第198話 「望まぬ結婚式」
多種多様な貴人が参列する結婚式。
王城の中は各国の要人が集まり、しきりに挨拶を交わしていた。
結婚式であっても社交の場であり、上流階級は彼らの戦場で鎬を削っている。
しかしみすぼらしいとまでは言わないが、あまりにも質素に過ぎる婚礼の儀。
洗練されてはいる者の、随分と古びた時代遅れの飾りつけばかり。
倉庫の中から取り出したような据えた臭いがする、古めかしいウェディングアイテムばかりしかなかった。
当然他国の大使は、失笑を誘われる。
このような財政状況であれば、侵攻は容易いとでも帰ってから報告することだろう。
「実に急で強引でしたな。我々にも予定があるのですがね……それに何より聖女様の婚姻にしては、少しばかり慎ましいものに過ぎるのでは?」
「教皇猊下。民が恐れている中で、催事にばかりかまけている訳にはいきません。身を切るべきところでは切るのが、王族の義務であるかと」
「他国の大使もいる中で自国の権威を誇張しないことは、むしろ戦乱を招くと。魔物たちの対策に追われている貴国が、出すべきところの出費を控えるのは得策でないと。老婆心ながら忠告させて頂きますぞ」
「……ご忠告胸に留めておきましょう」
額に青筋を立てながら、無理やり笑みを作るゲースリンス。
自分で追い込まれている国情だと、自ら吹聴しているようなものだ。
これ幸いと国境線を侵す国が現れれても、おかしくない。
だが彼には勝算があった。
むしろ戦争を望んでいたまである。
なぜなら彼は秘密戦力を保持していたからだ。
「マノワールとやらは来ていないのか?」
「まだ到着していないようです」
「なんだあの男は? まさかセインセスに懸想でもしていたか? 今頃は枕を涙で濡らしているのだろうな! アッハハハァッッッ!!!」
意地の悪い話題で高笑いする王太子。
その表情は、ゲスそのもの。
会場は微妙な雰囲気となる。
それでも次期国王として指名されているのだから、誰も口を挟むことはない。
だが軍事も財政もわからない愚王だと、侮られることは間違いない。
それすらもゲースリンスの計算の内だったのかもしれない。
「それでは結婚式を執り行います」
ついに始まった、夫婦となる者たちの儀式。
教皇自ら神父を務める、神聖不可侵のめでたき場。
新郎新婦が扉を開いて出てくる。
この集会の主役であるウェディングドレスを着た女性が、耳目を集める。
「おお」
「なんと美しい」
「ゲースリンスめ」
「こんなに人の心を動かす結婚式を行うとは、大変な趣向でございますわ」
しかしそれに身を包まれる女性は、余りにも美しく。
神秘的にすら感じる美貌が、婚礼会場に現れた。
式場の最前列にセインセス派閥である、ヴェンリノーブル侯爵も吸わっていた。
彼は王太子の名前を呼びすてにして、小さく毒づく。
それにアクレイ・オッサツイホが同調した。
本来は釣り合いの取れている新郎新婦新郎ではないし。
片方は下劣な魔物なのだから。
「それでは誓いのキスを」
教皇が宗教儀式としての口上を終え、佳境に入る。
ここから始まるのは新たなる夫婦が運命を共にするために、神の代理人の前で行う神聖なはずの行い。
「小さなお口でしゅねぇ……衆人監視の前で、ぼくたんのモノだって、わからせてあげましゅからねぇ……」
「……」
大口を開けて、舌を忙しなく蠢かせるセイリムリ。
待ち侘びていたこの時を前に、興奮状態が治まらないようで唾液が床に水溜りを作っていた。
その悪臭は教皇の元にも届くようで、彼は吐き気を抑えるように口角を歪めている。
そしてその虫歯だらけの口を、ついにセインセスへと近づけた。
参列しているほとんどの者が嫌悪感を募らせている中、ゲースリンスをはじめに今か今かと期待の笑みを浮かべる。
聖女は美しい涙を一筋流し、その身を捧げようと瞳を閉じて―――――
「―――――その結婚! 僕が止めさせていただこう!!!」
僕は扉を開けて宣言し、一度地面を強く踏みしめるだけで、新郎新婦の間に割って入る。
その勢いで暴風が吹き荒れ、誰もが目元を手で押さえた。
そして呆気にとられたセインセス様を背にして、セイリムリの前に立ちはだかった。
僕は騎士様なんかじゃないけれど、必ず姫を守ると自分の心の中で誓いながら。
「なんでしゅかおまえ~? ぼくたんと愛しい人を邪魔する男は許しまちぇんよ~」
「何事だ!? 不心得者が!」
不満げにセイリムリは愚痴を漏らす。
いち早く再起動したゲースリンスは立ち上がって、この狂騒に抗議した。
それを無視して僕はさらに声を張り上げる。
偽りを糾弾するために。
「来賓の皆様!!! そいつは人間に擬態した魔物です!!!!!」
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