第165話 「長老」
長老といわれた、長い金色の髭を生やした壮年のエルフ男性。
といっても全く衰えを感じさせない、しっかりした姿勢と話し方。
不老の種族とまで言われるエルフ。
実際にはそんなことはないかもだが、1000年以上は生きていてもおかしくはない。
「交易がしたいという事だったな。この里はあまり外界と接さないようにしている。あまり交易品は外部には出せない」
「分不相応な量までを求めるつもりはございません。双方に利になる形を相談し、模索したく」
「長老。信頼できる者たちです。私は真の仲間だと認識している、心が済んだ、強き者たちです」
そこまで言われるのも気恥ずかしいな。
でも真の仲間って言葉は嬉しすぎる。
商談中だが、頬が緩んではいないだろうか?
「エルマージが言うのならば間違いはないのだろう。だが人数がかなり多いようだ。歓待したいところではあるが、食料なども出来る限りは出すが、申し訳ないが金銭で補って頂きたい。もちろん可能な限り交易品は出そう」
「いえ。当然のことです。お心遣いに感謝いたします」
僕たちは恙なく互いの要求を擦り合わせられた。
初回の取引だからこんなものだろう。
後は実績を積み重ね、信頼関係を築いていけばいい。
そもそも別に交易にこだわる必要もないしな。
そんな折に、長老の後方に控えていた男性が横やりを入れてきた
先ほどエルマージと親しげに話していた、僕達を案内してくれたエルリフォムという方だ。
「長老!!! もっと交易品を増やすべきです!!!」
「お客人の前で何をしている。無礼であろう。慎め」
長老は身内の口出しに、厳しく叱責する。
だがそれに対して食い下がるエルリフォムさん。
彼にも考えがあってのことらしい。
「我々が停滞している中で、他の国は発展しているのですよ!? 人間たちを取り入れねば、置いて行かれます!」
「人間を入れても上手くいかぬ。それが掟じゃ」
彼は危機感を覚えているようだ。
エルリフォムさんは持論を展開し、己の意が正しいと押し通そうとする。
しかし長老は滔々と道理を説く。
長生きの彼には、恐らく多くの失敗もあったのだろう。
人間の一員として、頷ける言葉があった。
「掟には理由がある。過去に人間を入れたこともあった。しかし人間と番になったエルフは大体が狂った。お前とて知っているはずだ」
「……」
「それに人間は邪悪な者が多い。満たされぬから、欲望が強いのだ。もちろんマノワール殿たちのように心清らかなる者もいるが、それは一握りでしかない。身の丈に合った行動をとれる、感情を制御できるまで成長することは定命の存在には難しい。人間を身内に引き入れたところで、結局は内部から腐り落ちる」
同じ人間の視点からも、共感できた。
絶対に不幸になるとは言えない。
若くして死別する夫婦だっている。
だが確実に早く別離の時を迎える、エルフと人間。
同じ時を生きられないからこそ、起こった悲劇は多かったのだろう。
長老の顔の皴はさらに濃くなり、その苦悩を思い起こさせた。
エルマージも俯きながら、神妙に聞いている。
人間たちと長く接してきた彼女は、当然別れも多かっただろう。
彼女はこの時、何を考えていたのだろうか?
「その腐り落ちる前に、我々が死にそうだから人間を取り入れようとしているのです! 刻一刻と変わりゆく世界で、時代に適合しない掟を遵守する意味がどこにあるというのですか!?!?!?」
「多くの経験から織りなされる、合理的な取り決め。それが掟だからじゃ。儂はそれを崩したところで、うまくいくとは思えん。人間を取り入れたところで、魔物たちは我らをどう見るかという事。それすらも考えないならば、考慮に値しない」
両者の考えにはそれぞれに理がある。
彼らの状況に詳しくない僕には、一概に判断はできない。
常に変化する世界で変わらない指針がなければ、何をすればいいかわからない者もいる。
不変のものがあるという思い込みは、慈悲でもあるのだ。
掟失くして生きられる者は、極少ない。
それは僕らだって、人間だって同じなのだから。
「マノワール殿。見苦しいところを見せてすまなかった」
「いえ。大変貴重なお話でした。人間の身としても、身につまされます」
「とても見どころのある人間じゃ。エルフ内の問題を晒し痛恨の極みじゃが、その言葉で救われた。さて、夜も更けた。ゆっくり逗留されるがよろしい」
「ご厚情痛み入ります、お言葉に甘えさせていただきます」
固い雰囲気のまま、会談は終わる。
僕たちは客室へと案内され、もてなしを受ける。
エルフのヘルシーな食事はオッサンには合うな。
夜が更けた頃ノックされ、誰かが訪ねてくる。
チャライ辺りが何かしているのか?
まったく夜は騒ぐなとあれほど言っていたのに、酒盛りでも始めそうだな。
「夜分遅くに失礼。話す時間を頂きたく参上仕った」
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