第211話 「荒れる王宮」
その頃の王宮は荒れていた。
王太子の怒りは頂点に達していたからである。
「あのデブ! 慎重に行動しないからこうなるっ! だから自分の生活にも慎重じゃないデブはダメなんだ! 死んで当然だデブがっ!!!!!」
脂肪の多いタイプの人々に対する罵詈雑言。
体型は人それぞれであるのに、このように一括りにしてバカにする言い草が。
この王太子の人間力を言い表しているといえよう。
「セインセス! そしてマノワール! アイツらが真犯人なんだ! 都合がよすぎるとは思わないのか! 早速捕らえて参れ!!!」
「お待ちください!? 仮にも貴族ですぞ!? もし王女殿下たちを証拠もなく逮捕すれば、恐怖政治を恐れた他の貴族たちからの反発を大きく買いかねません!?!?!?」
面目を潰されたとして排除しようとする王太子。
彼の妹である聖女を拘束しようとしたが、大臣たちが止めた。
「それが魔物たちの策だと言っている!? それであやつらが犯人だったとして、責任を取れるのであろうな!?!?!?」
「それは……」
それも魔物の陰謀だとして、糾弾する。
責任問題を避けるべき、言いよどむ貴族たち。
「とても難しい懸案事項です。まずは慎重に捜査するとしましょう」
「同感です。皆様も頷いていらっしゃることですし、調査しながらまた後日会議をすることとしましょう」
「グギギギ……!? 勝手にしろっ!!!!!」
彼らの提言により王太子は激昂し、会議室から飛び出した。
政治闘争へと至ることが確定したようなものだ。
暗い未来を予感した貴族官僚たちは、暗澹たる思いで溜息を吐いた。
原因である王太子への愚痴は、留まることを知らない。
「王太子には呆れたものです。知らぬとはいえ、あのような魔物を引き入れていたとは。本当は裏切っているのではないか?」
「さすがに王太子が魔物を引き入れたというのは、穿ち過ぎだ。あの王子はそこまで愚かではない」
「セイリムリは確かに魔物を撃退しておりましたからなぁ……実際は魔物同士で八百長をしていたのかもしれませんが。我らもわかりませんでしたし、仕方ないことでしょう……」
セイリムリが談合に基づいて、領内の安全を保障していたのだと。
文武の権臣たちは可能性を討議する。
「教会は完全に王太子を疑い、聖女である王女殿下に着く」
「命の危機に二番目に近い地点にいらっしゃいましたからな。さぞやご立腹でありますことでしょう」
「国が割れるぞ。どうなってしまうのだこの国は……」
貴族たちは虚空を見つめ、表情を曇らせる。
この国の未来が暗澹たるもののように見えたからかもしれない。
「クソッどうしてこうなってしまった!? 私の策は完璧だったのに!?」
会議室から出たゲースリンス王太子は、自身の予想が裏切られたことを信じられない様子。
そして彼の目論見を瓦解させた人物へと、文句を口にした。
「おのれおのれおのれおのれマノワールぅぅぅぅぅっっっ!?!?!? 私はこんなにも頑張ってきたのに!? なぜお前のような低度な人間が私の邪魔をするっ!? なぜ昔から世界は私の思い通りにいかないんだ!? 私は一人孤独に、この国のために努力してきたんだ! 強い私が負けるはずがない!!!」
髪を振り乱して荒れるゲースリンス。
呪詛を唱え続けるその姿は、まるで幽鬼のようだ。
強さを履き違えている彼は、機能不全家庭の所産。
幼き頃から王室外交などを押し付けられ、何とか歯を食いしばって乗り越えてきた彼。
それを手伝ったセインセスは、その才能から多大なる評判を受けた。
彼が更に捻じ曲がってしまったのは、そこだろう。
才能の差を実感して歪むということという、往々にしてある悲劇が。
親の愛を受けて育たなかった彼らは、好意を伝える事、絆を育むことが健全にできなかったのだ。
「何用だ!? 入れ!!!」
「ご機嫌麗しゅう王太子様。素晴らしい吉報がございます」
「私は今苛ついているんだ! くだらない要件なら覚悟はできているのだろうなっ!?」
自室に入ったゲースリンスは、息荒くしてベッドに腰掛ける。
そんな折に怪しい人物がノックをして入室した。
顎まで覆い隠したフードを着た、謎めいた人物。
その指には髑髏の指輪が嵌められており、サンシータたちを唆した人物と同じ存在だと認識できる。
「もちろん有用なことです。この者のステータスをご覧ください」
このものの後ろには、これといった特徴のない茶髪の女性が。
その後姿だけが見えるが、半透明のボードが空に浮かんだ。
「なっ! これは」
段々と眉間の皴は解きほぐされ、喜悦に染まってゆく表情。
ゲースリンスは高笑いしながら、己の幸運を喜んだ。
「これならセインセスの奴を……! ククク……神は私を見放していなかったようだ!!! ハーーーーーハッハッハッハッハ!!!!!!!!!!!!」
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