第193話 「取り乱す王太子」
王女は聖女として選ばれた。
少なくなった王族を守るという政治的意味合いを、善意で教会は提案したのだ。
王太子にとっては意図しないものであり、しかし断れるものではなかった。
魔物の侵攻に対して、何ら手を打てていないという事には変わりなかったからだ。
「なんだあの聖女という騒ぎは!? 実の兄が死んでいるときに、調子づきおって!?!?!?」
家臣の前で取り乱す姿。
王太子ゲースリンスの部下たちは内心呆れ果てるも、神妙に表情を取り繕っていた。
「こうなれば奴の結婚を速める」
「王太子殿下。しかしまだ式の準備が」
「そんなもの適当でいいだろう? あんな女のために金をかけるより、軍にでも金をかけた方が建設的だ!」
屁理屈を並べ立てて、癇癪を起す次代の王位に就くはずの人物。
王女兼聖女であるのに、そんな適当な決め方はないだろうと誰もが内心は彼を見下していただろう。
国からそんな扱いを受ける聖女に、誰がカース王国に留まって従い支援を行うというのか。
それを諫めようとする者がいた。
ヴェンリノーブル侯爵。
カース王国の軍務を左右する程の実力を有する、貴族の雄である。
「殿下! 王女殿下の結婚となれば、他国も来るのですぞ! 奴らに侮られれば、更なる軍事費の増大に繋がりかねません! 兵も国境線に張り付けねばならなくなり、魔物へ対抗すら―――――」
「ええい! 鬱陶しいぞ!? ヴェンリノーブルは奴の派閥なのだから、私の邪魔すれば得だろうな!!!」
「そういう問題ではございませぬ! 軍務官僚として的確と判断した進言を行ったまでの事!」
「貴様らがだらしないから、今こんな状況になっているのであろうが!? 将軍の任を解かれたいのか! 変わりはいくらでもいるのだぞ!!!」
脅迫を込めた言葉。
しかしそれにも動じない胆力を持つヴェンリノーブル侯爵は、淡々と返答する。
「恐れながら将軍を任命するのは、主君である国王陛下のみでございます」
「ええいっ!? 追放されたくなければ従え!?」
もう付ける薬がないと思ったのか、ヴェンリノーブル侯爵は押し黙った。
相当に気に食わなかったのだろうか、まるで論破したと思い込んだのか鼻を鳴らして勝ち誇ったゲースリンス。
そしてそのまま会議終了の合図もせずに、会議室から立ち去る。
日々権力を増大させる王太子。
久々の都合の悪いニュースに、機嫌を相当に悪くしたのだろう。
しかしその態度こそが、家臣を失望させていた。
「困ったものだ。この国難に」
「ヴェンリノーブル侯爵。相当に勘気をぶつけられましたな」
「ダイフラグ様が身罷られたというのに、この荒れようでは先行きの不透明感が……」
不安を露わにする王国の重鎮たち。
この国で既に絶対的に近い権力を持っている男の失策。
彼らも汚職貴族であり、まったく善人ばかりではない。
しかし現実を見据えられるだけの知能は持っている。
そうでなければこの国はとうの昔に崩壊していただろう。
「図に乗りおって!? 王太子の言う事が効けないのか!」
足音を強く鳴らして、肩を怒らせながら廊下を突き進むゲースリンス。
先程の一件がひどく不服の様子であった。
「舐めている口をきいてきたあのクズも、同じように処理してやろうか。私には力があるんだ」
美しい顔に、醜悪な欲望に濡れた表情を張り付けるゲースリンス。
ヴェンリノーブル侯爵のことを指しているのだろう。
「英雄と呼ばれる功績。セインセスの派閥に着く伯爵。マノワール。邪魔だなあの男」
「ぼくたんがやりまちょぉかぁ? ゲェェェェェッッップ」
背後より大きな影が現れる。
体にタップリと脂肪を蓄えた、禿げ頭の男だ。
手に持った肉を食らいながら、生理的反応を隠そうともしていない。
「そうだなセイリムリ男爵。お前に頼もうか」
「モグモグ……クチャクチャ……」
セイリムリ男爵はにたりと笑うと、人間とは思えない跳躍力でどこかに消えた。
人外じみた身体能力に驚きもしない王太子は、笑みを深める。
満足げに微笑むゲースリンス。
都合のいい未来予想図を想像して、機嫌よく執務に入った。
セイリムリが消えた方向。
何も見えない暗闇の中から、汚らしい咀嚼音と声が聞こえた。
身の毛もよだつ赤ちゃん言葉は、誰に向けられたものなのか。
「ぼくたんのお嫁さんの周りに、男はいちゃいけましぇん♡ 愛しのセインセス様は、ぼくたんだけのモノなんでしゅからねぇ♡」
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