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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
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挟撃 その11

 ケッチからの第3便を乗せた方舟がようやくノボロウシスクに到着した時、港のある湾の東岸では激しい戦闘が行われていた。開けた海岸近くではモンゴーラ軍が激しく攻め寄せていたが、国防大臣の率いるクレミア連邦軍が土塁と水濠と地面に設置した網を盾としてモンゴーラ軍を防いでいたのだ。彼らにとっては土地と場所と相手を変えた第二のペレコーポの戦いのつもりだった。

 とはいえペレコーポの戦いの際は5日かけて濠と土塁を用意したのに、今回は数時間しか作業が出来なかったのだ。当然濠は浅く土塁は狭かったから、モンゴーラ軍はより多くがより近くまで押し寄せた。余裕のあったペレコーポの戦いとは大違いである。だが彼らは凶刃が迫っても逃げ出したりしなかった。彼らには頼もしい味方がいたのである。

「5番ポスト付近に敵が迫っている。増援が必要だ」

「ならばワシが行くぞ!」

こういう時に一番張り切っていたのは老いてなお盛んなエイレーナー王だった。それを見てルィケー王は溜息を吐いた。

「ご老人は休んでて下さい。俺が行ってきますよ」

「年寄り扱いするな! まだまだ若いもんには負けんぞ!」

 ホールイ3国は粗末な城壁で圧倒的な多数と戦うことに慣れていた。正確には慣れるほどに経験がある訳ではないのだが、国土を荒廃させた悲壮にして強烈なトラウマが戦いとはそうしたものだと彼らに思い込ませていたのだ。当然彼らの軍事基本原則(ドクトリン)は孤立無援な拠点防衛を想定していたから、仲間があって海からの補給と退路があるだけ遥かにマシだった。

「では頼んだ! 我々辺境諸侯軍は斜面に向かう!」

 ベルマー子爵たち辺境諸侯軍は必ずしも防衛戦は得意ではない。彼らの戦いの経験というのは、ディオニソス王国軍の一角として他人の土地で他人のために他人と戦うことだった。命をかけてまで土地を守る義理は無かったのだ。持って帰れない土地よりも、捕虜の身代金の方が遥かに価値がある。彼らは守勢よりも攻勢に重きを置いていたのだ。

 だが昨年のクマデブルクの戦いが、子爵にとってのトラウマとなっていた。守るべきものを守ることが出来ず、策に溺れて決定的な瞬間に立ち会うことすら出来なかった。彼の手は、ミヒャエラの亡骸に突き刺した木の杭の感触を未だに忘れられないでいた。

――ここで負ければハサールが、そしてタイトンがやつらに征服されかねない……。今度こそ守り切ってみせるぞ!

「斜面は足場が悪いが水濠がない! 敵にとってはトントンだが、こちらの足場も悪いから気をつけろ! すっ転んで怪我をしても誰も褒めてくれないぞ!」

軽口を叩く子爵の顔には余裕が見られたが、それはハッタリだった。いざとなれば海上から横槍を入れられる平地部分とは違って、斜面部分は彼らだけが頼りなのだ。幾らか有利といえるのは、斜面部分は天然の尾根を使って防衛線を敷いているので、次の尾根に撤退できるということだろうか。しかしそのためには、その尾根の延長線上の平地部分にも防衛線を築かねばならず、今はノボロウシスクの市民たちが総出で作業していた。少なくとも彼らが作業を終えるまでは持ちこたえねばならない。とはいえ悪路と生い茂る木々のせいでモンゴーラ兵も馬を降りざるを得ず、彼らも本来の機動力、突破力を出せないでいたのだが。

――この攻撃はいつまで続くんだ? 昼も夜も断続的に続くから、おいそれ休むことも出来ない……

戦場を限定することで大軍に押し包まれることは防げても、満足に交代要員がいないことで兵士たちは急速に疲弊していた。今のところスノミ騎兵には余裕があったが、彼らはより山の低い回廊出口を守っているのだ。山越えを警戒しなくてはいけないから警戒線も長いし、敵が押し寄せれば前線も長くなるだろう。南は南で現状の戦力だけで防衛する必要があった。

「ここは一歩も通さない! 疲れたなどと泣き言は言うなよ? 休みたければ戦って死ね! 死にたくなければ敵を追い返せ! そしたらイゾルテ陛下によく似た金髪美女たちがチヤホヤしてくれるぞ!」

子爵が軽口を交えて鼓舞すると、それに対してヤジが飛んだ。

「子爵、それじゃあ全然休めませんよ!」

「俺なら一晩に5会戦は覚悟しないとな」

「俺なら10回イケるぞ」

「お前はただ早いだけだろ!」

軽口を言い合う兵士たちを見て子爵も笑顔を見せた。たとえ虚勢であったとしても、今は虚勢を張る元気があるだけでも喜ばしいところだ。彼らが妻帯者であっても浮気の1つや2つは見て見ぬふりをしてやろうと彼は思った。

――私も少しくらい褒美があってもいいよな?

水心あれば魚心、彼も妻帯者だが浮気の1つや2つを期待していた。なぜか悪名が轟くクマデブルクやハサールとは違って、ここでは子爵もそこそこ人気があるのだ!

 だが斜面にいた彼は誰よりも早く異変に気がついた。湾岸近くの戦況を見ようと視線を下ろした時、月の光をキラキラと反射していた海面が妙な輝きを見せたのだ。

「あれは……方舟?」

だがその方舟は、前線よりも2~3ミルム南、モンゴーラ軍の(ひし)めき合う岸辺へと向かっていた。

「まさか、モンゴーラ軍の松明(たいまつ)の明かりを港と間違えているのか? 馬鹿な! あのままでは敵のまっただ中に接岸することになるぞ!?」

だが彼が幾ら慌てようともどうすることも出来ない。声を枯らして叫んだ所で、慌てて伝令を走らせたところで、方舟には間違いを伝えることなど出来なかったのだ。


 その方舟の上ではアドラーが大きな溜息を吐いていた。

「まさか敵前上陸をするハメになるとは……」

方舟の両脇には牽引役のガレー船がいて必死に櫂を漕いでいたが、当の方舟の方には自力で航行する手段がないからアドラーは手持ち無沙汰だった。せめて何か作業でもあれば気も紛れるのだが。

「何を仰る! アドラー殿は海賊(バイキング)の子孫なんでしょう? むしろ真骨頂ではないですか」

全身鎧に身を包んで馬鎧までつけた大きな馬に跨ったファーレンシュタインは、整列する重装騎兵の先頭でアドラーを見下ろしていた。今をときめくファーレンシュタインではあるが、アドラーがイゾルテの親戚だと知っていたから下にも置かない態度をとっていた。まあ、馬に乗ってれば見下ろす形になるのは仕方がないけど。だがアドラーはますます深く溜息を吐いた。

「いや、ワシはともかく、この船がそういう想定をしてないんだが……」

むしろそういう想定の本格的な船を作りたいと、彼は心底願っていた。

「しかし状況は切迫しているようですからね。海岸に乗り上げたらすぐに我々は突撃しますから、方舟は海に戻って下さい。我々は敵中を突破して味方と合流します」

「……まあ、いいけどな」

ハサール人やスラム人から地形の概略を聞かされているとはいえ、今初めて見る土地でいきなり夜戦をしようというのだ。しかも圧倒的多数の敵に騎馬で突撃しようと言うのだから驚くべき自信だった。せめてもの救いは、モンゴーラ軍がふんだんに明かりを用意してくれていることと、道に迷う余地が無いほど戦場が狭いということだろう。


 ガガガガガ! ガゴッ!


 嫌な音を立てて方舟が岸辺に乗り上げると、アドラーと水兵たちは船首の波除け板をパタンと外に倒した。闇の中から突然現れた方舟に驚いていたモンゴーラ軍は、その中に隠されていた不気味な連中によって更に驚かされることとなった。

「て、鉄人?」

「いや、鉄の馬だっ!?」

 全身をすっぽりと鉄で覆う鎧などそうそう見れるものではない。まして馬にまで鉄の鎧を着せるなどモンゴーラ人には思いもつかないことだった。しかも無駄に金をかけているだけあって重装騎兵隊は人の鎧はもちろん馬鎧までが地金剥き出しでキラキラと良く光った。はっきり言って目立つ。隠密行動だとか夜襲だとかには全く向かないのだが、誰もが意識していなかった海からやって来て、しかも方舟の波除け板で姿が隠されていたことで敵の意表を衝くことに成功していた。そこにこつ然とハデハデしい姿を現したのだから完全に度肝を抜かれていた。

「敵だ! 鉄の騎兵だ!」

「敵が海から攻めてきたぞ!」

慌てふためくモンゴーラ軍を前にファーレンシュタインは怒鳴り散らした。

「蹴散らせ! 我らこそが最強の騎兵だということを、モンゴーラ人に思い知らせてやれ!」

斯く言うファーレンシュタイン自身は傭兵上がりで、彼の傭兵団にも金のかかる重装騎兵隊なんて無かったんだけど、兵士たちは細かいことは気にしなかった。弓を手にした騎兵たちが、狭い所にうじゃうじゃと集まっているのだ。彼らは羊の牧舎に迷い込んだ狼の気分だった。

「「「ウゥゥー! ヤァアー!」」」

ガチャガチャと槍を叩きながら雄叫びを上げると、彼らはゆっくりと渡り板(波除け板)を下り(おもむ)ろに駆け出した。すさまじい重量を支える馬蹄はそれにふさわしい音を立て、それは寄り集まって(とどろき)となった。

「慌てるな! 迎撃しろ! 矢を射るのだ!」

逃げる場所もないモンゴーラ軍はせめて敵を射ち減らそうと一斉に矢を放った。その矢はディオニソス軍に降り注ぎ、騎手に軍馬にと次々に命中した。命中(◆◆)は……

「ダメです! 弾かれます!」

「馬はっ!?」

「馬もです!」

 馬の方はさすがに全身をくまなく覆っている訳ではなく足回りは分厚い布が垂れ下がっているだけだったが、馬にも怯んだ様子は全く無かった。例え布切れ一枚でも矢の勢いを和らげる効果は非常に高い(注1)し、その上馬の皮や筋肉は人間とは比較にならない強靭さがあるのだ。

「蹴散らせぇぇぇぇええぇ!」

「くそっ! 迎え討てぇぇ!」

両者の怒号が衝突し、その片方が砕けて消えた。モンゴーラ兵の持つ刀は切るための曲刀であり、厚い鉄板を貫き通すような物では決して無いのだ。

「遠慮はいらん、喰らい尽くせ! 羊はまだまだいっぱいいるぞ!」

血に染まり地に落ちた松明に照らされるファーレンシュタインの姿は、まさに地獄の悪鬼のようだった。


 斜面から固唾を呑んで戦況を見ていたベルマー子爵は、クロアリのように平地を埋め尽くしていたモンゴーラ兵が海が割れるように真っ二つに引き裂かれる様に呆然としていた。

――忘れていた。あれはもともとこういう化物なのだ。ただちょっとバ……バルバランス? の死に様が無様だっただけで!

それもどちらかというと相手が悪かっただけだろう。まあ、イゾルテの誘いにまんまと乗ってしまったのは確かだけど。

――アプルンとの戦いでも、ここまで一方的な戦いは無かったのではないか?

やはりモンゴーラ軍の兵種が偏っていることが最大の問題なのだろう。槍を持った重騎兵ならばディオニソス軍にいくらか打撃を与えられるかもしれないが、彼らは防衛線を破るのには向かないからこの場にいなかった。ファーレンシュタインはそれも見越して敵前上陸を敢行したのだろう。

――だがそれも、騎乗したまま上陸できる方舟のおかげか。プレセンティナが関わると戦いがどんどん変わって行くな……

それが果たして良いことなのか、しかとは分からなかった。だが何れにせよ、天敵を目の当たりにしたモンゴーラ軍は攻撃を躊躇うようになるはずだ。この場は喜ぶべきなのだろう。

「各隊、見張りの順番を決めておけ! しばらくしたら敵が退き始める。そしたらゆっくり休めるぞ!」

「「「おー」」」

気が抜けて疲れが表に出た応えを聞いて、ベルマー子爵も苦笑いを浮かべた。

注1 日本の武具に母衣(ほろ)という物があります。

背中に付けるペラッペラな布で、馬を走らせると風にたなびいて気球みたいになります。

信長が親衛隊(?)の赤母衣衆とか黒母衣衆に付けさせたことでも有名ですね。

これが後方からの矢を防ぐのに意外なほど効果を上げます。

運動エネルギーそのものを減らす効果は疑問がありますが、恐らくは矢の向きをズラす効果があるのでしょう。

矢の向きと力の方向が一致しなければ刺さりようが無いですからね。刀で峰打ちするようなものです。

海外の物好きが再現実験した動画がYoutubeに上がってましたので探してみてください。白人男性が器用に騎射している姿はシュールです。


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