#05
目的の場所に付いた私達は、そのあまりの光景に絶句する。林の中、円形の広場になっているような所にその問題の墓地はあった。だがその場所は、異常な魔力に満ちている。
「……ロリア様、自身に結界を……」
「……いや、待て。様子を見よう」
レイスがいつもの余裕さを捨て、若干焦り気味に私を地面に降ろすと、後ろ手に隠す。
目の前に十ほどある墓石があるが、それは全て倒されている。
元々そんなに丁寧に管理はされていなかったようで、墓石自体もただの大きな石と言ったものが多いが、それでもそこは明らかに荒らされた痕がある。
供え物などあるわけでもないが、付近は巨大な重い何かで踏み荒らされた様に乱雑としていて、とても死者が健やかに眠る事など出来る状態ではないだろう。
そしてその暴れただろう中心にこちらに背を向けて何者かが座り込んでいる。
「……何者だ?」
周りに警戒しながら、その相手へと意識を集中し誰何する。
私の声が聞こえたのか、そいつはゆっくりと立ち上がると振り返った。
「ヘドベルトが雇ったと言う、ハンターですか……?」
二十台前半、至って普通の青年に見える男が生気のない声で返事するのを受けて、私はすぐに自分とレイスに結界を張る。
こいつは同業者だ。しかも、絶対に良くないタイプの……。
私が感じた事をレイスもすぐに感じ取ったのか、レイスの魔力がいつでも発動できる状態に練り上がって行くのを肌で感じる。
「……素晴らしい魔力量ですね。お二人とも過剰適合者ですか? ……氷と……なんでしょう? 変わって」
男が話し終わる前に、レイスが氷の粒を飛ばした。
「レイス!」
いきなり攻撃したレイスに驚いて名前を呼んだが、すでにレイスは男へ向かって駆け、応戦している。
なんだってんだ! レイスのやつ急に切れて!
最初から全開なのか、私の遮断結界をびりびりとレイスの魔力が刺激する。仕方なく、かけてあった遮断結界をゼロまで落とした。
「……おや、触れてはいけませんでしたか?」
レイスと応戦しながらも聞こえてくる相手の声に舌打ちする。やばい、確実に相手はかなりの度量だ。
レイスを受けて平然としてられるなんて……今まで出会った事がない。
「貴様っ! 何者だ!」
レイスが叫ぶ。自分の手足の様に氷の刃を飛ばしながら打撃を繰り返すが、その全てをことごとく避けられている様だ。氷の刃は相手に届く事無く消滅していく。
男は過剰適合者ではない。氷のレイスを炎で翻弄しているが、風も扱えるようだ。
そして実力が読めない。人間だと言うのに魔力量がどうにも多すぎる気がする。どうするべきか、二人を見つめていると、レイスが急に後方へ飛んだ。
私のすぐ目の前まで下がったレイスの、私を守るように差し出した手が微かに震えているのを見て不快感が背中を駆け上がった。
「……何を言われた」
「なんでもありません。少し、様子を見るべきかと」
何かを言われ下がったはずだが、私には聞こえなかった。震える手を誤魔化すかの様にレイスは拳を作った。ここまでレイスを動揺させるとは、一体何を囁いたのか……。
男を睨み付ける。
「ちょっと、レイスー! あんた早すぎよっ! 少しは考えなさいよ~」
その緊張感の中、場違いな声が響き、後ろからリンダとリートが遅れて到着した。
正面中央に昂然と立つ男に、私を守るかのように対峙するレイス。その異様な光景に二人の緊張が一気に膨れ上がる。
多少場数を踏んだリンダはすぐに攻撃態勢となれるよう神経を研ぎ澄まし魔力を練る。その動きを感じて、私はレイスと同じようにリンダの遮断結界をゼロまで落とした。
一方リートはこの雰囲気に呑まれたのか、一言も発する事無くその場に縫い付けられてしまったかの様に固まった。
「……これは、これは。珍しい。過剰適合者の集まりですね、ティバーですか?」
「違う!」
抜け出した協会の名を言われ咄嗟に否定するが、男は首を傾げた。
「そうですか? それでも、私の討伐が目的ならば同じ事でしょう?」
「…………」
「ですが、出来ますか? 私の討伐。見れば相手となりうるのは氷ぐらいで、後は無残なもの。一人不可解とは言え、今まで数多くの者達を返り討ちにして来た私には……分不相応ですね」
「レイス待て!」
男の侮る口調に、すぐ前で氷の刃が作り出される気配を感じて叫ぶ。
案の定また飛びかかろうとしていたレイスを止め、その前に出る。嫌そうにレイスが私の手を掴んだが、それを振り払い男を正面から見た。
顔立ちを見れば優男と言えるような風貌をしている。だがその皮膚は病的に青く、表情は乏しく感情が見えない。
頬はコケ、隈が出来ているが、その上の黒い瞳だけがギラギラと浮き上がり……まるで魔石の様に怪しい輝きを放っている。
人間性を感じさせない男だ。だが、もちろん異生とも違う。
「……話せるか?」
緊張に飲み込まれないよう深く息を吐きながら男に問いかけると、意外とあっさり頷いた。
「いいですよ? 昔話でもしましょうか?」
拍子抜けするほど好意的な態度に、それでも気を抜かないように無言で頷くと男はヘドベルドの事を語り出した。
◆ ◆ ◆
「ここに埋葬されているのは少女ばかり十人ほどです。ヘドベルトに見初められ奉公に出た幼い少女ばかり……変死して、隠されるかの様にこんな所に閉じ込められたのです」
レイスにサッと視線を流すと、同じようにレイスも視線を私に投げ頷いた。全てを信じるわけではないが、とりあえずいきなり襲い掛かってきたりはしないようだ。
リンダとリートの緊張も少し解けたのか、横に並びに来た。
そんな私達を確認して、男は無残に倒れている一つの墓石をそっと撫でた。その視線に人間らしい感情が若干見える。嫌な想像力が働く。
「……その少女達の中に縁の者が?」
「妹です」
間髪を入れず答える男からつい視線をそらす。関係があるのだろうと分かっていたが、実際に聞くと心が揺れる。
妹が変死し、隠されるかの様にこんな奥へ寂しく埋葬されているのだ。無念に違いない。
「ですが、ここへ来ても妹を発見する事は出来ませんでした。どの少女も、顔がなかったからです。私は、ヘドベルト本人から話を聞きましたが……顔も埋葬したと言い張るのです」
だがここに少女達の顔はないのだろう。荒らされた墓石の下は、一度掘り返された後がある。
「お前が掘り返したのか」
「妹を、連れて帰りたかった」
そう言いながら力なく首を振る男が、不憫に思えてくる。なんと話を続ければいいのか思案していると、レイスが違う事を聞いた。
「あなたはハンターですか?」
「いえ、違います。元はリサーチャーです」
リサーチャーと言う言葉が耳に入り込んだ瞬間、体中が熱くなった。血管が燃えたかのように熱を持ち、体中総毛立ち、意識しない不快感が駆け巡る。横を見るとレイスも同じような不快感に顔をひそめていた。
リサーチャーとは、魔法研究者の事を指す。
色々な事を学び世界の理を理解し、魔法の効能を調べ、進歩を促し、日々研究するエリートの事だ。
その職業を名乗る事が出来る人物は基本、ティバーに所属している。つまり、私達を研究していた協会の人間と元は同じ、と言う事だ。
それならば私達をすぐに過剰適合者と見破ったのも納得できる。リサーチャーになる為に一番必要な素質は、魔力の感知能力が優れていることだからだ。
「……やはりティバーですか?」
私達の悪感情を感じ取ったのかそう聞いてきた……が、嫌悪感を受けてティバーと思うとは、こいつも結構あくどい事をして来た証拠か……。
「……今は違う」
「おや、珍しいですね? その若さでドロップアウトとは……しかもそのような能力でよく協会が手放したものです」
「…………」
手放した、か……。やはり私達は珍しいのだな。
「私はティバーに所属していましたので、妹が奉公に出たのを知りませんでした。妹が死んだと父から訃報を受け、その時初めて知りました。そしてヘドベルトが魔石に妄執していると言う事もその時に……。ヘドベルトを見てすぐに魔力を狂わされている事がわかりましたので、魔石を回収したのですが、ヘドベルトの歪みはもう直らない所まで進んでしまっていたようです」
再びザワッと全身鳥肌が立ち、私はレイスの後ろへ隠される。急激に気温が下がったかのように空気が張り詰めていく。
「……魔石は回収したのか」
「もちろん回収しましたよ? 魔法に携わるものとして当然の事です」
「……その魔石は、どうした」
ざわり、ざわりと身の毛がよだち、ジリジリと緊張感が増す。
そう感じているのは私だけではなかったようで、私を隠すように伸ばされたレイスの手に力が入る。
リンダがレイスと交代するかのように私を守り、レイスが一歩前に出る。そしてリートはそのまま私の隣で緊張している。
「……ヘドベルトは、ひどい男ですよ? 年上の妻に婿養子と言う事で良いように扱われ、どうなるか分かっていて魔石を妻へ与えたのです。そして狂った妻を上手く殺害し、妻の遺品だからと言いくるめて継父にも魔石を所持させた」
じわり、じわりとこちらに進んでくる男から視線をそらさないように、私達も同じだけずりずりと後退する。
「そのまま魔石を処分すればよかったものの……二人分の狂った魔力を吸い込んだ魔石はそれはもう美しかったのでしょう。抗えない誘惑にあっという間に陥落し、自分も魔石を所持する事となった」
そう言って、男は胸元からネックレスを取り出した。
首に掛かっているそれの先端に、暗闇の中でも分かるほどの輝きを従わせた宝石がぶら下がっている。
パッと見は細かな細工を施した素晴らしい緑青色の宝石が付いたネックレスとしか見えないが、その歪んだ魔力は隠す事無く存在を主張していた。
「そして、本人も狂い……少女を求めるようになったのですよ。年上の妻にコケ下ろされて来た衝動か、自分の言う通りになる年端も行かぬ少女に癒しをね」
「……目的は復讐か? それならばその魔石は必要ないはず。法に則りヘドベルドを裁け。早く魔石を浄化するんだ」
「ふふふ、見てください。美しいでしょう?」
男は私の言葉を無視すると、そう言ってネックレスの青緑色の球体の宝石に愛おしそうに口付ける。
真っ青な顔をし、ギラギラと目だけが浮き出たような男が心底嬉しそうに魔石に頬ずりするその異様の光景に、今まで感じた事のない嫌悪感が湧き上がる。
「自身を守れ、魔石!」
そして気がついたら男の持っている魔石に結界を発動していた。
自己を守る為の結界だが攻撃性を持たせている為、触れる他者を弾かせる事が出来る。その結果、魔石に頬ずりしていた男は顔を弾かれ、魔石を落とした。
「貴様っ!」
軽く火傷したような痕を押さえ、ぎらついた目で憎悪をぶつけられるが、私はそれに負けないほど強い瞳で相手を睨み付ける。
「うるさい! 黙れ! 不愉快だ!」
私が叫ぶと同時にレイスが飛び出した。冷静さを欠いた男はレイスに押され気味だ。
リンダは少しだけ前に出ると、レイスの後方から邪魔にならないようにタイミングを見計らいながら雷を落とし上手く支援している。
「リート!」
隣でまた固まっていたリートに叫びかけると、ビクリと肩が震え呪縛が解けたように呆けた顔で私を見る。
「私にお前の実力を見せてみろ。私の武器となりたいと言ったのは伊達か?」
両頬を挟み、目をしっかり見て発破をかけてやると、見る見る内にその瞳に生気が灯る。
青ざめていた顔に色が戻り、短い紅い髪が逆立つばかりの熱気を帯び始める。
「見てて下さい! ロリア様!」
湯気を立てながら、応戦する二人の元へ駆け寄るリートを眺めながら……若干不安に思ったが、まぁ大丈夫だろう。
レイスと戦っている状況を見る限りじゃ、元リサーチャーの男は先ほどとは別人の様にキレがない。
最初に接触した時はレイスの氷の粒が男に届く事はなかったが、今は十分男の体に傷を作っている。
レイスの繰り出す打撃も先が見えているかのように避けられていたが、今は決定打とはならないものの、しっかりと影響を与えている。
リンダの雷ともいい連携だ。レイスが攻撃を繰り出し、唯一避けられる逃げ道を作り出す。そしてその方へ回避するとリンダの雷が落ちる。その逆もしかり。
……と言うかなんであいつらあんなに息が合うんだ?
いつも日常では相容れない態度でいるくせに、実践では息ピッタリって……二人の戦闘能力の高さにはさすがに恐れ入る。
リートが加わるとまた攻撃のパターンが変った。リートの熱と言う能力はこれまた変っている。
火・炎と言ったものともまた全然違うようで、熱さを感じてもそこに火が出ているわけではない。
今の所、物体の熱を上げる事と衝撃波の様な温風を出す以外開発してないようだが、それでも十分脅威となりえる。
実際、元リサーチャーの男の血液温度を上昇させようとしているようだ。
……それは恐ろしいな。だがそれなら前線に出させる必要もなかったかも知れない。
そもそも体術だってまだまだだし、後方から支援させるべきだった。敵の内面に作用する能力ならば、レイスと呼吸が合わなくても邪魔をする事もなかっただろうに……。
ちょろちょろとしてレイスに蹴飛ばされたリートを見て心の中で謝る。お前に前線は早かったな、スマン。
そろそろ終了が見えてきて、私は三人から目を離すと男が落としたネックレスを探す。男の実力が格段に下がった理由はわかっている。きっと魔石のせいだ。
二人を死に追いやり、一人の人格を完全に壊すほどの歪んだ魔力を秘めた魔石だ。いくら元リサーチャーだからと言ってその魔力の強さに抗えず……影響を及ぼし始めていたのだろう。
だが、手放した瞬間に落ちた魔力量やレイスに押されている姿を見るに、まだ大して影響は与えてなかったようだ。
手放して時間が経っているのにも関わらず、戻らないヘドベルドとは違って……。
私は周辺を見渡す。
確かこの辺で落としたと思うが……あった。
男と距離が離れた段階で結界を終わらせたが、まだぼんやりと作用していて私でも触ることが出来ない。このタイプの結界は、解消しても効果が残ってしまうのが難点だ。
私が倒れたとしてもしばらくはその威力を残して置けるので、状況によっては利点とも言えるが。今は消えてくれないと持つ事が出来ない。
だが、正直このまま私は持ってもいいのだろうか?
元リサーチャーにも影響を及ぼすほどの歪んだ魔力を宿しているのだ。私にも作用しないとは言いかねない……。
ぼんやりと私の魔力を纏う魔石を見て思案する。そのまま見つめていると、私の魔力の残骸が消えた。
考えていても仕方がない。どっちにしろこのままここに置いておく事は出来ないのだから、だったら私が持っておくべきだ。
そう思い直し落ちているネックレスに手を伸ばそうとした瞬間、レイスが激しく私の名を呼んだ。
「え?」
驚いて振り返ると目の前に三人と戦っていたはずの男がいて、拳が突き出される。咄嗟に受け流して攻撃へ変換する。
正面から拳をお見舞いして、後方へよろめいた男に間髪入れず蹴りを打ち込むと男は膝をつく。異生とは違って人間相手なら私の打撃も効くから、元研究者の男にこの私が負ける訳がない。
「ロリア様、申し訳ございません。終わったかと気を許しました」
一瞬で男を飛び越え私の前に現れたレイスに無言で頷く。だがその瞬間、私はとんでもないミスをした事に気付いた。
「ロ、ロリア様~」
リートが情けない声で慌ててこちらへ駆け寄ろうとしているのが見えて、手でその場に留まるよう合図する。
「ロリア!?」
リートの隣にいたリンダが不審な声をあげたが、今は説明している暇はない。
膝をついていた男がゆっくりと立ち上がる。そしてその手にはネックレスが握られていた。
「ふふふふふふふふ、わたしのま、せき……うつくしい、うつくしいわたしのままままままま……」
男は呂律の回らない口で言葉を零すと、恍惚とした顔で魔石に頬ずりする。その光景に吐き気が込み上げる。今までで感じた事のない気持ち悪さが体中を駆け巡る。
「レイス!!」
私が叫ぶよりも先にレイスが動いていたが……間に合わなかった。
「馬鹿が……」
レイスのつぶやく声が聞こえて、私もきつく唇を噛み締めた。
「ふははははははははははは」
大音響で男は笑うと両手を広げて天を仰ぎ見る。
「これで、これでこれでこれでこれでひとつだ」
天へ広げていた両手を男はそっと自分の胸元に当てると、そのまま両膝をついてうずくまった。
「ロリア様、逃げてください」
「馬鹿を言うな」
私の所まで戻ってきたレイスが逃走を指示するが、即答で否定する。
「……冗談ではありません。今回は、良くないです」
「……だろうな」
メキメキっと耳障りな音を立てながらおかしな姿に変形していく男を傍観しながら、自分の浅はかさに歯軋りする。
あの時、少しでも躊躇していなかったらこんな結末にはならなかったかも知れない……。
「ロリア様が気に病むことではありません。魔石を飲み込むなどと言う愚行を犯したあの男が馬鹿なのです」
私の方を見て珍しく慰めるような事を言うレイスに笑って見せたが……自虐的なものにしかならなかったかも知れない。
眉をぎゅっとひそめたレイスの顔を見て、そう思った。
「ロロロロロリア様~」
確実に冷静さをかなぐり捨てたリートが駆け寄ってくると、私の手に縋りつく。
「ねぇ、ねぇねぇねぇ! あれって……どう見ても異生……よね?」
真っ青な顔したリンダが確認してきたが……答えられなかった。見た目は確かに異生だ。だが、あいつはさっきまで会話をしていた人間だ。人間だったはずだ。
「正確には異生とは違うと思います。元は人間なのですから。ですが異生の核の魔石を飲み込んだが為に同じような形になってしまったのでしょう」
レイスは私からリートを引き剥がすと、冷静に分析した回答をする。
「……そうだな、そうとしか考えられないな」
「……本当に……魔石を取り込むなんて事を考える馬鹿な人間がいるとは……」
……レイス?
氷のような、冷たくて感情をまるで感じさせない無表情でレイスがそんな事を言うのを見て、自分の背中がなぜかざわりと震えた。
「レイス?」
呼びかけると、レイスは私の方を見て笑った。その顔が、なんだか涙が出そうになるほど悲しい顔で……不安が押し寄せて来る。
なんで、そんな顔をする?
「ねぇ! 完成しちゃったんじゃない!?」
リンダの焦った声が聞こえて私達は視線を男に戻す。
そこには、とても人間とは思えない姿形をした生き物が立っていた――。




