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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
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挟撃 その15

 講和交渉に送り出した千戸長たち一行の首級を見つけてきたのは、皮肉にも南へと向かう増援を偽装するためにハサール軍後方へと向かうはずだった小隊の1つだった。狼煙が上げられている所を偵察しに行ったら、無人の狼煙と10人ほどの生首があったのだ。その報告を聞いたモンゴーラ軍の本陣は怒りに震えた。

「ハサール人はなんと無礼なのだ!」

「あれほどの好条件をこのような形で拒絶するとは……」

(カン)、やはりハサールは手を結べるような相手ではありません!」

千戸長たちは次々に怒りの声を上げたが、パトーは黙ったまま考え込んでいた。

――本当に無礼で直情的なだけだろうか? 確かに最初の戦いでの印象はそうだった。最後以外は……

予想を裏切るスラム騎兵の登場でモンゴーラ軍は決定的な勝利を逃したのだ。しかも彼らは奇妙な武器を使っていた。

――あるいはノボロウシスク奇襲と呼応して我らを攻めるためか?

それは十分に考えられることだ。モンゴーラ軍本隊は数の上でハサール軍に敵わない。これまではシロタクが北上すればいつでも合流出来た訳だが、ハサール軍はそれを不可能にしたのだ。ノボロウシスクの占領軍が持ち堪えている間に決戦に打って出るのが上策である。

――作戦の成功を確信していたのなら強気に出るのも理解できる。しかしそれなら、何故このタイミングで攻めてこないのだ? まさか……増援を出すのを待っているのかっ!?

パトーは唇を噛んだ。南部に派遣していた一部が戻ったことで5万にまで膨らんでいた本隊も、増援を出したことで再び3万にまで戻っていた。今から早馬を出せば増援を戻すことは出来るが、それではシロタクと合流することは叶わないのだ。敵の思惑通りだと分かっていても増援はそのまま南に向かわせるしか無かった。

――あちらも時間制限があるのだから今度ばかりは力づくで攻めて来るだろう。後方の集落も防備を固められてしまったしな。

そうなれば有効な時間稼ぎは血みどろ遅滞防御戦闘(注1)となる。地形変化に乏しいこの草原に於いて、防衛線となり得るものは(ただ)一つだった。

「ハサール本隊が動くぞ。我々はボス川まで下がる。

 渡河点を洗い出せ! 奴らしか知らない場所もあるかもしれん、斥候も更に増やせ! ボス川で必ず奴らを止めるのだ!」

「はっ! ……されど、河口はどうしますか? あのあたりは渡河点も無数にあります。当然一度に渡れる数も多く、少数の兵では守りきれません」

「だろうな。恐らくはハサール軍の主力も河口に向かうだろう。あそこからなら南進して南に向かった増援を叩くことも出来る。だから我々も中洲に本陣を置く。

 1本1本の川は浅くとも3本4本と防衛線を敷けるから時間稼ぎには返って好都合だ。問題は海だが……」

だがその懸念は既に斥候が調べ終えていた。

「海岸線は全て調べさせましたが、タガロング湾は恐ろしく浅いそうです。スラム人も小舟で漁をするだけで大型船の出入りは不可能だとか」

細長いタガロング湾全域が航行不能となれば、上陸可能地点は100ミルムは離れたところになる。しかし敵の第2便、第3便が到着する前に迎撃を出せば返って各個撃破の対象とできるだろう。

「そうか! 一度に渡れる数もせいぜい数千、斥候に海を警戒させておけば十分に対応できるだろう。我らは陸からやってくるハサール軍に備えるとしようぞ!」

「はっ!」

 本来はハサール軍の方が古風な草原の民らしい戦いをしていて、モンゴーラ軍が煙幕や鳴り物まで使って革新的な戦術を用いていたはずであった。だが今ではどうだろうか。ハサール軍、いや、スラム人部隊によってパトーの戦略はぐちゃぐちゃに引っ掻き回されてしまった。今ではハサール軍と真正面から――といっても川を挟んでだが――戦えることでほっと気が休まる思いだった。

 こうしてモンゴーラ軍本隊3万はボス川の中洲へと移動し、北からやって来るハサール軍に備えて陣を張った。10月18日のことである。


 布陣して5日、10月23日になってハサール軍はようやくボス川北岸に現れた。だが彼らはそのまま川に飛び込むようなことはせず、天幕を張って飯炊きを始めた。明らかに長滞陣のつもりである。ハサール軍も急いでいるはずだが、すっかり準備を整えた相手を前に無計画に戦闘を始める訳にもいかない。戦いに備えて兵たちを休ませ、その間に作戦を練ろうと言うのだろう。

(カン)、ハサール軍はおよそ4万とのことです」

「意外に少ないな」

もちろんハサール軍の大まかな動静は斥候によって把握していたのだが、ハサール軍もさかんに斥候を出していたからあまり近づくことも出来ず、これまで具体的な数を知ることが出来ないのでいたのだ。

――ノボロウシスクに増援を送ったか? いや、ノボロウシスクを襲ったのは歩兵、恐らくはスラム人部隊だ。ハサール騎兵が少ないのは上流の渡河点にも別働隊を派遣したということだろうな……

ハサール軍としては何が何でもこの河口付近から渡河しなければならない訳でもない。手薄な渡河点を選んで橋頭堡を築けば比較的安全に渡河することが出来るのだ。攻撃側の最大の利点は、攻撃箇所を選べることである。もっともハサール軍としてもモンゴーラ軍が西部に攻め込むことは絶対にあってはならないのだ。主戦場がこの河口付近になることはもはや明らかだった。

「別働隊を警戒しろ、上流で渡河を試みる可能性がある。渡河点は押さえてあるな?」

「はっ、ハサール後方に向かっていた襲撃部隊を呼び戻して各渡河点に配置してあります。併せて斥候も出してあります」

「よし」

――これで大丈夫だ。……そのはずだ。

万全の態勢を整えたかのように見えるパトーだったが、何か見逃していることがあるのではないかという不安は断ち切れなかった。これまでの死傷者の数を比較すれば、明らかにモンゴーラ軍に軍配が上がるだろう。現有戦力でも恐らくはモンゴーラの方が多い。しかし両軍の本隊同士が対峙するこの場では、その数は逆転していた。

――まだ何かあるのではないか? あるとすればやはりスラム人部隊か。大型船が入れなくても、小舟を連ねて侵入してくる可能性はあるか……

だがそれなら十分に対処可能である。対岸にまで矢が届くような支流しかないこの三角州では、船の上とて手が出ない訳ではない。発見さえ出来れば撃退できるのだ。

「待て。別のスラム人部隊が小舟で海を渡って後方に上陸する可能性もある。そちらの警戒も怠るな

「はっ!」

――この辺りは水深も調べ尽くした。上流も含めて全ての橋を壊し、川船もこちら側に引き上げた。後は真正面から戦うしか無いはずだ。

そう思いながらも、やはり彼は不安を拭うことが出来なかった。そしてその日はそのまま日が暮れてしまった。



 ルキウス率いる第3大隊を南に送り出したデキムスは、夜になると残る第1、第2大隊を率いてボス川河口の三角州へと忍び寄った。水上わずかな月明かりでは大まかな方向しか分からなかったが、金玉袋{ガス気球}の指示に従ってゆっくりと、だが正確に。だがいくらゆっくり近づいても、パトーの指示で不寝番を立てていたモンゴーラの目を欺くことは出来なかった。まあ別に見つからないようにゆっくり進んでいたんじゃなくて、それ以上スピードが出なかっただけなんだけど。


「警戒! 警戒! 海上に敵がいるぞ!」

 モンゴーラ兵がデキムスの方舟{LCVP上陸用舟艇}に気付いたのは午前3時ころ、まだ海岸まで500mほどあった。とは言え目の良いモンゴーラ人なら陸では4ミルムで見つけただろう。夜に水面を見張るのは慣れない仕事だったのだ。彼が仲間を呼びに行って再び戻って来た時には200m、彼が呼んだ仲間が更に仲間を呼んできた時には100mにまで方舟は近づいていた。

「射ろ! 近づけるな!」

100人近くに膨れ上がったモンゴーラ兵が怪しい敵船を近づけまいと一斉に射かけたが、敵船には全く反応が無く効いているのかいないのかも全く分からなかった。そもそも垂直に立てられた板が邪魔をしていて敵の姿が見えないのだ。無人ではないかという思いもかすめたが、横幅だけでも10mほどもありそうな漂流物など考えられないだろう。どれだけ矢を射ても板に突き刺さるばかりで効いているのかどうか皆目見当がつかなかった。

「まずい、上陸される。更に増援を呼んでこい!」

ついに海岸に辿り着いた敵船はガリガリガガガっと海岸に乗り上げると、中身を隠していた船首の板がパタンと開いた。闇の海の中とは違いそこにはモンゴーラ兵が持ってきた松明がある。炎に照らされたその異形は、箱型の船に載っていたその奇妙な2つの箱は、全身を黒い鉄で覆われていた。歩兵が載っているものとばかり思っていたモンゴーラ兵はその禍々しい姿に息を呑んだ。

「な、何だこれはっ!?」

さらにその2つの鉄箱がグラグラと揺れながら海岸に降りると、その後ろからぞろぞろと同じ物が湧いて出てきた。モンゴーラ軍は射撃を続けていたが、鉄箱には虚しくも弾き返された。鉄箱の方にも彼らの矢を全く意に介する様子がなく、それらは整然と隊列を整えようとしていた。自然とともに生きるモンゴーラ人にとって、生命を感じさせないその無機質な敵達はあまりにも不気味だった。矢が効かないだけではない、

だがモンゴーラ兵達に絶望感を感じさせたのは矢が効かないことだけではない、いったいどれだけ大きかったのか着岸したたった一隻の箱型船からは、十、二十と途切れなく鉄箱が吐き出され続けていたのだ!

「増援はまだかっ!」

「まだですっ!」

誰の顔にも声にも焦りと恐怖が浮かんでいた。自分たちが相手にしているのは本当に人間なのだろうかとまで疑う者まで出始めていた。

「増援が来るまで持ちこたえろ! 敵の動きは鈍いぞ!

 火矢だ! 効かなくても良い、奴らを照らし出せ!」

遅れてくる増援のために少しでも明るくしておこうという機知に富んだ発想である。これほど訳が分からない絶望的な状況で、百戸長クラスでも臨機応変な対応が出来ることはモンゴーラ軍は自慢していいだろう。だがその行動は無用だった。既に50個程に増えていた鉄箱がバババッと音を立てると、ゆっくり放物線を描いて飛んできた無数の何かが松明に照らされて、一瞬その姿を表した。

「……樽?」

次の瞬間彼らの瞳は強烈な光に照らされ、そして永遠に光を失った。


 全長20ミルムに及ぶ巨大な三角州の端に突如として出現した巨大な火柱は、その地に陣を構えるモンゴーラ兵を全て叩き起こした。10月24日、午前4時のことである。

注1 遅滞防御とは、ようするに時間稼ぎを目的とした防御戦です。

殿(しんがり)のように友軍が撤退する時間を稼ぐために急遽行うこともありますが、計画的にやる場合は予め二重三重の防御線を築いておいて段階的に後退できるようにします。

日本の城の(くるわ)構造なんてまさしく遅滞防御のためのものですね。

1つが破られたら次の郭へ、次の郭へと撤退して最後は主郭(本丸)に閉じこもって抵抗します。

そうやって時間を稼いでいる間に反撃の準備を整えたり、援軍を待ったり、講和交渉をしたりする訳です。

まあ、兎に角降伏したくないからアテもないけど抵抗するぞ、という戦略なき遅滞防御をする場合もありますけど。

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