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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
207/354

暗雲 その2

 イゾルテが南でスエーズの(スルタン)バールと交渉していた頃、北のハサールでは時ならぬクリルタイが開かれていた。本来そうそう開くものではないのだが、ここ数年は年に一度は開くようになっていた。もちろんそれはそれなりの出来事があったからだし、今回もそれなりに深刻な議題だった。少なくとも呼び掛けた方は。

「東から逃げ延びて来た者達の話では、十数年前遥か東のクリルタイが大汗(たいかん)を選んだとのことです」

遥かに年上の族長たちを前にして懸命に説明しているのは、デミル部族の族長代理ウルビである。

「大汗とはなんじゃ?」

(カーン)の中の(カーン)、全ての遊牧諸族の長とのことです」

「馬鹿な! 我らハサールの知らぬ所で勝手に!」

一人の族長が声を荒げたが、となりの族長が肘でつついた。

「そう怒るな、言うだけなら自由じゃろう? お前がかみさんを口説いてた時には、世界で一番美しいとか歯の浮くようなことを言っておったじゃろう。他のおなご共に許可を貰っとったのか?」

「そうじゃそうじゃ、それにヌシはうちのかみさんにも言うとったわい!」

族長たちはカッカッカと笑い声を上げた。

「それに我らの先祖とて、かつてはあちらのクリルタイに参加しとった身じゃ。それを勝手に抜け出してこの地にやってきたのじゃから、あちらとしては知ったことではないじゃろうのう」

「では我らもその大汗に従うべきだと?」

「まさか! 彼らが勝手に選んだのなら、彼らが勝手に従っていれば良いだけじゃ。ワシ等には関係のない話じゃて」

どうも緊張感が足りない族長たちに、ウルビが注意を促した。

「そうもいかないようなのです。逃げてきた者達の話では、大汗は従わぬ者を次々と武力でもって制圧しているそうなのです。草原の民に限らず、石の家に住む者達まで。東の巨大な帝国まで征服したとも言っていました」

ハサール人は農耕民族の国家構成に興味などないので、ツーカ帝国のことはあまり知らなかった。まあ、イゾルテですらテ・ワと会うまではほとんど何も知らなかったけど。

「ということは、当然我らも含まれような。しかし遥か東の事ではないのか?」

「そうじゃ、5000ミルムも東のことじゃて」

族長たちはあくまで呑気だった。戦いとは仕掛けるものであって、敵から仕掛けられることがあるという危機意識がないのだ。クレミア半島のスラム人についてはハサール内部での反乱だと考えていたし、イゾルテの罠に嵌ったペレコーポの戦いですら、"おびき寄せられた"のであって攻めこまれたという認識ではなかった。

「ですが、彼らに追われた者達がこの地まで逃げ込んで来ているのですよ? 座して待てば大事となりかねません!」

 一人真剣なウルビの言葉に同意するものは誰もいなかった。二回り以上も年の離れた族長たちの耳には届かず、可汗のブラヌですらいつになく消極的であった。若い男たちの半分をドルクへと差し向けている現状では、あまり積極的に軍を動かしたくないという気持ちが根底にあったのかもしれない。だがそこに思わぬ援軍が現れた。

「その通りだ!」

(パオ)の入り口でそう叫んだのは、ウルビの父にしてデミル部族の現族長バイラムであった。

「おお、バイラム!」

「バイラム殿!」

驚いたのは族長たちだけではなかった。

「ち、父上!? タイトンに行かれていたはずでは……」

「ワシだけ船で一足先に戻った。皆々様、留守の間迷惑をおかけしました」

バイラムはブラヌと族長たちに頭を下げた。

「いやいや、ウルビの坊っちゃんはしっかりと勤めを果たしておったぞ。おヌシが戻ったこれからの方が迷惑しそうじゃわい」

最長老の族長の冗談にバイラムも含め一同はカッカと笑った。だがバイラムはすぐに真顔に戻った。

「可汗、プレセンティナより国書を預かって参りました」

「……イゾルテからか?」

「両陛下からです。遠方のイゾルテ陛下の書簡を受け、ルキウス陛下も追伸の形で親書を書かれました」

プレセンティナとの戦いで最も被害を受けたデミル部族の族長が、2人の皇帝を「陛下」と呼んだことにブラヌは一瞬目を細めた。ハサール便とやらでタイトン人と触れ合う間に、何事か感じるところがあったのだろうか。もっとも途中からはほとんど傭兵をやってたから、雇い主だと思ってるだけかもしれない。


「…………」

深刻な顔で黙々と書状を読むブラヌに、族長たちがじれた。

「可汗、いったい何と書かれているのですか?」

「……分からん」

「は?」

「タイトンの文字で書かれているのだ!」

バイラムはばつが悪そうに頭を下げた。

「すいません。翻訳した物がこちらにあります」

ブラヌは「最初からそっちを出せよ」という言葉を飲み込んだが、代わりに先ほどの長老がボヤいた。

「早速迷惑をかけおるわい」

列席者は束の間、笑いを堪えた。


「…………」

再び深刻な顔になって書状を読むブラヌに、族長たちも再びじれた。

「可汗、いったい何と書かれているのですか? まさか……ハサール文字も読めないとか?」

「読めいでか!」

ブラヌは思わず怒鳴ったが、それが場を和まそうとする冗談だと気づいて無理やり口元を歪めた。

「どうやら魔女の方でも東方の脅威に気が付いたようだ。だが妙だな、魔女は奴ら『キョード』と呼んでおる」

「逃げてきた者達は『モンゴーラ』と呼んでおりました。別の勢力でしょうか?」

「さて、それなら2つの勢力が互いに争って潰れてくれそうなものじゃわい」

「ニルファル嬢ちゃんのことを姫と呼んだりじゃじゃ馬と呼んだりするようなものじゃろうて」

「うむ、それはありそうな話じゃ」

確かにそんな大勢力が東の草原に2つあるのなら、大汗などという存在が選ばれるはずもない。一つの勢力が東の草原を統一した上で外に向けて侵略を行っているのだろう。

「ふむ、そうすると我らの方は安泰かも知れぬ。キョードの軍はどうやらドルクの方に向かっているらしい。今は一旦南に下っておって、そこから西のドルクに向かって来るようだ」

「それはおかしいです。それなら東から逃げてくる者がいるはずもございません。真っ直ぐ西の我らに向かっているはずです」

「どういうことじゃ? 二手に分かれておるのかのう」

「遊牧の民は1つ1つは小さく弱いから、2万騎も出せば簡単に潰していけるじゃろうて」

「だとすれば、我らハサールの手前で止まるのではあるまいか? 逃げ遅れた者達もおるじゃろうから、我らハサール12部族が団結していることくらいは聞いておろうて」

「うむ、さすがに我らと戦いながらドルクと戦うこともあるまいしな」

だがそんな族長たちにブラヌは深刻な顔で首を振った。

「だが、魔女の意見は違うようだ。魔女はこう頼んできた。ニルファルに付けてやった10万騎を呼び戻さないで欲しい、と」

 イゾルテとしては、必ずしもハサール方面にまで匈奴が迫っているとは考えていなかった。ただその可能性は大いにあると思っていたので、このような言い方になったのである。だがハサールに危険が迫っていると思っていない族長たちは首をひねった。

「はて? ドルクに援軍を送れというのならともかく、呼び戻すなとはどう言うことじゃ?」

「もしや、敵に恐れをなして我らが怖じ気ずくとでも思うたのか!?」

その言葉に族長たちが一斉に色めき立った。

「全く心外じゃ! 我らハサールをそんな臆病者といっしょにしないで貰いたいわい!」

「然り、然り! 我らならば敵影を見てからでも十分に逃げられようて!」

……フォローになっていないように思えるが、本人たちはこれでも自慢してるつもりなのだ。

「魔女からの書状によると、東と南の大国は同時に落とされたそうだ。奴らは二手(ふたて)に別れ、全然関係のない別々の国を同時に攻撃していたのだ。少なくともキョードと呼ばれる方はそうだった。モンゴーラが別に居るなら三手(みて)はあることになる。

 我らが魔女を相手に戦いながら、ドルクとも戦うことなど出来ようか? 奴らはそれをやって、しかもどちらも勝ったのだ!」

ブラヌの叫びに族長たちも顔色を変えた。相手が容易ならざる脅威だと遅まきながら気付いたのだ。

「ただし魔女は主攻正面をドルク方面だと見ている。あちらの敵の大半は歩兵であって草原の民ではないそうだ」

「それはいったいどう言うことじゃろう?」

「城攻めのためではないか? ドルクには幾つも城があるじゃろうて」

「ワシ等草原の民は、城攻めはとんと苦手じゃゆえ」

「その点ドルク兵は城攻めは上手かったな。それだけは認めざるを得ぬ」

「では我らがドルクと結んだように、奴らも盟約を結んだのじゃろうか?」

それは一度は彼ら自身が選択した手段でもあり、妥当な推論だった。だがブラヌの震える声がそれを否定した。

「盟約か……確かにここに書いてあるな。ただし、人質を取って無理やり戦わせるのを盟約と呼ぶのならだがな!」

クシャリと手紙を握りつぶしたブラヌのその一言を聞いて、族長たちの顔色が変わった。恐れでも憂いでもなく、怒りに。

「何と卑劣な!」

「許せん!」

イゾルテと違って誇り高い彼らは、そのような卑怯なやり方に決定的なまでの反感を抱いたのだ。

「敵には名誉ある死を与えるべきだ!」

「さよう、生き恥を晒させるなど卑劣極まりない!」

……誇りとは時として人の命を奪うものなのだ。迷惑なことに……

「では、迎え撃つということでいいのだな?」

ブラムの言葉に族長たちは即座に頷いた。

「当然じゃ!」

「いや、むしろこちらから攻めるべきだ!」

「さよう、先手を取るべきじゃわい!」

「戦うのは良いが手元には兵が少ないぞ。やはりドルクに送り出した兵を呼び戻さねば……」

「うむ、ハサールの危機なのじゃ、ドルクに手を貸しておる暇はないぞい」

怪しい方向に話が向いてきたことを察して、慌ててバイラムが声を張り上げた。

「待て待て! 可汗、ルキウス陛下の書簡をお読み下さい。援軍を出す旨が書かれているはずです!」

「「「援軍!?」」」

その言葉に驚いた族長たちは、ブラヌがルキウスの手紙を読み終えるのを固唾を飲んで見守った。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………あの、可汗? まさかそれもタイトン文字だったとか?」

バイラムの質問に一同がズッコケた。

「……いや、これはちゃんとハサール文字だ。ちょっと読みにくくてな……」

ルキウスはペルセポリスにいたので、最初から通訳官に書かせることが出来たのである。でもさっきブラヌが握りつぶしちゃったのでくしゃくしゃになっちゃってたのである。ただひたすらに自業自得なのである。

「そんなことより、今度は魔女の父親がやって来るそうだ。……例の馬車を連れて」

その言葉に族長たちは顔を凍らせ、そして十人十色に複雑な顔をした。その顔に浮かんだのは、恐れ、怒り、喜び、そして何より……同情である。

「憐れよのう、アレの正面に当たった敵は……」

「正に不運としか言い様がない」

「魔女の父親も悪知恵が働くのかのう」

「きっと綺麗な顔をした悪魔のような男なのじゃろうて」

バイラム以外見たこともないのに散々な言われようである。だが今は敵意で言っているのではなかった。

「そうだとしても……今回は敵でなくて良かったのう」

最長老の一言に皆が共感し、揃って深い溜息を吐いた。



 そのころペルセポリスでは、イゾルテから送られてきた書簡に従って様々な準備が整えられていた。彼女が連れ回していたキメイラ二個大隊も既に戻って来ており、その補修・改造を行うと同時に、彼らが留守の間に新設されたされていた第三、第四大隊を含めてキメイラ連隊として人員の再編成を行っていた。また既に民間でも作られていたカメルスの車輪とバネが量産され、それを積んだ船を次々にスエーズに向けて運びだされていた。車体自体は現地で作ることにして、生産が困難なコア部品だけを送り出したのである。

 一方で最も重要な"濠"については、イゾルテは表向きは(◆◆◆◆)測量技師を要求しただけだった。現地の地形を見るまで判断が出来なかったためである。とはいえ全く手を打っていなかった訳でもなく、バルビエリ商会を中心に大商人たちが何やらこそこそと動きまわり、ジリジリと金利が上がりつつあった。


 だがもちろんイゾルテの要求はそれだけではなかった。徹夜してあれこれと書き上げられた書簡のうちの特に分厚い一通は、贈り物の事なんかも言っちゃっても大丈夫で、それなりに暇なはずの、最近になって実は遠縁の親戚だったと分かったある男に送られていた。

「すいません、これって動力側も込みですか?」

「どれどれ……円盤(のこぎり){丸ノコ}5セット? そりゃあ、鋸だけ持って行っても仕方ないだろう。先週製材所に増設した分を引剥(ひっぺ)がして詰め込んどけ!」

「へーい!」

手紙に従って忙しく指示を出していたのは、あんまり船を作ってない船大工ことアドラーである。まあ、世の中にはヘンテコな物ばかり作らされている家具職人もいるので、それに比べればナンボかマシ……かもしれなかった。

「すいません、アドラーさん。今度はこっちなんですが……」

「一文字版画のドルク語セットとアルビア語セット? ……アルビア語って何だ?」

「さあ?」

イゾルテはこういう意味不明な注文をするから困るのである。

「あー、それは北アフルーク語でいいと思いますよ。方言みたいなもんです」

横から口を出したのは、元海賊で元船大工見習いで、現船持ち商人……のはずの、ムスタファだった。船をくれるはずのイゾルテが一向に帰ってこないので、仕方なく元師匠のアドラーに付き従っていたのである。

「そうなのか? じゃあ何で北アフルーク語って言わないんだ?」

「……何か変な記号でもあったかもしれません。彫り込んでない無地の版画も入れておけば、現地で彫るんじゃないですか?」

「……そうだな。よし、北アフルーク語のセットを積んで、ついでに彫刻前の一文字版画も一箱積んどけ!」

「へーい!」

彼はこうして次々と指示を出していたのだが、イゾルテから送られてきたリストはまだまだ終わりが見えなかった。


「アドラー、忙しそうだな」

クソ忙しい中で背中から声を掛けられて、アドラーは視線も向けずにボヤいた。

「ああ、姫様は本当に人使いが荒いぞい」

「そうか、娘に代わって私が詫びておこう。許せ」

「…………」

視線も向けずに適当に話していた相手が誰か悟り、アドラーはギギギギっと首を後ろに向けた。そこにいたのはもちろん、皇帝ルキウスであった。

「へ、陛下っ!? しっ、失礼しました!」

慌てて膝をつくその対応は、同じく皇帝であるイゾルテに対するのとは雲泥の差である。やはり威厳の差であろうか? まあ、単に遭遇率の低さが希少価値を上げているだけかもしれないが。そしてそんなアドラーを見て他の者達も慌てて膝をついた。ここだけ見ていれば、例え両皇帝の間に諍いがあっても人々はルキウスを支持するだろうと思えた。だが確かにそうかもしれない。昨年イゾルテが出発前にした最後の諍いは、「牛の乳は生で飲むかチーズにするべきか」という論争だったが、「生で飲む」と主張したイゾルテの支持者はこのペルセポリスでは極々少数派だろうから。

「そう固くなるな、お前とは古い付き合いではないか。イゾルテが生まれる前からだから、20年近い付き合いだ。ゲルトルートやイゾルテの力になってくれていたことはよく知っている」

確かに付き合い自体は古いのだが、ゲルトルートなりイゾルテなりを通しての関係であって、話をすることはおろか顔を合わせたことすらほとんど無かった。アドラーとしては戸惑わざるを得なかった。

「いえ、大してお役に立てませんで……」

「いやいや、イゾルテの尻を撫でた義理の父(クソジジイ)を殴ったのは良くやってくれた」

アドラーは冷や汗を流した。いったい誰が告げ口したのだろうか? と思ったけど答えは簡単だった。きっとイゾルテ本人が手紙の中に書いたのだろう。

「す、すみません……」

「謝る必要はない。お前が殴らなければイゾルテが殺していたかもしれん。そうなったら国際問題だからな」

「は? はぁ……」

あの時殴ったのはイゾルテを守るためというより自分の娘を愛人にされたことや騙されて置き去りにされたことに対する私怨を晴らそうとしただけだったから、アドラーは怒られなかったことに拍子抜けした。

「ところで、何か御用ですか?」

「いや、久々に街を見て回りたく思ってな」

「はあ?」

毎日街を見ているアドラーには、ピンと来ない話だった。なんでわざわざこんな忙しい時に来るのだろうか?

「……もしや、陛下までどこかに?」

「ああ、イゾルテに頼まれた。状況によってはハサールに行くことになるかもしれない」

その言葉はさざ波のように静かに広がり、怒涛のように人々の心に衝撃を与えた。

「ま、まさかまた戦が!?」

「ばかな! ハサールの奴らとは上手くやっていけそうだったのに!」

「あいつらと戦うのか……」

特にアドラーと一緒に戦場に赴いて「動く城(仮称)」を組み立てた弟子たちは、一様に衝撃を受けていた。すっかりイゾルテのヘンテコ発明品に慣れたハサール人たちは彼らが持ち込んだヘンテコグッズに興味津々で、それを機会に仲良くなっていたのである。特に「動く城(仮称)」を裏から見た情けない姿は、ハサール人に大ウケしていた。

「慌てるな、ハサールを相手に戦う訳ではない。ハサールと共に戦うのだ」

「……では、相手はスラム人ですか?」

「違う、ハサールの遥か東に住むキョードという連中だ。彼らの侵攻をハサールの地で止めねばならない」

イゾルテはハサールの地を守ってくれと頼んだのだが、「タイトンに入る前にハサールの地で止めろ」と理解したところが、彼女とルキウスの微妙な温度差を表していた。

 傍らで聞いていたムスタファはキラリと目を光らせた。

――なるほど、しばらく戦は無いはずなのになんでキメイラ連隊の再編成なんかしてるのかと思ったらそういうことか……

軍が動くときは金が動く時である。つまり、さっそく商売の好機なのだ! でも船がなかった。彼はガックリと肩を落とすしかなかった。

「しかし、姫さまは戻られないのですか? ハサールで戦があるのなら姫様が大慌てで飛び出して行きそうなものですが?」

妙なものだが、ハサール便のこともあってイゾルテはハサール贔屓だと見られていた。正確には、ニルファル贔屓なだけかもしれないけど。

「スエーズでも戦があるのだ。あちらはイゾルテに任せ、ハサールは私が対処する。そこでアドラー、お前はイゾルテの元に向かいたいだろうが、私に付いてきてくれないか?」

意外な申し出にアドラーは困惑した。

「え? 私がですか? しかし陸戦では役に立てるようなことはございませんぞ?」

そんなことはなかったが、彼はあくまで船大工だと主張しておきたかった。

「いや、役に立ってもらう。というか、役に立ててくれ。イゾルテに離宮の連中を連れて行けと言われたのだが、どうにも話が通じない奴が多くてな。だがお前は連中に顔が利くそうではないか」

要するに離宮の連中の引率ということで、またもや船大工とは関係ない仕事である。アドラーはガックリと項垂れた。

――イモ男爵じゃ駄目なのか? いや、駄目だろうな

イモ男爵ことコロテス男爵は、まず本人が暴走してどこかへ行っちゃいそうだった。

「……分かりました、お伴します」

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