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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
278/354

籠城 その1

 バブルンの人々はみな忙しく働いていたが、とりわけ宮廷技師長アル=ギャザリンとその一党は忙しかった。なにしろ避難のための馬車や筏の需要が急増した一方で戦争準備までしているのだ。その上いきなりの前倒しである。忙しくない訳がなかった。とはいえ馬車や船の製作や、その材料を家屋から切り出す作業まで彼らがやっていた訳ではない。彼らがやっていたのはその前段階の作業である。

「親方ぁー、回転ノコ歯上がりましたぁー」

「これで最後か? 予備にもう50枚作っとけ!」

「へーい」

「回し車の方はどうした?」

「まだっす。故障品の部品交換で歯車が足りなく……」

弟子の言葉が終わる前にギャザリンの鉄拳が彼の脳天を直撃した。

「痛ってぇーー!」

「馬鹿野郎! 壊れるこたぁ端っから分かってんだろうが! 部品は余分に作っとけ!」

口より先に手が出るのがギャザリンだ。手元にトンカチがあったら頭を割られていたことだろう。そんな親方に弟子は恨みがましい目を向けた。

「……親方ぁ、弟子だって壊れるんっすよ?」

「ふんっ、だから余分に居るんだろうが」

「「「ひでぇ……」」」

周りで見ていた弟子たちは我がことのようにぼやいた。実際にいつ自分が殴られるか分かったもんじゃないのだ。


 忙しい中でもギャザリンは張り切っていた。プレセンティナ人の持って来た様々な物が彼の霊感(インスピレーション)を刺激しまくっていたのだ。戦闘用の人力馬車(キメイラ)にも驚いたが、回転するのこぎりを使ってあっという間に角材を作る馬車(カメルス)には度肝を抜かれた。彼は幾多の水車を作り、その回転動力を使って動く水門や時計に揚水機、更には水洗トイレまで作ってきたが、工作のための機械を作るという発想はなかった。しかものこぎりを回転させるとは! おかげでこのバブルンの木材加工のスピードは格段に早まっていた。

――やはり古ヘメタルの文明を引き継ぐだけのことはある。製造技術も精巧だが、何より発想が素晴らしい!

 特に感心したのは、プレセンティナの学者だとかいう男が持って来た猿の人形{お猿のシンバル人形}だった。時計の一部として自動演奏人形を作ったことのある彼だったが、正確には木琴を自動演奏する装置と演奏しているフリをする人形に過ぎなかった。しかしプレセンティナの猿人形{お猿のシンバル人形}は、本物のシンバルを実際に叩いて演奏するのだ! しかもそれを片手で持てるサイズで実現し、ふいごを使って笛まで鳴らしていた。この手の技術には明るい彼も、今まで見たことはおろか聞いたこともない脅威の品である。まあ、人形の造形と音楽に関してはセンスの欠片もなかったが。


 そんなこんなで彼が創作意欲をガンガン刺激されている所に降って湧いたのが、バブルンを守るための防衛兵器の製造依頼だった。これまで兵器を作ったことのない彼は最初戸惑って断ろうとしたのだが、この話を持ち込んだ(くだん)の学者はこう言った。

「イゾ……じゃなくて、トリスさんが言っておられました。かの哲学者アルキメンダスは"ヘメタルの剣"マルケルスス将軍から2年もの間シロクサを守り通しました。優れた学者は活躍の場を選ばないものです」

 それは第二次ポニー戦争でのことだ。数学者であり機械設計の権威でもあったアルキメンダスは、数々の独創的な防衛兵器を作ってヘメタルの陸海軍を苦しめたのだ。(注1) ギャザリンは職人気質のくせに(専門分野に関しては)読書家でもあり、自分で書物も記す文化人だ。アルキメンダスは古代の、しかも異文明の人ではあったが、その偉大な業績を彼が知らないはずがなく、彼の自尊心は激しく刺激された。

「ワシをアルキメンダスに例えるのか……。そこまで言われて断っちゃあ、男が(すた)るってもんだな!」

ギャザリンはドルク人技術者としての意地を見せなくてはならないという気持ちにもなっていた。まあ、結局アルキメンダスは負けたんだけど。

 彼は早速作業に取り掛かった。とはいえ彼は理論家ではなく実践の人だ。最初にやったのは最も手っ取り早く効果の大きい兵器の再現だった。

「街からありったけの鏡を持って来い! 特に宮殿からだ!」

鏡は貴重品だったが、手鏡くらいならともかく壁に掛けるような大型の物は長い逃避行に持っていけるほど軽くもなければ頑丈でもない。壁に掛けられたものだけでなく漆喰に埋め込まれたものも後先考えずに掘り起こし、大小合わせて3千枚近い鏡が集められた。

「こんだけありゃあ十分だろ。城壁の上に置いとけ!」

弟子たちは首を傾げていたが、(くだん)の学者――コロテス男爵はニヤリと笑った。

アレ(◆◆)をやる気ですか?」

「ああ、あんたも知っとるのか、アレ(◆◆)を」

二人はいたずら小僧のように含みのある笑みを浮かべた。ただ鏡を集めただけのことだが、これが実はアルキメンダスの超兵器なのだ。彼は鏡で太陽の光を一点に集め、ヘメタルの軍船を燃え上がらせたのだという。(注2) なんという発想! やはり知恵こそが最強の力なのだ! 日が照ってないと使えないけど!

 しかしアルキメンダスの開発した兵器はこれだけではない。

「次は投石器ですか?」(注3)

「そんなのはワシが作る必要もないだろ。投石器は兵士と大工たちが作っとるし、回転ノコギリを使った矢の量産もしとる」

「うーん、何か一工夫欲しいところですね。我が国なら火炎壺を投げるんですけど、材料が足りないしなぁ……」

「火炎壺? 火の玉ではいかんのか?」

「液体の方が広く被害が出ますからね。盾で防ごうにも盾自体が燃え上がったり、盾の間からこぼれる油が燃え上がるのは防げません」

「そりゃあそうだが、飛ばんことはないだろ。レンガなら十分飛ぶだろう」

「そりゃまあ、レンガでも当たれば痛いでしょうけど、それだけですよ。火の玉の方が燃えるだけ効果があるでしょう」

「だから、燃えるレンガを作ればいいだろ? 燃える土{アスファルト}を使って」

コロテス男爵ははっとして膝を叩いた。

「ああ、あの泉の!」

それはバブルン入城の直前にテ・ワと見物してきたアスファルトの湧く不思議な泉のことである。今は避難船を量産するため、あの泉から持って来たアスファルトを防水材として使ったりしている。ペルセポリスの近所にも1つ欲しいところである。あんまり近いと臭いけど。

「事前に焚き火にでも放り込んでおけば火が付くだろう。それから放り投げれば地面に落ちても簡単には消えんはずだ。もちろん、直接当たれば痛いだろうしな」

 アスファルトは高濃度酒精(しゅせい)のように低温で発火させることは出来ないのだが、土のような重量密度を備えしかも一旦火が付けば簡単には消えない。(注4) 謂わば固体の油に近い。これをそのままレンガのように固めて弾丸にしてしまえば、重くて硬い火の玉として機能するはずだ。あまりガチガチには固まらないが、城壁からの高低差も考えればたぶん死ぬだろう、ってくらいには固まるはずだ。。

「なるほど。油壺と一緒に投げるのも良いですね。アスファルトなら油がかかっても炎が消えることもないでしょうし」

「よし、油壺も用意させよう。さすがに後生大事に油を持って逃げた奴は多くないだろうし、街には大量に残っているはずだ」

「解体作業してる人たちに、油も探すように伝えておきます」

「俺の方はレンガ用の木枠を作らせて泉の方に持って行かせよう。レンガにしてから運ぶ方が手っ取り早いしな」

コロテス男爵はなるほどと頷いた。だが、アルキメンダスの開発した兵器はまだあった。

「あとは起重機{クレーン}ですか?」(注5)

アルキメンダスは攻め寄せるヘメタルの軍船を起重機{クレーン}で引っ張り上げて破壊したと言われている。船と船、男と男がぶつかり合う海戦に無粋な兵器を持ちだしたのだ。まあ、第一次ポニー戦争ではヘメタルの方が無粋な兵器を持ちだしたんだけど。(注6)

「人間を釣り上げるのか? レンガを落とした方が早いだろ。まあ、そのレンガを城壁の上に運ぶためには有効だがな」

「なるほど、ではそんなところですか」

「そんなところだな」

 二人は満足気に頷いたが、ギャザリンはふと気付いた。

「待てよ……ひょっとして、アルキメンダスを真似てるだけじゃねーか?」

「アスファルトレンガを使うじゃないですか」

「それは機械じゃねーだろ! むむむ、俺の名を残すには何か個性的な改良が必要だ!」

ギャザリンは頭を悩ませた。

「……キメイラみたいに、投石機を足()ぎ式にしますか?」

「それじゃあプレセンティナの二番煎じだ! 他に改良点はないのか? あの馬車で困ってることはなかったのかっ!?」

必要は発明の母である。苦情こそが発展のカギなのだ。

「そうですね……。そういえば射手の人に『楽で良いですね』って言ったことがあるんですよ。そしたら『射手が一番大変だ』って言われちゃいました」

「なんだ? 命中精度が悪くて的に当てるのが大変だってことか?」

確かにどう考えても投石機の命中精度は高そうに思えなかった。

「えーと、確かに命中率は悪いですよ。なので最初から命中精度なんか誰も期待してません。

 問題は装填です。投石機は15秒ほどで巻き上がるので、それまでに一抱えもある火炎壺や矢束を装填しないといけませんから大変なんだそうです」

火炎樽に至っては空気入れ作業もある。だから射手が一番大変なのだ。ギャザリンはなるほど頷いたが、同時にバカバカしくも思った。

「なんだ、そんなことか。そんなことなら、機械に装填させれば(◆◆◆◆◆◆◆◆◆)いいだろ?」

「……なんですって?」

「壺なりレンガなりを投石機に装填する人形を作りゃあいいんだ。動力は投石機と同じ所から取りゃあいい」

「…………!」

要は水洗トイレ人形が水を便器に流すようなものである。別に人形型にする必要は欠片もないのだが、そのあたりは宮廷技師としてのこだわりなのかもしれない。

「……ちょっと待って下さい。それって、強力な動力さえあればキメイラよりも連射できるってことですか?」

「あんまり早いと故障率が上がるから現実的じゃねーが、原理的には1秒間隔でも射てるだろーな」

「…………」

それはもう、投石器という概念を根本から覆すものだった。弓の達人だってそんなに連射できない。仮にそのペースで散弾を発射したら、一分間で6000本の矢を放つことになるのだ。そもそもその装填人形に矢弾を供給する方が追いつかないだろう。

――ああ、だからクレーンが必要なのか? いや、順序が逆だな。だがクレーンで効率的に運ばないと追いつかないのは確かだ……

「さすがはギャザリン技師長。へい……じゃなくて、トリスさんが見込んだ方だけはありますね」

ギャザリンは照れ笑いのような複雑な顔をした。

「出来てもいないうちから褒めるんじゃねーよ。それに、人間に出来ることは機械にも出来るんだってことを教えてくれたのはあんただろ?」

「はて? 私が何か言いましたっけ?」

「あの猿の人形{お猿のシンバル人形}だ。ちゃんと直してあるぞ。笛を鳴らすふいごの仕組み{グロウラー}はちょっとしたズルだが、シンバルは実際に本物を鳴らすじゃねーか」

コロテス男爵は目を見開いた。

「あれを直したんですか!? さすがです。へい……トリスさんがお喜びになるでしょう」

直った猿人形{お猿のシンバル人形}を見たイゾルテの顔が目に浮かぶようだった。たぶん彼女は……怒るだろう。だって猿の部分は彼がびろんびろんに切り裂いちゃったのだから。

「あの、ぬいぐるみ部分もちゃんと直して頂けましたか?」

「おいおい、誰に聞いてるんだ?」

ギャザリンは鼻で笑うと自慢気な表情を見せた。彼は宮廷技師長なのだ。

「ウチの工房には女が一人もいねーのに、針仕事なんか出来る訳ねーだろ?」

宮廷では、見た目のことは女官に任せればいいのである。

注1 アルキメンダス=アルキメデス です。ついでにシロクサ市=シラクサ市で、マルケルスス将軍=マルケルス将軍。

浮力についての発見「アルキメデスの原理」は超有名ですね。この話的には「エウレカ!(ひらめいた!)」の人だと言った方が良いでしょうか。

風呂屋で体が軽くなるのを感じた時にこの原理を思いついて、「エウレカ!」と叫びながら真っ裸で町中を駆け回ったという元祖ストリーキング・パフォーマーです。

彼は機械設計でも優れた才能を発揮し、攻城兵器(シージ・エンジン)ネジ型揚水機アルキメディアン・スクリューなんかも作ったそうです。

その上彼はシラクサの君主(というか僭主)の親戚だったので、第二次ポエニ戦争の折には彼の開発した防衛兵器がローマ軍を苦しめます。

このあたりを元ネタにした岩明均著『ヘウレーカ』はなかなか面白いですよ。

ちなみに攻めてきたローマ軍を指揮していたのが、"ローマの剣"マルケルス将軍です。

まあ、軍団を率いていた以上は元老院議員で執政官経験者でもあるのですが、政治家というよりは将軍というべきでしょう。ガリアでは敵の族長と一騎打ちまでしています。

同僚執政官は"ローマの盾"ファビウスで、ローマ軍全体としては彼の提唱した持久戦略に従ってハンニバルとの決戦を避け続けます。そんななかでも唯一積極的反抗作戦を行っていたので彼は"ローマの剣"なんて言われました。まあ、何度かハンニバルと引き分けたのが最大の戦果だというのは、万年二位の残念選手みたいな感じですが。

全体としては持久戦略の方が優れていたのは確かですが、彼が同盟都市を守ったり敵に寝返った都市を攻めたりしたおかげで同盟を維持できたとも言えるでしょう。

まあ、そんな彼も偵察中にあっさり殺されちゃいましたけど……


注2 注1のシラクサ包囲戦の時に、鏡で光を集めてローマの軍船を燃やしたそうです。真偽不明ですが。

ぶっちゃけガンダムのソーラレイ・システムです。あれを人力でやった訳ですね。

まあ、当時の鏡は金属を磨いた物だったので反射率が悪くまっ平らでもなかったんですけどね。

現代では同じ仕組が太陽()発電で使われています。

あと化粧用の凹面鏡で自然発火して火事が起こったりしてますね。

NHK教育のショート番組『大科学実験』「実験4 太陽で料理しよう」ではフライパンに光を集めてステーキを焼いてました。


注3 アルキメデスは振り子型の投石機も作ったそうです。彼が最初だったのかどうかは不明ですが、少なくとも改良はしたのでしょう。


注4 アスファルトの引火点260℃以上、発火点は約480℃ですからそう簡単には火が付きません。が、焚き火の中に放り込めば火が付きます。

そして一旦火が付けば熱量はハンパありません。

具体的なデータは見つからなかったんですけど、例えば化成品メーカーでは重油代わりの燃料としてアスファルトを燃やしたりするそうです。重油に匹敵する熱量があるんでしょう。……たぶん。

ちなみに、実はアスファルト舗装の90%は砂利などの骨材です。他にも石灰粉なんかが入っているので、実はアスファルトは5%くらいしか入ってないそうです。

交通事故なんかで道路が燃えたりすると、アスファルトだけが燃えるので骨材が剥がれてボロボロになっちゃうんだそうです。


注5 アルキメデスは、起重機(クレーン)も戦闘に使いました。海上から接近するローマ軍船を引っ掛けて持ち上げ、再び海に叩きつけて破壊したのです。

船というのは浮力ありきの物ですから、水から出すと割とすぐ壊れます。沈没する船が舳先(または船尾)を水上に突き出してポッキリ、なんて光景は映画や再現映像でよく見ますよね。

乾ドックに入れる時も繊細な注意が必要です。ましてハードポイントでもないところに爪を引っ掛けて無理やり宙吊りになんかしたら、壊れないはずがありません。


注6 第一次ポエニ戦争では、ローマにとって初めてと言っていい本格的な海戦が起こりました。しかも相手は地中海世界最大の海洋貿易国家カルタゴ。全く勝負になりません。

「畜生、陸上戦なら勝てるのに!」ということで、彼らは海戦に無理やり陸上戦を持ち込むことにしました。新兵器「カラス(コルウス)」の登場です。

コルウスは簡単にいえば牙のついた跳ね橋みたいな物で、普段は上に跳ね上げられています。で、衝角が敵船にぶつかった時にカラスが餌をついばむように敵船に打ち下ろされるのです。牙が敵船に食い込んで固定され、船に慣れていないけど陸上では強いローマ軍の兵士たちが安心して橋を渡って攻め込める訳です。

もともと敵船に飛び移る気がないんですからきっと重装備も出来たことでしょう。おかげで彼らは海戦でカルタゴを破ることが出来ました。カルタゴにしてみればさぞや悔しかったことでしょうね。

しかし、船首にそんな重いものを設置し、しかも立てたまま航海していたのですから重心バランスは最悪です。橋だから板張りされてて風も受けます。

戦闘以外の時にあまりにも多く沈没するので、戦争末期には採用を止めたそうです。何とも微妙な兵器ですね。

ところで"カラス"と"コルウス"って、なんとなく発音が似てますね。

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