうちに、同じだけ揃えて来いというのだ。言ってることが無茶苦茶である。

――とにかく、この場で争ってもどうにもならん! このことを陛下に報告して艦隊を派遣しなくては……

「ぐぬぬ……止むを得ん。その代わりセルピナ殿の身の安全を保証しろ!」

「そうね。とりあえず部下たちの嬲りものにするのは3月末まで待ってあげるわ。でもそれ以外のことは待てないわね。今月末には右のおっぱいを切り取るわ。来月末には左のおっぱいね。うふふふふ……」

凄まじく猟奇的な脅しであったが、海賊たちは震え上がるどころかニヤニヤと笑うばかりだった。それを見て連絡士官は怖気(おぞけ)が走った。

――本気だ……本気で胸を切り落とす気だ! こいつらどうかしている!

まあ、実際にセルピナの偽乳を切り落としてもベネンヘーリが悲鳴を上げるだけなんだけど。

「あなたは開放してあげるわ。さっさとビルジの下に帰って身代金をかき集めてくることね!」

勝ち誇った声とは裏腹に、サブリナはにこりともしていなかった。どこか遠くを茫洋と眺める彼女の様子は、その美しさのせいもあって人間離れしているように見えた。

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