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太陽の姫と黄金の魔女  作者: 桶屋惣八
第2章 ローダス島(海)戦記
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6 漂流船

 神話と怪談は似たようなものだ。どちらも説明し難い現実や自然現象を、何とか理解できる形に創作したフィクションだ。そしてどちらも、時に作為的に創造されることがある。


 ヘクター・バッセル『怪談の科学と歴史』


――――――――――――――――――――――――――――――――


「3番艦より旗信号、赤、赤、赤、白、白、赤。信号旗は黒、青、赤、緑。7番です」

「7番艦が敵輸送船団を発見した模様です。規模は小。5隻以下です」

「よろしい。7番艦と両隣を退避させろ」

「信号旗7番、8番、9番を上げろ。旗信号、白、赤、白」

「宜候」

「第3分艦隊、第3分艦隊、こちら第7分艦隊。ドウゾ」

『こちら第3分艦隊。どうした? ドウゾ』

「7番艦が定位置で敵輸送船団を発見。規模は小。ドウゾ」

『7番艦が敵輸送船団発見。規模は小。了解。これより迎撃に移る。哨戒を継続してくれ。ドウゾ』

「了解、通信終わり。ドウゾ」

『通信終わり』


 帆船10隻からなる第7分艦隊は、北アフルークとローダスを結ぶ航路に網を張っていた。昨今は本当に網を張って敵を待つこともあるのだが、今回のはあくまで比喩表現である。彼らは今、ローダス島の南100kmの地点を中心に東西に6km間隔で並んでいた。この54kmに渡る哨戒線に敵輸送船がかかれば、彼らから北30kmあたりに遊弋する第3分艦隊の10隻のガレー船と協力して拿捕するのである。だが、相手が5隻以下の場合、哨戒線を維持するために第3分艦隊だけで始末することになっていた。万一北に逃したとしても、第3分艦隊の更に北でドルク艦隊を警戒している第6分艦隊がいた。万全の構えである。

 帆を降ろしてただ見張りに徹する今日このごろ、見張り員以外には大した仕事もなく、彼らは暇であった。もっとも、ドルク艦隊を警戒している第6分艦隊は、同じ見張りでも敵の影に緊張を強いられていたのだが。


 しかし、ローダス島の東沖合で第6分艦隊と同じようにドルク艦隊を警戒しているはずのゲルトルート号にはお気楽な暇人たちがいた。高いマストのおかげで一方的に長大な索敵距離を誇るゲルトルート号では、敵の影に怯える必要がなかったのだ。


「ひたり、ひたり。不気味な足音に振り向くとそこに居たのは――」

「…………(ゴクリ)」

「…………」

「――お前だァ!!」

「キャァァァアァァ!」

「…………」


 やはりこういう時にすることといえば、カードゲームやチェス、コイバナ(18禁)に武勇伝、そしてやっぱり怪談である。

「わはははは。やはりアドラーのリアクションは良いな。きゃーだと、きゃー」

「ワ、ワシはこういうのダメなんです。若いころホントに見たんですから!」

イゾルテに大笑いされてアドラーは恥ずかしさで真っ赤になっていた。ついさっきまで真っ青だったのに忙しい奴である。

「情けないなー。スノミ(アドラーとゲルトルートの出身国)の人間はみんなそうなのか? 見ろ、ムスタファなんか実につまらなそうにしているぞ」

「ワシは繊細なんです! ゲルトルート様も姫様みたいに図太い方でしたよ!」

「俺の場合、タイトンのノリってよく分からないんですよね」

ムスタファの言葉にイゾルテは興味が唆られた。

「ほう、ドルクにはどんな怖い話があるんだ?」

「そうですね。まぁ、いろいろありますけど、無人漂流船は割と怖かったですよ」

聞きなれない言葉にイゾルテは首をひねった。

「無人漂流船? 幽霊船のことか?」

「いや、違いますよ。幽霊船ってのはボロボロの船でしょう? そうじゃなくて普通の船なんですよ、見た目は。だから襲っちゃったんです。

 でも、帆を張っているのに甲板に乗員がいない。船内に立て籠もっているのかと思って、警戒しながらゆっくり、ゆっくりと船内に入って行ったんです」

「…………」

「…………」

「食堂に行くとまだ暖かい料理が並んでました。でも、誰もいない。

 船倉に踏み込んだら、積み荷が満載されてました。でも、誰もいない。

 だから今度は船室を1つ1つ改めていきました。

 開いたままの本がありました。でも、誰もいない。

 書きかけの手紙がありました。でも、誰もいない。

 さすがに不気味に思いましてね、部下に自分たちの船に戻るように言ったんです。でも、もう誰もいませんでした」

「…………」

「…………」

「あの時は怖かったですね」

「「実話かよ!!」」


 ちょっとドキドキしながらイゾルテは思った。

――怪談にも民族性ってあるもんだなぁ。でも、ドルク人がこういうのを怖がるんだったら……。

イゾルテは立ち上がって叫んだ。

「エウレカ! (ひらめいた!) 確か第3分艦隊が輸送船を鹵獲したと言っていたな。それを使おう、それと敵の服だ」

「突然何です。まさか潜入する気ですか? ダメですよ」

「いや、潮を選んで敵に送り返してやろうと思ってな」

「「……?」」

「くくく、新しい怪談を作るぞ!」



 ローダス遠征艦隊は4つの実戦艦隊と1つの輸送艦隊により構成されていた。実戦艦隊はそれぞれガレー船40隻を主体とし、人員はおよそ10000人規模(奴隷を含む)だった。一方輸送艦隊は帆船120隻に船員約6000人だ。この輸送艦隊の任務は、陸海軍合計20万近くの補給を維持することであった。

 ローダスは目ぼしい産品もなく人口も少ないため輸出入は多くない。ただその立地から多くの船が寄港地として利用するため、港には大型船が5隻ほど接岸できるようにはなっていた。輸送艦隊司令部はこの港に設置されていた。


 輸送艦隊は当初、420隻の大船団でローダスの港に乗り込んだ。6日かけて民間船300隻に乗り込んだ陸兵15万を下ろすと、その民間船を開放した。これまでの経験からローダス攻略には半年以上かかると予測されていたので、船をいつまでも拘束しておくとドルク経済に深刻な影響が出てしまうのだ。

 それから20日、物資を積んでいた120隻の荷下ろしをしているのだが、これがまだ100隻ほどしか終わっていなかった。人の乗り降りには十分でも、荷の積み下ろをしやすいように港が出来ていないのだ。このため輸送艦隊司令部は大船団を組むことを諦め、積み下ろしを終えた船は5隻程度の小船団でドルクや北アルークに向かわせていた。どうせ1日に荷揚げできるのは5隻程度なのだ。その規模で船団を組むのが効率が良いという判断だった。


 そんな時、サナポリの海防司令部からの急使が陸上でローダス城を包囲する遠征軍総司令部に届いた。サナポリ北方のコスクの港が10隻あまりのプレセンティナ船に襲われ、その迎撃のためにサナポリに残された20隻全てのガレー船が出撃したという知らせである。しかしその内容は当初の想定の内であり、海防司令部の行動も既定のものであった。これは逆に、プレセンティナがローダスに大規模な援軍を出さないということの証左でもあり、タイトン諸国からの援軍に神経を尖らせているローダス遠征艦隊にとっては、返って朗報とも言える内容だった。ただ輸送艦隊だけは、最後に残った20隻は念のためにまとめて船団を組ませることとした。


 そしてそれから4日後、今度は南から不吉な使者がロードスを訪れていた。知らせを聞いた輸送艦隊司令が港にやってくると、その船は第一艦隊のガレー船に曳航されていた。最初に荷揚げを終えて北アルークへ向かった輸送船の一隻である。曳航してきたガレー船からカッター(小舟)が降ろされると、船長がやってきた。

「曳航ご苦労。だが接岸まではやってくれんのかね?」

司令官は多少の皮肉を交えて声をかけたが、船長は固い顔のまま耳元に口を寄せて囁いた。

「輸送船の検分をお願いします」

「検分? ……ま、まさか!?」

大声で叫びそうになった司令官は、はっとして声を落とした。迂闊なことを漏らせば全軍がパニックになってしまう。

「まさか……疫病か!?」

ささやくような小さな声でありながら、それは確かに悲鳴だった。だが船長は困ったように首を振った。

「分かりません。ひょっとすると疫病なのかもしれません」

「どういうことだ?」

「まずはご検分ください」

 司令官は訝しみつつも船長とともにカッターに乗り込み、帆船へと向かった。司令官はひーこらひーこら言いながら輸送船に乗り込むと(彼は元々は役人だったので、小舟から大型船に乗り込むなんて初めての経験なのだ)、ハンカチを取り出して口に当てた。それを見た船長が慌ててそれを真似た。

――きっと最初に乗り込んだ時には忘れていたのだな……


「こちらです」

船長に案内されたのは食堂だった。

「な、何だこれは!?」

食堂には食べかけの料理が並べられ、椅子には服が妙な形に脱ぎ捨てられていた。椅子の下には靴があり、その中には靴下が入っていて、上着やズボンはボタンがかけられており、その中を見ると下着があった。当然ながら全て男物である。


 それはまるで、そこに座って食事をしていた人間が、人間だけが(◆◆◆◆◆)消えてしまったかのようだった。


「生存者は!?」

「…………」

船長は押し黙ったまま首を振った。

――いったい何が起こったというのだ……まさか、タイトン人どもの神が……? 馬鹿な! 神はこの世にただ一柱、ムスリカの神があるのみ! だが……この有り様はどう説明すれば良いのだ……?

「船倉はどうなっている?」

「ご案内します」


 船倉には食料が満載されていた。

――とはいえ、この食料を食べる気にはなれんな。

司令官は、この食料を食べた自分の体がゆっくりと消えていくのを想像して身震いした。

「食料だけだな」 

「いえ、こちらにも一人、いや、一着落ちていました」

そこには、倒れ伏す姿で水夫らしき者の服が上下一揃い落ちていた。そして、右手のあるべき場所に血文字らしき黒いシミがあった。


 ― NADE IN JAPAM ―


「なんだこの文字は……」

「分かりません、見たことのない文字です」

「タイトンや北アフルークの物ではないな。ゲルムのものだろうか……。しかし、何故ここに?」

「恐らくは今際(いまわ)(きわ)に書き残したものでしょう」

「この水夫はゲルム人だったのか? ……いや、君が知るわけがないな」

「閣下の司令部には船員名簿はございますか?」

「いや、うちのは全て民間の船だ。個々の船員までは管理していない」

「そうですか。しかし、それにしてもこの文字は……」

「ああ、実に不気味な文字だ……」

二人はこの船員を襲った悪夢を想像し、身を震わせた。


 司令が甲板に戻ると、自然と深く息が漏れた。船内にいる間、知らず知らず呼吸が浅くなっていたのだ。文字通り気が抜けた司令官は、及び腰にカッターに乗り込んだ。

「この件に関し箝口令を敷く。私は君らの上司ではないが、君たちの上官も同じ判断をするだろう」

「畏まりました。ところでこの船は如何(いかが)しますか?」

「……やむを得まい。沖に曳航して沈めてくれないか? 火を付けるのではなく、穴を開けてな」

「味方艦に見つからないように、ですね?」

「そうだ。ただし、勿論上官には報告をしろ。これが敵の仕業なら対策を立てねばならんからな。私は遠征軍総司令部に報告しておく」

「了解しました」

こうしてこの一件は内々に処理されてしまった。


 とはいえ、こういう話はどこからともなく漏れるものだ。折角到着した輸送船が、ガレー船に曳航されて港の外に出て行くのを大勢が見ていたのだから。そしてその中には、物資を受け取りに来ていた各艦隊の補給船の乗員たちも含まれていたのだ。そのため、補給の際にあちこちの船でこんな会話がなされる事となった。

「おい聞いたか、疫病の噂。アフルークの港はそれで封鎖されてるらしいぜ」

「封鎖を破った輸送船が途中で全滅したってやつだろ。仕事熱心は結構だが、返って迷惑だよな」

「いや、あれは疫病じゃなくて呪いらしいぞ。第一艦隊では水夫が次々に発狂しているんだと」

「第一っていえば、南か。ひょっとして漂流船を拾ったって言う奴らか?」

「あぁ、たぶんそうだろうな」

「あー、クワバラクワバラ。俺らのところには来ませんように」


 そしてこの噂を聞いた水夫が、夜中に怖い夢を見て「ギャーーーーー!」と叫ぶとこうなるのだ。

「おい聞いたか? 今度は第二艦隊でも――」


この話は後世、ドルク七不思議にも数えられる有名な怪談となった。どこの国の船乗りも、暇な時にすることは一緒のようである。

きっとこんな通信があったはず……

『不気味にするなら血文字なんかどうでしょうか? ドウゾ』

「それはいいな! でも何て書くのだ? ドウゾ」

『うーん、死、とか、呪、とかでしょうか? ドウゾ』

「イマイチだな。いっそ誰にも読めない文字の方が怖くないか? ドウゾ」

『そうかもしれませんが、そんな文字知りませんよ? ドウゾ』

「この遠くと話す箱{無線機}に書かれている文字を適当に書いておけ。ドウゾ」

「なるほど、了解です。ドウゾ」

でも、知らない文字なのでちょっと写し間違えてしまいましたとさ。

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