第84話 「見捨てた人物 見捨てなかった人物」
「今まで、謝れなくてゴメン。僕は君と別れた時、自分のことしか考えてなかった」
「お兄ちゃん」
彼女は一言だけ、僕のことを表現する代名詞を口にする。
大人となった少女は今、何を想っているのだろう。
想像する事すら嫌で、矢継ぎ早に今の自分の気持ちを口にする。
コックロの顔は見ないようにして。
「僕は認められたかったんだ。バカにされていたから。どんなに頑張っても、あの頃は報われなかった。ステータスが低いせいで、何をやってもダメだった僕は……」
「当然だよ。あんなことをされていれば、誰だってそうなる。お兄ちゃんは偉いよ。私なんかより、ずっと強いよ」
僕の頭は抱きかかえて、慰められる。
彼女は今だって、自分より年下で。
年月を重ねて姿形は変わっても、あの時と同じ構図であることを自覚すれば惨めになる。
あの時は若かったからだなんて、絶対に認められない。
認めたら最後の意地がすべて吹き飛んで、冴えないどころか完全にダメなオッサンになるだけだと理解できていた。
「でも気が付かなかった。本当に大切な人に認められるだけでよかったんだ。」
「私だって悪かった。あんな思いを十代の子どもが受け続けていたんだから、気づけなくてゴメン」
「違う。僕の半分くらいの年の子に、そんなことは期待しちゃいけない。いけないんだ」
誰かに負担を押し付けるだなんて、絶対にダメなんだ。
それを許せば何処までも落ちてゆくだけ。
彼女はそれでも許してくれるのかもしれない。
でも仲間たちに顔向けできない有様になることだけは、何が何でも避けたかった。
見捨てられる事だけがいやだったから、寸前と踏みとどまれたのかもしれない。
「いやだったんだ。君たちまで僕をバカにするんじゃないかって。だから自分から離れてしまったんだ」
「うん。わかってるよ」
僕の頭を抱きしめながらの、涙声が上から聞こえる。
この情けなさすぎるマノワールという男も、顔を合わせたくなかった。
オッサンの子どものように情けない泣き顔なんて、見られたくなかった。
今も癒えない記憶の中の打ちのめされた若き自分。
この時の心の傷は、大小様々なものがあったけれど。
何よりも自分が自分で傷つけたモノだった。
「認めてくれていたんだ。二人は。コックロとアクレイだけは僕のことを。二人が僕を見捨てて追放したんじゃない。二人はずっと僕に優しくしてくれていて、ありのままの僕を受け入れてくれていたんだ」
大人になってすぐ、自覚した。
憎しみや目が曇って、自ら生み出した怨念に囚われていたんだ。
何もかも失ってから、ようやく気が付いた。
僕はやっぱりバカなオッサンなんだろう。
「最初に僕を追放したのは、僕だったんだ―――――――」
あんな親でも育ててくれた。
貴族の教育を受けさせてくれた。
スパルタ教育ばかりする奴らで、僕が10歳になる頃には完全に見捨てられた。
でも金だけはかけてくれたんだ。
家の体面から最低限、恥にならない程度になのかもしれないけれど。
それは世界中の人々が、どれだけ望んでも出来ない事だったのだ。
「許してくれ……再会した時からも我慢して接してくれていたのかもしれない。でも傍にいる事だけは、許してほしい。いや無理か。そうだよな。もう遅い。何もかもが今更だ。許してくれないよな。許さなくていい。許さないでくれ……」
「許すよ」
おずおずと顔を見上げる。
でも直視できない。
彼女の表情を見れなかった。
幼児時代から僕を見下げた両親たちは、僕が失敗すると見下していた。
その顔だけは見たくなかったんだ。
失望されて捨てられるんじゃないかと恐怖していたんだから。
今も彼らが愛してくれていたのかはわからない。
でも学校に行かせてくれて、学問への金は十分以上に与えてくれた。
それがどんなにありがたいもので。
ほぼすべての人が願っても手に入れられないものだと、過去の僕は気づいていなかった。
「お兄ちゃん。今こうして生きていてくれて、一緒に居てくれるだけで私は幸せだよ」
「僕は……僕は……!」
裏切られたくなかった、
失望されたくなかった。
大事な人にだけは、見捨てられたくなかった。
オッサンじゃないくらい泣きじゃくる。
なんて惨めで。
なのになんで、こんなに嬉しいんだ。
「こんなに年を取っちゃったけど、やり直せるよ。まだ遅くない。だって生きていてくれた」
僕の顔と無理やり向き合う、はとこの女性。
泣き笑いをする彼女は、とても綺麗だった。
一方で僕の顔は、更に不細工になっているだろう。
でも今は彼女だけを見ていたかった。
この輝きをずっと感じていたかった。
「誰がお兄ちゃんを追放しても、私は追いかけていくよ。もう一人にはさせない。世界で一番、大切な人だから」
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