ルリハコベ
章内番外編、完 (一応)
ベルトランはアトモス達に馬車に乗せられ、バリスの郊外へと連れて行かれた。見合いの相手がコンスタンティナだと思っていたら「きっと領地に向かうんだな」とワクワク出来たかもしれないが、今は相手が年増だと知っていた。未だに何の説明もない所を見ると、もう何の希望も無かった。
「……どこに連れて行くんだよ、兄さん」
「待ってろ、すぐに着く」
彼の言葉通り、意外とすぐに馬車は目的地に着いた。森のなかに突然現れた瀟洒な宮殿……を建築中の現場である。
「ここがペルサイユ宮殿だ」
「……というか、まだ出来てないよね?」
「だがリューイ陛下がメアリー陛下のために用意された宮殿だ。すでに両陛下も住んでおられる」
なんとも気の早い王様である。バリスの宮殿で出来上がるのを待っていればいいのに。
「それにしては警備がザルじゃないか? なんのチェックもなかったよ?」
作業員がひっきりなしに出入りしているので門は開け放たれており、ベルトランたちの乗った馬車もノーチェックのまま通り過ぎてしまった。
「コンスタンティナ様がメアリー陛下にお仕えしてるからな。カステルモール伯爵家の馬車は出入り自由なんだ」
「…………」
ベルトランは押し黙った。兄の言いたいことも分かるのだが、そういう油断が取り返しのつかない事態を招いた記憶を、彼は忘れる事が出来なかった。
「それに馬車よりも作業員の方が問題だ。数が多いから顔も覚えられないし、どこかで小奇麗な服にでも着替えたら侍従の中に紛れ込むことも出来るだろう」
「……分かってるんならどうにかしなよ」
ベルトランは呆れたが、アトモスは我が意を得たりと頷いた。
「そのとおりだ。理解が早くて助かるよ」
「は? どういうこと?」
バルトランは意味が分からず眉を顰めたが、アトモスは何も答えなかった。向かい合わせに座るコンスタンティナとタルタルニャンにも目を向けたが、彼らも笑顔を見せるだけで何も答えてくれなかった。……というか、その笑顔もベルトランに向けた訳ではなく、2人だけの世界を作ってキャッキャウフフしていただけなんだけど。
やがて一応完成しているらしい棟にたどり着くと4人は馬車を降りた。一応というのは、何やら工事に使ったと思しき大きな道具箱なんかが表に放置してあったり、王族や貴族の物とは思えない荷馬車が停められていたからである。恐らく内装工事や家具の配置が続いているのだろう。お陰で貴族が訪れている様子も全くなかった。
「私達はマリアンネさんを探してきますわ」
「2人はここで、ちょっと待っててねぇー」
そう言ってバカップルが手をつないだまま中に入って行き、ベルトランはアトモスと共に玄関前に残されてしまった。正直あの2人から開放されるのは嬉しかったが、初めて来た場所で、しかも王様の宮殿に残されるのはなかなか気まずいものである。だが彼がせめて馬車の中で待とうと思った矢先、アトモスが御者に裏手に停めて待つよう命じて追い払ってしまった。弟の逃亡を阻止するためである。
――くそっ、ソツが無いな!
だがそのソツが無いアトモスが突然顔色を変えた。彼の視線の先を追うと、4人の男たちに山ほど布を抱えさせた女商人がやってくるところだった。その尋常ではない量は、壁紙にでも使うのだろうか? 女性の方も王宮に出入りするだけあって、なかなかに上品な美人である。
――なんだよ、結局兄貴も美人には弱いんじゃないか。だが俺より年上だな。マリアンネさんもせめてあれくらいの美人なら……いやいや、どっちにしても断るぞ!
ベルトランが決意を固めていると、弟の考えを知ってか知らでか兄がソワソワとしだした。
「……すまん、ちょっと用が出来た」
「え?」
「コンスタンティナ様が帰って来るまでそこで待ってろ!」
「ちょ、ちょっと兄さん!」
アトモスは弟の制止を振り切って女商人の元に駆けて行くと、いきなりその手を掴んでナンパを始めた。何を言っているのかは聞こえなかったが、なんとも強引なやり方である。仕事中のキャリアウーマンに、しかも上得意である(と思われる)国王陛下のお膝元で、その上4人も部下がいる目の前で、強引にナンパされてホイホイ付いていく女がいるだろうか? ……いたのである。2人は手に手をとってどこかへと消えてしまったのだ!
――オイオイオイ! どこにしけこむつもりだよっ!?
唖然としたのはベルトランだけでなく、彼女に仕えている男たちも同じだった。彼らとベルトランの視線が一瞬交わったが、互いに気まずそうに視線を逸らした。そして彼らは手に持つ布の山をどこに運べばいいのか予め聞いていたらしく、女主人の帰りを待つことなく玄関から入って行ってしまった。
結局残されたのはベルトランだけである。なんだか1人置いてきぼりにされてしまった感じで、彼は寂寥感に打ちひしがれていた。もう帰っちゃおうかとも思ったが、馬車がなかったし、そもそもバリスの方向すら分からなかった。途方に暮れた彼は半ばふてくされて、置いてあった大きな道具箱の上にドスンと乱暴に腰を下ろした。
「ふわわっ」
「ん?」
誰かの声が聞こえた気がして彼はキョロキョロと周りを見たが、誰もいなかった。アトモスはおろかバカップルも帰ってくる様子がない。だが一応、彼は声をかけた。
「誰か居るのかー?」
これで答えが返ってきたらホラーである。
「だ、誰もいないのじゃー」
「…………」
コメディだった。ベルトランは無言で立ち上がると、道具箱をギシギシと揺すった。
「な、何をするのじゃ! 誰もいないと言っておるのじゃー!」
ここまで怪しい不審者はなかなかいないものだが、その声が甲高い少女の物だったのでベルトランは緊張することも出来なかった。そもそも大きいと言っても道具箱だ。女性とはいえ大人の入れるサイズではない。
「お嬢ちゃん、何やってるんだ? かくれんぼか?」
「遊びではないのじゃー! 酷い男の手から逃げるために、命がけで逃げているのじゃ―!」
「お家の人が心配してるぞ?」
「そのおウチの人が酷い男なのじゃー!」
どうやらこの子は家出をしてきたようだ。きっと職人の娘なのだろう。王宮に来ればいい暮らしができると思って道具箱に忍び込んだのだ。子供の浅知恵である。だからベルトランは努めて優しく声をかけた。
「お嬢ちゃん、そんなところに隠れていたってどうにもならないよ。家まで送ってやるから出てきな」
ムルス騎士たるもの婦女子には優しくする努めが――ムルス神からしてそんな気質は欠片もないので――あるはずはないのだが、だからといって放置する訳にもいかないではないか。バリスに帰る道案内と口実が転がっているというのに!
「嫌じゃー! そもそも送って貰うほど遠くないのじゃー!」
「お嬢ちゃん、ここはペルサイユだ。子供の足ではバリスまで歩くのは大変だぞ?」
少女はペルサイユに着いていたことを知らなかったのか、暫く逡巡するように黙り込んだ。
「……バリスまで連れて行ってくれるのか?」
「ああ、おぶってやるぞ」
ベルトランには少女の1人や2人など大した負担にはならない。彼の提案に少女は折れた。
「分かったのじゃ。そういう事なら、今鍵を開けるのじゃ」
そして箱の中からはゴソゴソガタガタという物音が聞こえだした。
「……鍵?」
道具箱の鍵は大抵は南京錠のような外付けのものだが、この箱には見当たらなかった。しかもどうやら箱の中から開け閉め出来るようだ。どういうことだろうか?
――まさか家出用に細工したのか? さすが職人の娘だなぁ
ちっちゃい女の子に大工の技を叩き込もうとは、何と厳しい親の愛であろうか。だが子供心にはそれが酷い仕打ちにしか思えなかったのだろう。だから箱に細工してまで家出してきたのだ。だが、その箱は一向に開かなかった。
「うえぇーん、鍵が開かないのじゃー! きっとわらわは一生箱の中から出られないのじゃー!」
親の愛どころか技の方もちゃんと伝わってなかったらしく、鍵が不具合を起こしているようだった。彼女の言うとおり、鍵が開かなければ一生出られないだろう。ただしその一生はものすごーく短くなるけど。
「ミランディーじゃ! ミランディーなら開けられるはずなのじゃ!」
「ミランディー?」
どこかで聞いたことがある気がしたが、彼はバリスに来たのも初めてなのだ。少なくとも会ったことのない人だろう。それに職人の娘の知り合いなら、そのミランディーさんもペルサイユではなくバリスの住人だろう。
――往復するのも馬鹿らしいな。箱ごと担いでいくか? ……ダメだ、それじゃ道案内してもらえないじゃん!
そうなるとどうあっても少女を箱から出さなければならなかった。ぶっちゃけ道具箱自体は小汚い箱にすぎない。大工にとって大切なのは中身の方なのだ。それが道具であろうと、娘であろうと! だからベルトランは……壊した。
ベキベキベキベキ!
「のじゃ~~~!?」
少女の悲鳴(?)が響き渡ると、男たちが慌てた様子で玄関から駆け出してきた。
「テメェ、何してやがる!?」
やって来たのはさっきの4人組だった。破壊活動の真っ最中に帰ってくるとは、なんとも間の悪い連中である。……というか、悪いのはベルトランの方だけど。
「ま、待ってくれ! これには訳があってだな……」
「他人の獲物に手を出そうとはどういう了見でぇ!」
職人らしく血気盛んでガラが悪そうだった。よく女主人に仕えてられるものだ。だがベルトランは彼らの言葉の方に引っかかりを感じた。
――獲物? 道具という意味か?
そう考えたが、やっぱりなんともしっくり来ない。そもそも彼らとてさっきやって来たばかりなのだから、この箱が誰の物とも知らないはずではないか。
「……もしやお前たち、この中身を知っているのか? 女の子が入ってるんだぞ?」
ベルトランの言葉を聞いて男たちの気配がガラリと変わった。血気盛んな職人風のガラの悪さが、必要があれば眉一つ動かさずに人を殺せる裏社会の人間のガラの悪さに摩り替わったのだ。彼らから溢れだした殺気は……だが、ベルトランにとってはそよ風に等しかった。
「どうやらただの家出じゃなさそうだな。お前たち、人攫いの類だったのか?」
人攫いと言われても彼らは何の抗弁もせず、無言のまま懐からナイフを取り出した。良く分からないが、どうやらこの家出少女を狙う人身売買組織のようである。未完成とはいえ王の住まう宮殿の庭先を取引場所に使おうとはなかなかの度胸だが、度胸ではベルトランも負けてはいない。彼は冷静にそのナイフに目を走らせると、切っ先が濡れていないことを確認した。
――気にし過ぎか。子供を脅すのにもナイフを使うのだろうし、毒なんぞ塗っていたら間違って殺してしまうからな
だが男たちの様子が箱の中からも見えたのか、道具箱がガタガタを揺れだした。ベルトランはそれをガシリと押さえつけると、左手で道具箱の端っこをベキベキと毟り取り、右手で地面から平たい大きな石を拾い上げた。片手で箱を壊す恐るべき握力に男たちが怯むと、ベルトランは嘲笑った。
「どうした? かかって来ないのか? そのうち衛兵がやってくるぞ?」
男たちは無言で頷き合うと、一斉にベルトランに襲いかかろうとした。だがベルトランは先頭に立つ左から二番目の男を睨みつけると、彼らが動き出す寸前にその場で勢い良くぐるりと回転し、力いっぱい石を投げつけた。ムルス騎士団仕込みの投石術である!
投石というといかにも地味に思えるが、鎧兜を身につけていないところに当たれば石だって十分に脅威である。本当はスリングを使って投げた方が良いのだけど、寸鉄を帯びていないベルトランがスリングなんか持ち歩いている訳がない。だが隊列を組んで盾を並べて戦うタイトンにおいては前線が膠着することも多く、後列の連中は「うーん、埒が明かん。とりあえず石でも投げとけ」という考えに至ることもしばしばだ。そんな時に役立つのがこの素手による投石術なのだ! 全身を使って回転することで遠心力を発生させ、重い石を遠くまで投げるのだ。これはオリンペア大祭でも競われる、由緒正しい戦闘技術でもある。(注1) その手軽さと破壊力と由緒正しさから、ムルス騎士は全員がこの技術を学んでいた。まあ、ちゃんと訓練しておかないと味方に当たっちゃうから、という理由もあるんだけど……
それはともかく、鍛えぬかれたベルトランが、ムルス騎士団の長い歴史の中で考え抜かれた完璧なフォームで投げた石は、光の矢となって標的を襲った!
ドゴっ!
およそ素手で投げられた石が当たっとは思えないほど鈍い音を響かせて吹っ飛んだのは、右端の男だった。ベルトランは戦い慣れたムルス騎士らしく視線でフェイントをかけた……訳ではなく、ふつーに外したのだ。別の標的に当たったのはただの幸運である。そもそもこの投石術はゴマンと居る敵の誰かに当てる技であって、誰か特定個人を狙って当てるものではないのだ! 重要なのは飛距離と威力であり、つまりは速度と仰角だ。水平方向には多少ズレたって構わないのである! その証拠に、オリンピア大祭でも競うのは距離だけではないか! むしろ流れ弾が宮殿を壊さなくて幸いであった。
だが仲間の頭が柘榴のように砕けても、男たちは怯まなかった。何故なら彼らは……後ろなんか見ていなかったから! 彼らはベルトランが盛大に外したと思っただけで、勢いも落とさずに突っ込んできた。
しかし所詮は素人である。いや、ある意味では玄人なのだが、剣闘士以上に過酷な訓練を続けてきたムルス騎士に敵うような者では絶対にない。ナイフでは突くべきところを突かず、逆手にもせず振り上げられたナイフは早々にベルトランに見切られた。彼は左手に持った木の破片で振り上げた右腕ごと男の頭を殴りつけた。
ボキっ!
見込みよりも遥かに脆かったようで、その一撃に耐えることなくボキリと折れてしまった。……頚椎が。
――やべ、力加減を誤ったか
訓練の相手はいつも別のムルス騎士だったから、首の太さが常人とは違うのだ。断面積で4倍くらいあるかもしれない。せめて1人は生かしておかないとと思ってベルトランは木を捨てたが、残りの2人は仲間の死を目の当たりにしてさすがに怯んだ。それどころか逃げようかと思って後方の男に視線を向けると、そこには更に悲惨な死体があった。
「ヒッ!」
その顔も分からない有り様に1人は凍りつき、もう1人は慌てて逃走を始めた。足の遅さに関しては人後に落ちないベルトランである。彼はもう一度石を拾おうとして思いとどまった。的が4つあった時だって「当たればめっけもの」程度だったのに、逃げる一つの的に石を当てるのは至難の業だ。それに出来れば生かして捕らえたいが、石が当たればたぶん死んでしまうだろう。
――ああ、適度に柔らかくて大きい弾があるじゃないか
彼は凍りついた男に手を伸ばすと、ベルトと襟首を掴んでグルグルと回転し始めた。
「うわわわっ」
そしてその回転速度が頂点に達した時、彼はその手を離した。
「どっせーい!」
「うわぁぁぁぁぁあぁぁ……」
放物線を描いて空を舞ったその男は、先に逃げる仲間に見事追いつくことができた。ドスンと。そしてそれきり、2人はそのままピクリとも動かなかった。正確にはピクピクとは動いていたけど。
「……あれ?」
弾になった方は半ば仕方ないとしても、逃げた方は足を折ったり内臓に致命的なダメージを受けるくらいだと彼は思っていたのだ。ちょっとの間の尋問くらいは出来るだろうと。だが近づいて見てみると、抜身のままだったナイフが何がどうなったのか自分の胸にグサリと突き刺さっていた。
「……仲間を置いて逃げるからだな、うん」
すなわち天罰である。ベルトランはそういうことにしておいた。
「こ、これはどういうことだ!?」
響いたのはアトモスの声だった。間の悪い男は間の悪い時に帰ってくるものである。だいたいナンパに成功したわりに帰りが早いではないか! こんなに早くては奥さんに逃げられても仕方がないだろう。
「いや、兄さん、これには訳があってだね……」
「とにかく話は後だ! 今は……逃げるぞ!」
「ええっ!?」
ベルトランは驚いた。生真面目なはずの兄が、意外に場慣れたセリフを言うではないか! きっと人妻をナンパするようになって、逃げ足も早くなったのに違いない。
「とにかく顔を隠せ! ハンカチくらい持ってないのか?」
ベルトランは渋々ハンカチを取り出すと、三角にして鼻と口を隠すマスクにした。トイレ掃除中でなければ、どう見ても不審人物である。
「馬車は足がつく、こっちの通用門から外にでるぞ」
「分かったよ……」
2人はそそくさとその場を離れた。こうしてベルトランは、当初の予定通りバリスまでの道案内を手に入れて、見事見合いを回避したのである。
「兄さん、あれは本当に俺のせいじゃなくて……」
「分かっている、ミランディの手下だろ。いったい誰に雇われているのだか……」
「ミランディ? あれ? どっかで聞いたような……」
ベルトランが首を傾げると、アトモスは苦々しそうに白状した。
「俺の……別れた女房だ」
「ああ……」
ベルトランも思い出した。コンスタンティナがアトモスをからかっていた時に聞いたのだ。
「……あれ? それだけでもないような……?」
辺りから人影が消えると、道具箱がギィィィーと少しだけ開いた。ベルトランが壊してくれたお陰で内側から開くようになっていたのだ。
「誰もいない……のじゃ?」
中から出てきたのは巨大なカエル……ではなく、カエルぐるみを着た少女であった。ディオニソスの王女にしてアプルン現国王リューイ16世の妻、メアリー・アントワネット(9歳)である。彼女は隙間から周囲を見渡すと、すぐ側に首が折れ曲がった死体が転がっているのを目撃した。彼女はそれを見て……鼻を鳴らした。
「フンっ、妾を騙して攫おうなどとするからなのじゃ! いくら妾がきゅーとでぷりちーだろうとな!」
王族というのは意外とスプラッタな物を見慣れるものだ。処刑しかり、暗殺しかり。ただ彼女は自分が狙われた経験など勿論なかったし、これからもそうだと思い込んでいた。常に護衛が居たからこそ安心できていたのに、自分は無条件に大丈夫なんだと誤解してしまったのだ。
「うう、妾はバカだったのじゃ。家出を手伝ってくれるというミランディーの言葉をうっかり信じたのがバカだったのじゃ。
いくら親切にしてくれたといっても、リューイに布を売りつけるあの女が善人であるはずがないのに! あの女が緑色の布を持ってきたから今日はカエルなのじゃ! もう暑いのに! 汗がダクダクなのに!」
だが一方で、その絶体絶命のピンチを正体不明な紳士が助けてくれたのである。まさに白馬の王子様! 彼女にとっては王子なんて別にありがたくも何ともない上に、ベルトランを乗せられる白馬なんてきっと超重量級の農耕馬だろうけど!
――いったいどのような者が妾を助けてくれたのじゃ?
彼女は箱の側に落ちていた紅はこべを見つけて拾い上げた。ひょっとすると、この花を落として行ったのは彼女を助けてくれた人物かもしれない。小さなか弱い花を大切にするような心優しい男だからこそ、彼女を家出娘だと勘違い(とは微妙に違うけど)して親元に送り届けようとしたり、彼女を攫おうとする悪漢たちに敢然と立ち向かった(という割りには一方的に殲滅したけど)のではないだろうか? 彼女はその謎の人物に思いを馳せ、そしてなぜかきゅーんと胸が苦しくなった。初めて知ったその感覚をどう表現すれば良いのかも分からず、彼女はその花を、紅はこべを、その小さな胸にそっと掻き抱いた。
――きっと……箱に閉じ込められていたから、息が苦しかったのじゃ
そういうことにしておいた。彼女は祖国の代表として、そして人質としてここにいるのだ。誘拐されそうになったことと、高潔な(?)謎の紳士に助けられたことで彼女は淡い恋を知り、それと同時に自分の立場と責務に目覚めた。そしてその自覚とともにその恋は終わったのである。ただ一輪の紅はこべを残して……
やがて駆けつけてきた衛兵や侍女たちに助け出された彼女は、謎の紳士のことを一切話さなかった。ただ彼女の手にする花を見たコンスタンティナが青い顔をしていただけである。
注1 円盤投げは古代オリンピックから残っている競技です。なんで円盤なのかはイマイチ分かりませんが、一説には旧石器時代にネアンデルタール人が円盤型の石を投げて狩りをしてたからだそうです。古すぎて、もはや由緒正しいのかどうかも判別がつきません。
一方投石兵というのはヨーロッパでも日本でも地味ぃ~に大活躍していました。ダビデ王がゴリアテを倒した件なんかも超有名ですが、ギリシャやローマでも活躍しました。もっともローマの場合は市民による正規兵ではなく補助兵の方だと思いますけど、土木作業もこなす人たちですから、スリングくらい使えたかもしれません。
ちなみに古代は紐のスリングだったのですが、大型の弓や弩が発達してくると長いスプーンみたいな投石機(器?)を使うようになりました。
アフリカのどっかの部族が槍を投げるのに使ってるのを見たことがありますが、石なら簡単に投げれそうです。
一方で日本では基本的に素手で投げるだけだったみたいです。
応仁の乱以前は身分の軽い足軽が存在しなかったから当然ですが、戦国期にも素手で投げてたのは小競り合いが多かったからでしょうかねぇ?
戦争が大規模になった時には鉄砲が普及し始めてましたし。
アカバナルリハコベの別名を『紅はこべ』と言います。そして20世紀初頭のイギリスの小説(元は演劇?)で『紅はこべ』というのがあります。日本ではかなりマイナーですが。
私はタイトルを見て口紅を密輸でもするのかと思いましたが、全然違いました。前述のとおり花の名前です。フランス革命後の混乱をイギリス側の視点から眺めた勧善懲悪モノで、イギリス貴族で大富豪の主人公が(半分趣味で)囚われたフランス貴族を救い出して亡命させて回る話です。その裏仕事で使う紋章でありコードネームが『紅はこべ』なのです。
私はBBCのドラマしか見てないんですけど、ある意味衝撃的です。ベルバラみたいにマリー・アントワネットに同情的だったりするのとは違い、共和制=悪、立憲君主制=善というある意味清々しいほどにフランス革命をバカにした作品なのです!
実際にイギリスはフランス革命の100年前に名誉革命を成し遂げている訳で、「今更何やってんの? しかも国民を殺しまくって!」と思うのはまったく仕方がない話です。封建時代を全否定して文革まで強行した中国と、明治維新を成し遂げて自然に天皇制が残ってる日本にも似たような図式があるのかもしれません。
そうそう、マリアンネさんはメアリーちゃんの乳母です。嫁入りの時に一応名前が出てたので再利用しました。出番がなかったけど……




