第219話 「逃亡者となったマノワールたち」
戦闘技術に長けて、王城の構造をある程度知っているコックロの先導により、脱出路を駆け抜ける僕達。
エルマージとニンメイちゃんの偵察も、非常に有効だ。
彼女たちプロがいなければ、僕一人では到底逃げ切れないだろう。
腕にセインセス様を抱えながら、僕は疾走する。
彼女はショックからか一言も話さないので心配だが、今は話せる余裕がない。
「急いで脱出するぞ!」
「アース!」
僕は王城の通路に土を盛って、足止めする。
魔法技術の拙さから小回りが利かないので、複雑な対処が要求される時。
あるいは兵士の拘束は、オキャルンさんがドリアードとしての能力を生かしてやってくれる。
足を動かし続ける内に、ようやく目的地までの中間地点まで辿り着いた。
これで楽になるはずだ。
「よし! 出れた! あとは兵士の詰め所を封じて、王城の出入り口を塞げば、禄に対応液無くなるはずだ!!! お兄ちゃん!」
「わかった! アース! もう大丈夫ですからねセインセス様!!!」
皆の表情に安心が乗っていることが、手に取るように分かった。
ようやく急場を凌げた。
まだ安全地帯まで走っているが、もうそろそろ終わる。
そしてセインセス様も口を開いてくれた。
ひどく気落ちしているが、平静を取り繕えるほどには回復した様子だ。
「皆さん申し訳ございませんでした。迷惑をおかけしまして……」
「何をおっしゃられますか! 悪いのは全てゲースリンスです!」
「無理をなさらないでください。あのようなことを言われれば平静を失って当然です」
鬱々とした声で、気力が失せた面持ちのセインセスは謝罪する。
浮かない顔のみんなだが、口々に家族の一人の姫を励ます。
僕の腕の上で力なく首を横に振って、彼女は否定する。
他者の心情を察する能力が欠けているのだと。
「ゲースリンスの言う通りです。私は人の心がわからない。なんとなくは経験から推測できるけれども、人間関係自体に興味が薄いのです。家族にすら会話をするということの意義を見出せませんでした。それがこの結果を招いたのでしょう」
「あんな男の言葉など真に受けて信じないでください。あなたに感情が薄いなどとは思わない、共感能力が欠如しているなどとは思わない。そんな方を妻にしたいなどと、決して僕は思いません」
王太子の最低な言葉を信じ込み、自身の人格を卑しめる僕の妻。
人付き合いにあまり執着がない人はたくさんいる。
それも個性の一つだ。
「お気遣い頂きありがとうございます。でも本当に……なんとなくコミュニケーションを学習し、模擬して偽装しているだけなのです。そうやって他者の真似をして生きてきました。それでも合理的に社会を良くしていれば、皆は喜んでくれると思いこんでいたのです」
卑屈に過去の行いを貶める彼女は、見ていられない。
誰もがそうやって倫理道徳を会得し、人は成長していくのだから、それが間違っているとは思えない。
セインセス様の言っていることが彼女の考え通りであっても、その行いは尊いものであるはずだ。
決してバカにされて嫌悪されるものではない。
そうする者こそが間違っているのだ。
「それが皆さんと深く関わっていくうちに、なんとなくわかってきました。幸せな時を共有すること。辛い時に寄り添ってくれること。それだけでも人は幸せになれるのです。」
母が死んで父には放置され、
兄たちは必死に政務に明け暮れ、構ってくれる人がいない。
彼女は自分の欲求を封じ込めて、大人にならざるを得なかった犠牲者だったのだ。
感情が薄く見えるのも、周りとの触れ合いが足りず情緒が育たなかったから。
情操教育が要らないと判断されるほどに彼女は賢かった。
人間関係のメリットを幼い頃から、歪な形で問題ないとされてしまった。
それが悲劇を生んだのだ。
「でもあなたを愛しているという気持ちは、決して嘘じゃありません!?!?!? マノワールさんから助けられた時、私は人の温もりを知った!!! あの時は確かに私は変わることができた!!!!!」
今までにないくらいの感情を剥き出しにして、彼女は懇願する。
見捨てられたくないのだと。
昔の僕と同じだ。
あの両親へと捨てないでと縋った、幼い頃のマノワール。
「合理的だからじゃない、あなたと生きていきたいのです!!!!!」
「私もですセインセス様」
こんな風に言ってくれる人と出会えたことは奇跡だ。
僕のような男の方こそ、彼女に認めてもらえたのがおかしいくらいで。
そんな素敵な女性とこれからも生きていきたい。
そう願って、心から彼女を愛おしいと思った。
「マノワール様。あなたと共に私も生きたい。だから……あなたのために、何をしてでも戦争を止めます――――――――――」
聖女セインセスは魔王に直談判してでも、戦争を止めることを決意する。
幸せそうに涙を流しながら微笑んだ。
その時だった。
眩い光がセインセス様から放たれる。
「いったい何が……!? これは!!!!!」
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