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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第8章 ムスリカ編
201/354

新天地

 翌日、ロンギヌス元衛士小隊長がふらりと営舎にやってきた。まだ昼前だというのに彼は酒臭かったが、衛士隊は昨晩の騒ぎの後始末でてんやわんやの騒ぎだった。

「ロンギヌス! 突然罷免だなんて、いったい何をやらかしたんだ」

中隊長は不機嫌だった。昨晩叩き起こされたので寝不足だったのだ。さすがに「この忙しい時に!」という文句は口にしなかったが、その顔には心配よりも批難の気持ちが表れていた。だが半ばやけっぱちになっていたロンギヌスはふんっと鼻で笑った。

「お忍び中の陛下をうっかり独房に入れちゃったんですよ。殺されなかっただけでも奇跡です。でもスエーズに飛ばされることになりました」

「そ、そうか……」

ロンギヌスが(普段は)生真面目だということは、上司である中隊長が誰よりも知っていた。皇帝陛下を独房に入れちゃったのも、きっと理由のあることなのだろう。

「……でも実は、私だけではないんです」

「何?」

「一緒に犠牲になる者を衛士隊から50人選べと言われました」

「ご、50人!?」

「恐らくは二度と帰れぬ旅となるでしょう。人選は任せると言われましたが、道連れにする仲間を選べとは余りに無体! そのようなこと私には……あっ、私の部下だった10人は連れて行きますよ、問答無用です。ですが……他の40人を選ぶなんて私には無理です!」

中隊長としては、直属の部下とそれ以外に対する温度差が気になる所だった。

「……俺にどうしろと?」

「勤務態度とかの評定があるでしょう? 40人選んで貰えませんか?」

「俺が? 何の権限で?」

「じゃあ、私が委任したということで」

ロンギヌスはその場で委任状を書くと、イゾルテに渡された任官状を添えて差し出した。中隊長の目は委任状ではなく任官状に釘付けになった。

「こ、近衛中隊長……?」

「ふっ、体裁を取り繕うのは上手いですよね。実際は処刑同然なのに……」

「い、いや、でもスエーズって……」

「とにかく、後は頼みました。出発は明朝です」

「やっぱり……」

 中隊長は何か言いたげだったが、ロンギヌスはさっさと外に出て行った。失礼にはあたらない。彼だって名目上は中隊長なのだ。しかも近衛だ、格としては彼の方が遥かに上である。例え実態が死刑囚と同じだったとしても……

 近衛の方の中隊長が去っても、衛士隊の方の中隊長の目は未だに任官状に釘付けになっていた。

「明朝出発してスエーズに行くってことは、陛下の護衛ってことだよな?」

イゾルテのスエーズ行きの通達は今朝あったものである。イゾルテが来ていることすら昨晩知ったばかりだというのに、寝耳に水の話だった。だが、衛士である彼にはあまり関係のない話だった。……この任官状を見るまでは。なんでロンギヌスがやさぐれているのかはよく分からなかったが、これは大出世である。

「俺が40人選んでいいの? マジで?」

彼の手には委任状があった。近衛兵になりたい奴この指止~まれ、と言えば部下たちは喜んで付け届けにやってくるだろう。40人分ともなればバカにならない金額である。

「ふっふっふ、そうすれば俺は! ……絶対バレるな」

なんといっても近衛なのだ。その40人がイゾルテの側にいてバレないと思えるほど彼は楽天的ではなかった。捕まった犯罪者の末路がどうなるかリアルに想像できちゃう点で、衛士は犯罪に向かなかった。……ただし、捕まらないような策を考える点では非常に向いているだろう。

「そうなれば、手はひとつしか無いな……」

彼はニヤリと笑うと、大隊長の元へ向かった。


 翌朝、せめて正装して死出の旅路に向かおうとロンギヌスは礼装に身を包んでいた。近衛の制服は貰ってないので衛士の礼服である。港には彼の巻き添えとなって死ぬ50人がやはり礼服を着て待ち構えていた。

「ロンギヌス中隊長! 近衛中隊総員50名、集合しております!」

そう言って彼を迎えたのも、やはり彼のよく知る者だった。……というか、彼の上司だった衛士中隊長だった。

「……中隊長、何やってるんですか?」

「私は中隊本部付き士官です、中隊長殿!」

彼は衛士隊を依願退職して自分自身を近衛士官に選んだのである。役得である。ぶっちゃけ今まで部下だった男の部下になることには含む所もあるが、ロンギヌスが部下に理不尽を強いる男でないことは彼も承知していた。生真面目で悲観論者で親バカなことを除いては上司として悪くない男である。

「……中隊長殿、申し訳ありません。あなたにまでご迷惑をお掛けしてしまって……」

「へ?」

「40人を選んだ罪悪感から、自分をも犠牲になさったのですね……」

「……うん、まあ、そんなとこ?」

ロンギヌスはポロポロと涙をこぼした。どこか利己的で信頼がおけないと思っていた上司が、これほどまでに責任感の強い人だったとは思いもよらなかったのだ。そして今となってはその人までもが彼の部下なのである。例え辺鄙な土地に屍を晒すことになるのだとしても、最後の瞬間まで上司としての責任は取らねばならない。

「このロンギヌス、中隊長のお心を見習って誠心誠意勤めに励むことに致します!」

「う、うん、頑張ってくれ……ください」


 そこに怪しい小太りのおっさんやら男装した美少女やら例の獅子(レオ)やらを連れたイゾルテが現れた。もちろん彼女も男装していた。

「えーと、ロンギヌスだっけ? 揃っているな?」

「はっ!」

イゾルテの言葉に、ロンギヌスは涙を流しながらも毅然とした顔を向けた。例え理不尽な命令であったとしても、国のために役立つのなら本望だと思うことにしたのだ。

「なんだ、そんなに私の伴が出来るのが嬉しかったのか?」

「はっ! 光栄であります! 誠心誠意任務に励みま……す?」

彼の眉がぐぐぐっと寄った。

「陛下の伴って、なんの話ですか?」

「何のって、スエーズに行くって言ったろ?」

「ええ、スエーズには行くつもりでしたが……」

「わざわざ別の船で行くと思ってたのか? 近衛なんだから一緒の船に乗って護衛をするに決まってるだろ?」

「…………」

ようやく彼は自分の勘違いに気づいた。彼はギギギと首を回すと、かつての上司を見た。

「オオ、ナント、ソウイウコトダッタノカー」

彼はわざとらしく驚きながらロンギヌスから視線を逸らした。部下たちも一斉に視線を逸らした。部隊結成直後から素晴らしい一体感である! ……中隊長を除いて。

「さあ、行くぞ。船の準備は出来ている」

こうしてイゾルテは再び船上の人となった。ただしこの時彼女が乗ったのは、思い出深い『暁の姉妹』号だった。


「待って~! その船待って~!」

いざ出港という段になって船に飛び込んできた者がいた。その人物とは何を隠そう……

「なんだ、パシリか」

パシリだった。

「皇帝秘書官です! 陛下が任命したんじゃないですか!」

「でもミランダにあげちゃったし」

「いやいや貸しただけでしょ!」

「でも期限を決めてないから無期限だろ?」

「普通は陛下がローダスにいる間でしょ!?」

「でも勝手にどっか行っちゃうような秘書官は要らないしなぁー」

「うぐっ……」

イゾルテはまだ根に持っていた。心の狭……心を鬼にして、アントニオを厳しく鍛えているのだ。

「お願いです! 陛下のお役に立ちたいんです!」

「そうは言ってもなぁー」

「何でもしますから!」

その一言を聞いて、イゾルテは片眉を上げてニヤリと笑った。アントニオは内心で自分の失敗を悟った。彼女はこのセリフを待っていたのだ。

「良かろう、お前には大変重要な任務を与える。国書を届けてもらいたい」

イゾルテがゴソゴソと荷物を漁りだしたのを見てアントニオはかつて彼女が言った言葉を思い出した。


 「ミランダに手を出したら絶交だからな。

  具体的には、皇帝の悪口を書き連ねた書簡をドルクに届けに行ってもらう」


――死んでこいって任務じゃないか!

真っ青になったアントニオは悲鳴を上げた。

「ま、待ってください! 僕は手を出してません! どっちかというと出された方です!」

イゾルテは小首を傾げた。

「何の話だ?」

「えっ? ドルクの皇帝に届けて来いって話じゃないんですか?」

「何でビルジに? 交渉なんかできるとも思えないし、居場所も分かんないぞ?」

どうやら早合点だったようだ。危ない危ない。ミランダとの間に何があったか彼女にバレたら、彼は本当に殺されるかもしれないところだった。

「……じゃあ、どこに?」

「ほら、コレだ。お前にはナイールに行って貰う。この書状には『全面的にスエーズに協力して食料を供給しろ』と書いてある」

「イゾルテ殿……それは無茶でござる。父上も一応打診はしたはずでゴザるが、彼らは利がなくては動かぬでゴザるよ」

思わず口を挟んだサラの手前、イゾルテは偉そうに訓示を垂れた。

「確かに人を動かすには利を以ってするのが一番簡単だ。だが何が利となるかは時に応じて異なる。状況が変われば簡単に裏切るぞ。

 アントニオ、自分が如何にすべきか利を以って考えろ」

「利を以って……」

「そうだ。私の役に立つというなら、私のもとで学んだ事を思い出せ。私なら何を考えどう言うか、それを考えろ。さすれば答えが出るはずだ。

 その後にスエーズに来い。待っているぞ」

そう言ってイゾルテはアントニオを蹴るように船から追い出すとさっさと出港を命じた。


「イゾルテ殿、随分と厳しいでござるな」

「ま、まあな」

イゾルテは頷いたが、実際は「あのまま連れて行くときっとミランダに怒られるからなぁ」というのが本音だった。それにイゾルテが交渉に乗り出す前に一度断られておけば、それだけイゾルテの有り難みが増すという計算もあった。それをはっきりアントニオに伝えなかったのはサラが横にいたからである。事前にスエーズ側にバレてたら台無しなのだ。

――アントニオなら分かってくれる……かなぁ? まあ、分かってなくても失敗するのは計算のウチだから、どうでもいいや

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