第221話 「妻の決意」
「セインセス様」
「もう妻なのですから、呼び捨てにしてください。それにもう私は一国の王女ではありません。ただのセインセスです」
「それは……わかったよセインセス」
気丈にも彼女は表情を明るく取り繕った。
しかし目元は赤く腫れている。
今まで心を乱されても、きっとこうやって取り繕えてしまうのだろう。
この生来の強靭な精神力。
彼女はあるべくして聖女なのかもしれない。
「ありがとうございます。王族を名乗ることをやめたのは、決意表明の証明のようなものです。自分がしてしまったことに責任を取りたい。間違ってしまったのなら、間違い続けたくない」
「……それは」
「辛そうなお顔をされないでください。これは使命感と責任感、あとは意地みたいなものですね」
彼女の矜持。
冗談めかして口にした。
心なしか雰囲気が穏やかになった気がする。
でも王者のような気風がある。
「意識して感情を言語化すると、自分のことがよくわかるものです。もっと早くやっておけばよかった。人と対話して、それで自分の本心を悟ることもある。それすらわかっていなかった私は、他人だけでなく自分のことすらわかっていなくて当然です」
先ほどよりは余裕のある笑み。
それでもその奥には悲哀が見え隠れしていている。
日常的な会話すら、ほとんどしてこなかったのだろうと察せた。
それでは感情表現が拙くても、何ら可笑しくはない。
「それと」
「……?」
「愛する人が幸せに生きていける世界を、私は作りたい」
突然の二、僕はうまく言葉を紡げられなくなった。
顔が熱くなっているのがわかる。
ここまでストレートに愛情表現をされるのは初めてで。
心臓の鼓動が高くなってしまった。
年頃の子のように、恥ずかしくて目を合わせられない。
気のきいたセリフも言えない、ダメなオッサンなのだ。
「あっ! マノワールさん照れてるニャ! 私だってマノワールさんのために尽くすニャ!」
「私だってマノワールさんのために、ずっとご奉仕してきたんですから」
「えっ!? ボクを差し置いて、ニンメイくんはエッチなご奉仕をお兄様に!? やだやだやだやだ!!! お兄様に色んなプレイをする最初の女には、ボクがなるんだぞ!!!」
「お兄ちゃんがそんな事させるわけないだろう……本当にこいつは」
ミーニャさんとニンメイちゃんが抱き着いてきた。
妄言を口にするアクレイだが、優しい子だ。
みんなこの雰囲気を一新しようと気遣ってくれたんだ。
「賑やかでいてくださって、心が晴れます。皆さんと家族に慣れてよかったです」
「純粋な心に浄化されてしまうっ!? ボクが汚いキャラみたいじゃないか!」
「みんないい子ですよ~アクレイさんは皆さんを元気にしてくれる、いい子ですからね~」
「オキャルンさんだけが僕の味方ぁ~! バブバブ~!!!」
年端もいかない見た目の少女に抱き着く、成人悪役令嬢という構図に家族一同ドン引きである。
ドリアードの少女の豊かな胸に顔を埋めて、みっともなく甘えていた。
妹分の惨状に、僕は言葉を失くす。
「アクレイさんその絵面は犯罪的なので自重してください」
「大人だって大人だって! 甘えたい時くらいあるんだっ! おっオギャァァァァァッッッ!!!!!」
「うわぁ」
オーエラさんも注意するが、返された言葉に絶句しながら後ずさりする。
うちの従妹が不快な思いをさせてしまって、大変申し訳ございません。
コックロは哀愁を纏い、可哀そうな生き物を見る目でアクレイを見つめ。
すぐに視線を逸らして瞠目した。
手の施しようもないと、見切りをつけたのだろう。
「アクレイさんはまだ赤ちゃんですから仕方ないですよ~アラサーなんてまだまだこれからです~繁殖もしてないんだから、完全に赤ちゃんですからね~」
「オキャルンさんまでボクを~!?!?!? オバサンあかちゃんなんて、そんな救いがなさすぎる存在あるかぁ~!? この世界は地獄だぁ~!? うぁぁぁぁぁんっっっ!?!?!?」
「地獄になるまで放置したのは、他でもなく自分だろうが」
オキャルンさんナチュラル辛辣すぎる。
さらにコックロの呟きによって、大人としてのプライドを粉微塵にされた。
ついにギャン泣きしたアクレイは、侯爵家当主としての威厳などかなぐり捨てていた。
従妹の悪役令嬢より年下の子が多い、みんなが僕の妻である仲間たち。
家族の一員である彼女のことを、みんなが生暖かい目で見ている。
「ヨシヨシ~赤ちゃんだから泣いちゃいましたか~泣き疲れて寝ちゃいそうですね~今はどちらに向かおうとしているのですか~?」
「そんな子どもみたいなこと……アクレイならしそうだな……とりあえず陽キャやエルフ、集落の方たちとゆっくり話すためにも、休めるところに行こうかと」
こんなことになってしまったら、迷惑をかけてしまう。
たとえ罵られようと、筋を通すべきだ。
僕は今まで出会ってきた人々に、これまでの話をすることに決めた。
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