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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第2章 雷の女帝
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#08

 あの事件の後、私達はすぐにあの街を出て別の大きな街へと拠点を移した。あの宿の女将さんには色々とお世話になっていたので、少し寂しいが仕方ない。あの街に居続ける事が、私には出来なかった。

 リンダはあの後すぐに宿に戻ってきた。その際、屋敷が火事に合った事を知らなかった。

 リンダの言い訳はこうだ。朝方レイスにたたき起こされ、仕方なく屋敷へ向かう途中、再び睡魔に襲われて道端で寝てしまったそうだ。

 はっきり言って怪しすぎる。当然嘘だろう。だが、悪びれず堂々と嘘をつくリンダが怖くて……不問としてしまった。いつもは追及するはずのレイスも何も言わなかった。

 二人が火事の真相を知っているなら口裏を合わせているのが当然だろう。それでも追求できなかった。そんな風に私が二人を疑っていると言う事を、知られたくなかった。

 もしかしたら本当に二人共何も知らないかも知れない。説明しないのだから知らないと思いたい。それなのに、こんな風に不安に思うのは、リートのせいだ。

 リートが二人を追及するから。リートが二人の正面から文句を言うから……私は不安になる。追求するリート相手に言い訳を重ねる二人を……見たくない。

 リートのせいにするのは間違っているだろう。誰だって不審に思うことだ。それを本人に確認しているだけだ。それなのに、私はリートの口を塞いでしまいたくなる。

 聞かないでくれ……話さないでくれ……私は……聞きたくないんだ――。



 ◆ ◆ ◆



「リンダが消えた?」

「はい、連絡が取れません」

「……いつから?」

「朝からです」


 そう淡々と報告するレイスに溜息をつく。


遠話具とわぐの故障か?」

「……わかりません。通信が途絶えたのは確かなのですが……壊された可能性の方が大きいと思います。コルトへ番号を確認しましたが、やはり通信不能でした。」

「そう、か……」


 私はレイスのブレスレットを見る。そこにはめられている一つの石は輝きを失っていた。

 遠話具とわぐとは遠方の相手と連絡を取る事の出来る機材の名称だ。基本の形はブレスレットで、それに親指の爪程の大きさの精霊石を嵌め込み使用する。

 精霊石とは、魔法が扱えない人間でも魔力を注ぎ込めば擬似的に魔法を扱う事が出来るの様になる石の事だ。

 本来一度使えば消失していまう消耗品の精霊石を改良して、日常生活の中何度でも効果を発揮する事を出来るようにしたものを精霊具せいれいぐと呼ぶ。

 その種類によって名称も効能も違うが、日常に馴染んでいる精霊具は水やお湯を出すものや、火を熾すもの。食品を冷やす為に使う箱や、部屋を温かくするものだとか、生活に必要不可欠な物になっている。

 その精霊具の一つである遠話具は、遠話具協会コルト・センド――通称コルト――が販売している。ブレスレット一つに一つづつ精霊石がはめられていて、それぞれの番号がふられている。

 それを使うとコルトへ繋がり、通信したい相手の番号を伝える事により会話する事が出来るのだ。だが、その方法はとても時間がかかる。その時によりけりだが、話したい相手には簡単には繋がらない。

 その為、頻繁に連絡を取りたい相手とは二つでセットの石が売られている。それをお互いの遠話具へはめ込むと直通で会話する事が出来るのだ。


 私はコルト専用以外に、レイスとのを一つ。レイスは私とリンダのをはめ込んでいる。なぜ私がリンダ用を持っていないかと言うと、レイスに「私が常に側にいるのですから必要ないでしょう」と一蹴された。

 確かに必要ないかも知れない。それにコルト専用は安値だが、セット遠話具は安くない。と言うかとても高い。

 リートにはまだ一人で行動をさせた事がないので、まだ持たせていない。そう、高いからな。


 私はレイスの腕を掴むともう一度ブレスレット見た。石は三つはめ込まれている。一つはこると専用の黒い石。もう一つは私との連絡用で赤い石。キラキラと魔力を帯び輝いている。最後の一つはリンダとの連絡用で緑の石だが、輝きを失いただの石なっていた。

 こんな時、魔力を多く保持しながらも融通の利かない過剰適合者は難儀だ。本来ならばハンターに遠話具は必要ない。なぜなら遠話とおわと言う魔法でお互い連絡を取ることが出来るからだ。

 だが私達過剰適合者は、そんな魔法さえ使うことが出来ない。


「……昨日は連絡取れたのか?」

「はい、目的のロブニー村に着いたと言っていました。夜遅かったので、宿で一泊後、依頼主と面会する……と」

「そうか」


 今回リンダに単独行動を許したのは、依頼人との接触の為だ。先日少し離れた村から封書で依頼が届いた。村外れ、ほぼ山と言うような所で異生に襲われる事件が発生したので助けて欲しい、と言う内容だった。

 この様な依頼内容は普通、国に通され国が主導を取るが……この国はそう言った事案に対しとても行動が鈍い国で有名だった。だからなのか、一刻を争う状態だったのか、私に直接依頼して来たのだ。

 とりあえずその日の内に早馬でリンダを発たせ、私達はリンダの報告を待って向かう予定になっていた。

 一緒に行けば良いと思うだろうが、慈善事業ではない以上、依頼の内容を先にしっかりと確認しておく必要があるのだ。

 自慢ではないが私はかなり名の知れたハンターだ。そんな私が依頼人の言う通り、簡単に動く訳にはいかない。


「……どう思う?」


 レイスの手を離してテーブルに片肘をつくと、顎でしゃくる。


「ロリア様、お行儀が悪い」

「うるさい。私は朝早くからお前に叩き起こされて機嫌が悪いんだ」

「では放って置きますか?」

「……冷たいヤツだな」


 無表情で言い放つレイスに苦笑が漏れる。


「異生にやられたにしよ、誰かにつかまったにしよ、そんな実力不足な武器はロリア様には必要ありません」

「……このまま放置していてどうにかなる問題じゃないだろ。どっちみちまた催促の依頼が来ても面倒臭いしな」


 そう言ってやると、……なぜか笑われた。


「なんだ、レイス、文句あるのか」

「心配なら心配と素直におっしゃればいいものを……本当、素直じゃないですね」

「…………」


 無言でテーブルの下、レイスの脛を蹴っ飛ばしてから私は朝食のパンに手を伸ばした。



 ◆ ◆ ◆



 依頼のあった村に行く事に、躊躇していた理由は私が有名なハンターだから、ではない。本当は別の理由があった。

 正直、本当は来るのが嫌だった。リートを連れて来るのも嫌だったが、あの街に一人残しておくのも心配で、仕方なく同行を許した。

 レイスの事を怒れないな。意外と私も過保護だったみたいだ。


「うっわー、ずいぶんと寂れた村ですねー」


 悪びれなく大声でそんな事を言うリートの頭をはたいて、周りを見渡す。確かに寂れてはいるが、そんな事を言われて喜ぶ村人もいないだろう。

 依頼人に会う前に悪感情を持たれては後が拙い……そんな事も気がつかないのだろうか。


「ここに氷漬けにして置いて行きますか?」


 今すぐにでも魔法を発動させようとしているレイスの頭も引っ叩いて私は案内してくれている女性に謝る。


「すまないな、悪気はないのだが……まだ子供で」

「いえ、とんでもないです。わざわざご足労頂いて……ありがとうございます」


 そう言いながら従容と頭を下げる女性を見て、私は複雑な気持ちになる。

 彼女はこの村長の娘で、名をメアリーと言う。私達より少しだけ年上の彼女はとても礼儀正しく賢く美しく……男達の憧れだったのを思い出す。


「……本当に、ロリア。変わらないのね」


 そう言いながら彼女は涙ぐんだ。

 この村は、私達が過去所属していた特別な協会ティバー・リニアオン、通称ティバーと懇意にしている村だ。

 この付近はなぜか異生が発生しやすく、よい訓練場として若い過剰適合者がよく繰り出される。私もレイスも昔ここへ来てしばらく滞在し、異生討伐の仕方を学んだりした。

 その時、メアリーにはすごくお世話になった。


 女性ハンターは珍しく、それは過剰適合者も同じだ。男女比率は圧倒的に女子の方が少なく、また不思議な事に女性が発覚する能力はサポートタイプが多い。その為、私のように前線に借り出される女性は珍しいのだ。

 実際、私達が研修に来た時は私しか女がいなかった。その為私は色々な事に不安を感じていた。その時メアリーに優しくされて、とても心に余裕が出来た事を覚えている。

 確かあの時私は十二かそこらで、そんな私が前線で戦う事をメアリーはとても嘆いてくれていた。

 本当の妹のように接してくれて……姉妹のいない私は、とても嬉しかった記憶がある。


「久しぶり、だな……」

「本当に、元気そうで安心しました。あなたの事を風の噂で聞いた時は本当に驚きました」

「うん」


 なんとなく殊勝な気持ちになって頷く私をリートが不思議そうに見ていたが、レイスがそんなリートの尻を蹴っ飛ばし大騒ぎを始めた。


「……レイスさんと一緒だったのですね」

「ああ、助けて貰ってる」


 頷いてから胸が緊張に高鳴った。

 そう言えば、ティバーにいた時、二人は噂になっていたのを思い出す。美男美女で……たくさんの男達が嘆いていた。レイスに憧れていた女達もやっかんでいて、誰かがメアリーの事を貶めていた気がする。

 その度に、私はメアリーを擁護して喧嘩して……レイスを虚仮にしていた気がする。なんだ? 私はレイスが嫌いだったのだろうか……。


「さぁ、父が待っています。行きましょう」


 メアリーにそう催促され、我に返った。今は、そんな事を考えている時ではなかった。リンダの消息を追わないといけない。


「契約の姫魔女様、ようこそおいでくださいました」


 村長へ会いに行くと、そう言って頭を下げる姿を見てつい眉をひそめる。

 私が覚えているその人とはあまりに変化した容姿に不審に思った態度が出たのだろう、クスリと笑われた。


「人は年を取るものですよ。あなた方のように若い者たちから見たら長い一日でも、私達から見たらあっという間。こうして変わって行くのです」

「お父さん」


 メアリーの窘める声で皮肉を言われたのだと気付き、目を伏せた。不躾に観察した事を恥じる。 


「依頼内容は簡単です。村外れに現れるようになった異生を退治して頂きたい。お願いできますか?」

「……その前に、私の仲間が先にここに訪れたはずだ。その行方を知らないか?」


 一つの嘘も見逃さないよう、しっかりと前を見据えて聞くと、村長は不思議そうな顔をしてメアリーを見た。


「……聞いているかい?」

「……いえ……」


 問われて怪訝そうに首を振るメアリーを見て、急速に焦燥感が襲ってくる。

 リンダ……どこへ消えた……?



 ◆ ◆ ◆



 とりあえず依頼は受ける事にして、私達は村長の家を後にした。お宅に泊めてくれると言っていたが、私達はリンダが泊まると言っていた宿に向かう。リンダの足取りを追わないといけない。

 討伐は今からでは時間が良くないので、明日の朝から山へ行くとして今日はリンダの事を調べる。

 安宿のオジサンにリンダの事を聞いたが、メアリーと同じように首を振られた。なぜだ……、レイスの話では宿に泊まったのではないのか?


「……レイス、不可解な事が多すぎる」

「そうですね」


 私とレイスは情報収集をかねて村の酒場に来ている。ぐずるリートを宥めて宿に留守番させ二人で来た。


「オヤジ、取り合えずビールを二つ」


 私が注文すると、オヤジは一瞬ギョッとした顔になったが、視線に殺気を込めると無言でビールが二つ出てきた。


「ロリア様、素人を脅してはいけません」

「うるさい黙れ。今日は飲みたいんだ」

「……明日は討伐に行きます。程々にして下さいよ」


 そう言っておきながらレイスは出てきたビールを一気に煽ると、酒場のオヤジから二杯目を受け取っている。


「オヤジ、ここにリンダという金髪碧眼でナイスバディーの女が尋ねてこなかったか?」

「し、知りません……!」


 不自然に怯えて奥へ逃げていくオヤジの後姿を見ながら、ため息をついた。


「……レイス……ティバーだと思うか?」


 ずっと不安に思っていた事を私はついに口に出す。レイスは二杯目を傾けると、首を横に振った。


「正直に言って私もわかりません。村とティバーの関係性を考えると……否定は出来ませんが」

「……そうだな……」


 レイスの言葉が突き刺さり、私はビールを一気に飲んだ。

 この村は、ティバーの庇護で存在してると言える村だ。異生が発生しやすい場所にあるのに、対した被害を受けていないのはティバーがすぐに助けてくれる為だ。

 この国の行政は異生討伐に力を入れていない。倒しても倒しても発生してくる異生に人力を裂く必要はないとでも思っているのか、率先して退治をしに来てはくれないのだ。

 その為、国よりもティバーに傾倒している村だと言う事は所属している時から周知の事実だ。そしてそんな背景があるため村人は皆そのティバー所属人には無条件に優しい。

 だが……そのティバーは過剰適合者にとって優しいとは言えない協会だ。


「かどわかされて……村人は黙認か……」

 

 想像していた一番の最悪事案が発覚したようだ。


「まだはっきりとは分かりませんが、考えられますね。馬鹿です」


 三杯目を飲むレイスの辛辣な言葉に溜息がこぼれる。


「それは、リンダに対してか? それともこの村のあり方にか?」

「両方ですね」


 バッサリと切り捨てるレイスに鼻が笑う。


「お前は本当、冷たいな」


 溜息混じりに私がそう言うと、「ロリア様が優しいだけですよ」と煽てた。飄々とそんな事を言うレイスの頭を小突くと立ち上がる。


「私は先に宿に戻る。リートが少し気になるしな」

「もちろん、ご一緒しますよ」


 小突いた私の手をレイスは掴むと、残っていたビールを一気飲みして立ち上がる。そしてそのまま手を繋いで酒場を進んでいく。

 しっかりと握られていて、振り払う事に躊躇する。恋人ではないけれど、こうやって触れる温もりが心地好くて、安心してしまう。

 大丈夫だ。レイスが側にいてくれるから、私は大丈夫だ。それよりも、一人でいるリートが心配になる。

 もし宿の人間も協力しているならば、リートが危ない。


 無言で、少し早足で宿に戻った私達は、最悪なケースになりつつある事に頭を押さえた。

 ……勘弁してくれ、頭が痛い。しっかり留守番してくれていると思っていたリートは、宿にいなかった。


「荒らされた形跡はありませんので、自発的に出たのでしょう」


 冷静に状況を分析したレイスに自分で思っていた事と同じ事を言われ、もっと頭が痛くなる。

 リンダもリートも過剰適合者でありながらティバーの手を逃れてきた稀有な存在だ。二人共攻撃に適している能力だし、ティバーからしたら喉から手が出るほど欲しい存在だろう。

 年の功か、リンダはティバーについてある程度の知識を持っていたが……リートは全く知らなかった。

 そんな協会がある事も、その協会に自分が狙われる危険性がある事も、そしてその協会にもし自分が捕まってしまったらどうなってしまうか、と言う事も何も知らなかった。それなのに、私は深い説明をする事を避けてしまった。

 白状すれば、ティバーでの事を語りたくなかったからだ。

 リンダは私達二人が元ティバーだと知ったとき、何も聞かず「そうなの」と一言口に出しただけだった。その心が温かくて、私はリンダの事を絶対にティバーには渡したくないと思ったのだ。

 だが、リートには真実を話せていなかった。何も知らない純粋なあの瞳に見つめられると……言葉に詰まる。一から十まで全て――ティバーが恐ろしい所だと説明する事が、なぜだか憚られて……近づくな、としか警告しなかった。

 私のミスだ。好奇心旺盛なリートが、私とメアリーの会話を聞いたままで引き下がるはずがなかったのに……。


「ここにも馬鹿が……。ロリア様がお心を痛める必要はありません」


 相変わらずバッサリと切り捨てるレイスだったが、さすがに笑う気にはなれなかった。


「とりあえず、探しに行くぞ。きっとメアリーの所だろう……」


 今更ながらリートに遠話具を持たせてなかった事を後悔する。私達過剰適合者は強い魔力を秘めていながら、こうした魔法を扱う事が出来ないので、必需品なのに……。

 本当に何度目かわからない溜息をつきながら、私達は夜も更けた暗い道を歩き始めた。


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