第185話 「セインセスの覚悟」
セインセス様の婚姻が決まったという危機により、僕たちは領地には戻らず。
彼女が所有する王都の別邸に滞在していた。
ちなみに領地は男爵時代と同じで、そこに故チギュドー男爵の領などが加わるらしい。
コックロも子爵となり、そのような感じだ。
「なんなんだあのセイリムリ男爵という奴は、気色悪い。あんなのがセインセス様の嫁ぎ先だなんて、怖気が走る」
「女としては当然、あんな奴は誰でも知り合いになりたくすらないだろう」
叙爵式に参列していたアクレイとコックロが、同音異語で罵倒していた。
彼女たちは背筋を震わせながら、セインセス様の婚約者を拒んでいる。
目上の者に対して、それに女性に向かって、あのような態度。
僕だって彼とは関わり合いにすらなりたくない。
しかしこれからどうしたものか、なんとか縁談を断れないのだろうか?
「あんなやつ初めて見たぞ? 本当に貴族なのか?」
「らしいね。ボクも全く目にしたこともなかった」
貴族として社交に親しんでいたアクレイとコックロ。
しかし彼女たちも顔を知らないと話す。
「調べてみたが、あの男爵。ああ見えて代々貴族らしい。兄が死んで急遽男爵位を継いだが、魔物の侵攻を押しとどめる力があるようだ」
「あの肥満体型であるが、中々に立ち振る舞いが隙が無い男だった。しかし政治力は大したことがないだろう。私でも察せるが王太子は完全に、セインセス様を政治から締め出す気だな」
そんな事情とは、でも裏がありそうな話だ。
聞く限りだがセイリムリになんだか都合がよすぎる。
何か陰謀が潜んでいそうな直感がした。
それはそれとして政治には疎い僕も、コックロと同じ意見だ。
有能なセインセスが目障りな王太子は、とことん冷遇するつもりなのだろう。
「しかしこの政治的奇襲……私たちの後ろ盾であるセインセス様のお立場が弱まることは不利益だ。どう対処する? もう式の日程は決まっている」
「難しいな……王太子の肝入りで成立した縁談だ。顔を見せない王が鶴の一声をあげない限り、どうしようもない」
「ねぇ二人とも。なんとか断る方法はない? セインセス様が可哀そうだ」
効けば聞くほどに八方塞がりに聞こえる。
でも何か良策がない者かと、アクレイへ尋ねた。
しかし暗い面持ちで首を横に振り、言外に否定した。
ダメなのか……
「ボクもお手上げだ。次期国王の意向には、とても逆らえない。王族の婚姻とは多分に政治的意向を含むもの。王太子の派閥は国内最大。大貴族たちも反感を買ってまで、王族の婚姻には触れたくないだろう。自分からセインセス様に結婚を申し込むのも、次期国王に疎まれるという弱点になりかねない」
「誰と結婚しても反感を買う……」
「国外の者と縁談を結ぶという手があるが、それではセインセス様の身の安全に疑問が残るし。何より王太子は猛烈に反対するだろう。あの方は対外強硬派だからな。だからこそわざと嫁がせて油断させるという手もあるが、王女の存在は王位簒奪の口実にされかねない危険性もあるからやらないはずだ。何よりセインセス様が幸せになる可能性は、孤立無援となる以上は不確実なものになり過ぎる」
なんてことだ。
それではあんな男に嫌がらせの結果、その思い通りに嫁がなくてはならないという事。
その時、この屋敷の主が姿を現した。
いつも通りの冷静な声で、それだけに痛々しかった。
「―――――皆さんが懸念されるには及びません。王族の義務として覚悟していたことです」
「セインセス様! しかし……」
「私は恋愛がよくわかりません。誰と結婚しても同じです」
「いや……でもあなたの幸せが」
王女は儚げな笑みを浮かべた。
でも辛いはずだ。
本心では絶対に嫌なはずだ。
僕だって貴族として家に尽くすように育てられた。
でもやっぱりこんなの間違っている。
頑張った人が報われないなんて、そんなことは僕は許せないんだ。
「多少のハンデは覚悟しておりました。与えられたカードで頑張るしかない。この国を救うためにも、派閥は広げないとなりません。丁度いい婚姻話でしょう」
「でも……」
「ありがとう。あなたたちという味方がいる私は幸せ者です」
美しい笑みを浮かべて、実兄にすら理解されない彼女は強がる。
僕は彼女の顔が見れず、俯いた。
なんで他人の悪意に振り回されてまで、国家に身を捧げるのか。
僕たちを心配させまいと、気丈に振る舞っているはずだ。
僕たちを巻き込むまいと、涙を呑んでいるはずだ。
彼女をセイリムリの妻にするのは、国のためにならない。
もっと国難に立ち向かえる、強く賢く優しい、そんな男と―――――
「ダイフラグ殿下に頼むのはどうでしょう?」
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