第184話 「セイリムリ男爵」
「唐突なお話ですね」
感情を乱さずセインセス様は即答した。
それが気に食わなかったのか、王太子は意地悪く語調荒く縁談の詳細を告げる。
「お前は各地に外交に赴いていたからな。会える機会もこれくらいしかないから、めでたき場に相応しいと今日伝えることにした。嬉しかろう?」
嫌味な態度で恩着せがましく礼を促している。
しかし王女殿下はそれをスルー。
「王族の役目に殉じる所存でございます。して相手のお方とは?」
「紹介しよう。丁度この場にもお呼びしているところだ」
そんな態度を取られても実に楽し気に王太子は、ある人物を呼びつける。
話にあった人物と早速会えるらしい。
そこに現れたのはでっぷりと太った、恐らくは僕より年上の男。
禿げ上がった頭には、側頭部から長い髪をもってきてバーコードのように見える。
脂ぎった顔には、粘着質な笑みが絶えない。
不潔そのものといった、全く清潔感のない肌と服装。
全体的に黄ばんだ汚れが散見され、異臭まで漂ってくる。
周囲の尊き人間たちは、満面の笑みでそれを観察していた。
セインセス様の反応を見るのが恐ろしい。
軋む首を曲げていくと、普段と変わらない微笑を称えているが……
「ぼっ、ぼくたんはセイリムリ男爵でしゅ……ヒヒッ……ムシャムシャ……」
「私が最近見出した男でな。中々できる男だ」
笑い始めると白い苔の生えた舌が飛び出し、虫歯だらけの乱杭歯が露出した。
そこには食べ粕が付着し、非常に汚い。
その視線はセインセス様の豊かな胸部と臀部へと、常に向けられている。
その脂肪で肥大した体は、しきりに不気味に揺れており挙動不審。
腹肉が脈動するように蠢いていて、実に気色が悪い。
「金の髪が……とっても綺麗でしゅねぇ……このお姉さんがぼくたんのお嫁さんになってくれるんでしゅかぁ……?」
「あぁ。自慢の妹だ。私に似て美しいだろう? ぜひお前の妻に与えたい」
「本当に美しいでしゅ……体格も王太子殿下に似て素晴らしいのでしゅ♡ ……フヒッ……おっぱぁい……♡ チューッ! チュパッ! ンチュッパ!!! ブフゥ……♡♡♡」
「クク」
まるで貴族とは思えない、下品な仕草と語り口。
セインセス様の胸元に視線をやって、しきりに唾液が漏れ出ていた。
口内から咀嚼物の破片が吹き飛び、非常に不衛生である。
そしてしまいには口をすぼめて、何を想像してか吸いあげ始めた。
息を荒げるたびに、ひどい臭いの口臭が周りに立ち込める。
セインセス様の笑みは微動だにしないが、瞳のハイライトは消え失せて何事も口にしていない。
ヴェンリノーブル侯爵は強張った表情で、口を噤んでいた。
もう笑いが堪えきれない様子で、口元を抑えた王太子。
彼の目は喜悦に染まり、三日月形に歪んでいた。
確実にその魂胆は、セインセス様への嫌がらせだろう。
余りの仕打ちに怒りがこみあげてくる。
「初めてのお嫁さんがぁこんな美人さんでぇ……ぼ、ぼくたん嬉しいでしゅぅ……♡ おまたもビックリしちゃってましゅぅ……♡」
「お褒め頂き嬉しく思います」
「おお! 相性がいいようで何よりだ! この婚姻は誰もが羨むものとなるだろう!!! ハハハハハ!!!!!」
内股で股間を抑えてモジモジしている、清潔感のない中年肥満男。
その指の隙間からは、怒張した――――――
嫌悪感に視線を逸らすと、侯爵も吐き気がこみ上げたのか。
苦い顔を隠さず、首を背けている。
大笑いする王太子は、してやったりといった顔つきだ。
意図的にこの男を選んだのだろう。
「新婚生活が楽しみでしゅねぇ……赤ちゃんは何人作りまちゅかぁ……ぼくたん一晩中おまたスリスリしましゅよぉ……」
「気が早いな。それほど気に入ったのなら、式の日取りも決めてやろう。感謝するのだぞ」
「嬉しいでしゅう……♡ ぼくたんエッチ頑張りましゅよぉ……初めて同士だけど、だからこそ運命の出会いでしゅねぇ……きっと神様がくれた幸せに決まってましゅぅ……♡」
息を荒げて頬を紅潮させたセイリムリ男爵。
その似合わない貴族服からは、汗が滲み出している。
ここまでの圧倒的なまでの生理的嫌悪感は、初めてのもの。
こんな男と結婚生活を送るだなんて、考えただけでも悍ましい。
「そういうことだ。お前の新たな門出を祝福させてほしい」
「日頃からお兄様に祝って頂き、感激でございます」
「フンッ! 覚えておくといい」
セインセス様は何事もなかったかのように、全く感情を乱さず謝礼を述べた。
その反応が気に食わなかったのか、ゲースリンスは即座に不機嫌に戻る。
そして鼻を鳴らして去って行った。
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