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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
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警報

 縞模様(ストライプ)は忌むべき物である。囚人や道化師、娼婦に感染症患者に死刑執行人など、社会秩序から外れた者たちが身に付ける物だ。しかしそれはタイトンでの話である。ドルクやスエーズでは普通の人が普通に身につけていた。むしろちょっとしたお洒落のようだ。(注1) だからだろうか、イゾルテの縞模様(ストライプ)に対する印象は変わりつつあった。そして彼女の縞模様(ストライプ)観(?)を根底から覆すものが、今目の前にあった。

「素晴らしい! これほどシンプルでありながらこれほど魅惑的なデザインがかつてあっただろうか? いやない! (反語)」 

 彼女が今まで見てきたモノ(◆◆)はほとんど真っ白だった。サンプルと真っ黒や真っ赤のものを見せられたことはあったが、実際に使用されているところは見たことがない。白いリボンや白いフリルを付けたり、白いタオル地を使った吸水性抜群のモノや白いサテンを使った上品で光沢のあるモノ、透けて見えすようなレース地のモノや白い天鵞絨(ビロード)を使った窮屈で実用性皆無なモノまであったが、とにかく色としてはほとんどが真っ白だったのだ。

「リボンもフリルもないし、レースでも天鵞絨(ビロード)でもない。ごく平凡な白い生地にちょっと水色の縞模様が加わっただけで、これほどまでに人の目を惹きつけて止まないとは……。このデザインを考えた者は天才だな!」

イゾルテは深く感動し、朝から素晴らしい芸術を見れたことを神に感謝した。

「陛下ぁー、起きてますかぁー?」

「ああ。入っていいぞ、エロイーザ」

イゾルテはベッドに横たわったままエロイーザを迎え入れた。視線はヘッドボードの上に置かれた贈り物に注がれたままだ。今日の贈り物は一目見れば分かる明らかな芸術品だったから、エロイーザに見られても構わないだろう。だが、芸術とは見る者の資質を選ぶものだ。その芸術品を一目見たエロイーザは眉根を寄せた。

「うわぁー、可愛くない人形ですねぇー」

「……何だと?」

「顔が気持ち悪いですよぉ」

 イゾルテは贈り物を手にとって全体を見回した。それは一言で言えば彫像{美少女フィギュア}である。人形ではない。人形には所有者が意味を持たせるが、彫像はつくり手が意味を込める物だ。肉感的な肢体、鮮やかな色彩、躍動的な構図、そして人目を惹き付けてやまない水縞模様のパンツ! まさに製作者の魂が込められていた。数々の裸像と無数のパンツを見てきたイゾルテにとっても、これほど心惹かれるパンツ……彫像は初めてである。だが確かにエロイーザの言う通り、その顔はあまりにも現実離れしていた。

「……確かに目が大きすぎるな。何だかひどく幼い感じがする」

「でしょー?」

「しかし、そこにこそ象徴的な意味があるのかもしれない。それに、かつてこれ程活き活きした構図の彫像があったか? ラオコーン群像は見事だが、あれはモデルが全裸のおっさんだ。なんと(おぞ)ましいことか!

 一方こちらは実に魅力的な身体をした女性だ。全裸でこそないが、前にお前にやったメイド服{ミニスカメイド服}のような悩殺用の扇情的なものだ。しかもスカートがひるがえって、主張し過ぎないのに目を惹きつけてやまないこの素晴らしいパンツが丸見えになった決定的な瞬間を切り取っているのだぞ!」

「……そんなにその模様が好きなんですかぁ?」

「ああ、この水縞模様のパンツはとても素晴らしい。他の者達に聞いてもきっと賛同するだろう」

「…………」

エロイーザは珍しく考えこむ素振りを見せた。彼女が起きてここにいるということはもう朝食は済んでいるだろうから、昼食の想像でもしているのだろう。イゾルテは最後にもう一度人形のパンツを見てから身を起こした。



 ビルジの侵攻に関する情報はバブルンを経由してエフメト派の本拠アイコラに到達すると、今度はペルセポリスとスエーズに向けて光通信網{反射鏡と望遠鏡を使ったモールス信号モドキの情報伝達}を(ある意味)光の速度で伝達された。


 サナポリで守備隊長の任に就いたダングヴァルトは、その重大な連絡を上司である総督から聞いた。つまり、父親である。

「ドラ息子、戦いが近いようだぞ。ビルジ皇帝が攻めてくるそうだ」

サナポリはスエーズ軍撤退後にはビルジ・モンゴーラ連合軍の勢力圏下にぽつんと取り残される運命である。確実に包囲されるだろう。

「準備はさせてるけどね。ドルクから買い取った大砲も据え付けた。重すぎて城壁に載せるのは諦めたけど」

その大砲とはエフメトがペルセポリス攻略の切り札としてアルテムスにまで持って行った、例のウルバヌス砲である。バブルン攻略に使おうと運んでいたらあっさりと陥落してしまい、しかも当分これ以上は都市攻略を行う予定もなく、持て余していた所をダングヴァルトが買い付けたのだ。

「あんな物が役に立つのか? 他人の金だと思って買ったのだろうが、予定外の支出は総督の財布から出て行くんだぞ? つまり私のだ!」

「エフメトがあんなものを持っていたら、そのうち使いたくなるだろう? つまりここに! その時になって売ってくれと言ったら、今の100倍は高く付くぞ」

「……たしかにな」

総督は息子の言葉に納得した。彼は商人だからその理屈は良く分かった。しかし将来この街がエフメトに包囲される時、総督をやっているのはきっと彼ではないのだ!

――ということは、これは持ち越しの予算枠だな。陛下に請求しておこう。

「それより避難民をどうにかしてくれよ。籠城となれば食い扶持が多いほど不利だぞ」

 スエーズ軍とエフメト派の誘導により、避難民はエフメト派の治める北部地域とスエーズ方面へと向かっていたが、それでもサナポリに流れてくる者も多かった。

「分かっている。本国からの輸送船に詰め込んで送り返している。アルテムスの難民が帰って空きの出来た耕地に入るそうだ」

籠城のために頻繁に輸送船が出入りしていたからペルセポリスに送り込んだ難民は既に1万人を超えていたが、それでも難民は街にあふれていた。おそらくその5倍はいるだろう。

「それでも足りてないだろ。まだまだ増えるぞ、どーすんだよ?」

「どうしようもないだろう。せめてお前の方で訓練したらどうだ? プレセンティナの市民兵ほどには役に立たないかもしれんが、遊ばせておいてもどうにもならん。せめて組織化しておけば治安維持の点でも良い影響があるだろう」

もっとも、組織化は反乱を起こす上でも役に立ってしまうのだが。

「そうだなぁ。親父が言うならそうするよ。ついでに出丸でも作らせようかな」

「いや、ちょっと待て。そんな予算は……」

「難民もそこに収容すればいい。それなら頑張って防衛してくれるぞ? 治安維持の点でもその方が良い」

「……たしかにな」

総督は息子の言葉に納得した。難民は隔離すべきだ。少なくとも自立するまでは。そしてそれは遠い未来の話だった。

――ということは、これも持ち越しの予算枠だな。陛下に請求しておこう。

 ダングヴァルトを誰に押し付けようと、その請求書は結局イゾルテに回ってくるようだった。

注1 今ではそんなことありませんが、中世ヨーロッパではストライプ柄に悪いイメージがあったそうです。縞模様の囚人服はルパン三世でも有名ですが、かつてはユダヤ人やロマニー(ジプシー)、娼婦やハンセン氏病患者などの社会的弱者にも強制的にストライプ柄の服を着せていたそうです。

しかしその悪いイメージというのは、十字軍の敵がストライプ柄を使っていたことに由来するそうです。つまりムスリム側はストライプに悪いイメージは無くてガンガン使っていたのです。

単純な色調でも目立ちますから、砂漠の中では重宝したのでしょう。スキーや雪山登山のウェアがやたらと派手派手なのと同じ理屈です。

ちなみに昔の水兵が着ていたボーダー服は、もともと(航海中の不始末に対する)ムチ打ち刑で出来たミミズ腫れのことを「ストライプのシャツ」と呼んでいたことに由来するそうです。

中世日本では犯罪を犯すと刺青を入れられましたが、これが「刺青がある人=恐い人=強い人」という印象につながり、現代のやくざの刺青につながって行くのと同じ構図ですね。


積みネタの贈り物を無理やり入れた感じが……

ほとんど出オチです

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