第217話 「ゲースリンスの末路」
貴族たちが己の運命について悲嘆していた頃、カース王国王太子も同じ情報を得ていた。
玉座の間にてもう一人の存在、生気のない国王と共にいる。
苛立ち紛れに歩き回るゲースリンスは己が招き寄せた結果を、どうにかしようと案じている。
「マズいマズいマズいマズい!? あれだけの国に宣戦布告されては、いくらなんでも敵わない!!!」
周辺諸国のみならず、遠方の国すらからも宣戦布告されたという衝撃的事実。
これでは魔物の助けがあったとしても、押し返すことは敵わないだろう。
万が一押し返したとして、何を魔王たちに要求されるか。
そもそも戦乱で荒廃したカース王国に、独立を保てる保障など何処にもない。
「おい! 何か策はないのか!? ここで私が死んだら、お前たちとて困るだろう!!!」
「…………」
深くローブを被った謎の存在へと、ゲースリンスは叫ぶ。
だがローブの男は、有意な反応を示さない。
不気味な沈黙が流れる。
ゲースリンスがしびれを切らそうとしたその時、ようやく口は開かれた。
「さて問題です。この混迷した政情において、旗頭を失えばこの国はどうなるでしょうか?」
「は?」
ゲースリンスが呆けた瞬間、彼の父である国王はローブの男に切り裂かれた。
夥しい血液が胴体から流れ出る。
間違いなく即死だろう。
「あなたが下手人であるように見せかけておきますね~親殺しさん!」
「きっ……貴様ぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」
激昂するゲースリンス。
親を殺されて怒ったのかは、わからない。
しかしこれは彼にとって著しく痛手となる、立場そのものを瓦解させられる
「これで貴族たちは割れることでしょうね! 壮絶な内戦の出来上がりです! これこそ芸術的殺人!!!!!」
まるで舞台役者のように、大仰に身振り手振りをするローブの男。
そしてゲースリンスに向けても行動を開始した。
腕を振りかぶり、薙ぎ払ったのである。
未だこの場に生存している唯一の王族から、血飛沫が舞う。
「あなたの足も一応斬っておきますね。大丈夫、治療してあげますよ適当に」
「グァァァァァッッッ!?!?!?」
回復薬らしき液体を振りかけながら、足の損傷部を爪で弄繰り回す。
そうすれば当然、健康体には戻れない。
雑に癒着した足の関節と骨、筋肉と神経。
これでは一生脚は使い物にならないだろう。
「これであなたは逃げられません! それでは諸々の処理を頑張ってくださいね! 舌は残しておいてあげたので、言い訳はできると思います! 信じてくれるかは……あなたの努力次第といったところでしょうか」
そのような挑発的な戯言を吐き、ローブの男はどこかへと走り去る。
ゲースリンスは憤怒の面持ちで宇多田斬り物へと這うように追おうとするも、とても動ける状態ではない。
そして彼にとって最悪の時代が。
おそらくはローブの男はこうなるように、あらかじめ手引きしていたのだろう。
「――――――何の騒ぎだ! こっ……これは!? まさか王太子殿下がこれを!?!?!? 」
「違う!?!?!? 私ではない! それより私も襲撃された! 早く治療を!?」
弁明するがこの風景を見て、無条件で王太子を信用する者は皆無だった。
倒れ込んでさえいるものの、王太子が怪我をしているとは見受けられない。
彼の斬り裂かれた脚部分からは、出血は見受けられないからだ。
国王を殺害した際の返り血、と見るのが妥当なところとなる。
それを多くの目撃者に見られた。
自然な推移として、王子を重要参考人として拘束することとなってしまう。
「王太子を拘束せよ! 事情の究明こそが急務だ!」
「ゲースリンス様ご乱心―――――!!!!!」
「やめろぉぉぉぉぉっっっ!?!?!?」
激しく抵抗する王子は、衛兵たちに強制的に取り押さえられることとなる。
そしてどこかへと連れられて行ってしまった。
衛兵たちは青い顔をしながら、国王を究明するべく回復術師を呼びつけようとする。
しかし誰が見てももう手遅れだった。
それを楽し気に観察していた影が2つ。
謎のローブの男と、化け狸とオキャルンに指摘された聖女である。
彼らはあからさまに身を晒しているというのに、衛兵たちはその横を次々に通り過ぎる。
容疑者として取り押さえてもおかしくないはずなのに、明白なる異常だ。
おそらくは幻覚魔法であろう。
「イケメンが絶望する姿、最高です~♡ 後は私に依存させるだけ♡」
「おやおや。聖女とあろう女性が、はしたないことを言ってはなりませんよ」
「フヒヒ♡ だってとっても楽しみで~♡」
軽薄に喜びを呈した聖女と名乗る女性。
それに向かって笑いながら、国王殺害の真の下手人たるローブの男は冗談めかして注意する。
この国王暗殺事件を契機として、カース王国は滅亡することとなる。
ゲースリンスのその後を記した文献は存在せず、歴史の闇へと葬られた。
史書に愚王子の代表として名を刻まれることとなる。
「これでカース王国は終わり、と。中々楽しませて頂きました」
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