第82話 「幼き頃の夢」
懐かしい部屋。
僕が幼い頃、貴族だったころの自室。
「――――――お兄ちゃん! ちゃんと話を聞いてよ!」
「ああ。ごめんよ」
幼い頃の思い出の中にだけいる、彼女の過去の姿。
僕より頭一つ分は小さなコックロが、腰に両手を当てて怒気を孕んだ言葉を呈していた。
僕の口は勝手に動いて、喋っている。
今よりもずっと若い、声変わり途中の声。
あの時とまんま同じ、忌まわしき記憶が追想されていた。
「アクレイと一緒にお話ししてって言ったのは、お兄ちゃんだろう! 約束は守らないとダメなんだぞ!」
「あぁ、すまなかったね。それじゃ行こうか」
「遅いじゃないかお兄様」
彼女に手を引っ張られながら連れられて、ある人物の部屋まで行く。
目的の地には、幼いながらも鮮烈な美貌を持つ少女がいた。
「僕を待たせるなんて、お兄様としての自覚が薄いんじゃないかね? って怪我をしているのか! またアイツらにやられたのか。待っていてくれ」
「そうだったね。僕は今までずっとそうだった。情けない兄貴分で」
仰々しい口調。
今も鮮明に思い出せる、誰もが魅了される容姿。
幼いながらも冴えわたる知性。
彼女の追求に謝ると、すぐ僕の怪我に目敏く気が付いたようだ。
あたふたとしながらアクレイは救急箱を探している。
使用人たちにもバカにされている僕を見かねて、用意してくれていたのだ。
それすらも惨めで、僕は気落ちしながら自虐する。
「な、何を言うんだい! お兄様がカッコ悪いのは今に始まったことじゃないさ! 感謝するんだね。こんなに美しく聡明なボクは、そんなお兄様とずっと一緒に居てあげるんだからね!」
「あぁ。ありがとうアクレイ。でももういい。僕は―――――――」
可愛らしく素直じゃない慰めをする、ピンクの髪をした従妹の少女。
子どもに相応しい態度で、慌てながら優しい言葉をかけてくれる。
だが美しい女性になる片鱗が、如実に見て取れた。
将来は自分など及びもつかない、誰もが羨む貴婦人になるのだと嫉妬した。
だからこそ決めたんだ。
「―――――――この家を出ていく」
「え?」
「今、なんて」
コックロとこの子は呆然と聞き返す。
喪失感が見てとれた。
でもこの時の僕の意志は固かった。
絶対に目にものを見せてやるんだと。
反骨心の塊だった。
いや反骨心しかなかった。
「この家に僕の未来はない。このままいても何も変わらず、頭がおかしくなるだけだ」
「何を言うんだい!? アイツらに虐められたからか! ボクが止めてあげるから、絶対に止めるから! バカな真似はよすんだ!!!」
「違う!!!!!」
僕の怒鳴り声に、肩を震わせるアクレイ。
実の従妹である貴族の女の子。
声を荒げる事なんて、僕達の間にはずっとなかった。
きっと怖がらせてしまったのだろう。
でも気が付かなかった。
この頃の少年だった僕に、そんな余裕はなかった。
「僕は自分の力で凄くなるんだ!!! ここを出ていけば、僕の力を正しく認めてくれる人たちがいるはずなんだ!!!」
「お兄様の実力は、ボクがちゃんとわかっているよ! お兄様は頑張り屋で、勉強もできて、ボクたちに教えてくれて」
「お前は先月から、僕より先の教科書を読んでいるだろう!? 知っているんだ! 使用人たちが僕をバカにしていたことを!!!」
「え」
間が悪いことに、その事実を知ってしまった。
でもこんなに天才な彼女は、きっといずれは隠しきれなくなっていただろう。
気を使ってくれていたんだ。
もう同じくらいの進度なのに、ずっと小さい子に気を遣わせていた。
でも幼稚なプライドが、許さなかった。
「バカにするな」
拳を握り締め、子どもじみた感情を炸裂させる。
現に子どもだったのだ。
自分よりも小さな子に憂さ晴らしをする、嘆かわしいほどに器の狭い行い。
腹立ちまぎれの言葉を、絶対にしてはいけない行動をとってしまったのが、過去の僕だった。
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