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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
213/354

旅行

なんか中途半端なところで間が開いちゃってすみません

 そのころダングヴァルトはイタレア諸国歴訪の旅をしていた。だが彼があまりにも不審だからか、国々に立ち寄る度にその国の軍隊に足止めされては誰何(すいか)されていた。それはここミラン公国でも同じである。

「ここはミラン公国の領土! お前たちはいったい何者だ? 我が国に何の用だ!?」

聞いたことのある声にダングヴァルトは奇妙な馬車――カメルスの窓からひょっこり顔を出した。

「どーも、お久しぶりです」

「あーっ! お前はあの時の!」

誰何(すいか)の声の主はダングヴァルトの顔を見て何とも複雑な顔をした。彼は3ヶ月ほど前にアレクシアことアルクシウスの嫁入り行列を誰何した、あの使者だったのだ。またダングヴァルトと顔を合わせようとは、なんとも因果なものである。

「えっ、知り合いなの? どーも、主人がいつもお世話になっております」

馬車のとなりの窓からひょっこり顔を出して頭を下げたのは、ダングヴァルトの妻チェチーリアだった。結婚してそろそろ1年も経とうかとしていたが、離れ離れな時間が長かったせいか2人は未だに新婚気分だった。実際彼女の顔は赤らみ、髪はほつれ、肌には汗が滲んでいた。馬車の中で何をやっていたのかは聞くまでもないだろう。

「……それで、今回は何の用なんだ?」

「新婚旅行と結婚の挨拶に来ました」

使者はその返答に唖然とした。

「……新婚旅行? こんなに大勢お伴を連れてかっ!?」

使者が驚くのも無理はなかった。なぜならダングヴァルトたちの乗った馬車の後ろには、ヘーパイスツス傭兵たちがずらりと付き従っていたのだ。その数およそ30000! ミラン公国の常備兵の10倍近い人数だ。このままミランの街を包囲しても不思議ではない。それがまさか、新婚旅行のお供とは……

「そうです。ただし、もちろん私達のじゃないですよ。ヘメタル神殿最高神祇官カエサレ猊下とプレセンティナ皇女アレクシア姫の新婚旅行です」

そう言って彼が指で示したのは、停車しているにもかかわらずギシギシと揺れ続ける別のカメルスだった。


 結婚の挨拶にかこつけて傭兵たちを連れ回しているのは、彼らを雇っちゃった以上は最大限使いまわそうというケチなイゾルテらしい策であった。もともと彼女は傭兵たちを、エフメトから割譲される予定のサナポリの防備に回そうと考えていた。住民のほとんどはドルク人だからペルセポリスのように市民兵を募る訳にもいかず、かといってプレセンティナ陸軍が出せるのはせいぜい1000といったところだ。もちろん海軍も相当な規模の部隊を駐留させることになるだろうが、それでもいいとこ数千だし、都市防衛は完全に畑違いだった。そこでヘーパイスツス傭兵の出番である。

 だがいかんせんいつ割譲されるのかはエフメト次第、内戦の推移次第だったので、とりあえずその間はイタレア諸国を"平和的に"旅行させているのだ。何も要求しないで通り過ぎるだけ。文句のつけようのない威圧外交である。

 とはいえ他の国では呼び止められたところですったもんだがあったものだが、ミラン公国では花嫁行列の前例があったので割りとすんなり通過を許可してくれた。それどころかミラン市の城門には、なんと大公自らが出迎えに来ていた。なんと手厚い歓迎だろうか! なんでか城門は閉まっていたけど。

「カエサレ猊下、高いところから失礼します。まずはご結婚おめでとうございます」

「ミラン大公陛下(注1)、お久しぶりです。アレクシアの嫁入りの際にはご迷惑をおかけしました」

「はっはっは、めでたい限りですな。こういうめでたい事はどんどん触れ回るべきでしょう。ささ、我々のことは気にせずこのままゼノーヴァー市に向かわれてはどうです?」

言葉とは裏腹に大公の目は全然笑っていなかった。要するに街の中に入れたくないのである。3万もの兵が城内に入ったら、その気になったらあっという間に占領されてしまうだろう。前回は行き先がヘメタル市だったから城外を素通りしただけだったが、今回は挨拶まわりである以上素通りは期待できない。だから大公本人が慌てて城門まで出て来ているのである。ついでにこのままお引取り願いたいところだった。

「しかし妻も妹も疲れています。街で休ませて貰えませんか?」

そう言うカエサレもげっそりしていた。ルクレツィア相手に精力絶倫だった彼も、やはり旅をすれば疲れるものなのだろうか。だが彼の妻と妹は本当は大変に元気で、今もその2人しか乗っていないはずのカメルスがギシギシと揺れているほどだった。というか2人が元気だからカエサレは憔悴しているんだけど。

 だがカエサレの言葉に意外な反応があった。

「えっ! コレーが御臨幸下さったのですか!?」

コレーつまりルクレツィアが来てると聞いて喜んだのは大公の息子である。いつもは多くの下僕たちと共有することしか出来なかったが、彼女がこの街を訪ねて来ているのなら今夜は彼1人で独占出来そうではないか!

「父上、ぜひ宮殿に来て頂きましょう! 是非にっ!」

「いや、しかしだな……」

渋る大公にダングヴァルトが救いの手を差し伸べた。

「では我々は野営の準備をしています。傭兵たちは武装を解いた上で交代で街に行かせますけど、よろしいですよね?」

「まあ、そういうことなら……」

大公は渋々同意した。カエサレとアレクシアを人質に出来るのだから、非武装の兵士を入れるくらいならなんとかなるだろうと考えたのだ。一方ダングヴァルトの方は……別に何の思惑もなかった。あくまで言外の威圧を目的にしているだけであって、攻略しようとか挑発しようとか、あるいは経済的な特権を手に入れようとかいう考えは一切無かった。もしミラン大公が「命を助けてくれたら国を差し上げます!」とか言い出したら、むしろ彼はイゾルテの大目玉を食らうことになるだろう。

 その晩、カエサレは久しぶりに熟睡し、ルクレツィアの寝所からは「アッーー!」という野太い悲鳴が聞こえたという。()人の美姫(?)を相手に新たな快楽への扉を開いた若者の、、幸せの悲鳴だった。たぶん。



 一方、ダングヴァルトが野営地で傭兵たちの声なき批難の声に晒されながら――だけど完全に無視しながら――愛妻との甘いひとときを過ごしていると、無粋な伝令がカメルスのドアをドンドンと叩いた。

「ダングヴァルト様! 書状が届いております!」

ダングヴァルトは即座に切り返した。

「入ってます!」

まるでトイレのような返事だったが、いろいろ入ってるのは事実だった。というか外から見てもカメルスがギシギシ揺れてることから明らかだったのだが、始終揺れているから落ち着くのを待ってもいられなかったのだ。もし揺れが収まるまで待ったとしても、今度は「なんだよ寝てたのにー」と結局怒られそうだし。それにダングヴァルトがカエサレに用がある時は、ギシギシ揺れていても問答無用にカメルスの中に入っていくのだから、彼が文句を言えた義理ではなかった。

「じゃあこれ読んどいて下さいよー!」

伝令は御者席の傍らの連絡用小窓から書状を放り込むとどこかへ行ってしまった。君主からの書状なのに随分な扱いである。しばらくして甘いひとときを終えたダングヴァルトが、ふたとき目に入る前にその書状を開いてみると、そこには残念な命令が書かれていた。


「ダングヴァルトへ


 匈奴という遊牧民が大挙してドルクに向かっていることが判明した。サナポリの割譲の時期は未定だが、先行して傭兵を送り込む必要があるかもしれない。

 ひとまずコレポリスまで移動しておけ。何度も往復してる時間はないから、船はイタレア諸国に用意してもらう(◆◆◆◆◆)ように。


                      イゾルテ」


 それは彼女がコレポリスからスエーズに向かう前に書いたものだった。スエーズの動向が分からないため一先(ひとま)ずどちらにも向かえるようにコレポリスまで行けと指示したのである。

――なるほど、そういうことか……

 イゾルテの事だから今回の新婚旅行が単純な威圧だけを目的とするものではないだろうと彼も思っていたが、いざという時に船を出させるための嫌がらせ……もとい、駆け引きを兼ねていたのだ。平和を愛するイタレア諸国は、喜んで船を用意してくれることだろう。きっと無償で。だって傭兵たちをさっさと追い出したいだろうから!

 しかし予定の行動とはいえ、またしてもイタレアから遠く離れた任地、しかも仇敵ドルク領への旅である。彼は想定される困難に思いを馳せた。

――サナポリは大都市だって言うし、きっと大勢いるだろうな……かわいい娼婦たちが! ドルク美女かぁ~、楽しみだなぁ♪

彼は窮地を好機に変える逆転の発想が持ち味だった。……度の過ぎた女好きとも言うが。

「ちょっと、他の女からの手紙を読んでニヤニヤしないでよ!」

チェチーリアがぐいっと彼の尻をつねると、彼は慌てて言い訳をした。

「イテテ。違うって、色っぽい要素なんか全然まったくこれっぽっちも無いよ!」

そう言って彼は極秘――かもしれない書状を彼女に見せた。どうせこれからの行動で全部バレちゃうのだから大丈夫だと判断したのだ。だがそんな明けっ広げな態度もチェチーリアの疑いを晴らすことは出来なかった。確かにこの文面には色っぽい要素は皆無だったが、さっきの彼のニヤニヤ笑いはエロいことを考えている時のニヤニヤ笑いだったのだ。彼はエロくない場合にはにへらっとしまりなく笑うのだが、エロいことを具体的に考えている場合には顔はニヤニヤと笑いながらも目だけは笑っていないのだ。それはまるで獲物に対して真剣な捕食者の目だ。……その割に他人の金で玄人を相手にするだけなんだけど。

「……怪しいわね。あんたやっぱり陛下と何かあったんじゃないの?」

「ハッハッハ! そんなことは(残念ながら)一度もなかったネ!」

それは事実だったが、真実ではなかった。(注2) 彼は素人娘には一切手を出さない主義だったが、イゾルテだけとは虎視眈々と狙っていた。正確には、イゾルテは既に彼に惚れている(と彼は思っている)ので、彼女がその気になるのを待っているのだ。行動としては何もしていないのだけど、心は結婚前からずっと浮気しっ放しだったのである。まあ、行動の方はタイトン中の娼館で繰り広げてるんだけど。そして遂にタイトン世界を飛び出してドルクに進出するのだ。彼は国籍も人種も問わない、真の世界市民主義者(コスモポリタニスト)(注3)なのだ! ただし女性限定なんだけど!

「心配しなくてもいいよ、俺の心はいつもちーちゃんと共にあるから」

なんか死に際のセリフみたいだったが、チェチーリは冷めた目をした。彼女の心配はそんなことではないのだ。

「私が心配してるのはあなたの体の方よ」

「いやだなぁ、戦争しに行くんじゃないよ。都市を防衛しに行くだけさ」

彼はそう言ったが、文面を見ればその匈奴という遊牧民族がサナポリまで攻めてくる可能性があるではないか。だがやっぱり、彼女がしているのはそういう心配でもなかった。だから彼女は思い切って宣伝した。

「じゃあ……私も連いて行くわ!」

「え?」

ダングヴァルトは笑顔のまま凍りついた。チェチーリアがいたら色街に繰り出すことが出来ないだけではない。万が一彼女がイゾルテと顔を合せることになったら、2人が似ている事がバレてしまうではないか! 初心(うぶ)なイゾルテが「ああ、あんな綺麗な奥さんがいるのなら私の出る幕なんて無いわ。だって私は勝てないもの……主に胸が!」と彼への想いを諦めてしまうかもしれない。「いや、小さくても意外と良いもんですよ。私はAAAからIカップに至るまで、全てのサイズを愛でることが出来ます」とフォローしたいところだが、そんな事を言ったらきっと顰蹙(ひんしゅく)を買うだろう。チェチーリアはチェチーリアで、「やっぱり平民で商売女だった私より、高貴で清純で若い娘の方が良いわよね! フン!」と拗ねてしまいかねない。「いや、そこはそれ。長年培ったちーちゃんのエロテクも捨てたもんじゃないよ。経験値が半端無いし」とフォローしたいところだが、実際に口に出したら殴られるだろう。だから彼としては、何としても2人を会わせたく無かったのだ。……まあ、その心配は結局取り越し苦労なんだけど。


「……マジで? 付いてくるの? ドルク領だよ? ドルク人だらけだよ?」

プレセンティナ人であるダングヴァルトにとってはドルク人(ただし美女は除く)は物心の付いた頃からの脅威であり親友フルウィウスの仇でもあったが、バネィティア人のチェチーリアにはそんな感覚は無かった。バネィティアの港には、数は少ないもののドルク人が公然と出入りしているくらいなのだから。(注4)

「行くわよ。だって危険じゃないんでしょ?」

「…………」

余計なことを言ってしまった手前、彼はそれを否定することができなかった。実際に戦いになったとしても、海路から撤退できることは明らかなので非戦闘員を逃がすことは十分に出来るはずだ。今では文官である彼も前線に出ることはないだろう。

「だけど、現地の治安が分からないよ。俺は男だから平気だけど、ちーちゃんみたいな美人は目立つから、不埒な男たちの欲望を刺激しちゃうだろ?」

不思議なことに彼が言うと説得力があった。もっとも、だからこそチェチーリアは心配なんだけど。

「……フンっ、いいわよ! じゃあ私はその間にペルセポリスのお義父(とう)様に挨拶でもして来ようかしら」

彼は愕然とした。彼が各地の娼館で使う資金は、彼の実家であるバルビエリ商会経由で流れてきているのだ。年老いてすっかり愚痴が多くなった彼の父が、うっかりそれを漏らそうものなら大変なことになりかねない。それにサナポリよりもペルセポリスの方がイゾルテとの遭遇確率が遥かに高いのは明らかだった。彼は今イゾルテがスエーズくんだりに行ったきりだとは知らなかったのだ。

「ゴメン、ウソウソ! 一緒にサナポリに行こう。こんだけ傭兵がいるんだから、100人くらい護衛をつけときゃ平気だって! 新婚旅行の延長だ!」

新婚旅行に付き合わされる傭兵の方はたまったものではなかったが、そんなことを今更気にするダングヴァルトではなかった。

「ホントに? ありがとう! お礼に今度は私が、シ・テ・ア・ゲ・ル♪」

「わーい……」

彼は乾いた笑いを漏らしたが、結局カメルスはいつにも増してギシギシと揺れ始めた。

注1 「大公」に対する敬称は「陛下」の場合と「殿下」の場合があります。

独立国の君主の場合は「陛下」で、王や皇帝を頂く国の中の爵位の場合は「殿下」です。

つまり「ウェールズ大公プリンス・オブ・ウェールズ」であるチャールズ王太子は殿下で、「カリオストロ公国」や「ジオン公国」の大公(や公王)は陛下な訳です。


注2 事実と真実

異論はあると思いますが……事実は機械的に観測できる事象のことであり、真実とは主観に基づいて観測された事象だと考えています。

例えばある女性が(違和感を感じて)周囲を見渡したという事実が、ストーカー主観では「あっ、俺の方を見た! 付いて来てって合図だな!」という真実になっちゃう訳です。

え? 違う?

「付いて来てって合図だな!」と勘違いしてしまった、という真実になる訳ですね。

心情まで含めて語るとどんな極悪人でもそれなりに良い人に脚色できるものですし、逆もまた可能です。

NHK大河ドラマは毎年視点が変わるから同じ人が善悪コロコロ変わっちゃって面白いですね。

石田三成とか明智光秀とか……



注3 世界市民主義コスモポリタニズムは、マケドニアのアレクサンダー大王が理想としたもので、民族・国籍を問わず世界中の人々を同胞と見做す思想です。

ギリシャ人(ヘレネス)蛮族(バルバロイ)の間で迷う田舎者(=マケドニア人)の鬱屈した精神と、ペルシャの大軍勢を破竹の勢いで蹴散らした全能感の間に生まれた世迷い言です。

北関東と南東北の間で迷う栃木県民が「俺達は日本人だろ!? 地方なんて知ったことか!」と言い出した感じだと思って下さい。


注4 ベネツィア共和国は一応基本的にはカソリックでしたが、あちこちと交易をしてる関係で他宗教・他宗派にも寛容でした。あちこちで異端審問やら魔女狩りやらをしてた時にも、ベネツィアでは明らかに異教徒なトルコ人がふつーに暮していたそうです。

まあ「異教徒を焼け! 異端者を殺せ!」というノリの人が交易なんて出来るはずありませんけど。



どうでもいい事ですが、「バネィティア」か「バネィツィア」かどっちだっけと自分の文書を検索しようとして、うっかりググってしまいました。

するとなぜか「バネィティア」で結構引っかかりました。

しかもなんでか、中国語サイト……

中身をみたらこの小説でした。

翻訳されてる訳でもなく、日本語としてもよく分かんないところで文字化けしまくり。

きっとロボットによる自動転載なんでしょうけど、いったい何の意味があるんでしょう……?

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