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不死なる英雄  作者: 熊吉
4/11

不死なる少年 4

楽しんでいただければ幸いです。

 

  ゼロが生きるこの世界には、加護というものが存在する。この世界を管理する調和神が司り、世界のバランスを保つ〝調和の加護〟をはじめとし、無数にいる神々が人間に授けたものだ。


  例えば以前にも言った通り、由緒正しい王族にのみ〝王の加護〟と呼ばれるものが支配神より授けられ、さらに王たる者が正式に認められた聖騎士にそれを授けることによって聖騎士たちは一騎当千の力を得ることができる。


  この大陸の約6割を統治下に置くゼロの住まうエレメティア王国の中で最も人々に知られているのがその〝王の加護〟ではあるが、他にも無数に加護は存在する。例えば〝魔神〟の加護。この世全ての人間に個人差はあれ、魔力を与えている加護だ。


  これは名前からして魔王に力を与える〝邪神の加護〟とよく混同されるが、万人に平等に力を授ける魔神に対して悪しきものに邪な力を与える邪神、この二柱の神は太古の昔から激しく対立している。


  ほかにも戦神の授ける〝戦士の加護〟、さらに細かく行けば剣神の授ける〝剣の加護〟、聖神の授ける〝聖者の加護〟。数え上げればきりがなく、長い歴史を持つエレメティア王国の書物にも全ては載り切ってはいない。


  そんな加護だが、当然のごとく神々の中にも序列や優劣という者があり、その中でも支配神の授ける〝王の加護〟は創造神の授ける〝勇者の加護〟に匹敵する強力な力を持っている。


  全ての身体能力が数百倍にはね上げられ、魔力は無尽蔵に等しい量へと変わる。もとより聖騎士団にはリリアが団長をしていることもあり、純粋な愛国心と王家への忠誠心のもと鍛え抜かれ、選ばれたものしか所属できないこともあり、無敵の強さ誇っていた。


  また、統率するリリアが豪放磊落と聡明さを併せ持った人物であり、ゼロを引き取ったことからもブレイブ家の人間に共通する人情家、そして彼女は修練の鬼であるため、騎士団員たちは一人とて奢った心を持つことはない。それがその強さの秘密でもあった。


  さて。そんな騎士団を先導する騎士団長には代々、とある称号がつきまとう。それは一人も漏らすことなく、全員が民衆に呼ばれた言葉だ。






 すなわち……〝最強〟。






  聖騎士団団長を務めるものは、どんな人間よりも強くあらねばならない。あらゆる闇を切り開く勇者よりも、王を守る近衛隊よりも、魔導を極めし賢者よりも。


  そんなエレメティア王国の聖騎士団の騎士団団長であるリリアを、あの日ゼロは自分の手で守りたいと思った。それは最初は漠然な願いであったが、すこしずつ変化していく。


  最初はただ、今の自分を作ってくれたリリアの笑顔を絶やしたくないというものだった。今の〝ゼロ・ブレイブ〟という自分が生まるきっかけを作ってくれたのはリリアだから。


  だからゼロは、そんな彼女の陽気な笑顔をずっと見ていたかった。でも自分にはそれを実現できる具体的な手段はない。だから強くなりたかった。初めの頃はただ、それだけの純粋なものだった。


  そこでゼロは、長年ブレイブ家に支えている老執事……名をダンテ=シンという、かつて〝剣人〟と呼ばれた人物に剣を教わることにした。〝剣の加護〟の上位、〝剣神の加護〟を持つ国随一の剣の使い手だ。


  そういうわけで物理的に強くなることを最も単純かつ簡易な方法だと判断したゼロは地面に頭を擦り付け、彼に教えを請うた。いわゆる土下座であったが、彼には初めて生き返ったあの日から自尊心など存在していなかったので簡単だった。


  更に、なぜ強くなりたいのかとダンテに問われた時もゼロはリリアを守るためと正直に答えた。ニンゲンの醜いところだけを見て生きてきたのにゼロはことリリアのことになるとどこまでも純粋になれたのだ。


  まさか聖騎士団長を守るなどと前代未聞のことを言うゼロに最初ダンテは驚いたものの、しかしその信念のこもった瞳に快く自らの剣を教えることにした。


  そうして、不死身の体を持っていることや痛覚が死んでいることもあって疲れや怪我など知らないゼロは、ほんの一年と少しでダンテをして目を見張るほどの腕前を身につけた。


  ゼロはほんの少しの達成感を覚えた。これで、リリアの後ろを歩くことくらいは許されるかと。けれど救いを望んだ少年の渇望はそれで止まらず、さらなる強さを求めた。



 もっと強く、強く、強く。



 いつか、あの金色の光に追いつけるように。



 この剣は、ただ一人のためだけに。



  ……けれどそれは、ゼロ・ブレイブとなってから三年という月日が流れた今、少し意味合いの違うものへと変化している。


  ゼロはリリアのあの笑顔を自分に向けられた時、とても嬉しく感じるのだ。だからもっとリリアの笑顔が見たかった。ならどうすればいいか。ずっと、リリアと一緒にいれるような立場に自分がなればいい。


  だからまずは使用人として、ゼロはできる限り上を目指してみることにした。より一層家事を完璧にこなせるよう細心の注意を払い、生来の異常に発達し賢くなった頭で便利な方法や、時には新たな道具を作り出したりもした。


  全ては掃き溜めの鶴……自分の故郷である〝東和国(とわこく)〟…にある言葉だが……どころか掃き溜めのゴミクズであった自分を救ってくれた、リリアのために。


  そうして努力し続けた結果……ゼロは、18歳という若い歳にして、リリアの専属執事となる権利を勝ち取ることに成功した。


「ゼロ、ここ数年のお前の働きは眼を見張るものがある。だから今日から、お前をリリアの専属執事にする。あの子を支えてやってくれ」


  レオン大公にそれを言い渡された時、ゼロは生まれて初めて〝不死身の怪物〟である名無しの自分とは違う、〝ゼロ・ブレイブ〟としての自分を本当の意味で手に入れたようでとても嬉しかったのを今でも覚えている。といっても、ほんの一年前だが。


  しかし、ここで舞い上がるほどゼロは楽な生き方をしてきていない。むしろより一層真面目に、勤勉に働くようになった。勿論、それも全部リリアのあの笑顔を見るために。



 〝ありがとう、ゼロ〟



  そのいっそ真っ白なまでの純粋な願いが届いたのだろうか……執事となってから心なしか、リリアはそれより前よりもよくゼロに笑いかけるようになった。


  ゼロはそれが何よりも嬉しかった。彼女に感謝をの言葉とともにその笑顔を向けられるたび、何百回潰れて止まって、治ってを繰り返したのかわからない心臓が締め付けられた。


  あと一つ、執事になってから知ったことがある。それは思ったよりもリリアが完璧でなかったこと。


  リリアはやるべきことはしっかりとやる性質であるが、割と抜けているところがあるし甘えるような仕草もある。公私で完全に意識が切り替えられているようなのだ。


  具体的に言うと、ほんの時々寝ぼけて下着がはだけていたり、満腹で少し眠くなるとゼロにお姫様抱っこで部屋まで連れて行かせたりと。


  まあ、どこか子供っぽいその言動が自分に心を許している気がして、ゼロはむしろ嬉しかったのだが。


  しかし逆に、どこまでも実直が故にゼロはまだ、リリアがゼロにだけ抜けたところを見せていることに気がついていない。




  そして、今日もリリアはゼロに対してだけは……


「……できたよ、リリア姉」

「ん、ありがとゼロ」

「…毎日俺に着けさせる必要があるのか?」

「あるよ♪だってこれは……ゼロが初めて私にくれたものだからね」

「……そっか」

「うん、そうだよ♪」


  そう言って、まるで弟にじゃれつく姉のようにゼロに髪飾りをつけさせたリリアはゼロに抱きつく。


  ひときわ強い加護が宿った体をゼロの体が壊れるくらいとても強く……まあ、壊れても治るのだが……押し付けて抱きしめてくるリリアに、ゼロは戸惑いながらもリリアの自室にいて誰も見ていないのをいいことに、ぎこちなくその腕をリリアの思ったより小さい背中に回す。


(……なんか…あったかい気が、する。なんだろうこれ、嬉しいのもあるけど……どんな感情なのか、わからない…)


  その歓喜ではない感情をなんと呼ぶのか、ゼロはまだ知らない。


 

 ●◯●



 〝近くの山林に魔王軍の幹部が潜伏している。注意されたし〟


  最近、街のいたるところに騎士団が貼っていくようになったこのような注意書きをつらつらと書いた紙を、ゼロは無感情に見つめた。


  自分が無意味な生を続けるにあたって必要以上に情報を得ることをしているゼロは、目についたものにはとりあえず目をつけることにしていた。今回もその癖が働いていた。


  一見ぼーっと商業街のポスターを見つめるゼロを、チラチラと道行く人々……特に若い女性……が横目に見ていた。それは三年前までの侮蔑と嘲笑の視線ではなく、どこか好色の目である。


  この三年で随分とゼロは変わった。身長は178センチまで伸びて、使用人時代と違い後ろの長い真っ黒な執事服を着込んでいる。手足はすらりと長く、幼さの抜けた顔は鋭い目も相まってかなり美形だった。縁には質素ながらも見事な金色の装飾がされ、手につける白手袋にはブレイブ家の紋章が刻まれている。


  長年ほったらかしだったので自然と長いほうが慣れてしまったため、肩下まで垂れる髪は艶やかになり、左側頭部は十字架に金色のラインの入った髪留めで髪を留めている。


  これはリリアの贈り物だ。ゼロの誕生日……あのリリアにブレイブ家に導かれた日、つまりゼロ・ブレイブが生まれた日に、彼女がくれたゼロの一生の宝物である。


  しばらくぼーっとポスターを見つめていたものの、無意識に髪止めを触っていたのをやめると、こちらに走ってくる小さな人影に目を移す。


「お、お待たせしましたぁ、ゼロ様」


  息を切らしながらもそう言った小柄な体格のメイド。その両手の中にはいっぱいの紙袋を抱えている。


  ティティアナ。それが彼女の名前だ。半年前にブレイブ邸に入った新人のメイドで、使用人の中でも一番仕事の早いゼロが面倒を見ることになっていた。


  気弱でややドジなところがあるもののティティアナは仕事の飲み込みが早く、こうしてブレイブ家の〝人間〟以外は滅多に〝ニンゲン〟を信じないゼロが珍しく気に入って自分の右腕としている少女だ。


  また、彼女とは偶然にも数少ない心優しいニンゲンが雇ってくれた時に下働きで一緒に働いていたことが名無し時代にあり、それもあってかなり意思疎通ができる。


 閑話休題。


  ゼロは彼女が息を整えるまで髪止めをまた触りながらゆっくり待つと、ゆっくりと頷いて踵を返す。


「……ん、問題ないです。さあ、行きましょうか」

「あっ、待ってくださいよぅ」


  小柄な体を必死に動かしてついてくるティティアナに合わせてゼロはゆっくりと歩く。その足が向かう先はブレイブ邸……ではなくスラム街だ。


  王家は四つの貴族家……ブレイブ家をはじめとする四家がそれぞれの地区の治安を維持してはいるものの、しかし格差社会はあるもので。普通の生活を送れない子供というのはごまんといる。


  不幸を体現したような人生を送ってきたゼロはそれをよく知っており、またその中でもさらに最底辺で這いずって生きていたためスラム街には精通していた。


  そこかしこからジロジロという不躾な視線を受け流しながら、明らかに弱そうなティティアナをはぐれたり襲われたりしないようにぴったりと背後につかせる。


  こうしてゼロとともにスラム街にくるのは何度目にもなるので、ティティアナはビクビクとしながらもしっかりと周りに警戒の目を向けながらついてくる。


  やがて、一つのボロボロの小屋の前にたどり着く。これでも一応孤児院だ。かなり貧相なものだが、ゴミ溜めが寝床だったゼロからすれば暖かい寝床がある時点で裕福な方である。


  コンコン、と朽ちかけている扉を開くと扉に添えつけられた木札がスライドし、中から鋭い眼光がのぞく。が、ゼロだと分かるとすぐに目もとを和らげ、何重にも塞がれていた扉を開けた。


  そうして現れたのは、すすけていながらも穴の空いていない質素な修道服を着た20代後半くらいのシスターだった。シスターはゼロに嬉しそうに近づく。


「ゼロさん!」

「……ん、元気そうで何よりですイリナさん。みんな居ますか?」

「はい!今回は子供たちと遊んでくれるんですか? それとも……」

「…食料を持ってきました」


  ゼロの言葉にパァァッ!と表情を輝かせるシスター改めイリナ。それにへにゃりと笑うティティアナからゼロは紙袋を受け取り、扉の奥からチラチラ頭をのぞかせる幼子達に手招きをした。


  紙袋を見た幼子達は小屋から飛び出してきて、ゼロに群がる。それに相変わらずぎこちないながらもゼロは応えて、イリナに食料入りの紙袋を預けた。


  この食料は、全てゼロの給金から賄っているものだ。数年間も努力したのが功を奏し、最初の頃に比べてかなりの量をもらえるようになった。


  だが、平民から考えても充分以上に安定した暮らしをできるようになってなお、魂の髄まで染み付いた性分というのはなかなか変わることはないらしい。


  ダンテから貰った、今も腰に下げている少し古ぼけた……しかし昔ダンテが愛用していた名剣を手入れする道具、あるいは3度ほど買っているリリアへの誕生日の贈り物以外、ゼロは一切のものに興味を示さない。


  そのため、大部分が残る一方だったのだが……この孤児達を見つけてその荒んだ目を見た時、数年前の自分を思い出した。


  それから、ゼロは給金をほとんどこの孤児達の食料やちょっとした服を買うのにつぎ込んでいた。今日もまた、定期的な食料配達まがいのことをしに来たのだ。


「ゼロさん、ありがとう!」

「やっぱりブレイブ家の人って優しいね!」

「違えよ、ゼロさんが優しいんだよ!」

「当たり前だろ!」


  ちなみに、ゼロは食料をゼロから状況を伝えられたブレイブ家が支援しているということになっている。


  礼を言いながら喜びあう孤児達を見て微笑んでいたティティアナは、ふと隣にピシッと背筋を正して突っ立っているゼロを見る。そして思わず少し目を見開いた。


  ゼロは、笑っていたのだ。それも彼女の知る昔の偽物でどこか乾いたものではなく、とても優しいもの。どうやら、ゼロは礼を言われたのが嬉しかったらしい。


「……どうしました?」

「あっ、いえ、なんでもないです!……ふふっ」


  そうか、と言ってこちらに向けていた視線を孤児達に戻すゼロを見て、ティティアナは密かに笑うのだった。



 ●◯●



「よかったですねぇ、喜んでくれて」

「……そうですね」

「でも、いいんですかぁ?ゼロ様のお金から全部出てるのに……」

「…わざわざ恩に着せる必要もありませんしね。それなら、リリアね……お嬢様やご主人様のやったことにした方が後々いいんですよ」


(………本当は気づかれてることは、言わない方がいいんですよねぇ。相変わらず自分のことには無関心なんだから)


  思わずため息をつくティティアナを疑問に思いながらも今度こそブレイブ邸に向かって歩みを進めていたところで……不意にどこからか騒がしい喧騒が聞こえてきた。


  立ち止まるゼロ。どうやら聞こえなかったようで不思議そうにこちらを見るティティアナに大丈夫だと手で制し、ゼロは体内にある魔力を耳に集中させていく。


  すると、先ほどどこからともなく聞こえてきた喧騒が、悲鳴であることに気がついた。もう少し意識を集中させてみると、魔王軍という単語や、騎士団を呼べという言葉が聞こえてくる。


「……急用ができました。ここで待っていてください」

「えっ、ちょ、ちょっと……って、もういないですぅ…」


  少し顔を強張らせたゼロはティティアナにここで待っているように言い、両足に魔力を込めて一瞬でその場から走り去っていった。困惑してその場で立ち尽くすティティアナ。


  常人の数十倍の速度でしばらく走り続けると、やがて悲鳴が大きくなってくる。そしてついに、一般人に襲いかかろうとしている小さな黒い獣を見つけた。デスウルフだ。


 スパンッ!


「……えっ?」


  一瞬で抜刀し、モンスターを切り捨てる。死を覚悟していた男は呆然と剣を納刀するゼロを見上げた。ゼロは「逃げろ」と端的に言い、さらに悲鳴の中心地に向かっていった。


  道中襲われている王国民をモンスター達を辻斬りして助けながら回っていると、ひときわ大きな悲鳴が聞こえてきた。急いでそちらに向かう。


  すると小さな広場のような場所にたどり着いた。そこでそのモンスターに吹き飛ばされたのか口から血を流して泣き叫び、夫と思われる平民の男に体を抑えられている女性と、体長三メートルもの大きな熊型のモンスターの前でへたり込んでいる幼い少女を見つけた。


  どうやらそのモンスターはかなり加虐的な性格をしている個体ならしく、幼女のすぐそばに度々腕を振り下ろしたり顔を近づけて咆哮したりと、失禁している幼女を嘲笑うようにぐるぐると喉を鳴らしている。


  だが、それもそろそろ飽きたのかつまらなさそうに鳴き、幼女へ無慈悲に爪を振り下ろした。その瞬間、両親と思われる先ほどの若い男女の顔が絶望に染まる。




 ガァンッ!!!




「「「……え?」」」

「ぐっ……」


  幼女が切り裂かれるかというその瞬間、地面が陥没するほど強い力で前進したゼロは腕と幼女の間に割り込み、剣を両手で持ってその巨腕を受け止めていた。


  だがさしものダンテに一目置かれるほどのゼロといえど魔王軍幹部によって強化されたモンスターの力は耐えかねたのか、地面に片膝をついてしまう。


「ぐ、が……」

「お、おにーちゃん……」

「はやく……逃げろ……!」


  そういうやいなや、ゼロは幼女の肩をポンと押す。巨腕の陰から出た幼女はブンブンと首を縦に振り、慌てて両親の方へと駆け寄った。そして母親の胸へと飛び込む。


  それにほんの少し笑うゼロ……だがしかし、片手を離したことにより支える腕が一本になり、さらに押し込まれる。


  いきなり現れ、一人の少女を救った男のピンチに周りに残っている人間達はハラハラと様子を見ていたが、突然ゼロが雄叫びをあげながらモンスターの掌を真っ二つにして出てきたのを見て驚いた。


「グォオォオオッ!?」

「ハァッ!」

「グガッ!?」


  まさか自分の手を両断されるとは思っていなかったのか、噴水のように血を吹き出す手を抑えてよろめくモンスターの足めがけてゼロは剣を振るう。


  ゼロの斬撃はモンスターの足の腱を半ばまで断ち切り、モンスターはバランスを崩して転倒した。その時の衝撃が地面を激しく揺らす。


  少し乱れた息を整えて、ゼロは幼女のほうへ振り返る。すると返り血で執事服を赤く染めたゼロに一瞬怯えた顔をするも、しかし助けられたとわかっているのか笑顔を向けた。



 ーーザンッ!



「……えっ?」

「は……?」


  不意に、ゼロは体に衝撃が走ったのがわかった。そして不思議に思い、なぜか重さのなくなった左肩を見る。そこには、二の腕からなくなり、まるでナイフのように鋭い爪が生えた左腕があった。


  後ろからモンスターの嘲笑うような鳴き声が至近距離で聞こえてきた。そこで見計らったかのようにモンスターの爪によって切り飛ばされた腕が地面に落ち、鮮血が吹き出す。


  どうやら後ろからの急襲で腕を切りとばされたらしい。リリアのためだけに磨いてきた剣なだけに他人のために振るったことがなく、ゼロらしからぬ隙を見せてしまったらしい。


  呆然とする幼女、手で口元を覆う母親と必死に幼女の目を隠そうとする父親。悲鳴をあげる野次馬。それらをゼロは……やはり、どこか無関心に見ていた。


  そこでようやく、モンスターは違和感に気がついた。これまで彼女が殺してきた人間は大なり小なり悲鳴をあげて泣き叫んだのだが、しかし今自分が爪を突き立てている人間は声もあげない。


  しかしマインドコントロールを施され、人間を殺せという命令に縛られているモンスターはすぐにその違和感を忘れ、今度こそ殺すためにようやく魔力による修復の終わったもう一方の腕を振るった。



 ドッ!



「ガァァアッ!?」


  突如モンスターの顔に激痛が走る。横頬から剣を突き立てられ、貫通したのだ。自分の顔にある異物を取り除こうと、振るいかけていた腕を使って暴れる。


  モンスターが錯乱しているうちに、モンスターに剣を突き立てたゼロは幼女に頷きモンスターの爪が刺さったままであるのに強引に体を反転させた。


  ぶちぶちとグロテスクな音を立てて残った肩も引きちぎれるが、痛覚のないゼロにそれは全く無意味だった。そして無表情のままゼロはモンスターに振り返る。


  モンスターは冷徹な、こちらのこともなんとも思っていないようなゼロの瞳にマインドコントロールをされていてなお本能的な恐怖心を感じた。そんなモンスターに一歩、ゼロが前進する。


  怯えた声を出して後ずさるモンスターと、踏み込むゼロ。5回ほどそのやりとりを繰り返したところで、ゼロが残っていた右腕を引き絞った。そしてありったけの魔力をそこに込める。


「ーー死ね」


 ドゴォッ!!!


  ゼロの拳がモンスターの顔にめり込み、そのまま貫通すると頭蓋の中にあった魔石……モンスターの魔力源を握りつぶす。


  すると断末魔の声を上げることすらできずに、モンスターはビクンッと一度震えると脱力して地に伏した。モンスターをモンスターたらしめる魔力の供給源を絶たれ、絶命したのだ。


  ゼロはモンスターの頭から手を引き抜き、手首の調子を確かめる。まあ、どうせ放っておけば治る。そう思いモンスターの頬から剣を引き抜くと血振りし、納刀した。



 パチ、パチパチ



  不意に、後ろから小さな音が聞こえてきた。一体何かと振り返るゼロ。すると、ゼロとモンスターの攻防を見ていた人間の一人が拍手していたのだ。ゼロは目を見開く。


  その男を皮切りに、少しずつ人々は家族を救った英雄を讃えるように拍手をし、やがてゼロに万雷の拍手を送った。生まれて初めてここまで人に褒められたゼロはどうすればいいのかわからずに珍しくオロオロとした。


「……ん?」


  どうすればいいのか迷っていると、不意にモンスターの亡骸から微弱な魔力の波動を感じた。それはモンスターの下腹部から発生している。


  こんな大衆の前でいきなり腕が生えてはおかしいので、ここ数年で操作が可能になった体の細胞の再生を留めながら亡骸に歩み寄る。そして魔力を纏った手で腹をかっさばき、魔力を発する何かを取り出した。


  それは、小さなモンスターだった。まだ毛も生えていない、本当に小さな熊のモンスター。どうやらこのモンスター、孕んでいたらしい。こんな個体に人を襲わせるなど、魔王軍の下劣さがよくわかる。


  だがモンスターの子供の魔力はもともと弱いものであるのに、どんどん弱くなっていく。おそらく母体からの栄養の供給が断たれたためだろう。あと数分もしないうちに死ぬ。




 ーーいいかゼロ。たとえそいつがどんなに救いようのないやつでもな。そいつの子供にまで罪はない。だから、絶対に見捨てちゃいけないぞ。




  ……不意に、脳裏にもはやはるか忘却の彼方であると思っていた父との数少ない思い出が浮かび上がった。


(……親に罪はあれども、子に罪はない、か。なら生きているだけで罪であった俺はどうなるんだか)


  そんな自嘲気味なことを考えながらも、ゼロの顔は嗤ってはいなかった。表情は真剣そのものであり、今しがた決意したことを決行するために魔力を練り上げる。


  そっと地面にモンスターの子を寝かせると、血まみれの白手袋に灯った真っ黒い魔力の波動を浴びせかけた。そうするとどんどん子モンスターの小さな体に魔力が吹き込まれていく。


  やがてゼロの魔力が枯渇した頃、パッチリと子モンスターは目を開けた。そして覚束ない動きで立ち上がって……しかしすぐにこけてしまう。それを魔力枯渇でめまいがしているゼロはジッと見つめた。


  何度も立ち上がろうとして転ぶ、ということを繰り返した子モンスターだが……ようやく四本の足を使い、しっかりと立ち上がった。そしてゼロの手のひらよりも小さい頭を上げてゼロを見て……鳴き声をあげながらすり寄ってくる。


  どうやら、刷り込みのようなことが起きたらしい。ゼロのことを親と認識しているようだ。自分に頭を擦り付ける子モンスターにしばらくゼロは固まっていたものの……やがて、そっと手を差し出す。


「ゼロッ!!大丈夫……って」


  そこにようやく、リリアが聖騎士たちを引き連れてやってきた。どこからともなく魔物たちが街に入り込んで暴れ出したという情報を受け、急ぎ出張ってきたのだ。


  駆けつける道中一太刀で斬り伏せられているモンスター達を見て首を傾げながらも、それでもリリアは走り続けた。


  そしてたどり着いてみれば……そこには予想外の光景が広がっていた。ゼロがじゃれつく子モンスターに不器用でぎこちないながらも、その頭を優しく撫でていたのだ。


  近くにモンスターの死骸が転がっているし、全身血まみれな上に片腕がないので若干恐ろしいが……それでも、ゼロのどこか優しい笑顔ははっきりとリリアの眼に映る。



 ーードクン。



「あ……あれ?」


(なんだろう、これ? なんか、ゼロを見てると胸が締め付けられて……なんか、切ないよ……)




  ……そうして。かつて名無しの少年だったものは英雄の第一歩を踏み出す。


  そして、最強と謳われた少女は、その胸に淡く甘い感情を抱くのだった。

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