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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
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挟撃 その13

 モンゴーラ軍の増援が10日もかかったのにはそれなりの理由があった。本隊の半分が南に向かったということをハサール軍に見破られないために、四方に軍を放ち、ハサール軍後方への浸透を試みさせるなど偽装を施していたのだ。それにシロタクの軍勢も苦境にあるとはいえ、すぐに助けなければやられてしまうという状況ではない。本隊を危うくしてまで急行する理由がなかったのである。それにそもそも、10日で500ミルムなら一般的には神速と言える速さだ。

 だがその後の彼らは精彩を欠いた。狭い平地部分に寡勢(かぜい)で軽い攻撃を仕掛けては逃げ帰ってを繰り返していたのだ。もっともそれもスノミ騎兵を広い平原におびき出すためなのだが。

「追ってきませんね」

「やはりダメか……」

騎兵というのは概して攻撃的な性格を帯びるものだ。スノミ騎兵も例外ではない。だがスノミ軍はピクリとも動かなかった。最も攻撃的なズスタスがなりふり構わぬ奸計(◆◆)を用いるために防御に徹すると決めたからである。これがスヴェリエ騎兵だったら文句の一つも上がりそうなものだが、忠誠篤いスノミ騎兵に否やはなかった。まあ、馬は取り上げられて後方に置かれているので、もはや全然騎兵じゃなかったんだけど。

 だがモンゴーラの方も芸もなく散漫な攻撃を仕掛けていた訳ではなかった。場所を変えて攻撃を繰り返すことでスノミ軍の弱点を探っていたのだ。つまり威力偵察も兼ねていたのである。レンガを積み上げた()があれば騎兵には手も足も出ないが、急拵えの土塁や柵なら攻略できる可能性は十分にある。

「力攻めで破れそうか?」

「敵は練度も高く、弱点らしい弱点は見当たりません。戦い慣れているようです。不可能ではありませんが、犠牲は高くつくでしょう。」

 封建的、あるいは部族的な軍では良くも悪くも部隊ごとに練度がバラつくものだ。武人肌の領主の下では領民だって出世のために軍事訓練に励むだろうが、領主が文人肌なら詩歌(しいか)でも(たしな)んでいた方がマシだ。攻撃の際には部隊を自由に配置できるから弱点は露呈しにくいが、拠点防衛の際には攻撃側が主攻正面を自由に決められる。脆い部隊が我先に敗走し始めることで、戦線全体の優位がひっくり返されることも良くある話である。

 しかしスノミ騎兵はズスタスの手足となってともに戦場を駆けた者達である。確かに練度に差はあったが、それは高い次元でのものだ。そもそも足手まといになるような者はこんな遠くまで来る前に脱落していた。まあそれ以前に、いかにも防御が弱そうで必ず攻められることが分かっている平地部分に精鋭を配置するのは当然のことだろう。

「ちっ! ますます分からん。何故奴らはハサールに従っているのだ?」

スラム人の半分はすでに彼らの支配下にいるのだから、家族を人質にしているのなら少なからずモンゴーラに靡きそうなものである。まあ、スノミ人である彼らには知ったことではないのだが、モンゴーラ軍は未だに彼らをスラム人だと思い込んでいた。

「この分では山の防御も盤石だろうな」

「なんせ馬が乗り入れられませんから……」

「火はどうだ? 山ごと焼き払えないか?」

「ここは海辺ですからね。空気が湿っていますからすぐに消えると思います。冬になって乾燥すれば話は別ですが」

「ならば正面しかないか……」

どのみち山岳部を突破したとしても、平地部分を突破しなくては大兵力を移動できないのだ。もちろん先に山岳部を奪取すれば平地部分への攻撃も楽になるだろうが、そのために大損害を受けては意味が無い。それくらいなら力押しで奪い取った方がマシだろう。

「よし、明日からは総攻撃をかけるぞ!」


 こうしてモンゴーラ軍は正面切って攻撃を仕掛けることになった。敵が出てこない以上は兵を伏せておく必要はない。モンゴーラ軍は15000の軽騎兵を呼び寄せると山岳部へ擾乱攻撃をかけさせて敵を足止めしつつ、併せて平地部分への正面攻撃を開始したのだ。

「まずは弓だ。軽騎兵で敵を射竦(いすく)めよ!」

「「「ふぅぅぅうるぁあぁぁぁあぁ!」」」

 モンゴーラ軍は500騎ほどの軽騎兵の集団を幾つも作ると、防衛陣の前に走りこんでは次々に矢を放ち、そのままぐるりと帰ってきてはまた敵陣に走りこんでと、ぐるぐると円運動を始めた。狭い場所での一撃離脱戦法である。守るスノミ軍は常に移動する相手を狙わねばならず、しかも敵は正面にだけいる訳ではないから斜め前方からの射撃も注意しなくてはいけない。しかももともと騎兵である彼らは弓など得手ではない上に弓も矢も急拵えのシロモノだ。おっかなびっくり立ち上がって射てはすぐに盾の後ろに引っ込むので牽制以上の役には立たなかった。

 その様子は後方にいるモンゴーラ軍の指揮官にもよく見えた。これまでは敵をおびき出すために追撃戦に弱い重騎兵を選んで攻撃していたのだが、やはりモンゴーラ騎兵の本領は騎射にある。

――弓矢の戦いは苦手と見える。このまま続けるべきか? いや、射竦めているだけでたいして損害も与えられていない。敵が慣れる前に突入させるべきだ!

「重騎兵隊前へ! 次は我々の番だ。矢を射るものと見せかけて敵陣に突入するぞ!」

「「「ふぅぅぅうるぁあぁぁぁあぁ!」」」

彼らは一丸となって走りだした。

 一方ズスタスも今回は珍しく後方に下がってルキウスに貰った鏡式望遠鏡{ニュートン式反射望遠鏡}で前線の様子を見ていた。平地部分だけでなく左右に広がる山岳部の防衛も含めて指揮を執る必要があったからだ。……ということにしてたけど、実際には今回だけは前線で指揮を執りたくなかったのだ。ルキウスへの救援要請に「負けそうなんで助けてください! 叔父上だけが頼りなんですぅー!」と書いちゃった以上、一度は負けねばならないのである。でも自分が指揮を執って負けるのは(しゃく)(さわ)るので、前線の指揮はホルンに押し付けたのだ。

「山の方は大丈夫か?」

「はっ、敵は山を登るのにも苦労しているようです」

「そうか。危なくなれば尾根の防衛拠点は放棄していいが、稜線だけは必ず維持しろと伝えろ。まだ使うからな」

「はっ!」

山の地形では稜線を絶対防衛線としつつもそこから()外へと張り出した尾根の上にも限定的な拠点を幾つも設けていた。防御においては時間稼ぎ、攻撃においては出撃の拠点となるものである。だが今は防御に徹するのみだ。それに一旦奪われても、稜線さえ維持していれば相手は維持するのも大変だしこちらはいつでも容易に奪還できるだろう。

――ホルン、頼むぞ。上手いこと負けてくれ!


 主君の期待(?)を一身に背負ったホルンは、事前に撤退の指示を出していた。

「合図をしたら一斉に矢を放ち、柵に火を放って後方に逃げるッス! これはズスタス陛下の作戦ッス!」

「おお、陛下の?」

「陛下のことだ、さぞや深いお考えがあってのことだろう!」

「いや、異国の戦神(いくさがみ)御託宣(ごたくせん)があったのかもしれんぞ!」

ゴトゲルトを一人で開発し、常に最前線に身を置きつつも怪我をすることも無い彼は、神がかった信頼あるいは信仰心を臣下の者達に植え付けることに成功していた。おかげで勝手に良い方に解釈してくれる訳だが、裏の事情を知っているホルンだけは頬を引き攣らせた。

――でもまあ、単に媚を売るだけじゃないのが陛下らしいところッスけどね

撤退することを前提にしつつも、後日のために有利な形勢に持ち込もうと、ズスタスはそれなりに策を練っていた。策自体は素晴らしいのだ。問題は、それがルキウスが到着した時に華々しい勝利を演出しようという徹頭徹尾媚を売るための策だということだった。目的がしょうもないのだ。そのせいでかなりやる気を失っていたホルンは、ぐるぐると大きな円運動を繰り返していたモンゴーラ軍の一部が矢を射ないままそのまま突入して来るの見た途端慌てて撤退を命じた。少なくともこの戦いでだけは死ねないと思ったのだ。

「撤退ッス! 柵を燃やすッス! 火をつけたら慌てず騒がず急いで避難するッス!」

スノミ兵たちは土塁の前にある柵に油をぶっかけて火を付けると、すぐさま後方に逃走を始めた。一糸乱れぬ逃げっぷりに、行く手を炎に遮られたモンゴーラ軍は呆気にとられた。一あたりもしないうちに逃げる場合大抵は恐れ慄いて算を乱すものだが、こうも整然としていると罠があるのではないかと疑いたくもなる。しかし彼らを回廊内に引き込もうというのなら柵に火をかけて時間稼ぎをする理由もないのだ。まさか「負けた」という実績作りのために撤退しているとは誰にも想像がつかないことだ。

「ええい、とにかく火を消せ! 通れるようにしろ!」

彼らは槍で縄を切ったり火傷覚悟で柵を蹴倒したりして何とか通れる道を確保すると、柵を越えて土塁に上った。損害らしい損害がないまま敵の防衛拠点を確保したのだ。完全な勝利である! ……一応は。

「……な、なんだこれは!?」

土塁の先にあったのは地を埋め尽くす敵軍……だったらまだマシだったかもしれない。土塁の先にあったのはただの平地だ。だが300mほど先に非常に見覚えのあるものがあった。今彼らが立っている、その土塁である。いや、それどころか一回りか二回り高いかもしれなかった。逃げ出したスノミ兵たちは続々とその土塁を乗り越えて防御線の内側に入って行った。

「まさかここは……アレを作る時間稼ぎのための防衛線だったのか?」

そう考えれば全て合点がいった。ノボロウシスクにはまだ2ミルムほどあるから、彼らとしてはどこで守ろうが構わないのだ。もともと外に出てくる気が無いのだから!

「クソっ! この土塁が目隠しになっていて気付きませんでした!」

悔しそうな部下の叫びを聞いて、指揮官は嫌な考えが頭をかすめた。

「ひょっとして……あの後ろにも、土塁が?」

「…………」

嫌そうな表情で黙りこんだ部下の顔が、彼も同感なのだと教えていた。

「だとすれば時間との勝負です。今すぐ攻めかかりますか?」

「…………」

今度は大将が嫌そうな顔で黙りこんだ。彼の目は両脇の山を見ていた。

「……わざわざ半包囲されに行くのか? 少なくとも退路を確保してからでないと無理だ」

土塁を残したまま先に進めば、山から降りてきた敵が土塁を盾にしてモンゴーラ軍の退路を断とうとするかもしれない。そうなれば半包囲どころの話ではなかった。

「結局、山を攻略しないとダメなんですね……」

「ええい、とにかく土塁を壊せ! (たいら)にしたら一旦撤退だ!」


 モンゴーラ兵が必死に土塁を崩して平らに均してから撤退していった後、碌に戦いもせずに逃げ帰ったホルンは部隊の再編成を終えてズスタスの前に報告にやって来た。

「申し訳ないッス。逃げるのに慣れてなくて、慌てちゃったッス」

彼は大目玉を食らうことを覚悟していたが、ズスタスは優しかった。

「よくやったぞ、ホルン! 敵もさっさと退いて行った」

「……え? 退いちゃったら負けたことにならないのでは?」

「しかし、まだ次の土塁が完成してないから攻め寄せて来ても撃退しなくてはいけなかったんだ。撃退しちゃったら、負けたことにならないだろう?」

「まあ……そうですけど」

「それどころか目隠しを良いことに落とし穴とかいっぱい作ってあるからな。あれで指揮官が死んだりした日には俺達が勝っちゃうじゃないか。叔父上ががっかりする顔が目に浮かぶぞ」

「…………」

褒められたというのにホルンはますます肩を落とした。

――程よく負けるのって難しいッス

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