不死なる少年 3
楽しんでいただければ幸いです。
早いですが、フラグが立ちます。
名無しの怪物であった少年がゼロ・ブレイブという名を与えられ、ブレイブ家の使用人……という建前で引き取られてから早くも数ヶ月が経過した。
だがここでブレイブ家の一同……レオン大公を始めとしたあの場にいた三人にとって一つ誤算があった。というのも、ゼロは体裁とは言われたものの、あの時の言葉を自分を安心させるためだけに用意された言葉だと思っていたのだ。
つまり、家に置いてやるからその分働けと言外に言われたと思っていたのである。
もちろんブレイブ家の面々にはそんな心算はない。ただ純粋に引き取っただけなのである。周囲の貴族たちからもその懐の深さは感服されるほど、彼らは情に厚い。
むしろゼロの話を聞き、ブレイブ家の人間達はこれまでのことを忘れるほどいろいろなことをしてあげようと思っていたのだ。
確かに、不死という特異すぎる特徴を持つゼロのことを手元に置いておきたいという打算もないわけではないが、それがこの家の総意だ。
だが長年死と絶望しかなかったゼロの偏った思考ではそれは想像できなかった。また、自分を始めて拾ってくれた恩人たちに何か恩返ししたいという心情も後押しをしたのかもしれない。
そのため、少年は引き取られた次の日から朝早く起き、たまたま起きていた使用人に頼んでそれ用の服を自分に合うサイズのものを貸してもらい、働き始めた。朝6時のことであった。
もちろん、初めに起床してきたリリアは廊下でモップや雑巾など一式の道具を持って掃除をしているゼロを見て仰天した。
「え、えっと、何やってるのかな?」
「……? 何って、掃除をしていますが」
「…もっと寝てても良かったんだよ?」
「でも、働かなかったら追い出されるんじゃ…」
「……あちゃー。そう捉えちゃったかー」
「?」
首をかしげるゼロと、苦笑いをするリリア。曲者揃いの騎士団を率いるだけあってかなりの賢さを持つリリアは彼の思っていることにすぐに行き着いたのだ。
全く意味がわからなそうなゼロに、リリアは改めて詳しく言葉の意味を説明する。するとゼロはまた泣いてしまった。これにはさすがのリリアも苦笑してしまう。
しかし結局ゼロは屋敷の中で仕事をすることをやめなかった。リリアはやんわりとやらなくてもいいと言ったのだが、なおさら恩返しがしたいとゼロは意気込んでしまったのだ。
レオンはそれを笑って、自分の好きなようにさせてやればいいと許可。その結果、周りの使用人やメイドにやることを教わりながらゼロは屋敷の中で様々なことをやり始めた。
ついでに言うと、その時自分にいろいろなことを教えてくれる気のいい彼らにゼロがまた泣いたのは内緒である。
幸い、悪質な貴族のところでゴミも同然の扱いながらも下働きをしていた経験があったので、炊事洗濯掃除全て難なくこなせるようになった。まあ、最後にはその貴族のところは貴族のお気に入りのメイドのミスを押し付けられ、いつもの如く殺されて終わったが。
ともかく。そんなふうに暮らし始めて、数ヶ月が経過した。ただ、その間にリリアや他の面々はゼロの歪んだ部分を矯正してくれたのだが、一つだけなかなか治らないことがあった。
それは……
「…で? 何か申し開きはあるかなゼロ?」
「……ございません」
ニコニコと笑っていない笑顔で仁王立ちし、体から威圧的に魔力を発散させるリリアに床に正座しているゼロは端的に返した。
そんなゼロにリリアはため息をつき、隣に控えていたアインも苦笑をこぼす。
「もう……何度言ったらわかるかな?ちゃんとご飯を食べていいんだって」
「…はい」
そう。ゼロが唯一治らなかったところ。それは食事についてだ。
ほぼ毎日残飯を漁って食いつなぎ、あるいは働いていた場所で無理やりゴミに等しい物を口に突っ込まれて生きてきたゼロ。そのため、引き取られた日に食べた料理は衝撃的だった。
あの食事によって様々な感情や思いが溢れ出てきて、この数ヶ月でようやくまともに感情も働くようになってきた。だが逆にあまりにもインパクトが大きすぎて、また同じように何か料理を食べたら止め処がなくなってしまうと自覚していたのである。
それに、最近わかったことだがもともとこの体質のせいかかなりの量をゼロは食べる。だから拾われた自分が…と思い、残飯を漁りに行ってしまうのだ。もちろんその時は汚れても問題のない格好をしている。
そして昨晩も同じように残飯を漁りに行き……帰ってきたところで門の前で待ち構えていたリリアに捕まったのだった。
「うちは結構な人数が住み込みで働いてるから、かなりの量の食料を備蓄してあるの。私も体を動かすから結構食べるしね。だから遠慮なんてしなくていいんだよ?」
「…わかった。なら、以後気をつける」
敬語を使っていた口調を元に戻したゼロに、しかめっ面をしていたリリアもようやく柔らかい表情に戻した。
ちなみに、リリアはこの数ヶ月の間に従業員含めブレイブ家の中にいるものにあまり気兼ねせず話せるように長年の底辺生活で染み付いたゼロの敬語を直させている。
「うん、気をつけてね」
「……ああ。じゃあ、仕事する。アインさん、何か仕事は?」
いつもの調子に戻ったゼロに、二人はまた苦笑してしまうのだった。
●◯●
とある日。
「……おろ?」
「? どうしたんですか団長」
リリアは定期的に設定されている休日だったので、騎士団員の中でも仲良くしている女騎士とともに王都の商業街を歩いていた。
彼女の隣には、肩口で切り揃えられた赤髪の金眼の女騎士が歩いている。彼女が件の女騎士であり、名前はフェイラ。王国聖騎士団副団長だ。
ちなみに、女性にして170センチ以上の高身長かつ団長を務めるほどには優秀であり、見目麗しいリリアの唯一の欠点が貧乳であることであり、フェイラとは同士であることから休日に一緒に遊びに行くくらいには仲が良い……これ以上は言うまい。
とまあ、それはともかく。いきなり立ち止まったことに不思議そうに問いかけるフェイラにリリアはあるところを指差す。
そこには……黒い長ズボンとブーツに白いシャツ、ネクタイ、ベスト、白手袋といった使用人の格好のゼロがいた。ゼロは片手に食材が入っていると思われる紙袋を抱え、とある露天の前に立っていた。
それはいわゆるアクセサリーと呼ばれるものが売っている店だった。その中でも宝石が散りばめられた精緻な彫刻の施された髪飾りのところを見ている。
屋敷の仕事ばかりでほとんどのものに興味を示さないゼロが、一体あんなところで何をしているのだろうか。
「ちょ、団長!何ですかあのイケメン使用人!」
そんな疑問を感じているリリアに、興奮した様子のフェイラがまくし立てる。はっと我に返ったリリアは、恋がしたい盛りの十代であるフェイラに苦笑した。
確かに彼女の言う通り、ゼロはなかなか見た目が整っている。前はガリガリだったがしっかりとした生活を送っているためにその体には程よく肉がつき、こけていた顔も健康的にふっくらとしている。
その結果、切れ長の瞳に薄い唇、適度に切り揃えられた黒髪にいくら川で洗うといっても毎日あの風呂場に叩き込まれて体を洗われるので状態が改善したため、白くすべすべとした肌。
体の方も身長は172センチほどであり、どんな怪我をしても元どおりに再生してしまうので歪むこともなく体は完璧なバランスだ。さらに使用人生活である程度たくましくなっているため、ピシッと伸びた背筋も相まってかなりかっこいいだろう。
だが、ゼロ本人は自分を人間とすら思っていなかったし、今もほとんどその認識は変わってはいない。そのため自分に嫌悪感しか感じなかったので、見た目など気にしたことは一度もなかったのでそんなこと知りもしない。
そんなゼロを見てきゃっきゃっとはしゃいでいるフェイラにリリアが苦笑していると、ゼロは何事かブツブツと店主と話し合い、なんと一つの髪飾りを買っていった。そしてそのままどこかへと歩いていく。
思わずあっと声を上げたが時すでに遅し、もともと遠目に見ていたため人混みに紛れたゼロを見失ってしまった。
リリアは仕方がないか、とため息をつき、同じくゼロを見失ってちぇーと言っているフェイラをからかうと休日を楽しむのを続行した。
●◯●
それから数時間後。過保護で父が門限にうるさいと愚痴るフェイラと別れたリリアは夕日に照らされてオレンジ色に輝く街並みを見て、自分もそろそろ帰るかと踵を返した。
聖騎士の、それも団長クラスともなれば女といえど舗装された道のりを歩くことなど造作もない。本来なら十数分かかる屋敷への道のりをほんの数分で移動した。
「……ん?」
やがて屋敷が目に見えるほどになってきたところで、ふと衛兵……リリアが幼少期の頃から支えている老兵二人……以外に、誰か門の中央で立っているのが見えた。
使用人の格好をしていることが遠目から見てもわかり、またどこかのバカな貴族からの求婚の申し出を持ってきた使用人かとリリアはため息をついて近づいていく。いざとなれば無視して屋敷に入ろうと思いながら。
だが、門の前で待っていたのは見も知らぬどこかの使用人ではなかった。むしろ毎日見ている使用人だったのだ。無表情に突っ立っているその姿は、逆に彼らしいと思える。
リリアは面倒ごとではなかったことに少し上機嫌になりながら使用人の前まで歩いて行き、そして使用人の顔の前まで自分の顔を持ってくると近距離でにこりと笑った。
「あれれー?どうしたのゼロ、そんなところに突っ立ってさ」
門の前で突っ立っていたのは、ゼロだった。リリアが笑いながらツンツンと鼻先をつつくと、ようやくゼロは言葉を発する。
「…お帰りなさいませ、リリア…様」
「もー違うでしょ?ほら、もう一回」
「……おかえり。リ、リリア」
「うん、それでよし♪」
リリアは少し背伸びをしてよしよしとゼロの頭を撫でる。それに少しくすぐったそうにしながらも、ゼロはなされるがままになっている。
初めて出会ったその日から、ゼロはリリアには基本なされるがままなのであった。
やがて満足したリリアが頭から手を離すと、ゼロはおもむろに長ズボンのポケットから何かを取り出した。
包み紙で簡単に包装されたそれを、ゼロは一瞬躊躇するもぐっと息を飲み込み、リリアに差し出した。首を傾げながらも、リリアはそれを受け取る。
リリアが「開けていい?」と問えば、ゼロは「…ん」とだけ答える。許可をもらったリリアは包みを開けた。するとそこには……日中、昼間くらいに商業街でゼロが買っていたあの髪飾りがある。
「……これは?」
「…リリアの金髪に似合うかなって、溜めてた給金使って買ってきた。その……お礼っていうか」
「お礼?」
鸚鵡返しに聞くリリアに、ゼロは一回深く深呼吸をした後、意を決したように語り出す。
「……リリア。あの日、俺の手を取ってくれてありがとう。優しく笑いかけてくれてありがとう。いろんなことを教えてくれてありがとう。他にも数え切れないくらい、リリアには感謝したい。リリアのおかげで、俺は救われた。だから……できれば、これからもよろしく」
そう言って……ゼロは、笑った。少しぎこちなく、でもどこか心のこもった笑顔を。
この時。人生で初めて、ゼロは笑った。
ゼロは十年以上にわたる地獄の生活のせいでいつの間にか偽物ではない本当の笑顔を忘れていた。
しかし、今この瞬間……普段の感謝をリリアに伝えたいと思ったら…自然と、ゼロは笑顔を浮かべていたのだった。
そしてそれを受けたリリアは……
「〜〜〜っ!ゼローーーッ!」
「……ッ!? ちょ、な、なんで抱きついて……!」
思い切りがばーっと抱きついた。先ほどの笑顔は何処へやら、目を見開いてテンパるゼロ。
リリアは今歓喜に包まれていた。この数ヶ月間、拾った責任を果たさんと言わんばかりにリリアは出来る限りゼロにずっとつきっきりでいろいろなことをしてきた。
その中でゼロは素直に感謝の言葉は述べるものの、一度だって目を合わせたことも、笑ったこともなかった。それをリリアは少し残念に感じていた。
しかし今この瞬間、リリアは贈り物をしてくれて、笑ったゼロに自分がゼロにやってきたことは無駄じゃなかったと知ってとても嬉しくなったのだ。
だがそれ以上に、ゼロが笑えるようになったことが何よりも嬉しかったのだった。
「ゼロゼロゼロゼロゼロ!私嬉しいよ!すっごく嬉しい!」
「わ、わかった!わかったから!いったん離れてくれ!」
「これ、一生の宝物にするね!」
「いいから離れろぉぉぉ!」
結局、ゼロが老兵二人の面白そうな視線とリリアの柔らかい体の感触から解放されたのはそれから数十分後のことだった。
更に、凄まじいはしゃぎようでレオンの部屋に突撃して一部始終話され、あまつさえレオンの目の前で髪飾りをつけて欲しいという無茶振りをされた。
盛大ににやけているレオンが見守る中、ゼロは少し赤くなりながらも、リリアに髪飾りをつける。
「……これでいいか?」
「えへへ、うん!改めてありがとう、ゼロ!」
そう言って、とびきりの笑顔をリリアは浮かべる。その笑顔にレオンも、途中から付き添っていたアインも……ゼロも思わず一瞬見惚れてしまう。
そして……
「守り、たい……」
「「「え?」」」
(俺を救ってくれたこの人を、この笑顔をいつか……いつか、俺が、守りたい……!)
……少年の思いは、英雄の魂は、誕生する。
読んでいただきありがとうございます。
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