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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
261/354

ノーウェイ

珍しい! 3日連続の投稿です!

0時に投稿できてないのも3日連続ですけど!

 戦いの終わったハサールでは各国の軍が帰国の途に就こうとしていた。自分のところの戦争をほっぽり出して来たズスタスも例外ではない。

結局ルキウスには良いところを見せられなかったが、いつまでもノーウェイ王国との問題を放置することは出来なかった。

「だがその前に、これだけは、これだけはしておかねばならん!」

ズスタスはルキウスの元を訪ねた。


 ルキウスはこれで心置きなくイゾルテの支援に行けると思い、出立の準備をしていた。

――長引かなくて良かった。まだ南のモンゴーラは動いていないが、早すぎて困るということもないしな。

まずはドルク国内の通行の許可を得るため使いを出さなくてはならないだろう。だが予期せぬ問題が突如として彼に襲いかかった。

「叔父上! お願いがあります!」

「……駄目だ」

「まだ何も言ってません!」

「どうせイゾルテと結婚させろとか言うのだろう? イゾルテはまだ誰とも結婚させん!」

「そうですか……ありがとうございます!」

「……なに?」

思いがけないズスタスの反応に、ルキウスは戸惑わずにはいられなかった。

「いやぁ、イゾルテがスエーズの王子と結婚するとか言ってたから心配していたのです。良かった、良かった。

 それでは叔父上、御機嫌よう~!」

「ああ、御機嫌よう……」

予期せぬ問題は、予期しないうちに去った。でも予期しない別の問題が新たに生まれていた。

「スエーズの王子って……誰だ?」


 ズスタスはこれで心置きなく帰国できると安堵しながら自分の本陣に戻って来た。だがそこで待っていたのは予期せぬ知らせだった。

「陛下ぁ~! 講和ッス! 講和が成立したッス!」

今更そんなことを言い出すバカがいるとは、全く予期できないことである。

「今更何を言っとるんだ、ホルン。モンゴーラ軍はとっくに帰って行っただろうが」

「違うッス! 宰相閣下がノーウェイ王国との講和を成立させたんです!」

「何だとっ!」

ズスタスはホルンの差し出した封筒を奪い取った。


『ズスタス陛下


 ノーウェイ王国は戦わずして我が国に併合されることに同意しました。

 お早いお帰りをお待ちしています。


               スノミ・スヴェリエ連合王国宰相

                  アクセル・オクサンシヌナ』


「マジでぇぇぇ!?」

驚くべき成果である。戦って戦って何も得られなかったズスタスに対して、アクセルは一兵も用いずに国を一つ奪い取ったのだ!

「爺め、女王を口説き落としたのか? ……文字通りの意味で!」

「えっ、そうなんッスか!? 女王っていうか摂政陛下(注1)、先王の未亡人ッスよね。うーん、さすがはマダムキラーッス。でもまあ、とにもかくにもめでたいッスね!」

「ああ、めでたいな! そういうことなら余もドルクに行けるしな!」

国に帰れるものと思っていたホルンは眉根を寄せた。彼らからすればドルクはハサールよりも辺境である。まあ、文明レベルで言えばスノミよりドルクの方がはるかに進んでるんだけど。

「でも、早く帰れって書いてあるッスよ? 帰りましょうッス!」

「だが急いで帰る必要なんて……おや? もう一枚入ってるな」

ズスタスは封筒に入っていたもう一枚の書状を取り出した。


『ズスタス様


 貴方様のお噂は常々耳にしております。

 此度(こたび)(えん)あってあなたに(とつ)ぐこととなり、私は嬉しく思っています。


 タイトン統一のための戦でお忙しいことと思いますが、そのためにも力を合わせられると思っています。

 まずは実家のデンムルクから……

 詳しいことは二人っきりでお話させて頂きたいと思います。


                     未来の妻、マルグレータ・ゴーム・デン・ガムレより』(注2)


「…………」

ズスタスは目を(またた)かせてからもう一度書状を読んだ。でも残念ながら、内容は一文字も変わっていなかった。

――爺めぇぇえぇ! 結婚を餌に講和を結んだのか!? 俺に黙って勝手なことを! しかも相手はバツイチコブ付きの年増じゃねーか!

国を出る際、彼はアクセルに「全権を任せる」と言った。確かに言った。しかしそれは講和についての事である。講和にかこつけて主君の結婚相手まで勝手に決めるとは、いったい何事だろうか! 怒りに震えるズスタスに対して、内容を知らないホルンは呑気だった。

「何て書いてあるんッスか?」

「……書き損じだ。何で封筒に入ってるんだろうなぁ」

ズスタスはラブレターを封筒にしまうと封筒ごとビリビリと破いた。破きに破いて更に破き、証拠を完全に隠滅した。読まなかったことにしたのだ!

「や、やはりイゾルテを助けに行かないとな! 何と言ってもタイトン全体に関わる問題だ。モンゴーラの前にドルクが滅びれば、5年先、10年先には我が国が襲われることになろう。王国の未来に責任を負う余としては、座して待つことは出来ぬ!」

「はあ」

いきなりテンションが高くなったズスタスに疑問を感じながらも、彼の見解そのものに異論は無かった。帰りたいというのは、所詮はホルン個人の希望でしかないのだ。

「も、もう一回叔父上の所に行ってくる!」

ズスタスは再び駆け出して行った。


 ズスタスを追い払うことに成功したルキウスは、ニルファルに向けた手紙を書いていた。彼女を介してドルク国内の通行許可を貰おうというのである。

「うーむ、書記官を連れてこれば良かった。若い女性に手紙を書くのは無駄に緊張するなぁ」

と言っても色っぽい意味ではなく、色っぽい意味と取られないように気を付けなければいけないのが大変なのだ。ちょっとしたことでセクハラ扱いされちゃうかもしれないからである。しかもハサール出身でドルク人の嫁だ。何がNGワードなのか想像もつかなかった。

「気の利いた使者を送って口頭で聞いた方がいいか? 失礼があってもそいつに詰め腹を切らせれば良い訳だし……」

いかにもイゾルテの父親らしい悪魔的な考えである。


 そしてそんな悪魔の元に、生け贄の子羊がのこのことやって来た。まあ、ちょっと(とう)が立っていたけど。

「ルキウス陛下、お暇の挨拶にやって参りました」

「おお、ベルマー子爵。此度は本当にご苦労だった。ありがとう」

「いえ、イゾルテ陛下に受けた恩に比べればどれほどのこともございません。まして我ら辺境諸侯も無関係ではありませんから」

「そうか、そう言って貰えると助かる。ところで……これからどうされるつもりか? 陸路で帰るのは大変だろう。ガレー船に乗って行かないか? まあ、少しばかりソッチに寄り道して貰うことになるのだが……」

そしてついでに冥界にも行くことにもなるかもしれないのだが。だがそうとも知らないベルマー子爵は膝を打った。

「おお、それはちょうど良い!」

「……ちょうど?」

「ええ。実はニルファル様に渡すようにとバイラムから預かった物がありまして。軍は先に帰して私だけソッチに行こうと思っていたのです」

子爵の言葉を聞いて、今度はルキウスが膝を打った。

「おお、それはちょうど良い!」

「……ちょうど?」

子爵が首を傾げると、ルキウスは視線を泳がせながら答えた。

「私はデキムス達が到着するまで動けないのだが、その前にニルファル殿に使いを出そうと思っていてな。子爵に言伝(ことづて)を頼みたいのだ」

「はあ、もちろん構いませんが」

「イゾルテの元に向かうための通行許可が欲しいのだ。そのために便宜を図って欲しいと伝えてくれ。なに、ニルファル殿はイゾルテの無二の友だという話だし、我々はドルクを守りに行くのだ。否やはあるまいよ」

「なるほど……。我々の軍も同行しましょうか?」

「うむ、それはありがたい。だがモンゴーラが攻めて来るのはまだまだ先の話だからな。いざとなればまた呼ぶことになるかもしれんが、今は帰って貰って構わんよ。故郷でじっくり体を休めて欲しい」

「はぁ」

だったら何でプレセンティナ軍は今からドルクに行くのか……と問おうとして、子爵は口を閉じた。

――威圧か? 潜在的な敵……というか、一時的な味方であるドルクに対して、援軍を口実に威圧を加えようというのだろうか

いかにもイゾルテの父親らしい二手も三手も先を読んだ策である。地味に嫌らしいが、それが結局武力を使わないことになるのだから平和的とも言えるかもしれない。ルキウスに領土的な野心がないことは、今まさにさっさとハサールを離れようとしていることからも明らかなのだから。

「では、出立の準備をして参ります。船の用意が出来たらお呼びください」

「ああ、ではまた」


 ルキウスは子爵を送り出したが、ニルファルへの書きかけの手紙を捨てようとしてはっと気付いた。

「そういえば……ニルファル殿ならスエーズの王子とやらに心当たりがあるのではないか……?」

もちろんペルセポリスに帰ればその名前と為人(ひととなり)くらい幾らでも調べられるのだが、イゾルテとの関係や、イゾルテがその王子をどう思っているのかということは調べようがない。その点ニルファルなら「ねー、彼とはどこまで行ったのよー」「実はこのあいだぁー、キスしちゃったのぉー!」「キャーっ!」と、打ち明けてるかもしれないではないか。

「ぐぬぬぬ……なぜかムカつく……。いや、むしろ喜ぶべきではないか?」

すっかり同性にしか興味を示さなくなったイゾルテが正常に戻りつつあるということなのだ。父親としては複雑だが、この際男なら誰でも良いような気がしてきた。

――少なくとも王族ではあるのだし、ちゃんと教育をうけたまっとうな男のはずだ。

だがそこに、王族なのにちゃんとしてない男がやって来た。ズスタスである。

「叔父上叔父上ぇーっ!」

「絶対に許さん!」

「まだ何も言ってません!」

「イゾルテは誰とも結婚させんと言っただろう? さっさと国に帰れ」

だがズスタスは国に帰りたくないからここに来たのだ。

「でも叔父上はイゾルテの援軍に行くのでしょう? 私も連れて行って下さい!」

「……行かん」

「えーっ!? 行きましょうよ、援軍!」

「行かん! キメイラを整備せねばならんから、我々は一旦ペルセポリスに帰るのだ!」

突然の方針変更である。ルキウスとしてはズスタスをイゾルテの元に連れていくことだけは何としても避けたかったのだ。だが今のズスタスは、イゾルテに会うことよりも本国に帰らないで済む言い訳を欲していたのである。

「おおっ、イゾルテの故郷ペルセポリス! 叔母上のお墓にもお参りしたいと思っていたんですよ!」

鬱陶しいことこの上ないズスタスだったが、ゲルトルートの数少ない血縁でもある。墓参りを持ちだされては無碍(むげ)(こば)むことも出来なかった。

「むぅぅ。あいつも喜ぶ……のかなぁ?」

「もちろんですよ!」

こうしてプレセンティナ軍とスノミ騎兵は、ひとまずペルセポリスへと向かうことになった。

注1 摂政に対する敬称は普通「殿下」ですが、王后、王太后のようにもともと「陛下」と呼ばれる地位の方が摂政になった時は「摂政陛下」と呼ばれます。

なんか王様より偉そうですが、まあ実際に王様より偉いので仕方ありません。


注2 マルグレータさんの元ネタはマルグレーテ1世です。デンマーク・ノルウェー・スウェーデン同君連合の摂政で事実上の女王です。いわゆるカルマル同盟ってやつですね。

デンマーク王の娘でノルウェーの王様に嫁いでたんですけど、実家が断絶しちゃったんで幼い息子にデンマーク王を継がせて自分が摂政になります。

そしてしばらくしたら旦那も死んじゃったので、息子にノルウェー王位も継がせ、自分はそっちでも摂政になります。

その後スウェーデン王家内でもゴタゴタがあって、それに付け込んで戦争をし、王位を得ます。

でもそのころ自分の息子は死んじゃっていたので、自分の姉の孫を連れて来て3国の王に据えます。

その王の名は……どうでもいいのですが、それより気になるのが彼女のお姉さんの名前です。

なんと「インゲボー」なんです! ……きっと体毛が濃かったのでしょうね。

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