第181話 「思考停止した老人の末路」
魔王軍の再侵攻の時がやってきた。
けたたましい銅鑼の音と、邪悪なる角笛の音が鳴り響く。
まち構えていたエルフの長老たちは、抵抗すべく立ち上がる。
エルフの長は交戦前に演説し、士気を高めた。
「悪の魔王たちに、渾身のエルフ魂を見せつけるのだ! 恐れをなして逃げ惑うあの矮躯を想像せよ! 者共かかれーーーーーっっっ!!!!!」
老境に差し掛かった者たちばかりとはいえ、勇士たちは果敢に猛攻を加える。
人間ならば数十人単位で対抗する魔物も、魔法の数発で仕留めるのだ。
エルフという種族の異常なほどの能力値が、いかんなく発揮される。
数々の練り上げられた魔法現象が、彼らの敵たちへと襲い掛かった。
「最後の奉公であろうとも、母なる大地を穢す仇敵たちに一矢報いるのだ! 身を捨てればそれだけ故郷は永らえる! たとえ身が滅びようとも、我らが魂は不滅! 同胞たちの帰る地を守るのだっっっ!!!」
自らも身を傷つけられてなお、戦意が衰えない長老。
その姿はエルフの長というだけに相応しいものだった。
若き同胞の変える血を守るため、先祖から受け継いだ血を守るため。
同胞愛のために、彼らは死すら厭わないのだ。
「私が出る」
青い肌の魔を統べる少女。
魔王マオは万軍とも思える魔物たちの前に、瞬時に躍り出た。
彼女が足を踏みしめれば、それだけで突風が吹き荒れる。
砂塵が晴れると、彼女は無表情のままで長老と対峙した。
「魔王……よくも我らが故郷を!!! お前には心がないのか!?!?!? 故郷を失ったエルフたちが、どんな扱いを受けるのか想像はできないのか!? 魔物たちを統率する王ならば、わかるはずだ!?!?!?」
喉が潰れそうになるほどの、掠れ声で絶叫する。
その瞳には涙が滲んでいる。
家族と笑いあった。
友人とかけがえのない青春時代を過ごした。
愛するものと語り合った。
すべての思い出が詰まった地。
「我らが何をした!?!?!? 我らは自らすら縛る掟を重んじ、人間にも魔物にも距離をとってきた! この地を去ったあの子たちが、今後どんな扱いをこれから受けるのか…………死んだ方がマシな目に遭うかもしれんのだぞ!?!?!? いや長く生きていけば醜悪な権力者は、必ず長命かつ優秀な我らの身体に目をつけるだろう!!!」
「……」
「必ずや卑劣なる人間たちは、巧妙に罠を仕掛けエルフを捕まえようとするだろう!!! 同族を人質に取られれば、悪意に晒されてこなかった者たちは簡単に従ってしまう! 生き地獄といってなお生温い目に合わされることは、必然といっていい!!! それをお前たちはぁあぁぁっっっ!?!?!?!?!?」
「中立は潜在的敵にすぎない。お前たちには全員死んでもらう」
残酷な宣告。
マオは声一つ乱さず、殺戮を宣言した。
長老はこぶしを震わせ、初めて憎しみの視線を向けた。
強烈な殺気が魔王を襲うが、身じろぎ一つしない。
若いエルフたちが口々に罵っても、言葉を尽くして引き留めた長老。
同胞への愛が、多くの知見を有する賢者であり、人格者である彼に見放すことを決してさせなかった。
長老に選出された彼はエルフたちのすべてを、自身の子どもたちだと思っているのだ。
だからどれだけ酷いことを言われようと、見捨てることなどできない。
だが目の前にいるのは、仲間を引き裂き、殺した怨敵。
彼の得意な魔法をもって、殺害しようとすることは自然な推移であった。
「魔物たちのために、滅びるがいい。カタストロフダークネス――――――」
長老が魔法陣を起動したその瞬間、極大の闇が顕現する。
全てを飲み込むような、暗黒の奔流。
破局的なまでの極大の暴威が吹き荒れる。
周囲の一切を飲み込まんと、恐ろしい速さで破壊力が駆け巡った。
「――――――まずい……!? バーンエクスプロード!!! メイルシュトローム!!! テンペストストーム!!! アースクエイク!!!」
長老は類稀なる魔法能力によって、それに反応した。
4つの高位魔法。
世界最高峰の魔法が、連続で放たれた奇跡の瞬間。
「終わりだ」
「――――――が……ぁ……!?」
それでも力は及ばず。
圧倒的な力で蹂躙される。
魔王は息一つ乱さず、この稀代の魔法使いの攻撃を突破した。
間違いなく世界最高峰の強者のはずの長老。
それを圧倒的に上回る力を、少女にも見える魔物は示したのだ。
長老の両足が消し飛ばされる。
エルフたちは死ぬまでの苦痛が増すだけとなった。
「あ……あぁ……」
「長老が……そんな……」
「もう……おしまいだ……」
エルフ最強であった長老が、成す術なく無力化される。
この場に残っていたエルフの同胞たちも半数が、魔王の攻撃で焼失した。
遂に弓や杖などの武具を取り落とし、戦意喪失した。
老いたエルフたちは地面に手と膝をついて、茫然と赤く染まった故郷を眺める。
彼らの目には涙が滲み、絶望が垣間見えた。
これが戦争で負けるという事だった。
「森が燃えていく……我らが育ったエルフの森が……」
長老は力なく地面に横たわりながら、生命の赤を流し続ける。
譫言をぶつぶつと呟きながら、故郷の終焉を眺めるしかなかった。
彼は空虚な眼孔を魔物たちに向けた。
その体はもう動こうとはしなかった。
いやできなかった。
エルフを代表する老人が漏らした最期の言葉は、現実逃避だったからなのか。
それとも以前から思考停止していたからだったのか。
「里が滅びそうになった時のマニュアルは、どこにあったかのぉ?」
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