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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第3章 太子擁立
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骨肉(前)

 最近ドルク西部では、ある噂が流れていた。

「魔女が現れたそうだ」

その魔女は港を焼き、船を襲い、艦隊を罠に嵌めて壊滅させたという。そしてそのせいでローダスに渡った30万の兵士たちは、餓えで全滅してしまったのだとも。


「そんな化け物が居るわけがない」

そう言って笑い飛ばした男たちも、

「いや、俺の故郷の港も襲われた」

「サナポリの港も、軍船が居なくなってすっからかんになってたぜ」

と聞かされれば、もしかしてと思い始める。


 その魔女は白尽くめの格好をしているのだが、頭だけは紫の丸い兜を被っている。そしてその大きな面覆いは、なぜか鏡で出来ているのだという。その鏡には人の心を写す魔法がかけられているのだ。彼女はその魔法を使って人々の心を読み取り、操り、弄んで、死へと導く。その姿を見たものは、誰も帰って来れない。

「……(ゴクリ)」

そして人々の心の隙をついて、どこにでも突然現れるのだ。そう、まさに今、お前の後ろに……

「うわぁぁぁっ~!?」

驚いて振り向いた男の姿に、周りの男達が大笑いした。


 不貞腐れた男が、うわさ話に文句を付けた。

「でも、なんで白尽くめなんだよ。俺は『黄金の魔女』って聞いたぜ」

「『黄金』だって?」

白尽くめの魔女と黄金は一見何の関係もない。だが、一見何の関係もなくても、黄金と結びつく伝説は山ほどある。そう、例えば海賊の秘宝の伝説だ。

「そういえば、海軍と一緒に出て行った(元)海賊たちも帰って来ないな」

男たちは思った。

――心を読むことが出来るのなら、秘宝の隠し場所などあっさりとバレるんじゃないか……?

「……(ゴクリ)」

誰かが唾を飲み込んだ。

――その魔女の溜め込んだ黄金は、一体どれほどの量なのだろうか……?

ドルクではその噂が急速に広まりつつあった。



 ドルクは、タイトン諸国との間には国交も公式の通商関係もないのだが、プレセンティナとの間には非公式な陸上交易路が黙認され、それを介してタイトン諸国との交易が行われている。ドルクは何度かプレセンティナとの交易を厳しく禁じた事もがあったのだが、北のハサール・カン国を経由してアムゾン海(ペルセパネ海峡の北に広がる大きな内海)からプレセンティナに流れただけだった。

 ペルセパネ海峡はウロパ大陸とアルーア大陸、メダストラ海とアムゾン海が交差する世界の(へそ)なのだ。何をどうやっても人と物が流れこむことは止めようがなかった。だから今は交易路が黙認する代わりに高い通行税を取っている。

 そして、その交易路を通してもたらされる物の1つにタイトン諸国の要人の肖像画があった。もちろん飾るためのものではなく、敵を知るための資料である。


「これが噂の『黄金の魔女」か。なんだ、ガキではないか」

それは金髪の少女の肖像画だった。

「それは5年前のものです。今は15歳になれらておられます」

「ほう、これの5年後か……見てみたいな。新しいものはないのか?」

「申し訳ありません。新しいものは御兄君様にお納めしたところでして……」

肖像画を眺めていた青年は、商人に尋ねた。

「ビルジ兄か? ベルケル兄ではあるまい」

「はい、ビルジ皇子です」

「さすがに目敏いな。仕方ない、新たに取り寄せろ」

「ですが、プレセンティナでも品薄でございまして……」

「であろうな。我が国でも噂になるほどだ。本国では大層な騒ぎであろうよ」

「直接見たことのない画家の書いたものなら、幾らでもあるのですが……」

「それは要らん。無駄に美化されていそうだ」

青年は肩をすくめると、もう一度肖像画に目を向けた。

「まぁいいさ、よほど酷くなければ子供くらい作れる。この絵を見る限りでは、充分に美しいだろう」



 現在ドルク帝国の帝位にあるウラト2世には、8人の皇子と9人の皇女がいた。(死者を含む)

 ドルクでは世代が代わる度に、血なまぐさいお家騒動が起こる。家臣たちは皇子の誰かに肩入れして栄華を望むか、身を引いて保身を図ることになる。それは当の皇子たちにも言えることで、帝位を望まぬ者は早々に帝位継承権を放棄して家臣の列に加わる。今代では3人の皇子が後継者として名乗りを上げ、互いに牽制しあっていた。


 そして今、皇帝に対して強い影響力を持つヒシャームが窮地に陥っていた。皇子達に等しく距離を置いてきたヒシャームを、自らの陣営に取り込む最大のチャンスである。

 ただ問題は、3人の誰にとってもチャンスだと言うことだった。長男のベルケルはもともと武断派で、ヒシャームとは馬が合う。次男のビルジは策謀家で、どんな策を用いるか分からない。5男のエフメトとしては、年齢や経験で負ける分、思い切った手を打たなければならなかった。(ちなみに3男は死亡、4男は白痴)


 皇帝が3人を御前に呼び出し、ヒシャームの処遇について意見を尋ねた時、彼らはこう答えた。

ベルケルは言った。

「今回の敗戦は、ムルス騎士団に対するものではありません。プレセンティナに負けたのです。プレセンティナに勝つことで、ヒシャームに罪を償わせましょう」

ビルジは言った。

「ペルセポリスを攻めるのは時期尚早です。またヒンドゥラ(ドルクの東にある大国)との国境が騒がしくなっているようです。陛下の名代として、東に向かわせては如何でしょう」

エフメトは言った。

「私にはまだ妻がおりません。是非、プレセンティナのイゾルテ姫を妻に迎えたいと思います」


二人の兄はエフメトの言葉に驚いた。

「何の話をしておる!」

「『黄金の魔女』をか……!?」

だがウラトは先を促した。

「いや、こやつのことだ。何か考えがあるのだろう」

「はい。その交渉をヒシャームにしてもらいましょう」

「プレセンティナが承諾するだろうか」

「しないかもしれません。その時は、顔を潰された私とヒシャームでプレセンティナを攻めましょう」

「大義名分というわけか」

「はい。それに、これを巡ってプレセンティナの世論が割れれば、禍根が残ります。戦いの最中(さなか)にも足かせとなるでしょう」

「だが、もし受け入れたらどうする?」

「実質的な人質です。外交的な勝利と言えるでしょう。それに、プレセンティナの皇位継承者は実質的に2人。その1人が我が妻となれば、その子をプレセンティナの帝位に就けることも不可能ではありません」


 口髭を撫でながらしばらく考え込んだウラトは、結局エフメトの案を容れた。

「試みて損はないな。良かろう、ヒシャームに交渉させてみよう」

「父上、ありがとうございます」

エフメトは憮然とする2人の兄に見られぬよう、深く頭を下げながらニヤリと笑った。



 ウラトにヒシャームが居るように、エフメトにも乳兄弟のハシムがいた。彼は常識人で、エフメトの非常識な言動にいつもハラハラさせられている。彼に言わせれば、ビルジよりよほどエフメトの方が何をやらかすのか分からなかった。

「エフメト様、随分と思い切った提案をなされたそうですね」

「俺がプレセンティナを攻めるためには、あの方法しかなかった。何も言わねばベルケル兄が大将になっただろう。ビルジ兄はそれが失敗した時の予防線を張っただけだ。ベルケル兄がペルセポリスを落とせばベルケル兄、失敗すればビルジ兄だ。俺としては、大義名分の中に俺の名前を割りこませる必要があった」

「しかし万一魔女を差し出されたら、妻の座を餌にして有力な外戚を味方につけることができなくなります。今回の出兵で直接損害を受けた者も含め、多くを敵に回す可能性さえあります」

「確かにな。だが、プレセンティナが我らの言葉を信じると思うか? 皇太子になった後ならともかく、ただの皇子に魔女を娶らせるというのなら、それは魚心に水心というやつだ。ドルクに介入する気がある」

「まさか、国内にプレセンティナ兵を引き入れる気ですか……!?」

「人聞きが悪いな。妻の実家に援助してもらうだけのことだよ。それにヒシャームが交渉しておるのだ、恐らくはまとまるまいよ」

アムゾン海=黒海のイメージです

ギリシャ神話の時代には黒海沿岸にアマゾン族(女のみの部族)が住んでいて、アマゾン海と呼ばれていたのだそうです。

今となってはブラジルのイメージしか湧きませんが……。


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