第146話 「他人行儀という時間の断絶の証」
一週間かけて目的地にたどり着く。
大きな町なので、分散すれば一万人単位でも悠々と入れる。
ニンメイちゃん達は初めて来る場所なのに、通行人のほとんどが僕たちの知り合いになっている感じだが。
今日は町に滞在してもらう事にして、僕はある場所へと向かう。
気が重いが、行かなければならない用事だから。
懐かしい街並み。
しかし苦い思い出しかない。
「コックロ様。お久しゅうございます。ご同行の皆様もどうぞこちらへ」
「うむ。ありがとう。面会時間の方は?」
「当主様は夕食後に面会時間をとられるのことです。客室でごゆっくり旅の疲れを癒していただければ」
親族であるコックロは、執事に丁寧に応対される。
今日来た目的である、僕の従妹のアクレイは実力者の大領主。
そして多忙な生活を送っているようだ。
それもそうだ。
領主の仕事とは、真面目にこなせばキリがないくらいに業務が多い。
彼女は素晴らしい領主になっているようだ。
街には笑顔が溢れている。
だからこそコンプレックスが鎌首をもたげた。
こんなことを考えているから、僕は小さい男なんだろうなと自嘲する。
「当主様がお呼びです」
「ありがとう。皆行こうか」
とうとうこの時がやってきた。
緊張と共に生唾を飲む。
「―――――オッサツイホ侯爵家当主。アクレイ・オッサツイホだ。どうぞお見知りおきを」
「久しぶりだなアクレイ。忙しいところ、時間を取ってくれてありがとう。少し頼みごとがあってな。こちらはなんと昔この屋敷に住んでいたお兄ちゃん、マノワールだ」
「マノワールと申します」
僕たちはパーティとして、会う事を許可された。
成長した彼女は、美しい貴婦人になっていて。
思わず見惚れてしまった。
ピンク色の美しく整えられた縦巻きヘアー。
睫毛の長い、釣り目がちな目。
見る人によってはキツイ性格だと第一印象を持たれる、高貴な風体の女性。
その非常に豊満な体つきと、女性としては高い身長の素晴らしいスタイルは、耳目を集めてやまない事だろう。
「初めまして。ご噂はかねがね耳にしております。歓迎いたします」
「どうしたんだアクレイ? 昔一緒に住んでいた、お前の従兄だろう? 気難しいお前があれだけ懐いていて、いなくなってから随分と泣いていたというのに……何の冗談だ?」
「えーと。誰だったかな。何年前にいた使用人だ? 大昔のことだろうから覚えてないんだ」
コックロは眉を傾けて、疑問を呈した。
あんな別れ方だ。
覚えていなくても無理はない。
アクレイから冷たい目で射られ、所在なく身を縮める。
素っ気ない言葉に心を突きさされたからだ。
「おい!? そんな態度はないだろうアクレイ!? お前は魔法学園の時にも、お兄ちゃんを助けて―――――」
「おいおいコックロ。親友とは言えど、口は慎みたまえよ。この場では友人として接しているが、オッサツイホ家当主であるボクの一分一秒は貴重なのだよ。領民の血税を無駄にせよというのかね?」
アクレイは淡々と事務的に口にする。
その表情に親近感は一切ない。
コックロは詰め寄ろうとしたが、彼女はその前に言葉を発した。
「あぁ……マノワールといったかね? ようやく思い出したよ。最近男爵位になったが、逃げだした腕っぷしだけの冒険者。そして……昔ボクの善意を無下にした、そして最近になっても支援を受け取っておきながら逃げ出した、どうしようもない男だったね」
「弁明の言葉もございません。その節は大変申し訳ございませんでした」
口調は感情の籠らないものであるが、痛烈な皮肉。
仲間のみんなは固まるか狼狽し、エルマージは睨みつけ始めてしまった。
だが当然の報いだ。
涙が溢れ出す。
記憶力のいい子のこのことだ。
恐らくは怒りを鎮めようと、わざと忘れたふりをしていたのだろう。
そしてそれも善意であり、他人行儀に接していたのだ。
彼女は立派になったのだ。
仕事に私情を挟まない、オッサツイホ侯爵家当主として。
僕とは大違いの、尊敬すべき大人になったのだ。
「なんだい……大の男が泣きだして、今も情けない奴だ。」
「今の発言はないだろう! 彼がどれだけ心を抉られたか、あの後お前は泣いていたはずだ! いつしか話題にもしなくなってしまったが、お前はいつも救急箱を見つめて―――――――」
「―――――――いい加減うるさいぞ!? 用件は聞いてあげるから、忙しいボクの邪魔をしないでくれたまえ!?!?!?」
コックロは何かを話していたが、僕は涙を止めるのに必死で効く余裕がなかった。
妹分に任せきりになってしまったことを、情けなく思う。
でも僕はいつまでたっても子どもで、感情を抑えられない凡人以下のクズなのだ。
アクレイが逆上する声は聞こえ、それで集中力を取り戻せた。
そうだ。許されるわけがない。
そもそも許されるべきではない。
また3人で笑いあえるなんて、烏滸がましい妄想をしていたのは僕なのだから。
「……頼みたいのは魔物退治の依頼を承りたいのと、建設作業を。この領は急遽増強していると聞いた。そこに私たちも加わりたい」
「暴れられても困るし、丁度人工が必要だったところだ。雇ってあげないこともない。感謝することだね」
「ありがとう……ございます……」
頭を下げる。
合理的で感情を挟まないところは、変わっていない。
彼女は感情的になることが子どもの時から稀で、
彼女は僕を憎んでいるが、それでも慈悲をくれたのだ。
最後のチャンスだと思って、誠心誠意努めなければ。
僕じゃない、少しでもみんなの信用をしてもらえるように頑張るんだ。
「……用が終わったのなら、さっさと出ていきたまえ」
「アクレイ!? 素直になれない性格なのはわかってる! でも少しくらいは話を! この前だってお兄ちゃんのことを助けてくれたのに―――――――」
「うるさいな!!! ボクは忙しいんだ!?」
コックロは何かを言いかけたが、怒鳴りつけられて押し黙る。
そして意気消沈してしまった。
僕たち二人は、アクレイに体を押されて無理やり部屋から押し出された。
彼女は感情的に声を荒げる程に、僕と一緒に居たくなかったのだ。
勢いよくドアは閉まる。
それは年月をかけて広げられた断絶を意味するようで。
僕の心には太陽と月の移り変わりと共に積み重ねられた、暗い淀みが多く堆積していた。
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