コレス
試験艦キャスパリーグはその姿を電子的に、視覚的に消したまま敵艦を追尾する位置から高度を上昇させた。艦の周囲は暴風雨が吹き荒れているけど、反重力エンジンはその影響を受けず、低気圧の上空に差し掛かると再び高度を落として敵の大型空母に音も無く近寄って行く。
俺は出撃前の一時、一人でコーヒーを飲もうと食堂へと足を運んだ。特殊部隊の隊長とか偉そうな事を言っても俺だって初陣の若造である。それが身一つで高高度から降下して異星人の空母に乗り込んで破壊しようというのだ。言い出しっぺとはいえ溜息の一つも吐きたいところ。部下達の手前でそんな事は出来ないからここへ来た。
ドリンクサーバーの《ホットコーヒー》の釦を押す。カップにサーバーの注ぎ口からブラックコーヒーがジョボジョボと注がれると、俺は僅かに湯気の上るカップを右手に持って口に運び、それほど熱くないコーヒーをズズズと一口啜った。
「ふぃ〜」
自然と溜息が溢れ、ホッとして落ち着く自分を感じた。よし、気分転換はこんなもんでいいだろう。
「流石の切り込み隊長さんも出撃前は緊張するものなのね」
「俺だって人の子だからね」
不意に声を掛けて来たのはキャスパリーグ副長の李月梅中尉だ。いつの間に食堂に来たのだろうか。どうも俺も作戦前の緊張で隙が出来ている様だ。
この娘は何でか初対面から俺には実に刺々しい。はて、俺ってば彼女に何かしたっけか?そんな憶えは無いのだけど。
俺はカップに残って温くなったコーヒーを一気に飲み干し出撃に臨まんと食堂を後に、出来なかった。再び李中尉から声を掛けられたからだ。
「御剣大尉、あなたは私を知らないでしょうけど、私はあなたの事を知っているわ」
「どこかで会ったっけか?」
「ええ。私は横須賀士官学校出で、あなたとはコレスですから」
「なるほどね」
李中尉の言った“コレス"とはcorrespondという英単語が語源で、その意味は"一致する"だ。
そもそも大日本帝国海軍で使われていた言葉で、かつて三校存在した海軍士官の養成学校であるところの「海軍兵学校」「海軍機関学校」「海軍主計学校」、その入校する年度が"一致する"期生同士でお互いをそう呼んでいたという。
それが自衛隊時代はわからないけど、憲法改正されて自衛隊から昇格?した国防軍でも使われるようになり、地球連邦軍でもしっかり踏襲されているのだった。
今、李中尉が言ったのは彼女が入学した地球連邦軍横須賀士官学校と俺が大学で履修した予備士官養成課程が期生として"一致“するから、俺が彼女のコレスだという事だ。
「あの時の意趣返しでもしようってか?」
「そんなんじゃないわ!」
語威強めに李中尉は俺の言葉を否定した。
あの時というのは、横須賀士官学校の士官候補生と一般大学の予備士官候補生とで行われた合同演習の事だったりする。
元々その演習は士官候補生が予備士官候補生に対して抱く差別意識を改善しようという趣旨で始められたと聞いている。のだけど、その内容が双方の候補生で編成された中隊同士の対抗戦と、同じく双方の候補生から選出された選手による徒手格闘試合。
そんな事させて仲良くさせるつもりあるんですか?と企画した奴の頭を腑分けしてみたくなる内容だ。
そして毎年行われるこの演習は予備士官候補生には士官候補生にたいする不信感を植え付け、士官候補生には予備士官候補生に対する差別意識を助長させる結果となって終わっている。
まあ、士官候補生にしてみれば、自分達は勉学頑張って士官学校に入学し、更には地球連邦軍の軍人として異星人の侵略から地球人類を守るため勉強に訓練にと頑張っているのだ。それに対して予備士官候補生はお気楽な大学生生活を送りながら奨学金や単位のために上辺だけの士官教育を受け、大学卒業して少尉に任官して2年の軍務が明ければ中尉に任官して娑婆に戻る、謂わば軍にとっての"半端者"或いは"お客さん"という認識だという。
彼等の気持ちもわからないでもない。娑婆で軍務が明けた"なんちゃって士官"が居酒屋なんかで酒飲んで酔っ払いながら得意気に吹く軍務でのかなり盛られた"武勇伝"なんかを正規士官が聞いた日にゃ「ふざけんじゃねえぞ」となるだろうしな。
流石にどうにかしないと、と偉い人達から毎年様々な改善案が出されるも劇的な効果は認められず。じゃあ止めてしまえば良いのでは?とは悲しきかな、お役所仕事故に前例踏襲でならず。結果として俺達の代でも合同演習は行われた訳だ。
でもねぇ、いざ戦争てなった場合、士官学校出の士官だけでは軍隊は回せないのだよ。
次々と就役する新造艦船に新設される部隊、更に戦死によって空く士官の穴埋め、と娑婆から招集される予備士官の需要は天井知らず。そして戦争が長引けばそれだけ軍隊における予備士官の割合は増えて正規士官より多くなるのだ。そこの所を理解して欲しいものなのだけどな。
そんな合同演習で中隊同士の対抗戦が行われた。俺達予備士官候補生中隊は丘の上に陣地を構築し、陣地の奪取占領を図る士官候補生中隊から守り抜がなければならなかった。
なんと俺が中隊長に選ばれてしまい、美濃部が第1小隊長。俺達予備士官候補生は演習での士官候補生達のあからさまに俺達を見下した態度に腹を立てていたから、俺は小隊長を集めて連中に一丁ぶちかましてやろうぜと持ちかけた。他の予備士官候補生達も士官候補生達の態度にムカっ腹を立てていたようで大いに賛同を得たものだ。
対抗戦は時間内に攻撃側が陣地を落とせば勝ち、逆に防衛側が陣地を守り通せば防衛側の勝ちとなる。そこで俺が率いる予備士官候補生中隊は丘の上に陣地を構築した後で更にその後方に主陣地を囲むような馬蹄形の予備陣地を構築した。そして戦力で勝る士官候補生中隊の攻勢に対して押し切られた体で連中を主陣地に誘導し、主陣地を包囲する形で構築した予備陣地から集中攻撃を加えて全滅させた。
勿論俺達予備士官候補生中隊の勝利判定。士官候補生達はこの結果が余程悔しかったようで、徒手格闘試合でリベンジをはかった。しかし、俺が自分も含めて予備士官候補生から体育会の武道や格闘技系部の現役選手を選んで臨んだため、試合は予備士官候補生側の全勝で終わる。
俺のコレス達はあの時の演習で俺を随分恨んでいるらしいと聞いた事がある。李中尉がコレスと言うのなら俺に対する刺々しい態度も頷けるし、あの時の恨み言の一つでも言おうというのなら聞いてやろうかとも思う。
「私はあの演習について別にあなたに思うところは無いのよ。あれはあなたが私達より優秀だっただけの事だから」
「それはそれとして、私は今でもこの作戦には反対よ。この艦は飽くまで試験艦なんだし、今はあなた達も実験部隊なんだから。後で誰に何を言われようとここは自重してこの艦と新型パワードスーツの試験結果を後の世に伝える、それが私達の任務でしょ?」
李中尉の言った事が正論だ。反論のしようが無い。まぁ、作戦は間も無く実施されて俺はこれから出撃しようとしているから何を言おうと今更だろう。
「だけど、とも思うの」
李中尉は続ける。
「何を、だ?」
李中尉は答えず、2歩3歩と俺に近付き俺を見上げた。密着とは言わないまでも間近で見る李中尉は美しく、彼女の甘い香りが俺の鼻孔をくすぐった。
「型破りな戦術で私達を翻弄したあなたなら何かやってくれるんじゃないかなって、ね」
そう言って悪戯っぽく微笑む李中尉。そんな彼女に俺はちょっとドキドキしたゃったのだった。ギャップ萌えって奴?




