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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第3章 太子擁立
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新型ガレー船(雛形)

 今年も残すところあと10日あまり。帰国したイゾルテは、毎日朝寝を楽しんでいる。揺れなくて大きくてふかふかなベットに、真水で洗ったシーツがちゃんと毎日敷き直されているのだ。

「これを楽しまずしては洗濯した者に悪いではないか!」

と、訳の分からない寝言を言って「起こすな」と命じていた。だがこの日の朝は、彼女はメイドに叩き起こされた。

「姫様、侵入者です!」

「何!?」

イゾルテは飛び起きると、ネグリジェを脱ぎ捨てて軍服を着込んだ。場合が場合なので、大して使えもしないサーベルも腰に吊った。

「衛兵、賊は何人だ? 皇宮は無事なのか?」

「はっ、人数は不明です。皇宮にはまだ連絡しておりません。侵入者を発見したわけではなく、持ち込まれた不審物を発見しただけですので」

「不審物? それだけで大騒ぎしているのか!?」

せっかくの朝寝を邪魔されているのでイゾルテは不機嫌になった。

「不審物をご覧になれば納得して頂けると思います」

衛兵に囲まれながら中庭に向かうと、噴水にソレが浮いていた。

「な、何だこれは……!?」

ソレのあまりの不審さに、イゾルテは驚愕した。



 ローダス島攻防戦を経て、メダストラ海に臨む各国では軍船としてのガレー船に対する評価が一変していた。「イゾルテの浮網」と「ムスタファの投網」(帰国後に投網の噂も広まりつつあった)のおかげで、ガレー船が帆船に対して一方的に有利だとは言えなくなったのである。それは仕掛け人たるプレセンティナ海軍も例外ではなかった。それどころか当事者としてその戦果を目の当たりにしているため、その動揺は他のタイトン諸国よりも遥かに大きかった。動揺する海軍の重鎮たちに新型ガレー船(の雛形)が披露されたのは、年の暮れも押し迫った12月末のことである。


 その新型ガレー船(の雛形)は皇宮の端にある池に浮かんでいた。

「こ、これがガレー船……ですか?」

「なんだか妙な形ですが……」

「殿下、甲板がありませんよ?」

「まぁ、これはあくまで雛形だ」


 それは白く小さな船で、船体に比べてやたらと大きい鳥の頭の船首像が否応なく目立っていた。異様なのは船首像だけでなく、驚くほど喫水が浅い割に船高が異常に高かった。というより、やたら薄っぺらい船に屋根が一体化していると言った方が良いかもしれない。四方には大穴が空いており、どうやらそこから出入りするようである。ぐるりと周りを見て回ると、後ろにプレートが付いていた。

―――――――――――――――――――――

製造元:有限会社○×ボート製作所

定員:2名

最大積載量:300kg

型番:SWNB-03S

品名:スワンボート3型セパレートタイプ

―――――――――――――――――――――

もちろん、何と書いてあるのかは誰にも分からなかった。


「乗ってみせるから、少し見ておれ」

イゾルテは側面の穴から船に乗り込むと、アドラーを手招きした。アドラーはげんなりした顔で首を振ると、隣に居たムスタファの肩を押した。

「ワシはもう疲れた。お前が行け」

「俺が乗っていいんですか? 新鋭艦なんでしょう?」

「今更だ」

ムスタファは押し込まれるように船に乗り込んだ。


「なんだ、ムスタファが来たのか。アドラーめ、だらしのない奴だ」

船内はがらんどうだった。船体には竜骨(キール)も無ければ、板同士の繋ぎ目も無い。

――なんだこの船。いったいどうやって作ったんだ……?

元海賊、じゃなくて元船乗りで現役船大工(見習い)としては、どういう作りなのかすごく興味のあるところだ。だが外のお偉いさん達を待たせる訳にはいかなかったので、ムスタファはイゾルテを見習って空いている椅子に座った。


「ここに両足をかけるのだ。そして、こうだ!」

イゾルテが座ったまま走るようにして曲がった鉄棒をぐるぐる回すと、後ろからバシャバシャという水を叩く音がした。ムスタファが驚いて後ろを見ると、何やら水車らしきものが水を叩いていた。

――なるほど、水の流れで水車を回すのではなく、水車で水の流れを作るのか。

驚いた顔をしているムスタファを見てイゾルテが笑った。

「仕組みは後で見せてやるから、今は言うとおりにしろ」

「はい、すみません」

気を取り直したムスタファがイゾルテを真似て足を動かすと、再び後ろからバシャバシャという音が聞こえた。だが、船は左に旋回した。

「逆じゃ、逆!」

「逆?」

「こうじゃ、こう! 上を前に! 下を後ろに!」

「ああ、なるほど。こうですね」

ムスタファが回転方向を変えると、船は前進しだした……が、今度は右に旋回しだした。

「今度は速い! 手加減して私に合わせろ!」

「あ、すみません。その辺りはガレー船と同じなんですね」

「違うのは足で漕ぐようになったのと、櫂が水車になっただけだ」


 ムスタファはなるほどと納得したものの、どうみても櫂で漕いだほうが速いことに気付いた。それになんだか異常に疲れる。ムスタファはともかく、イゾルテはすでに息が荒くなっていた。

「しかし、これ疲れませんか? 大して早くないですし」

「確かにな。このままではダメだと分かっているのだが、とりあえず方向性を示せと父上に言われたのだ。学者や職人たちの話では、水車を大きくして、二輪の荷車の仕組みを応用すれば効率は良くなるらしい」

「二輪の荷車?」

「あれ、見せたことなかったか? 離宮ではしょっちゅう乗り回しているんだがな」

「いえ、俺は離宮に行った事自体ないんですけど……」

「なら今度アドラーと一緒に訪ねて来い。いろいろと見せてやろう」



 そのころ外の軍人たちは、バシャバシャとけたたましい音を立てるガレー船(雛形)について意見を交わしていた。

「確かに櫂が無くても進んでいるな」

「だが、遅くないか? 普通に櫂を漕いだほうが早そうだぞ」

「両方付ければ良いんじゃないか? 網に引っかかった時だけこの仕組を使って窮地を脱すれば良い」

「そうか、いざという時のための備えか」

「あるいはこういう小型船で進路上の網を取り除くという手も考えられるな」

「なるほど、それなりに使い道はありそうだ。でも、なんでこんな形なんだろう?」

その疑問に軍人達が首をかしげていると、1人が何かを思い出した。

「そういえば、優雅に泳ぐ白鳥も水面下では激しく足を動かしている……と、聞いたことがある」

「白鳥……まさに白鳥だな」


この雛形の強烈な(見た目の)印象のため、この推進方法は「白鳥型推進方式」と呼ばれるようになった。実用化される時には全然違う形になるのだが……。


新章のスタートがこんなんでいいのだろうか……

ちなみにスワンボート(アヒルボート)は30万円くらいするようです。

アマチュア無線機10台と同じくらいでしょうか。

「シーサイクル」というのも見つけましたが、スクリューは網が引っかかるのでボツにしました。

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