第35話 「地上への帰還」
「上陸……した…………疲れたぁ……」
不眠不休でダンジョン脱出を試みた僕。
途中腹が減って5食は食べた。
切り詰めていたが、丸三日くらいは経っているかもしれない。
「今は何日だ……お腹は空くわ、強い魔物に追いかけ回されるわで、散々だったよ……」
かなり伸びた髭。
社会人としてのエチケットから、ここまで伸ばすことは今までなかった。
こんなに伸びるものなのかと内心自嘲する。
思っていたよりも時間が経っていたのかもしれない。
「――――――――――離してください! もう4日も経ってるのに捜索隊も組めないんじゃ、マノワールさんが死んじゃう!?」
「もう少しでダンジョンに潜れる前衛が集まるかもしれないんだ! アイツらに妨害されたが、あと少しなんだよ!」
「マノワールさんは三日分しか、アイテムボックスに食糧がないはずなんです! あと二日で餓死しちゃう! 元はといえば、あなたがこんな所に連れてくるから、こうなったんでしょう!?」
「っそれは……!」
聞き慣れた声がここまで届いてきた。
かなり殺伐としていて、一触即発の状況みたいだ。
声の方向に向かう。
喧嘩になる前に止めないと。
「善人面しないでください!!! そもそも! あなたがわたしたちを誘ってなければ、こんなことにはならなかったのに!?」
「そ……れは……」
「この人殺しッ! マノワールさんを返してよぉっ!?!?!?」
「すまない」
泣き叫ぶニンメイちゃんの可愛らしい顔は、見るも無残に憎しみに染まっている。
静かに涙を落とすエルマージさん。
「心配かけてごめん! 帰ったよ二人とも!」
「マノワールさん……? 幻術か何かですか!?」
「すまない。許してほしい。いや存分に恨みを晴らしてくれて構わない」
ついにへたり込んでしまったエルマージさん。
瞳からハイライトは消え失せ、ぶつぶつと呟き続けている。
「えっ!? 幻覚じゃないよ! 二人ともケンカしないで!」
「まだやりますか! そんな方だとは思いませんでした……もうわたしの前から消えてください。二度とその顔を見せないで」
「すまない…………」
「ええっ!? 髭伸びちゃったからわからないの!? それとも風呂にも暫く入ってない浮浪者みたいなオッサンは、存在を知覚されないの!?」
ナチュラル無視されるオッサン。
なんだか聞く限りでは、4日も経っていたようだ。
あまりにひどい仕打ちが4日間も続き、僕の精神は疲弊する一方。
幻覚を見ているのは僕なのだろうか?
いや現実だったらマズいと、ニンメイちゃんの腕を掴んででも引き留める。
「ニンメイちゃん!!! どこ行くの!? 一人でダンジョンなんて危ないよ!?」
「いい加減にしてください!? マノワールさんを助けに行くんです! 本当に不愉快です!!!」
「マノワールは僕だよ!」
物凄い剣幕で怒鳴られる。
ついにマノワール扱いされない。
存在否定をされるが、それでも止めなければ。
ニンメイちゃんに嫌われても、無謀な挑戦は止めなければと彼女の肩を掴んだ。
「このっ! マノワールさんに似せた幻影で、私を足止めするなんて! てか絶妙に似てないんですよ! そんな薄汚い犯罪者みたいな見た目じゃない、清潔感のある人なんですからね! っていうか臭い!? お風呂入ってください! くっっっさ!!!!!」
「だからマノワールだってば! ってマジで傷つくんだけど……」
加齢臭を気にしている僕は、ショックを受ける。
よって力が抜けて二人同時に倒れ込んでしまった。
僕はニンメイちゃんの胸元に飛び込んでしまう。
柔らかい感触に包まれながら、ニンメイちゃんが体を打たないようにキツく抱きしめた。
「いったーーーーい!? 変なところ触らないでくださいマノワールさんモドキ激クサ犯罪者型幻覚!!! マジでヤバい匂いするんですよ鼻も心も捻じ曲がりそう!!!」
「あっ!? ごめんねニンメイちゃん! でもオジサンのナイーブな心をそれ以上追いつめないで!?」
「あれ? この匂い……」
僕の精神をゴリゴリと削る罵詈雑言。
だがニンメイちゃんは起き上がると僕の頭や首筋、胸元をしきりに嗅いでいる。
「クンクン……♡ 徹夜明けのマノワールさんの匂いです! 気絶しているように眠っていたところを毎日欠かさず抱き着いて、お洗濯する前に持ち帰っていたのでわかります!」
「えっ? なにそれ」
「って本当にマノワールさん!?!?!?」
俺に顔を近づけて、間近で可愛らしい顔を対面させてきたニンメイちゃん。
彼女の瞳は段々と涙で潤んでくる。
そんな表情をさせてしまったことが、非常に悔やまれる。
って気になるワードが飛び込んできたんだけど、聞き間違いかな?
ニンメイちゃんがそんな変態なわけないよね。
まだ若いのにそんなんじゃ、もう手遅れだよ。
「心配かけてごめんね。今帰ったよ」
「生きててよかったマノワールさん~~~!!!」
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