Episode 35
銃弾が放たれる。
マスケット銃を元に作られているものだからか、それぞれの間隔は一定であるものの、その狙いは正確だ。
頭、腹、両の足。どれも当たれば継戦するには厳しい部位。
私も手に持つ銃で狙ってみてはいるものの、アーちゃんの操る4丁の銃のように狙いを定めることが出来ず、無駄な行為であると思い知ったため、今では手に持っているだけで使ってはいない。
しかしながら、相手も相手で正確に狙われる銃弾には目もくれず、目の前に存在する少女だけを視界に入れ行動していた。
当然だ。他はそもそも脅威にすらなっていないのだから。
正確に急所へと狙われた弾丸は、何故かその身の中へと到達せず肌によって弾かれる。
唯一、腹を攻撃した時だけなぜか腕で攻撃を弾いていたものの……弾いているように見えただけで、拳を使った攻撃をすぐに繰り出していたため、偶然だろう。
HPゲージが微量ながら減っているのを確認しているため、ダメージ自体は通っているのだろうが……それでも弾かれてしまっては、傷の1つも付けられない。
私以外のメンバーの攻撃もそうだ。
武者のような姿をしているスキニットの刀による攻撃も、ジョンやアナによる遠距離からの攻撃も、サーちゃんによる不意打ちにも近いモーニングスターでの攻撃も、全てが全て弾かれる。
無論、スーちゃんの【その脅威は這い寄るように】による全方位からの攻撃もだ。
本当に【飢餓】が入っているのか、入っていてあの減り方なのかは分からない。
しかしながら、今までと同じようなごり押しでの攻略は難しく……どうしてもじりじりと削っていくのが前提になっていた。
「アーちゃん残弾は?!」
((気にしなくていいわ。こっちのMPで作ってるから。……でも流石にジリ貧ね。貴女からMP貰ってもこれじゃあいつかMPが切れるわ))
「だよねぇ……!」
このような現象は初めてではない。
というか、一段階目と似たようなものだ。
しかしながら、あの時は私……というよりはスーちゃんのスキルによってダメージが通っていたため、ここまでの焦燥感は感じていなかった。
漫画や小説にも彼のような存在は登場する。
所謂、単純にただ強いキャラクターだ。
動きは単純、というか……人の身体だからか、筋肉の動きやそれによって引き起こされる行動が予測しやすく、避けることは今まで以上に楽にはなっている。
スーちゃんも時折スキルを使わずに避けているレベルだ。
しかしながら、その1つ1つの動作が力強い。
現在、私達がいる空間は周囲が骨によって築かれている異質な空間だ。
だが、それのおかげで古ノ狼による行動の力強さがより伝わりやすい。
例えば、踏み込み。
彼にとっては単純にスーちゃんへと近づくために行った1つの動作だろう。
しかしながら、それを行うと同時……震脚のように地面が震え、地面の代わりに散らばっている骨が宙を舞う。
拳はその1つ1つが豪風を纏い、下手をしなくともそれだけで吹き飛ばされそうになるほどだ。
行動の予測がしやすい、とは言ったものの。
それによって引き起こされる副次的な現象によって、近づくことすらままならない。
よくもまぁ切りかかったり叩きつけたり出来るものだと、スキニットやサーちゃんの事をある種尊敬する。
「語り部」
「おや、スキニットくん。どうしたんだい?」
「いや見ての通りな。何かしら策がないかと思って聞きに来た所さ」
「あー」
と、気が付けばスキニットがこちらの近くへと寄ってきていた。
彼の言う事も分かる。
私以上に近くで古ノ狼の事を見ているのだ。そのどうしようもなさは分かりきっているだろう。
「といっても、こっちもこっちで考え中でね。あんなのひと昔の少年漫画にもいないぜ?」
「だよなぁ……あっちの嬢ちゃんとアレがお互いを知ってるみたいだったし、それ関係で何か情報があればよかったんだが……」
「生憎、あの子の物語はアレにあの子が殺されて終わりさ。討伐されたとかの逸話がない分、対策も立てられない」
「チッ……やっぱレベルが足りてねぇって事か……?」
レベルが足りていない。
確かにこれもあるだろう。
ルプス森林は掲示板や話に聞く限り、もう少し後……それこそ、城下町の前に広がっているノウーナ平原を先に攻略してから訪れるエリアらしい。
だからこそ、ここまで善戦出来ている私達の方がおかしいといえばおかしいのだ。
だが、ここまで善戦出来ているのだから何かしら策はあるはず。
もしくは打開とまではいかないものの、今のダメージが通りにくくなっている状態をどうにかするためのギミック程度はあると思いたいのだ。
「うーん。スキニットくん。このゲームでボス戦ってやったことある?」
「あ?……一応、ノウーナのはやったがβ時代だぞ?」
「それでいいよ。何かしらのギミックとかってその時あったかい?」
そういうと、彼は古ノ狼を警戒しつつ考え込んで、
「あぁ、あったな。ノウーナだとステージギミックとして落とし穴が存在してた。そこにハメないとダメージ加えられないくらいにはすばしっこくてな」
「成程、ステージギミックね……」
周りを確認する。
周囲には骨、骨、骨。骨で作られた木のようなものだったり、少し前まで私達が戦闘を行っていた森の中を骨で再現している空間だ。
そして空は赤黒く、まるで血のような色をしている。
ここで付与される状態異常は【飢餓】。
ゲーム的な効果で言えば、防御ダウンと速度のダウンの二重デバフ。
恐らくは飢餓による抵抗力や体力の低下をその2つのデバフで表しているのだろう。
「あー……?」
ここまでの古ノ狼の行動を考える。
彼は基本的にこちらの攻撃を意にも介さず、スーちゃんへと攻撃を繰り返し続けている。
それが当たらなくても、ずっとだ。
それによる余波によって、まともに近づこうとすれば苦労する程度には。
そして最後に。
『赤ずきん』という作品における、狼という立ち位置のキャラクターについて考え。
ある1つの可能性へとたどり着いた。
「……成程。まだ救いはあるかな。コレ」
「何か思いついたか?」
「うん、まぁ少しだけ試さないとダメだからスキニットくんは出なくていいよ。……アーちゃん」
((思考は読んでたから分かってるわ。全銃口、照準))
私の周囲に浮いている銃身が、古ノ狼のある一部位へとその銃口を向けた。
瞬間、連続して破裂音が響き、銃弾がその部位……古ノ狼の腹部へと向かって放たれた。
『むっ!?』
すると、どうだろう。
古ノ狼は今までスーちゃんを攻撃していた時に浮かべていたような笑みを消し、少しだけ焦ったようにその腹部へと迫った銃弾を腕と足を使って器用に全て弾き飛ばした。
「確定かな」
「……ほーう。分かりやすくて良いこった」
『赤ずきん』に登場する狼。
それは赤ずきんやおばあさんを喰らい、狩人によって退治される悪役だ。
そして、数々の派生作品があるものの……広く知られている結末も存在する。
それは腹部を裂かれ腹の中から2人を救い出されるというものだ。
確かに『小さな赤頭巾ちゃんの生と死』には、狼が退治されたという話は私の知る限りでは存在しない。もしかしたらあるのかもしれないが、ここで確認するには時間が足りない。
しかしながら、この世界は相当数の童話が、その登場人物たちが暮らす世界。
その中でも悪役達は今目の前にいる古ノ狼のように、エリアボスとして存在しているそうだ。
つまり唯一の存在といっても過言ではない。
他の赤ずきんが私の所だけでも3人は存在しているのに関わらずだ。
彼は意識的には『小さな赤頭巾ちゃんの生と死』に登場する狼に近いのだろう。
そうでなくては、それに登場するスーちゃんをここまで目の敵にしたように狙わない。
ならば何故、退治されたという結末がないはずの狼をこのようにボスに据えているのか?
答え、というよりはほぼ推測の域だが。
恐らくは、ボスに配置される登場人物は登場する物語の全ての特性を受け継いでいるのではないだろうか?そう考えられる。
だからこそ、腹部という……裂かれ獲物を逃がされたという部位を露骨に守る。
『赤ずきん』ではそういった結末を迎え、『少女と狼』では殺されている。
その2つの物語の狼が統合されているのであれば、先程の行動も納得できる。
やっと、このボス戦の光明が見えた気がした。




