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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第1章 氷の貴公子
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#06

  完成された生き物をじっくりと観察する。その生き物は背の高さだけは人間だった時と同じようだが、その容姿はまるで違う。青白かった顔色は赤茶色に染まり、こけていた頬からなぜか牙が外に向かって何本も飛び出ている。

 その下にかろうじて口だとわかるような裂け目があり、浮き出ているかのようで印象的だった黒い瞳は青緑色に変わり、爬虫類の目のように瞳孔が垂直に伸びていた。

 両手両足胴体は多少原型をとどめているが、それでも全ての指先からは細長く鋭い爪が伸び、所々の関節が異様に膨れ上がっている。


「……レイス、行けるか?」

「もちろんです」


 視線は男を捕らえたまま横のレイスに確認すると、肯定の返事が返ってくる。


「……ロリア様、無理して頂いて構いませんか?」

「当然だ」


 レイスの確認に私も同じように即答すると、自分の中の魔力をレイスへと移動させる。


「自身の魔力をレイスに、ロリア」


 レイスの体全体に薄い膜を貼るイメージで自分の魔力をレイスへ繋げる。他者を拒絶する結界とは違い、これは包んだ相手の能力を上げる為の結界だ。私の魔力を注ぎ込む事によって、レイスの魔力の底上げをする。

 少しずつ私の魔力を供給する為、私自身の消費が激しいが、レイスの能力は爆発的に向上する。それも相性があるようだが、レイスに至っては凄まじい効力を発揮する。


「リンダ、ついていけないと思いますが、いつもの様に慌てないでタイミングを見てください。無理に私に合わせる必要はありません。私が合わせます」


 リンダが無言で何度も頷くを確認して、レイスは今度リートを見る。


「リート、今度はあなたにも頑張って貰いましょう。先程のように範囲を広くしてしまうのは意味がないでしょうから、あなたは右足だけを熱暴走させるようひたすら続けてください」


 リートはいつもとは別人の様に神妙に頷くと、対象へと向く。


「二人は決して前線には出ないでください。……あの足を見るかぎり、かなり跳躍力を持つタイプだと思われますので、一気に詰められる危険性があります」


 言われて男だったモノの足を見ると、いつの間にかまた形が変化している。

 爪先立ちをしているかのようにくの字に曲がった足が、ジャンプ力の強い動物を連想させる。


「ロリア様の魔力消費を抑えるためにも、行きます」


 誰に宣言するわけでもなく独白すると、レイスが跳んだ。

 両手に氷の刃を作り、避ける相手を殺傷して行く。相手は見切っているようだが、避ける瞬間に氷を伸ばす為傷をつけていく。

 目も追えない素早い猛攻に、異生もどきは赤い血を流していく。

 本当の異生とは違い、表面はそんなに硬くなさそうだ。そして、砂や塵などで形成されている訳ではないのか、血を流している……。

 当然か、元は人間だったのだから……。正直、見たくないものを見てしまう事になるかも知れない。

 異生を倒すことに抵抗を感じた事はない。当然、憎むべき敵として討伐への使命を強く思い出すと言う事が一番の理由ではあるが、抵抗を感じさせた事のない理由は他にもある。

 姿形は異形の物として気持ち悪さがあるが、その中身はサラサラとしたもので傷つけると消えていくからだ。

 手元に残るのは美しい魔石だけで、その他の全ては砂となり塵となり風に流れ消えていく……。

 だが、レイスが切り飛ばした手は……そのままそこにボトッと落ちた。鮮血を噴出す異生もどきの肩から落ちた左手を見ると、人のモノへと戻っている。


 私は唇を噛み締める。目をそらしてはいけない。

 一番、辛い役をレイスにやらせているのだ。私の武器として戦うレイスに、私は、あいつを倒すよう命じたんだ。

 私が、あの男を殺すように命じたんだ。だからこそ、目を逸らさずその結果をちゃんと受け止めないといけないんだ……。



 ◆ ◆ ◆



 左手を落としてから勝負は早かった。落とした後すぐにリートの魔法が威力を発揮した。

 ジリジリと上げていった温度に耐えられなくなり、内から爆発するかのように右足が破裂した。

 足先がなくなり少しよろめいた異生もどきをレイスが氷で突き刺し動けなくさせた所で、リンダが電気ショックを与える。

 ピクピクと痙攣したまま一瞬機能を停止した異生もどきの胸へレイスが手を突き刺し……魔石を回収した。

 レイスの手に握られた魔石は輝きを失い、その辺に落ちていそうな、ちょっと特殊な青緑色をしただけのただの石となっていた。

 秘めていた歪んだ魔力が底をついたのだろう。パッと見た限りでも、その石に魔力が籠められている魔石だとは思えない。

 あれならもう人に影響を及ぼす事はないだろう……。


 レイスの魔法供給をやめ、気が抜けた所で膝がガクッと崩れる。側にいたリンダが慌てて支えてくれたが……おかしい、レイスが飛んで来ない。

 まだ異生もどきの近くで佇むレイスに不審な顔を向ければ、辛そうに視線を落とし私の方を見ない様にしている。


 ……なんだ? ……あぁ、そうか。


 私はリンダの支えを断るとふらつく足で歩き、足元を見詰めたまま微動せず突っ立っているレイスの正面まで来ると、脛を蹴っ飛ばす。


「っ……」

「私がふらついてるのに手を貸さないとは冷たいヤツだな。ここの後片付けはリンダとリートにまかせてお前はさっさと私を抱っこして宿の部屋に連れて戻れ!」

「っ!」


 息を吸い込む音がしたと思ったら、私はあっという間にレイスに抱きかかえられていた。

 私を抱っこしたまま一足で怪訝そうな二人の所へ向かうと、にっこりと笑いかけたレイスを見て……二人に少し同情する。


「ロリア様と私は休息が必要ですので、ここの後始末はあなた方二人でお願いします。当然荒らされていた墓も直すのですよ? ……ついでに……あの男も埋葬してやりなさい」

「えーーーーー!?」

「……まぁ、仕方がないわね」


 ギャーギャーと文句を言うリートをリンダはあしらいながら片づけを始めた。

 後ろを向きながら早く行けと言わんばかりに振られた手を見て、笑みがこぼれた。


「しっかり掴まってて下さいね」


 そう言って走り出したレイスの声が嬉しそうで、私はレイスの首にしがみつき、体を寄せる。その総身にはあの元リサーチャーだった男の血がこびりついていた。

 顔にも、体にも、魔石を抉り出す為に突き刺した手にも……至る所にその凄惨な痕を残していたが、私は気にせずレイスに身を預ける。

 例えお前が返り血を浴びて恐ろしい姿になっていようとしても、私はお前の手が必要なんだ。

 だから……だから、そんな風に私を避けようとは絶対にしないでくれ。

 私の為を思っていたとしても、もしお前に拒絶されたら……私はきっと立っていられない。

 だから、ずっといつまでも私の手を握っててくれ。

 私のお願いだぞ? もし破ったりしたら……ひどい事になるからな?

 私はそんな事を思いながら、レイスに掴まっている両手により力を込めた。



 ◆ ◆ ◆   



 部屋につくとすぐに軽く汗を流し、ベッドへと倒れ込む。あの凄惨な場所の後片付けをしている二人には申し訳ないと思うが、手伝いに行くなんて事は……ちょっと難しそうだ。

 体に力が全く入らない。魔力を消費しすぎた。

 いつもは少しずつでも回復していくのに、今日はひどい。時間と共にどんどん辛くなっていく気がする……。

 気が抜けてしまったせいか?

 さっきは自分でどうにか歩く事が出来たのに、今は指一本動かすのも億劫だ。自分の命が尽きていくかのように細くなっていく魔力に、心細くなり自らを抱える。


 ぼんやりと天井を眺めながら、先ほどの戦闘へ思いを馳せる。……あの状況では仕方なかった。ああするしか他なかった……。

 そんな事は誰だってわかっているが、それでもこの胸のつかえは消失してくれない。異生を倒した時には感じた事のない後味の悪さが、私の心を覆っている。

 直接手を下したわけではない私でさえこんな気持ちになるのだ。レイスは、大丈夫だろうか?

 冷たそうに見えて本当はあいつ優しいから、少し心配だ。


 戦う事を仕事にした以上、この程度の事で心が折れていてはいけないと言う事はわかってる。もっと沈着に事実だけを受け入れていくべきだと言う事もわかっている。

 それでも……それでも私は死を悼み、命を奪った事に悔いてもいいのではないかと思っている。

 ただの自己憐憫なのかも知れないが、今だけ……今だけは起こってしまった事を嘆いても、かまわないだろう?

 そして次からはこうはならないよう、学ぶのだ。

 命を絶つ事に躊躇いを覚える為ではない。命を絶たなければならない状況にならないようにする為に、私は今日あった事を深く後悔するのだ。

 判断を鈍らせる事があってはならないが、別の道を導き出すことが出来るようになりたい……。

 私は目を瞑ると、目尻からほろりと涙が零れた。だが、それを拭う事も出来ないまま、眠りへと誘われて行く。浅いまどろみの中、ノックの音が聞こえたような気がした――。


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