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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
219/354

草原の戦い

すいません、だいぶ間隔が開いてしまいました。

そのかわり今回は長文です。20000字を越えました。

最近のペースからいくと3~4話分くらいですが、この話はオチまで何日も引っ張れないと思って1話にまとめました。

 イゾルテはたった一人で薄暗い倉庫の中にいた。その小さな手で両目をしっかりと押さえつけながら壁に向かってしゃがみこんでいた。だが、彼女は泣いていた訳ではなかった。

「……きゅうじゅうなな、きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃーく!」

彼女はむしろ弾んだ声で数を数え終わると顔を上げた。弾けんばかりに楽しそうなその顔を見れば彼女が幸せの中にあることは明らかだった。彼女の方にしても楽しさのあまり、この薄暗い倉庫がキラキラと輝かんばかりに見えていた。

「うーん、きっとお父様のことだから……ここですね!」

彼女は麻袋の陰に回り込んだ。……が、そこには誰も居なかった。そして麻袋を照らしていたロウソクが一本、ふっと消えた。だが彼女は気にしなかった。

「あれ? じゃあ、きっとこっちです!」

彼女は大きな木箱の隙間から中を覗きこんだ。……が、中には何も入っていなかった。木箱を照らしていたロウソクもふっと消えた。

「じゃあ、やっぱりここですね!」

彼女は掃除道具を入れるロッカーを開けた。……が、中には掃除道具しか無かった。ロッカーを照らしていたロウソクがふっと消えた。倉庫の中のロウソクは全て消え、明かり取りから差し込む月明かりだけになった。だが気丈な彼女はまだ笑顔だった。

「もう! 抜け穴はイザという時にしか使っちゃダメだって、お父様がおっしゃったんですよ!」

彼女は唇を尖らせながら地面にひざまずくと、隠された床扉の隙間にモップの柄を突っ込んで全体重をかけた。

「うーん、よいしょっ!」

わずかに開いた扉の隙間に別のモップを突っ込むと、彼女はその隙間から抜け穴を覗きこんだ。

「ほーら、ここに……あれ?」

月明かりに照らされたその抜け穴にも、父の姿は無かった。愕然とする彼女を置き去りにして月光までがふっと消えた。

「おとう……さま? どこ? どこにいるの?」

自分の目が開いているのか閉じているのかも分からない完全な暗闇の中で、ようやく彼女は不安を感じ始めた。姿が見えなくても常に見守っていてくれると信じていた父が、どんなに探しても見つからないのだ。彼女は父を求めさまよい歩いた。だがどれだけ歩いても、父はおろか麻袋も、木箱も、ロッカーすら彼女の手には触れなかった。

「……ぐすっ、うぅ……うぇぇぇぇん、おとうさまぁ、どこにいるのぉー」

泣きだした彼女が歩みを止めた時、ついに彼女を支える床すらも……暗闇に溶けた。



 落下感を感じてハッと目を覚ましたイゾルテは、そこが船上であることに気がついた。というか暁の姉妹号の自分の船室のベッドの上である。側にはいつもの笑顔を浮かべたムルクスが居た。どうもさっきのは夢だったようである。

――お父様がお隠れになったと聞いて隠れん坊を思い出すとは……私は意外と単純なんだなぁ

イゾルテはなんだか笑えてきた。こんな時でも笑えるのなら自嘲するのも悪くはない。

「……私はどれくらい気を失っていた?」

「2時間ほどですよ」

「そうか……ふふふ、昔の夢を見ていた。あれは皇宮の倉庫かな? 父上と隠れん坊をしていたんだ。だがなかなか見つからなくて泣き出してしまうんだよ。……もう、あんな事は二度と出来ないんだな」

なんだかしんみりと感傷的になっているイゾルテをムルクスが気遣った。

「もう少し休まれてはいかがですか? 陛下は働き過ぎ……いえ、お疲れなのかもしれません」

彼女はここのところダラダラしていたと聞いていたので、ムルクスも働き過ぎとは言えなかった。だが寝過ぎてしまって返って疲れている可能性はあった。

「いや、寝ている場合ではない」

「そうですね」

イゾルテが起き上がっても彼は無理に止めなかった。彼女には皇帝としてしなくてはいけない事があるのだ。彼女を擁立しようとした彼がそれを止める事はできなかった。寝ると余計に疲れるかもしれないし。

「ハサールの件の詳細を教えてくれ」

「はい。伝令の持って来た書状を翻訳させておきました」

ムルクスが差し出した紙の束を、イゾルテは無言のまま震える手で受け取った。



 ハサール軍は本国に残った者のうち5万あまりを東部に集結しつつ、それ以外の非戦闘員を後方となる北西部へと移動させていた。本来は草が青々と育つこの時期にこそ家畜達を肥えさせるべきなのだが、民の安全には代えられない。そこには昨年の戦いで女子供がクレミア半島に残された時の恐怖があったのかもしれない。あの時彼らの命が助かったのは、敵がイゾルテであったからに他ならない。彼女が居なければハサールに恨みを持つスラム人たちにどうされたか分かったものではなかった。だからこそ今回は相応の数の男たちを部族の元に残しており、そのせいで5万あまりしか集結できなかったのだった。

 代わりに彼らは斥候を走らせた。難民としてやってきた東方の遊牧民にも協力させ、モンゴーラの動きを探るべく東方へと送り出していたのである。難民たちも文句も言わず彼らの故郷を案内した。そもそもモンゴーラの脅威をもっとも深刻に受け止めていたのは彼らである。そしてその斥候たちは期待通りモンゴーラの動きを捉え、その情報は即座にハサール軍の宿営地へと伝えられた。報告を受けたブラヌは即座に軍議を招集した。

「モンゴーラ軍が動き始めました! 確認した限りでは3万ばかりと思われます!」

「ドルク方面より随分と早いな。プレセンティナの援軍は?」

ブラヌに問われたのはタイトン方面の大使のような扱いになっていたバイラムである。ハサール便として彼に同行した者の一部が今もプレセンティナ軍に同行しており、彼は逐次連絡を取ってもいた。

「彼らは未だ……アルテムスを移動中とのことです」

「遅い! いったい何をやっているのだ!」

「バイラム殿! プレセンティナ軍は騎兵並みに速いのではなかったのか!?」

バイラムの口からプレセンティナ軍の活躍を聞いていた諸将はプレセンティナ軍の動きの遅さに(いき)り立った。

「それが……アルテムスの農民共のせいで足が鈍っているようなのだ」

「「「…………」」」

ブラヌの言葉に皆が押し黙った。彼らが長年アルテムスの農民たちから収奪を行ってきたことは動かしがたい事実だったし、プレセンティナにしてみれば異民族で言語も異なるハサールよりも、同じタイトン人であるアルテムスの方が親近感が強いのは当たり前だった。

「……我らへの復讐という訳か」

「むしろプレセンティナが我らの味方をしてくれるという方が意外なのだ。去年はアルテムスの民を保護して我らと戦った訳だしな」

「だがドルクに派遣した兵力をハサールに呼び戻すなと言ってきたのはプレセンティナだ! 援軍は当然だろう!?」

わいわいと騒ぐ諸将にバイラムは困ったような顔で呼びかけた。

「待て待て、勘違いするな! アルテムスの農民たちは、義勇兵として連れて行ってくれと言って付きまとっているのだ」

「なん……だと?」

「奴らが我らを助けようと? あり得ん!」

「プレセンティナがワシらと戦いに向かっているんだと勘違いしとるんじゃないか?」

戸惑う諸将にバイラムもいささか自信なさげに答えた。

「それが……我らハサールを助けるのではなく、プレセンティナに受けた恩を返すのだと言っているそうなのだ」

それはハサール人たちにも理解できる考えだった。彼らの多くはプレセンティナ――というよりタイトン人を胡散臭く思っていたのだが、借りがあることだけは誰もが認めるところだった。それを返さないうちに彼女と敵対することは彼らの誇りが許さないのだ。だから碌に戦う(すべ)も知らないアルテムスの農民たちが援軍に来るという話は意外である一方で、プレセンティナに借りを返したいという一点で共感を感じてもいた。しかし……

「うーむ、戦いの経験も碌な武器もない歩兵か……」

「迷惑だな……」

気持ちは理解できても足手まといだった。その意気に感じるところはなくもないのだが、アルテムスの義勇兵など移動にも戦いにも役に立たなさそうである。バイラムは――別に彼の責任でもないのに申し訳無さそうな顔をして――ブラヌに頭を下げた。

「申し訳ありません。モンゴーラが動き出したことを伝えれば、主力だけ先行してやって来てくれるとは思います」

「うむ、そうだな。さっそくプレセンティナに伝令を出し、到着までに避難民も西に移動させよう」

既にデミル部族を含めたハサール諸族はその餌場を北西部へとシフトしていたが、その開いた穴を埋めるように東から逃れてきた難民たちが暮していた。

ハサール側にしてみれば彼らを食わせる義理などないのだが、空いた土地の草を食わせるくらいなら許すことができたのだ。もちろんモンゴーラを追い払った後には故郷に帰ってもらうつもりだったのだが。


 だが彼らの計算違いはモンゴーラ軍の動きが早かったことや援軍が遅延していたことだけではなかった。モンゴーラ軍は早かっただけでなく、彼らの想像を超えて速かったのだ。斥候の報告を受けて開かれた軍議が終わらぬうちに、次の報告が飛び込んできたのである。

「申し上げます! 難民諸族がモンゴーラ軍に襲われております!」

本陣に詰める諸将はその知らせに驚愕した。

「何だとっ!?」

「もうハサール国内に入ったというのか!?」

 ハサールはもう長いことスラム人やタイトン人相手にしか戦っていなかった。かつてのアルテムス王国には騎兵も存在し竜公(ドラクル)のように彼らに歯向かった好敵手もいたのだが、それはせいぜい戦術レベルの話である。戦略レベルの機動力でハサールに匹敵する者は存在すらしなかったのだ。……車両化されたプレセンティナ軍を除いては。だが今回の相手はプレセンティナではない。プレセンティナではないのだが、農耕民族でもないのだということ、彼らは一番重要なところで忘れていたのである。

「集結もせず、隊列を整えることもなく、同時多発的に諸族の居留地を襲ったようです」

「走り詰めでか!?」

「やつらも草原の民だったな……!」

 数の少ない斥候の方が足が速いのは当然の事だったが、モンゴーラの方もなにより機動力こそが侵略に欠かせないことを知り尽くしていた。そして彼らは、次の敵が――つまりハサールが、これまでに彼らが平定してきた遊牧民たちとは桁が違うことを理解していた。50万にも及ぶ遊牧民が1人の王(可汗)の元に団結していることなど、東のクリルタイではこれまで考えることも出来なかったことである。その強敵に対するに当たって彼らは十分に警戒し、それ故にこそ慎重さではなく果断さを選んだのである。それは遊牧民らしい考え方というだけでなく彼らなりの事情があったのだが、それはハサール人たちにもイゾルテにも想像の及ばぬところであった。

 兎にも角にもモンゴーラ軍は一旦動き出すと駆けに駆けた。そしてハサールの斥候を追い越す事こそ無かったものの、彼らに策を考える暇も与えずに襲いかかったのだ。しかも混乱を起こすことを目的としていたため、彼らは部族、氏族ごとに分かれて同時多発的に襲いかかったのである。

「なんということだ……」

「うーむ、早めに西に非難させておいて良かった」

「難民が役に立ったな」

まさに生きた盾であった。彼らはモンゴーラの速度に驚きを感じながらも、狂乱するほどの衝撃を受けることは避ける事ができた。だって他人ごとだから。


「このまま時間を稼ぐか?」

「しかしプレセンティナはまだアルテムスに居るのだろう? モンゴーラは既に国内に来ている。加えてこの速度だ」

「可汗、どうなされますか?」

皆の注目が集まるのを感じると、ブラヌは難しい顔のまま頷いた。

「集結しないまま襲いかかったということは、こちらが既に集結しているとは知らないのであろう。ならばこれは好機だ。今すぐに東進し、敵の中枢を突く!」

「「「おおっ!」」」

湧き上がる諸将の中でバイラムが慌てて声を上げた。

「可汗! 待てばプレセンティナ軍が到着するのです、今は決戦を避けるべきではありませんか?」

「バイラム、お前の言うことも分かる。だが我らが難民を見捨てれば、やがてやって来るアルテムスの農民どもはどう思うだろうな?」

「…………」

それは誇りというより面子の問題だったが、バイラムは反論できなかった。唯我独尊の世界観の中にいた数年前のハサールなら歯牙にもかけなかっただろうが、今ではドルクやタイトンの目が気になるのだ。それはもちろん、タイトン人の中で暮らした経験のあるバイラムにはとても気になることでもあった。

「触れを出せ! 出陣だ!」

「「「おおっ!」」」

斯くしてハサール軍は単独での戦闘を決め、東進を開始した。



 当初ハサール軍は連戦連勝だった。というより予想よりも早くまとまった戦力が出てきたことで、モンゴーラ軍は慌てて兵を引いたのだ。だがハサールの方も各地の難民達を収容するのに手間取り、モンゴーラ軍を深追いすることも出来なかった。そして逃げ散るのも早ければ集結するのも早いのが遊牧民だ。モンゴーラは手早く兵力を再編すると、ハサール軍と決戦の構えを見せた。

 見晴らしのいい草原にズラリと並んだ両軍の騎影は勇壮なものだった。両軍は共に軽騎兵だけで構成されており、そこには戦術はあっても罠はありえず、また両者には恨みも因縁も一切無かった。望まぬ戦場で訳の分からない戦いを強いられたペレコーポの戦いとは雲泥の差である。そこにあるのはただ数と個々の技量の差だけであり、戦いの趨勢を決めるのもその2つだけであるように思われた。この遊牧民らしい単純で分かりやすい戦いを前にして、ブラヌが兵を鼓舞した言葉も単純を極めた。

「我らは草原の民だ! そして敵も草原の民だ! この草原で、思うがままに戦おうではないか!」

「「「「おおおおぉぉ!」」」」

 彼らが農耕民族に比べて圧倒的な強さを誇るのは、騎馬の技量だけが原因ではない。彼らの軍は氏族、家族といった生活単位がそのまま部隊の構成となっており、家畜を追う日頃の生活そのものが小部隊の訓練にもなっていて、その有機的な連携を可能としていたのだ。つまり彼らは……放っておいてもいい感じで戦ってくれるのである。その上敵は3万ほどであり、5万を揃えたハサール軍が圧倒的に有利だったのだ。誰もが血を沸き立たせながら、自分たちの勝利を疑っていなかった。

「かかれぇぇ!」

「「「「ふうぅぅらぁぁぁ!」」」」

ブラヌの号令に地響きのような雄叫びが返されると、ハサール軍は津波のように猛然とモンゴーラ軍に襲いかかった。

 歩兵を相手にする時は騎射をするだけで刀を抜くこともないが、相手も遊牧民となれば事情は異なる。彼らは接近しながら2~3本の矢を放つと、逆手に弓を持ったまま腰の蛮刀を抜いてモンゴーラ軍と切り結んだ。もちろんモンゴーラ軍も同じことをしたのだが、倍近い人数を相手にすれば被害は4倍近くなるのが自然な流れである。彼らは次第に()され始めていた。

 戦いにおいて最も損害が出るのは撤退・追撃戦である。戦場で戦っているうちは包囲でもしない限り虐殺など起きないが、撤退する者は追撃する者に一方的に狩られる運命にある。況して追うのが騎射を得意とする遊牧民であれば尚更だ。さらに彼らは、まだ用意した矢のほとんどを残していた。だから熱狂する兵士たちに釣られてブラヌも自身を含む後衛8000騎に戦闘参加を命じた。

「よし、今だ! ワシラも出るぞ! 一気に畳み掛けろ!」

ここでモンゴーラ軍の命脈を断てば全ての決着がつくが、逆に逃亡を許せば一月(ひとつき)と経たないうちに再び襲いかか来ないとも限らない。だから全軍で一気に勝敗を決め、追撃に移ろうという腹だった。

 だがこのいかにも草原の民らしい単純な戦いの趨勢に違和感を覚えた者がいた。バイラムである。

「可汗、ここはほどほどでよろしいのでは? モンゴーラが再編成をしている間にプレセンティナ軍も到着します。そうすれば勝ったも同然です」

 デミル部族3000騎は昨年の戦いで最も深刻な損害を受けていたことを理由に後衛に配置されていた。だがブラヌの真意は、族長であるバイラムがやたらと消極的であることを(かんが)みての配置だった。

「バイラム、何か心配があるのか? これほど分かりやすい戦はないぞ!」

「それはそうなのですが……」

 彼は半年余りに渡ってタイトンの(いくさ)を、そしてイゾルテの戦いを見ていた。そこには戦術があり、時には罠があり、そして常に役割があった。僅か300名足らずのベルマー子爵の兵ですら、槍歩兵と弓兵と騎兵で構成されていたのだ。逆にプレセンティナ軍はキメイラしかなかったのだが、その戦闘能力を維持するために輜重隊には職人や文官までもが含まれていた。策や罠に至っては言うまでもない。ここにイゾルテがいたならば、移動指揮車に乗り込んで地図の上に駒を並べていたことだろう。だが今ブラヌをはじめとしたハサール軍首脳部は、兵が自律的に行動するのに任せていたのだ。

「ええーい、ならばお前は退路を確保しろ! ワシは行く! 手柄の欲しい者はワシに続けぇぇぇぇ!」

「「「「ふうぅぅらぁぁぁ!」」」」

ブラヌが馬の腹を蹴って戦場に飛び込んで行っても、それにデミル部族以外の者達が続いても、バイラムは言われた通りその場を動かなかった。

「族長、行かないんですか? 俺達も戦いたいです!」

「出遅れた分取り戻さないと!」

若い者たちは(はや)ったが、バイラムは顔を顰めるだけだった。彼とて具体的な懸念を持っている訳ではないのだ。

――気にし過ぎか? だが俺がタイトンに学んだことを、奴らが征服した東の帝国に学ばなかったと決めつけるのは早計ではないか? そもそも倍近い敵に対して正面から立ち向かったのは、我ら草原の民からみても蛮勇としか思えない。逆ならば可汗も分散を命じたのではないか? 我らには守るべき民がいて、彼らにはその弱みがないのだからな……

思い悩む彼の懸念は具体的な形を伴って現れようとしていた。戦場の真ん中に一筋の白い煙が棚引いたのである。



 戦場に飛び込んでいったブラヌはさすがに自ら切り結ぶことも無かったが、大声を張り上げて兵士たちを鼓舞していた。

「押せぇえ! ハサールの勇猛を草原に轟かすのだぁぁあ!」

「「「「ふうぅぅらぁぁぁ!」」」」

戦場は熱狂していたが混乱はしていなかった。明らかにハサールが優勢であり勝敗は時間の問題であるように思えた。だがその順調な戦いを突然邪魔したのは地面からもくもくと立ち昇った白い煙だった。

「な、何だ? 何事だ!?」

「け、煙です!」

「そんなことは見れば分かる! 火計なのかっ!?」

「兵の動きを見る限り、火は出ていないようです!」

「目眩ましか……!」

それはモンゴーラ軍の仕掛けた煙幕だった。イゾルテがスノミ・スヴェリエ軍とディオニソス王国の戦場に撃ち込んだロケ・コット花火{煙幕付きロケット花火}から飛んで行く部分を除いたようなものだ。……もはやぜんぜんロケ・コット花火じゃないけど。彼らはジリジリと後退しながら、火を付けたそれを地面に落としておいたのである。(注1)

「あちこちで煙が上がり始めております!」

「我らを混乱させてその間に逃げるつもりか……! だがやつらに密着すれば煙も効かぬはず! 構わず突き進め!」

ハサール軍は次第に濃くなる白煙の中を駆け抜けると、白煙を抜けたところで眼前にモンゴーラ軍を捉えた。

「よーし、このまま追撃だ! 殺しつくせ!」

「か、可汗! 違います! あれは新手です!」

「何?」

彼らの前に立ちはだかったのは確かにモンゴーラ騎兵だったが、革ではなく金属の兜をかぶり、鎧は革ではあったがいかにも重厚で、更には弓ではなく槍を構えていた。近接戦闘に特化した騎兵である。

――本当に草原の民なのか? まるでドルクやタイトン人の騎兵ではないか!

ブラヌが呆然とする中、その騎兵の頭上を越えてハサール軍に矢の雨が降り注いだ。

「うぐっ」

「可汗!」

肩に矢を受けたブラヌを周りの兵が慌てて取り囲んだが、ブラヌは気丈に怒号を発した。

「かすり傷だ! それより来るぞ、迎え撃て!」

彼らの眼前には雄叫びを上げて突っ込んでくるモンゴーラの()騎兵が迫っていた。



 後方に残されたバイラムは冷静に戦場を見回していた。……煙しか見えないけど。

「うーむ、イゾルテ殿が使ったなんとか花火みたいだな」

彼が悠長に構えていたのは、ロケ・コット花火の記憶があったからだ。煙に巻かれてしまえば誰も彼も戦いどころではなくなる。敵が何か仕掛けてくることを懸念していた彼だったが、彼が恐れていたのはもっと危険な罠だった。

「でも煙幕ではなぁ……」

「族長、助けに行かなくていいんですか!?」

「あれは逃げるために撹乱してるんだろう。助ける必要もないし、助ける方法もない」

「しかし、敵がこちらに向かってきています!」

「何?」

示された方を見ると、モンゴーラの軽騎兵が煙を避けてぐるりとこちらに回り込もうとしていた。しかしそれはせいぜい500騎程度であって、デミル部族とハサール軍主力の間に割って入るにはあまりにも数が少なかった。

――煙を盾にして後ろに回り込もうというのか? だが我らと主力に挟み撃ちにされたら一瞬で崩壊しかねん。何がしたいんだ?

バイラムは戸惑いつつも、それを迎え撃つことを決意した。彼らが何をする気かは分からないが、危険を犯す以上は重要な役目があるはずだ。やはり敵はただ逃げた訳ではないのかもしれない。

――しかし意味が分からん。まだ何かあるかもしれんし、1000騎も出せば十分か?

彼は息子のウルビを呼びつけた。

「ウルビ、1000騎ばかり率いてあれを迎え撃て」

「はいっ! よし、行くぞ! 退路を塞がせるな!」

「「「「ふうぅぅらぁぁぁ!」」」」

若いウルビは(はや)り立つ若者たちを率いて即座に敵へと馬を駆けさせた。父親がなかなか戦おうとしないのでジリジリとしていたのだ。だが彼らが問題の敵と交戦を始める前に、敵の方が先手を打った。手に持った武器(◆◆)を使ったのである。


  ジャァァアァァアン! ジャン、ジャン、ジャン、ジャァァアァァアン!

  ドンッドンッドンッ! ドンッドンッドンッ!

  ぶぅおーーー! ぶぅおーーー!


モンゴーラ騎兵は、鳴り物の数々を打ち鳴らしてけたたましい騒音を上げ始めた。ウルビはそのまま馬を駆けさせていたが、後方に留まったバイラムは人目を憚らずに唖然とした。

「何だ? 何のつもりだ?」

「さあ、分かりません。戦う気がないのでしょうか?」

確かに戦う気があるようにも見えなかったが、降伏の申し入れにしては騒がしかった。そもそも降伏の際に鳴り物を鳴らす風習など聞いたこともなかった。

――では何のために出てきたのだ? 確かに凄まじくけたたましいが、あのように少数で騒いだところで……あっ! 煙の向こうにいる可汗には少数だと分からないのか! (注2)

バイラムは膝を打った。

「なるほど。煙のこちらに大軍が回りこんだと思わせて、主力の追撃を食い止める気か!」

「おおっ! あれ? でもそれなら、立ち止まった方が危険です。挟撃されないためにも、返って追撃を続けるのでは?」

部下の疑問にバイラムの頬は引きつった。

――確かにそうだ! ということは……煙の向こうでは追撃戦ではなく混戦になっているのではないか? それでは退路を断たれれば総崩れになりかねない!

「まずい! こちらの状況を一刻も早く可汗にお伝えせねば!」

「では?」

「煙の中を走り抜ける……のは無理か。我らも回りこんで包囲網を外から破る!」

「包囲?」

「あのうるさい敵は煙の側面を回りこんで来た。側面ががら空きならそんな事は出来ないだろう。何よりここまで用意周到に罠に嵌められたのだ、主力が包囲されていない訳があるまい!」

だが彼らが走り出すより前に、別の凶報が届いた。

「族長、大変です! また敵が現れました! 北です!」

「何だとっ!?」

バイラムが北を睨みつけると、確かに多くの騎兵がこちらに向かっているのが見えた。まだ遠くて詳しくは分からなかったが、明らかにハサール軍ではなかった。彼らが掲げていたのはハサールのどの部族の物でもなかったのだ!

「くっ! くっくっくっく……!」

その旗印を見て獰猛な笑みを浮かべたバイラムを部下たちは気味悪そうに、あるいは心配そうに見つめた。どんどん悪化する戦況におかしくなっちゃったのかと思ったのだ。

「族長、大丈夫かな?」(こそっ)

「タイトンに行ってる間におかしくなったんじゃね?」(こそっ)

「もうウルビに代替わりした方が良いな」(こそっ)

「じゃかぁしい! いいか、あの旗はヘメタル同盟の旗だ! タイトンの援軍だ!」

バイラムの叫びにデミル部族の兵士たちは沸き立った。

「おおっ! 天佑だ!」

「プレセンティナ軍が到着したのか!」

「あれ? しかしプレセンティナ軍なら例の馬車で来るのでは?」

「族長、おかしくはないですか?」

「恐らく別の国の軍だ、プレセンティナ軍は遅れているからな」

バイラムの回答に兵士たちは意気消沈した。だってタイトンの騎兵なんて全然強そうじゃないのだから。

「……役に立つんですか?」

「知らん! しかし我らだけでは数が足りん! それに敵の意表は突けるぞ!」

「……確かに」

遊牧民らしからぬ行動こそが相手の意表を突くのだ。彼らの目の前で鳴り物を鳴らしている敵兵がそれを証明していた。

「しかしアレをいきなり突っ込ませては、我らの本隊まで混乱しかねん。我らは一旦アレと合流するぞ!」



 ハサールに援軍を出すことはタイトン各国にとって心理的、金銭的に相応の負担となっていた。そしてそれらの条件をクリアして派兵を決めても相応の準備期間が必要となる。さらには部隊の編成によって行軍速度も異なってくる。言い出しっぺのプレセンティナ軍が遅れたのは自国の都合ではなくアルテムスの難民たちが要らない義侠心(と防衛意識)から義勇兵を組織したからだが、そういった申し出を受けるほど他国民に信頼されてもいなければ、途中の国に領内の通行を拒否されても問答無用で駆け抜ける図太さがあり、それでいて途中で略奪暴行をしないだけの理由があって、更には逸早(いちはや)くハサールに駆けつける必要のある国が1つだけあった。

「陛下、あそこッス! あそこで大騒ぎしてるッスよ!」

「なんだアレ? 火事か?」

「煙が白いッス。また未来の陛下のカノジョのアレを撃ち込んだんじゃないッスか?」

「またアレか……」

緊張感の足りない彼らはスノミ騎兵だった。

 スノミ・スヴェリエはもともとノーウェイ王国に侵攻しようと準備していたところにお呼びがかかったのだ。遠征の準備は万端整っており、しかもハサールに対して何のしがらみもない。国王ズスタスはただイゾルテとルキウスに媚びを売るため、子飼いのスノミ騎兵だけを連れて急いでやって来たのである。道々略奪に近い物資の徴発も行っていたが、後でイゾルテに怒られないように強制的に金も置いて来た。現地の住人たちがどう思っているかは分からないが、少なくとも彼らの方は略奪したという意識はなかった。

「しかしロケ・コット花火を使ったということは、ひょっとしてもう戦は終わりなのか? せっかくここまで来たのに!」

「ちょっとくらいは戦っておきたいッスね。敵の別働隊を食い止めてたとか言い訳も出来るッス」

「うむ、ちょうど手頃な敵が向かってくるぞ」

主戦場と煙を挟んだ反対側から1000か2000ほどの騎兵集団が向かってくるのを見てズスタスは舌なめずりをした。やがて両軍が接近すると、その敵騎兵の中から一騎が飛び出して来た。

「なんだ? 一騎打ちでもしようというのか?」

「おおっ、なんか燃えるッス! 自分が行くッス!」

「相手の格が分からん、名乗りを聞いてからだ」

ズスタスは手を上げて前進を止めた。


「ワターシハ、ハサールノ、デミルノ、バイラム! エングン、カンシャ!」


かなり聞き辛かったが、それは一応タイトン語だった。

「……陛下、アレ、味方じゃないッスか?」

「……危ないところだった。うっかり殺してたらイゾルテに嫌われるところだった!」

もともと嫌われているのだという自覚は、残念ながら彼には皆無だった。

「俺はスノミ・スヴェリエの王、ズスタス二世だ!」


金箔を押されたハデハデな兜を脱いでその美貌を露わにしたズスタスに、ハサール人達はいっせいに息を呑んだ。……大嫌いなスラム人みたいだったから! だがバイラムは彼のド派手な鎧と顔を記憶していた。

――そうだ、なんとかという国のなんとかという王だ! デキムス殿の話では、イゾルテ殿の従兄弟だったかな?

日常のあれこれをいちいち紙に書いていられないハサール人は、総じて記憶力が良かった。

「つなみ・すぺいえ? ニセ?」

だが異文化の固有名詞は総じてうろ覚えだった。

「……何でもいい。それよりプレセンティナ軍はどこだ?」

ズスタスにとって大事なのはそれだけである。もちろん彼はバイラムの事など覚えていなかった。二度と会わないと思った男のことなど彼が覚えているはずもないのだ。だがバイラムは残念そうに首を振ったのは、それを察したからではなかった。

「イナイ、ココ。ワタシ、アソコ、タスケニ、イク。カコマレル、イル」

「何ぃぃぃ!? あそこで包囲されているのかっ!?」

ズスタスは小さく拳を握りしめた。

――やった! ここで叔父上を助け出せば俺の株は鰻登りだ! 叔父上に気に入られるどころかイゾルテが俺にメロメロになること疑いなしだぞ! このままスエーズに行って婚前交渉と洒落込もう!

彼の関心は、結局のところその一点でしかなかった。

「それは大変だ! さあ行こう! 今行こう! 味方の窮地を救うのは武人の本懐である!」

ズスタスの張り切りようにバイラムは感動し、ちょっと泣きそうになった。

――スラム人みたいな見た目だが、金髪のタイトン人はなんと情に厚いのだろうか! さすがはイゾルテ殿の従兄弟だな!

バイラムは配下の兵たちに向き直ると大声で叫んだ。

「この方はイゾルテ陛下の従兄弟だ! 我らとともに可汗をお助け下さると言っておられる!」

「おおっ! 魔女の従兄弟か!」

「なるほど、金髪なのはそういう訳か!」

「きっと奇妙な術を用いるのだろうが、味方となれば心強い!」

ズスタスには彼らが何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、好意的に盛り上がっていることだけは何となく分かった。

「テキト、カンチガイ、コワイ。ワレラ、サキ、イク。ツイテ、クル」

「うーむ、俺が目立ちたいんだけど、うっかり味方を殺したら洒落にならんしな。仕方ない、露払いを頼もう!」

ズスタスが頷くのを見ると、バイラムはキッと敵を睨んだ。例の鳴り物入り(?)の小部隊はウルビが始末し終えたようだったが、ハサール軍主力は煙幕を背にして相変わらず包囲下にあるようだった。だがモンゴーラ軍にもバイラム達に対応する余裕は無いようだった。

「今なら敵の側面を突き崩せる! 行くぞぉ、我に続けぇぇ!」

「「「「ふうぅぅらぁぁぁ!」」」」

「「「「ヤァァアァァァァ!」」」」

二種類の雄叫びが湧き上がると、彼らは一斉に駈け出した。



 重騎兵に襲われたハサール軍主力は窮地に陥っていた。もともとハサール騎兵は剣戟は得意ではない。完全に相手の抵抗力を奪った後で、矢を節約するために使うのが刀の役割なのだ。訓練として仲間同士で剣を打ち合うことはあるが、ほとんどの兵にとって実践で使うのは始めてのことである。それでも最初の軽騎兵が相手なら武装の上では相手も同等だったし数の上ではこちらが有利だった。しかし今はリーチの長い槍を手にした重騎兵が相手である。なんとか槍をかいくぐって接近しても、片手で振り回すだけの彼らの刀は、肘まで覆う皮鎧の表面を薄く傷つけることしか出来ないでいた。だがブラヌは傷の痛みに耐えてダラダラと脂汗をかきながらも、必死に指示を飛ばして戦線を支えていた。

「弓を使え! 仲間が切り結んでいる間に弓で射止めろ!」

混戦で弓を用いるのは同士討ちの危険もあるのだが、そうせねば一方的にやられるだけなのだ。敵がこちらの矢を恐れて注意力が散漫になれば、刀で切り結んでいる者もかえって楽になるだろう。それどころか度胸のある者は、早々と刀を収めて息がかかるほどの近距離から矢を射ていた。外せば無抵抗で槍に貫かれることになるが、彼らの強弓(こわゆみ)から放たれた矢は革鎧くらい簡単に貫通するのだ。だが敵の重騎兵が弓を持たないからといって、敵から矢が飛んでこない訳ではなかった。

「可汗、お下がりください! 側面からの矢を防ぎきれません!」

「下がると言ってもどこに下がれるというのだ! 敵は側面だけでなく煙の向こうにも回りこんでいるのだぞ!」

後背から聞こえてくる騒々しい音は凄まじく、むしろその煙が彼らを完全な包囲に陥ることを防いでいるかのように思われた。つまり煙が晴れた時にこそ自分たちの命運も尽きるのだと、彼らは思い込んでいた。

――くそっ! バイラムの言う通りだったな。草原の民のふりをしながら我らを誘い出し、草原の民らしからぬ戦いに巻き込みおった……!

ブラヌはゼーハーと荒い息を吐きながら、今更ながらに悔いていた。確かにハサールは遊牧民としては巨大な勢力を築いていたが、草原を統一するほどの気概もなければタイトンを征服しようという意気込みも弱かった。一方モンゴーラは既に2つの大帝国を攻略し、ハサールを除いた全ての草原を征服していたのだ。ただの遊牧民であるはずがなかった。

――体が重い。さては毒が塗ってあったか……。卑怯とは言うまい。そこだけはまさに草原の民らしい振る舞いだ。草原の民らしく戦うというのなら、我らの方こそ毒矢を用意すべきだったな…… (注2)

次第に狭まる視界にブラヌは死期を悟ったが、今彼の命が尽きるということはそのままハサール軍の全滅を意味していた。ペレコーポの戦いに続いて二度目の大敗北である。

――ワシの名は恥ずべき愚か者の名として記憶されるだろう。だが……記憶してくれる民が死に絶えるより、どれほどマシだろうか!

彼は高熱のあまり返って寒気を感じながらも平静を装って命じた。

「側面の敵を食い破る。ワシを始めとする5000騎が右翼に突撃したの後、残りの全軍で左翼に向かえ」

「可汗が囮になる氣ですか!?」

「無茶です! 怪我もなされているというのに!」

「なに、走るのはワシではない。コイツだ」

ポンポンと馬の首を叩くブラヌの顔は、明らかに尋常ではなかったが、それが体調によるものか戦況によるものかは本人にしか分からなかった。側近たちは頷き合うとブラヌの側に馬を寄せた。

「……何のつもりだ?」

「5000騎が5001騎になろうと変わりません」

「5002騎でも」

「可汗の周りがスカスカでは、囮にもなりませんよ」

「お前たち……」

ブラヌは何か言おう口を開いたが、何も言わないまま馬の腹を蹴った。説得の言葉が思いつかなかったのか、それを言う体力すら惜しんだのかは本人にも分からなかった。



 モンゴーラは右手から襲いかかってきた新手に対して予備兵力として温存しておいた重騎兵1万を繰り出した。本当は煙が晴れる直前まで敵を傷めつけておいて最後の瞬間にこの重騎兵で蹂躙するつもりだったのだが、その前に包囲を破られては元も子もない。だがハサール軍本隊の不甲斐なさを見れば、彼らが他の遊牧民たちと同様に近接戦闘に不慣れなことは明らかだった。重騎兵を突撃させれば蜘蛛の子を散らすように分散するだろう。多くを殺すことは難しいが、包囲網を破るほどに戦力を集中させることはとりあえず不可能になるはずであった。

 モンゴーラ軍の思惑通りバイラムの率いるデミル部族の兵士たちは接近しながら二、三度矢を放つとさっと馬首を右にめぐらした。彼はタイトン騎兵を見ていたから重騎兵の存在にも驚かなかったのだ。それにどうせ格闘戦にもつれ込むのなら、主力を包囲する敵右翼の軽騎兵に突入した方が良いと判断したのである。

 だが後続するスノミ騎兵は違った。驚くべきことに彼らは、そもそもハサール人たち遊牧民の主力が軽騎兵で構成されているということすら知らなかった。バイラム達を見た時にも「へー、馬上で弓を使うやつも居るのか。器用なもんだなぁ」と思ったほどである。だから彼らの前に立ちふさがった重騎兵に何ら違和感を感じることもなく、手に持った短槍の切っ先を向けた。


「叔母上、あなたの愛したご主人の危機です! 我に力をお貸し給え! ゴぉトぉゲルトぉっ!」


先頭を駆けるズスタスが雄叫びを上げると、いざ接敵しようとしていたスノミ騎兵の隊列からモンゴーラ軍の中へと無数の棍棒が物凄い勢いで飛び込んで行った。この異様な武器はモンゴーラ軍の意表を突いた。短槍を持っていることから格闘戦に慣れていることは想像していたが、まさかノーモーションで飛び道具を使ってくるとは初見で予想できるはずもない。しかも矢と違って質量が半端無いのだ。ゴトゲルトを食らった者は馬上から放り出されて後続の蹄にかけられた。慌ててそれを避けようと立ち止まるモンゴーラ兵の間を、サーベルに持ち替えたスノミ騎兵がサクサクとその切っ先を急所へ、鎧の隙間へと叩き込んでいった。もともと重装歩兵を相手にすることの多い彼らにしてみれば、盾の隙間や装甲の隙間を狙うことは当然のことである。

 スノミ騎兵によってあっという間に2000から3000あまりが血祭りにあげられると、重騎兵は算を乱して逃げ出した。やばいと思えばさっと退くのも草原の民の強さである。もしズスタスの目的が敵の撃破なら手を焼いたに違いなかったが、彼にはそれよりも遥かに大切な目的があった。

「叔父上、いや義父(ちち)上と呼ばして頂こう! あなたの娘婿(むすこ)が今、お救いに上がります!」

彼はすでにバイラム達が襲いかかっていたモンゴーラ軍の右翼に横合いから突っ込んでいった。そして彼は……遊牧民の恐ろしさをようやく味わうことになった。

「何こいつら!? すげー器用なんだけどっ!?」

「陛下、下ってくださいッス!」



 バイラムとズスタスの働きでモンゴーラ軍の右翼が崩れると、その反対側で決死の攻防を続けていたブラヌの指揮する兵たちも沸き返った。

「陛下! 左翼が敵右翼を破ったようです!」

「……そうか」

だがブラヌは目を向けることもなく答えた。もはや彼の目はそれほど遠くの光景を写すことが出来なかったのだ。

「では、我らの役割も終わりだ。各々左翼に向かうが良い」

「何をおっしゃいます! 可汗にも来て頂きますよ!」

「しかしワシは……」

もはや全ての体力と気力を使い果たしたブラヌは断りの言葉を口にするのももどかしくかった。もういっそ自決した方が早いんじゃないかと思い始めたところにバイラムが駆けつけてきた。

「可汗! ご無事で良かった!」

全然無事じゃないと言うのもわざわざ駆けつけて来てくれたバイラムに悪いと思い、彼はただ小さく頷いた。考えてみれば包囲の外にいた彼が駆けつけて来たという事は、彼は包囲の外から攻撃を仕掛けたのだろう。内側の主力と呼応しての事とはいえ、僅かな兵で敵の大軍に襲いかかったのは見上げた度胸である。しかも最初から彼の進言通りブラヌが深追いしなければ、これほどの敗北を喫することは無かったというのに……

「……バイラム、大義であった」

「何ほどのこともありません! さあ、今のうちに逃げましょう!」

「ワシは……もうダメだ。既に矢の毒が体中に回っている」

「そんな! でも……そうだ! イゾルテ陛下の、魔女の従兄弟が援軍に来てくれました! 彼なら毒の治療が出来るかもしれません!」

とんでもない誤解であったが、バイラムにとっては藁にもすがる思いだった。ブラヌには正式に定まった跡継ぎがいないのだ。こんなに急に危急の時を迎えるとは予測していなかったし、そもそも後継者候補はほとんどがドルクに出稼ぎに行っていたのだ。……手柄の。だからモンゴーラが攻めてくると聞いても跡継ぎを定めることが出来なかったのである。今ここでブラヌが倒れれば、ハサール・カン国自体が瓦解しかねなかった。

「バイラム……今はお前の経験が何より必要な時のようだ。お前に……事後を託す」

はっと息を飲むバイラムと側近たちの前で、ブラヌは腰の剣を鞘ごと外すとバイラムに差し出した。

「わ……私が可汗に……?」

バイラムが呆然とつぶやくと、ブラヌは剣を引っ込めた。

「あくまで一時的な処置だ。可汗はクリルタイで選べ」

「「「…………」」」

折角の感動的なシーンが台無しだった。

「あ、あはは、そ、そうです、よね……」

別に期待なんてしてなかったはずなのに、何でかバイラムは泣きそうになっていた。

――そうだよなぁ、俺が可汗になったらドルクに行ってる連中がブーブー文句を言うに決まってるし、戦力が半減してるウチの部族では内乱も勝てないだろうしなぁ……

彼は自分が可汗になれない理由を並べ立てて、自分自身を納得させようと試みていた。自分のせいじゃないって思うために!


「あー、ここにいたか、オッサン! 叔父上はどこなんだよ!?」(タイトン語)


突然響いた外国の言葉に驚くと、すぐ近くに金と赤のまだら模様の鎧を着た金髪の若い男がいた。ところどころ鎧が切れていたり凹んでいたりと割りとダメージを食らっていそうに見えるのだが、なぜか本人はピンピンしていた。

「何でこんなところにスラム人がいるんだ!?」

「あー、この方はタイトンの……えっと、つなみ・すぺいえ国のニセ王……だったかな? とにかくイゾルテ陛下の従兄弟です!」

バイラムが慌てて取りなすと、ブラヌの側近たちは声を弾ませた。

「おお、さっき言っていた魔女の従兄弟か!」

「陛下、この方に治療して貰いましょう!」

金髪の男はただでさえ軽薄そうだったが、イゾルテの従兄弟と聞いてより一層胡散臭さが増していた。だがブラヌは、もう全ての重荷を肩から下ろした気分だった。

「……もう、どうにでもしてくれ」

ここで抵抗したところで側近たちが撤退を承諾しないだろう。ならば全て彼らに任せた方が良いとブラヌは考えたのだった。


「おーい、無視すんな! 叔父上……って言っても分かんないか。えーと、皇帝だよ、皇帝。皇帝も分かんないかな? 王だよ王様。王様はどこだ?」

バイラムはズスタスの言葉に首をかしげていたが、王という言葉を聞いて頷いた。大抵のタイトン人はサハールの可汗の事を王と呼ぶのだ。

「オウ、コノヒト。ドクノ、ヤ、アタッタ」

「…………」

衝撃の言葉に、ズスタスは固まった。

――い、イゾルテの親父が……こんなむさいオッサンだったとは! 叔母上! 趣味が悪すぎますよぉ!

しかし彼がイゾルテに対して持つ影響力を考えれば、ここは(へりくだ)る必要があった。彼は頬を引き攣らせたまま大げさに語りかけた。

「そ、それはタイヘンでございマスナァ! 急いで治療しなくてワ! 私が後方までお連れしまショウ!」

「オオ、タノム、スル!」

感激したバイラムは他のハサール人たちに何やら話しかけると、寄ってたかってブラヌをズスタス馬の背に載せ替え、更には落っこちないようにズスタスに密着させて縛り付けた。

――うう、おっさんの熱い息が首にかかる……。いや、これはただのオッサンではない! イゾルテを産んだオッサンだ! ……いや、産んでないか。でもイゾルテと血を分けたオッサンなのだ! あ、てことはこのオッサンはオッサンのくせに叔母上とエッチしたのか!? くそ羨ましいぃぃぃ!

なんだか嫌な力が湧いてきたズスタスは猛然と叫んだ。

「こうなった以上は何としてでも目的を達するぞ! 見てろイゾルテ! お前の未来の夫は、こんなに頑張っているぞぉー!」

そして猛然と馬を駆けさせた。バイラム以外は意味が分からずポカンとしていたが、慌てて彼を追いかけ始めた。バイラムはだいたい意味を理解できたのだが……別にイゾルテが誰とくっつこうが知ったことではなかった。

「今から可汗に代わって私が指揮を執る! 総員、左翼が開けた穴から退け! 味方とはぐれたら煙の中を突っ切れ! あの向こうに敵はいない!」



 ブラヌを背負って逃げるズスタスは、さすがに見栄を張ることもなく部下に守られながら馬を走らせた。ブラヌが毒で死ぬならまだしも、矢が突き刺さって死んじゃったりしたらイゾルテに恨まれることになりかねないからだ。

「叔父上、頑張ってください。でももしダメだと思ったら遺書を書いてください。イゾルテの夫はスノミ・スヴェリエのズスタス2世にするって!」

朦朧とする意識の中、ブラヌは良く分からないタイトン語の中に一つだけ知っている言葉を聞き取った。


 ―― イゾルテ ――


もはや目の前のものですら定かに見えない彼にも、目の前に揺れる黄金の髪の輝きだけは鮮やかに写った。

――そうか、魔女よ、わざわざ助けに来てくれたのか……

混濁する意識の中、彼はズスタスをイゾルテだと思い込んでいた。

――お前が来てくれたのなら、これでハサールも安泰だな

「イゾルテ……ありが……とう」

ブラヌのそのつぶやきは、彼の最後の鼓動とともに虚空に消えた。

「え、イゾルテが何だって? じゃなくて何ですって? 叔父上?」

彼の最後の言葉が後世に伝わらなかった事は、彼にとって幸せだったかどうか、それは誰にも分からない。


 撤退するハサール軍に対し、モンゴーラ軍の追撃は意外なほど消極的なものだった。途中から現れたスノミ騎兵が自慢のモンゴーラ重騎兵を一蹴したことが彼らを弱気にさせたのである。



 イゾルテはページを捲る手を休めて目を瞑った。

「……あのおっさんも死んだか」

「おっさん……ですか?」

「ブラヌ可汗だ。惜しいおっさんを亡くしたな……」

 イゾルテはブラヌを警戒もしていたし完全には信じてもいなかったが、一目は置いていた。彼が講和に応じたのはクレミア半島に取り残された彼の民を助けた彼女に義理を感じての事だろうし、ハサール便のような訳の分からない話に乗ったのは民が豊かになれる可能性を感じたからだろう。そしてドルクにいる10万のハサール騎兵を本国に戻さないでくれという要求を呑んだのも、代わりに援軍を送るという彼女の言葉を信じたからだった。

「おっさんは援軍を送るという私の言葉を信じてくれた。昨年戦ったばかりだというのにだぞ? これがアプルンだったら、その援軍こそが侵略軍ではないのかと疑ったかもしれん」

実際には彼は、イゾルテならそんな見え見えな策は使わないと信じていたのだが、それもある種の信頼であることは確かだった。

「ブラヌ殿は……陛下を信頼しておられたのですね」

「嫌々だったがな」

「嫌々?」

「講和の時も噛みつかんばかりに不本意そうだった。だがそれでも講和を結び、ハサール便の件も受け入れてくれたんだ。あのおっさんは自分一人の矜持より、民の命と豊かさを優先させたんだ。まったく、惜しいおっさんだよ……」

だが彼女が殊更ブラヌを持ち上げる理由はそれだけではなかった。それはルキウスの到着が遅れたことが批判されるのではないかという不安と、反タイトン派が次の可汗になるのではないかという不安の裏返しであり、そして……相変わらずズスタスがバカなことだった。

「協調性がないにも程がある! ルートや到着予定ぐらい味方に知らせとくのが当然の配慮だろう? まったく、おっさんの爪の垢をズスタスに飲ませてやりたいよ!」

「……まあ、そうですね」

保護者代わりであるムルクスは、イゾルテが密かにチブラルタルに行っていたことも既に報告を受けていた。もちろん事後報告である。

「だが、おっさんは死んでしまった。それは私のせいでもある。ファルに合わせる顔がないよ……」

顔を伏せるイゾルテの手をそっと握ると、ムルクスは彼女を慰めた。

「そうはおっしゃいますが、戦うと決めたのはそのブラヌ殿です。陛下が責任を感じるのは返って失礼ですよ」

「そういうものか? ……そうかもしれないな。あのおっさんは誇りを持ったおっさんだった」

「そうでしょう。少なくともニルファル様はそう仰っておられましたよ。良い方のようですね」

ムルクスの言葉は悲しげだったイゾルテに劇的な変化をもたらした。

「ふぁ、ファルが来たの!?」

「ええ、お見舞いに来られましたよ?」

「ど、どうしよう! 寝顔見られちゃった? ヨダレとか垂らしてなかったよね? ああ、寝言とか言ってたかも!」

何だか先ほどとは全然違う方向で心配を始めて慌てて髪を整え始めたイゾルテの脳天を、ムルクスはげんこつでポカリと殴った。

「いったーっ! 主君に向かって何をする!」

「便所掃除の方がよろしかったですか?」

「…………」

イゾルテは不満気に唇を尖らせながらも、湧き上がる笑みを抑えることが出来なかった。

――爺はいつまでたっても爺のままだな

愛する父を失った彼女にとって、それは他の何物にも代えがたい慰めだった。……ニルファルとテオドーラの愛を除いては、だが。変わらぬムルクスの存在に勇気を得た彼女は、ひとつ深呼吸をするとついに最後のページを開いた。そこには彼女が予想だにしなかった結末が書かれていた。


「な、何だとっ!?」

「どうされました?」

「これはどういうことだ? 『以上です』って何だ!?」

「……それで終わりということでしょうね」

イゾルテが何を騒いでいるのかムルクスには全く分からないようだった。

「いやいやいや、ちょっと待て! なんでブラヌのオッサンの話がこんなに長くて父上の話は一行もないのさ!」

「……ハサールの伝令ですからね」

「いや、だって父上はそのハサールの援軍に行ったんだよ!?」

「まあ、そうですね。間に合いませんでしたが」

「でも間に合わなかったからって……え? 間に合わなかったの?」

イゾルテは目をパチパチと瞬いた。

「ええ、さんざんそう書いてあったでしょう?」

「いや、そうだけど……でも最後に飛び込んで来たんじゃないの?」

「そうそう都合よく登場は出来ませんよ」

呆れたようなムルクスの言葉に、イゾルテは怒鳴り返した。

「都合は悪いくらいだろ! 死んじゃったんだから!」

イゾルテの言葉にムルクスは笑顔のまま首を捻った。

「……どなたの話ですか?」

「……父上だろ?」

しばらくの間2人は無言で見つめ合った。

「どこからそういう話が出てきたんです? ルキウス陛下は欠片も……いや、間接的にしか関係ありませんよ?」

到着が遅れているということと、あとはブラヌがズスタスに勘違いされたくらいしか関係が無かった。

「いや、でも、ハサールの伝令が『父君がお隠れあそばされた』ってはっきり言ったぞ!」

「ええ、ニルファル様の父君が亡くなられましたね」

再び2人は沈黙した。

「……で、でも、私の顔を見て……なかったかも。そういやぁ目を瞑ってたなぁ。でも顔はこっちに向いてたぞ!」

「気の毒でニルファル様から目を逸らしただけなのでは?」

三度(みたび)2人は沈黙した。今度の沈黙はイゾルテにとって一際居心地の悪いものだった。だって全部勘違いだったんだと納得できちゃったのだから!

「ま、まあ、つまり、結論としてはだな……死んだのがブラヌのおっさんで良かったってことだ!」

「そういう言い方はどうかと思いますよ」

ムルクスがやんわりと窘めたが、それは後の祭りだった。その言葉を聞かせてはいけない人物に、その言葉が聞こえてしまっていたのである。


「酷いぞイゾルテ! 父上が……父上が、死んで良かっただなんてぇぇ!」


ドルク語でそう叫びながらドアをバーンと開け放ったのは、もちろんニルファルであった。イゾルテの目が覚めたと聞いて改めて見舞いに来たというのに、ブラヌが死んで良かったとは何という言い(ぐさ)だろうか!

「父上が死んだことを深く悲しんでくれたから倒れたと思っていたのに! きっとハサールの可汗が邪魔だったから、嬉しさのあまり倒れたんだな!」

彼女の後ろにはニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべたエフメトがいた。恐らくはタイトン語の分からないニルファルに彼が適当な通訳をしたのだろう。

「ち、違うんだファル! なあ、ムルクス!」

イゾルテはムルクスに助けを求めたが、彼は無情にも笑いながら肩を竦めただけだった。いやまあ、笑い顔はいつものことなんだけど。

「何が違うと言うんだ? 父上のことを『おっさん』呼ばわりしながら『死んで良かった』と言ったじゃないか!」

「だっておっさんなんだもん!」

とっさに口を衝いた暴言に、二人は沈黙した。

「それは……そうだけど……」

そして娘も認めた!


「でも、おっさんだって、おっさんだって、生きてたって良いじゃないかぁー!」


ニルファルは泣きながらどこかへ走って行ってしまった。

「まっ、待ってよ! 話を聞いてぇー!」

イゾルテも慌てて駆け出すととばっちり(?)を恐れたエフメトもさっさと去って行き、船室にはムルクスだけが取り残された。それとイゾルテの靴も。彼は呆れたように肩を竦めながらも、自然と笑みが浮かぶのを止められなかった。

――陛下が亡くなられたと思って倒れられたのに、私には微笑んでくださっていたのか。あの笑みはいつもの強がりではなかった。私の顔を見て安心してくださったのだ……

それは彼にとってイゾルテが特別なだけではなく、イゾルテにとっても彼が特別なのだということだった。彼はいつしか満面の笑みを浮かべていた。まあ、彼が笑ったところで誰もその表情の違いに気づかないのだけど。もちろんイゾルテを除いては、だが。

注1 モンゴル帝国がヨーロッパ遠征した時に実際に煙幕が使われているそうです。どういう仕組のものかは分かりませんが、すでに中国北部に侵攻していましたから花火的な物を入手していても不思議ではありません。

もうちょっと後の中東侵攻の時には火薬弾を投石機で投げつけたそうです。うーん、火薬で鉄球を飛ばすだけの初期の大砲とは真逆の発想ですね。

やっぱりモンゴルは、考え方が野戦を基本としているのかもしれません。初期の大砲は鉄球を城壁に叩きつける以外には使えませんから。


注2 兵の数を多く見せる策は偽兵と呼ばれます。鳴り物を使ったり、旗や篝火の数を増やしたりするやつですね。

上杉謙信が川中島の戦いで空っぽの陣を残して下山したり、信長が美濃攻略に失敗して追い詰められた時に秀吉が松明を持って岐阜城(稲葉山城)に攻め込むフリをしたりと、日本でも有名なエピソードがたくさんあります。

でも、偽兵と聞いて私が思い浮かべるのは水滸伝です。

大昔に横山水滸伝を読んだだけなんですけど、あの山賊集団は毎回毎回偽兵と十面埋伏しかやってない記憶が……

そもそもあれって、ただの犯罪者集団ですよね?

あの話自体が盛大な偽兵ではないのでしょうか……


注3 モンゴル軍は普通に毒矢を使っていました。蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)にも書かれていますし、チンギス・ハン自身も毒矢を受けたことがあるそうです。

どんな毒かは分かりませんが、チンギス・ハン治療によって生き残ってる訳ですから即効性の神経毒では無さそうです。



 一応参考にしたのはレグニツァの戦いですが、いろいろと違います。

1.レグニツァの戦いはモンゴル軍vsポーランド~ドイツあたりの連合軍の戦いなんですが、作中ではハサール(ほとんど)単独です。

2.当然ヨーロッパ側には歩兵が(一応)出てきますが、作中では騎兵オンリーです。

3.そもそもヨーロッパ側は本当はボヘミア軍も合流するはずだったのですが、その前にモンゴル軍が仕掛けました。ちょっと似ています。

4.モンゴル軍は実際に偽装撤退して煙幕を使ったそうです。参考にしました。

5.モンゴル軍も軽騎兵と重騎兵を使い分けたそうです。軽騎兵でヨーロッパ側の重騎兵を誘い出し、そこにモンゴル重騎兵を突入させたのです。個人的にはそもそもモンゴル軍に重騎兵がいた事に驚きです。参考にしました。

6.ヨーロッパ軍はぼろぼろに敗北してしまい、敗走中の追撃では死体の山が出来たそうです。それでこの戦いのことを「死体の山(ワールシュタット)の戦い」とも呼ぶようになりますが、作中ではハサール軍が撤退に成功します。


 ちなみにモンゴル軍の重騎兵がどんな感じなのか調べてみたんですが……分かりませんでした。鎧は金属製ではなかったらしいのですが、だったら武器ぐらいしか違わないような気もするし、かといって槍を持つ騎兵が弓を持つ騎兵と同じ防具というのは不合理です。

そもそも武器は槍なのでしょうか? 薙刀や青龍刀に近いものなのでしょうか? いろいろ悩みましたが、ぐぐったら何かの映画かドラマの映像が出て来て、そこでは短い槍を持っていたのでそれを採用しました。

よくよく調べてみると、逆に軽騎兵の方が鎧を着てなかったみたいですね。

もちろん幾らか防御力の有りそうな服を着ているのですが、それは「鎧」とは程遠い感じです。機動力重視ですから、受けるより避けよってことなんでしょうね。

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