表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/38

第一話 覚悟の旅 ※挿絵

 冬の足音が聞こえ始めた頃、卑弥呼の墓の築造現場で、埋め立て作業を見守る男鹿おがのもとに、張政ちょうせいが近付いて来た。


伊予国いよのくに月読つくよみ様から、出兵の要請が来た」


(とうとう……)


 月読が伊予国に渡り、同盟を結べたとの知らせは既に聞いていた。

 その日から、狗奴国くなこくとの決戦が近いことは覚悟していた。

 だが、いざその知らせを耳にすると、これまでに感じたことのない緊張感が、少年の全身を駆け巡った。


壹与いよ様には?」


「お伝えし、既に祈りに入られた」


「一旦神殿に戻ります」


 そばにいた役人に、工事の監督を命じると、男鹿は捲っていた袖を伸ばしながら、神殿に向かって早足で歩き始めた。





 男鹿が神殿へ戻ると、広場には既に、伊予国へ派遣される兵が集められていた。

 戦慣れした傭兵ようへいも中にはいるが、大半は兵役のために集められたもと農夫だ。

 皆不安気な表情を浮かべ、広場はざわめいていた。

 そんな男達を横目に、男鹿は壹与が祈りを捧げる祈祷の間へと急いだ。


 祭壇の前には、一身に祈りを捧げる壹与の姿があった。

 男鹿が声を掛けようとしたその瞬間、外の兵士達が騒ぎ始めた。


大王おおきみ、この戦の結果を占ってくだされ!」


「この戦に勝てるかどうか、神に聞いてください!」


 外から聞こえる男達の声に、壹与は、耳を塞ぎ、その場に突っ伏した。

 男鹿が背後から肩を抱えると、壹与は泣きながら少年の腕にすがった。


「男鹿、どうしたらいい?私には神の声は聞こえないのに」


 なおも、神託を迫る外の声に、壹与はとうとう泣き崩れた。

 男鹿には、兵達が占いにすがるのは、現実から目を背け、恐怖から逃げるために思えた。

 しかも彼らは、その結果の責任を、すべて巫女に負わそうとしている。


(これでは信仰でなく、依存だ)


 男鹿は、立ち上がり、戸口から部屋の外へ出ると、広場へと続く階段の最上段から、騒ぎ立てる男達を見下ろした。

 審神者さにわである男鹿の姿を目にした男達は、神託がくだったものだと思い、口を閉じ、一斉に耳をそばだてた。


「神は……」


 男鹿は言いかけて、ごくりと喉を鳴らした。

 たとえ偽りでも、勝利するという神託を伝え、彼らを安心させるべきかとも思った。

 しかし、命をかけて戦地に赴く彼らに、神託を偽る事は、誠意がないと思いなおした。


「神は、勝利は勝ち取れと言われている」


 男鹿の言葉に、兵達は不信感を抱き、再び広場はざわめいた。

 自分たちに結果を委ねるような物言いを、彼らは神に求めていないのだ。

 戦に勝てるという神託さえあれば、ただそれを信じて戦うこともできるが、自分たちで勝ち取れと言われると、無力な自分達は、赤子のようにうろたえ、ただ死を待つしかない。

 そんな神託を神が与えるはずがないと、男鹿の言葉を疑ったのだ。

 死への恐怖で正気を失いかけ、彼に罵声を浴びせる者もいた。


「狗奴国は、呉の渡来人が支配する国だ。そんな国に敗れれば、どうなると思う」


 男鹿は、騒ぎ続ける男達に構わず語りかけた。


「大陸では、強き者が弱き者を支配し、財産や命さえも搾取している。お前達の家族や仲間が、奴隷のごとく扱われ、虫けらのように命を奪われることになってもよいのか」


 男鹿の言葉に、男達は一瞬静かになったが、ひととき間を置くと、前にも増して騒ぎは大きくなった。

 倭国より遥かに技術が進んでいるとされる呉を相手に戦うなど、彼らにとっては自殺行為にも等しく思われたのだ。


「呉になど、我々がかなうはずがない!」


「そうだ!無駄死にになるだけだ!」


「神が勝つと言わない限り、奇跡は起こらぬ!」


 口々に男達は、男鹿を責めたてた。

 そんな中、祈祷の間から男鹿の後ろ姿を見つめながら、壹与は己を責め続けていた。


(私に神託さえ聞こえたら……)


 巫女として無力な自分に代わり、矢面に立ってくれている男鹿の姿に、涙が止まらなかった。

 そんな彼のためにも、何か自分にできることが残されていないか、壹与は心の中で、亡き母卑弥呼に繰り返し問いかけていた。


「あの卑弥呼様の墓を見よ。我々はこの手で山を造ろうとしているのだぞ」


 男鹿は、広場の向こうに小高く見える、築造半ばの卑弥呼の墓を指差した。


「以前であれば、人が山を造ることなど、考えられたか?しかし、まぎれもなく、あれは我々の手で形になりつつあるのだ。知恵と勇気があれば、奇跡はこの手で起こせる」


 少年の指差す方向に視線を動かした男達は、自分たちが造っている巨大な建造物を目にして、今更ながらに息を呑んだ。

 神が創造したとされる大地に、自分たちが作り出したものが、地形をも変えて存在していることに改めて気が付き、驚愕したのだ。


「この夏の日照りの時期も、水を引き込む水路を造ったことで、雨乞いせずとも田が潤ったであろう。神にすがる前に、我々の手でできることは、まだまだ沢山ある」


 もう、男鹿に声を荒げる者はなかった。

 彼らも、この二年足らずの間に、男鹿の指導のもと、彼らにとって最大の脅威である自然を相手に、成し遂げてきたものを思い起こし、自分たちの秘められた力を自覚し始めていた。


「神は救いを求めるものであり、責任を転嫁するものではない。我々には、自分たちの未来を、この手で勝ち取る力があるはずだ」


 熱く語りかける男鹿の言葉に、兵達の心は確かに少しずつ、変化しつつあった。




 ふいに、男鹿の背後から壹与が姿を現し、彼の一歩前に進み出た。

 突然現れた女王に、兵達の視線は集中し、広場は一瞬で静まり返った。

 神の血をひく巫女を前にして、兵達は誰からともなく跪き、頭を下げだした。


「お前達の魂は、私が預かる。たとえ敵地でその身が滅びたとしても、魂は私がここへ持ち帰り、祈りを捧げる」


 そう語る壹与の言葉に、兵達は一層深く頭を下げ、ひれ伏した。

 彼らにとっては、死よりも、魂が行き場を失くす事が何よりの恐怖なのだ。

 それを女王が救ってくれると聞き、彼らの表情から、不安の色が薄れていった。


「だから、この国と、お前達の大切な者達、そして未来のために、戦って欲しい」


 広場を埋め尽くす兵士達を前に、凛として立つ壹与の姿を、男鹿も跪き、眩しそうに目を細めて見上げていた。

 そんな男鹿に、壹与は広場に顔を向けたまま、小さな声でささやいた。


「男鹿、河内国王へ使いを送って。頼みがあると」


 何かを決意したような壹与の横顔を見つめながら、男鹿は頷き、深く頭を下げた。






 珍しく壹与から頼み事があるとの連絡を受け、河内国王は、日を置かず邪馬台国を訪れた。


「私は、伊予国へ赴き、兵達のため、祈りを捧げようと思います」


「なんですって?」


 娘の口から出た言葉に、父は思わず大きな声をあげた。


「自分は安全な場所で守られながら、兵に命をかけろとは言えませぬ」


 壹与は、毅然とした表情で、父の顔を見つめていた。


「危険すぎる……」


 父は、吐き捨てるように言って首を振った。

 確かに、女王が直々に赴けば、兵の士気は高まり、より勝機も見いだせるであろう。

 だがわずか数ヶ月前、多くの侍従達に守られた神殿にいながらも、危険な目にあったのだ。

 またいつ暗殺者に狙われるかわからない壹与が、敵陣の近くへ行くなど、危険この上ない。

 伊予国へ辿り着く前に、海上で襲われる恐れも十分にある。

 父として、とても賛成できる用件ではなかった。


「第一、あなたが邪馬台の地を離れれば、この国は誰が守るのです?あなたはこの国の女王なのですよ」


「それをお願いするため、父上に来ていただきました」


 壹与は、顔色を変えずに、淡々と父に語りかけた。

 自分の身を案じて口にする、父の言葉は有り難かったが、少女の心は既に決まっていた。


「私の留守中、この国を守っていただけませぬか。このような事、父上にしかお願いできませぬ」


 壹与はそう言って手をつき、父に深く頭を下げた。

 彼女は、自分が戦地へ赴く間、同盟国の頂点に立つ邪馬台国の政を任せるため、信頼できる父を呼び寄せたのだった。


「邪馬台国の王としてではなく、同盟国を束ねる国の巫女として、兵達のそばに寄り添いたいと思うのです。どうかお願いします」


 頭を下げたまま、強い口調でそう言う娘に、父は戸惑い、助けを求めるように、女王の後ろに控える少年に視線を向けた。

 だが、彼も少女に同調するように、ただ黙って頭を下げ続けていた。






「なぜ、反対しなかった。そなたが説得すれば、大王も思い直されたのではないのか」


 祈祷の間を後にする河内国王を、見送ろうと回廊に出た男鹿に、王は責めるような口調で問いかけた。

 男鹿はうつむいて、しばらく唇を噛み締めていたが、つぶやくように答えた。


「大王の決められた事に、私は意見できる立場にありませぬ」


 普通の恋人同士であれば、自分のために自重して欲しいとも言えるだろう。

 しかし、未来を約束できない彼には、彼女の希望を叶えてやることしか、選択肢は残されていなかった。

 やがて顔を上げた少年は、河内国王を、澄んだ目でまっすぐ見つめた。


「何があっても、命をかけてあの方をお護りします」


 そう言うと、男鹿は王に深く一礼し、壹与の待つ祈祷の間へと引き返して行った。





「純粋すぎるということは、恐ろしいですな」


 男鹿とのやり取りを聞いていた張政が、河内国王に背後から語りかけた。

 少年の後ろ姿を見送っていた王は、眉を寄せて異国の老人に向き直った。


「あの二人は、共に過ごせる未来がない事を知っています。未来への欲がないために、今に妥協することを知らぬのです」


 少年が去った空間に遠い目を向けながら、老人はせつな気な表情を浮かべた。

 河内国王は、しばらく言葉を失い、立ち尽くしていた。


壹与あのこは、卑弥呼あのかたと同じ目をしていた……」


 先ほどの悲しいほどに毅然とした壹与の姿を思い出し、王の瞳から、熱いものが流れ落ちた。


卑弥呼あのかたに何もできなかった分、私にできる事ならば力を尽くそう。しかし、壹与あのこには、一日も早く、普通の少女のように笑える日が訪れて欲しい……」


 口元を抑えて涙をこらえる河内国王を、張政も同じ気持ちで見つめていた。






 しばらくして、邪馬台国の兵が伊予国を目指し、旅立つ日がやってきた。

 その日、旅支度のすすみ具合を確認するために、男鹿は壹与の寝所を訪れた。


「壹与様、準備のほどはいかがですか?」


 男鹿が部屋の戸口から中を覗くと、そこには、小柄な少年の後ろ姿があった。

 彼の声に気が付いた少年は、恥ずかしそうにゆっくり振り向いた。


「……どう?」


 少年に見えたのは、男ものの衣装を身につけた壹与だった。


「昔の月読様にそっくりです」


 男鹿は、一瞬目を丸くしてその姿に驚き、次の瞬間、くすくすと笑った。

 髪を美豆良みずらに結い、丈の短い上着に身を包んだ壹与の姿は、卑弥呼を偽り始めた頃の、少年の日の月読を思い起こさせた。

 今回、壹与は邪馬台国から派遣される兵と共に、伊予国へ向かうことにした。

 女王が同行しているとなれば、本人だけでなく、周りの者達にも危険が及ぶ恐れがあるため、兵達にも内密に、少年兵に紛れて旅立つことにしたのだ。


「今日からあなたは、私の兄上ね」


 旅の間、男鹿が常にそばにいても不審がられぬよう、二人は兄弟を装うことにしていた。

 照れくさそうに頭を掻く男鹿の胸に、壹与は微笑んで身を寄せた。


挿絵(By みてみん)


「まだもう少し、女でいていい?」


 男鹿は愛し気に、彼女の体を両手で包み込んだ。

 優しい腕の中で、壹与は今回の旅が危険なものになると覚悟していた。

 だが同時に、愛する少年としばらく共に過ごせると思うと、少女の心をささやかな幸福感が満たしていた。





 旅の準備が整った壹与と男鹿は、出発の挨拶をするため、謁見の間を訪れた。

 そこには、大王の代理を務める河内国王の姿があった。

 男の衣装を身に着けて現れた娘に、父は、一瞬やりきれない表情を浮かべた。


「河内国の港には、邪馬台兵の船を用意させてあります。そこから、河内の兵も合流します。王子が私のかわりを務めていますので、不自由があれば、なんなりとお申し付けください」


「ありがとうございます」


 父の心遣いに、壹与は感謝の言葉を口にし、深く頭を下げた。


「では、行って参ります」


 微笑みを浮かべてそう言うと、壹与は立ち上がり、謁見の間を後にした。

 一礼して、彼女のあとに続こうと立ち上がった男鹿を、河内国王が呼び止めた。


「決して壹与あのこに、あのような姿のままで命を落とさせないでくれ」


 涙ぐみ懇願する王に、男鹿は、腰に挿した剣を両手で握りしめ、力強く頷いて見せた。





「壹与がここへ?」


 壹与が、兵と共に伊予国をめざし、旅に出たとの報告を受け、月読は思わず大きな声をあげ、目をむいて驚いた。


「……無茶なことを……」


 眉間に皺を寄せ、不安気に耳の後ろを掻く月読に、覇夜斗はやとは苦笑した。


「無茶をするのは、そなたの血筋か?」


 覇夜斗のいつもの軽口にも、月読は今回ばかりは応える余裕がなかった。


「男鹿がそばにいながら、なんてことを。……申し訳ありませぬ」


 牛利ぎゅうりは、月読に向かって頭を下げた。

 彼は父親がわりになって育ててきた男鹿が、壹与の危険な旅を阻止できなかったことに憤慨していた。

 誰よりも壹与を愛する男鹿なら、決して彼女を危険な目に遭わせる事はないと信じていた。

 その思いを、裏切られた気がしていたのだ。


「いや、男鹿には止められぬよ。それより、壹与の希望を重んじてくれたのであろう」


 月読は、男鹿の心中を察し、拳を震わせて怒りを抑えている牛利をなだめた。


「牛利、明石国と吉備国へ使いを送ってくれ。邪馬台の兵に合流しながら、こちらへ向かうようにと。大船団を組みながらすすめば、敵も簡単には手を出せまい」


「はっ!」


 牛利は、月読の指示を伝える使者を送るため、矢のような勢いで、その場から立ち去って行った。


「女王は、まだ十四、五の少女なのであろう?それでいて、危険を顧みず、巫女の役割を果たそうとするとは、たいしたものだな」


 覇夜斗はまだ見ぬ邪馬台国の女王に、どれほど神がかり的な人物かと思いを巡らせているようだった。


「いつも私の背を追い泣いている、か弱い少女だったよ」


 月読は、遠い日の壹与の姿を、瞼に思い浮かべていた。

 彼が邪馬台から旅立つあの日、気丈に振る舞ってはいたが、立っているのがやっとに見えた壹与。

 それが、ここまで成長するには、どんな日々を過ごしてきたのだろう。

 また、巫女として致命的な、神託が聞こえなくなるという現実と向き合うために、どれほど涙を流してきたのだろう。

 だが、そのどんな場面にも、そばにいてやれなかった自分に憤りを感じていた。


「この二年たらずの間に、大人になったのだろうな」


 そして、そこには常に、男鹿の存在が大きく影響してきたのであろう。

 すると、重なるはずのない二人の未来を、なんとかひとつにしてやりたいという思いが、月読の胸にあふれだした。

 だがいくら思いを巡らせても、今の彼には、それを叶えてやれる秘策は見つからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ