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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第1章 氷の貴公子
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#04

 本当にぐっすりと眠れるわけではないが、意識を遮断して浅い眠りにつくと精神的苦痛が楽になる。起きている状態で感知結界を施行すると感度が良すぎて、全ての内容が頭に入ってきてしまう。

 必要でない情報まで感知してしまう為、頭の情報処理が間に合わない時もある。

 だが、浅い眠りの中にいると膜が張られたように少し離れた状態で感じることが出来るのだ。

 すぐ目の前で起こった事を見ている感覚にはならず、遠くで起きている事をなんとなく眺めているような状態になる。その為自分が求めている情報かそうでないかの判断が付きやすい。

 余程切羽詰った状況での使用でなければ、感知結界を扱う際は眠る事にしている。それでも異常が起きればすぐにわかるから、人の意識と言うのは不思議なものだ。


 いや、私の結界が変わっているからかも知れない。


 過剰適合者が生まれる事は稀だ。絶対的に数が少ない。そして、その過剰適合の対象魔法が重複する事は絶対にない。

 いや、もしかしたらありえるのかも知れないが、前例はなかった。

 過剰適合者を集めた特別な協会ティバー・リニアオン、通称ティバーに在籍していた時も自分と同じ能力の過剰適合者はいなかった。

 もちろんレイスの氷の過剰適合者もレイスしかいず、その他の過剰適合者もティバーの歴史の中でも同じ時代に同じ場所で存在したという記述はなかった。

 死後同じ能力の過剰適合者が産まれたりする事はあったようだが、それでも個人差があったりするようで、結局自分の能力は本人しか分からない。


 その能力に対して唯一の人間。その為協会では大事にされるものの、研究対象としては余念がなかった。特に変わった能力の場合、異生討伐隊に任命されることはなく、ひたすらデータ集めが多い。

 私の結界と言う能力も前例がなかったようで、かなり大事にされてきた。優遇もされて来た。だが私はデータ集めだけではなく、実践でどのように作用するかと言う研究も平行されていた為、異生討伐隊にも参加する事が多かった。


 ……だが、ある討伐の際、私達のチームは潰滅した。

 攻撃担当は全てを消失。後方担当、つまり私のようなサポートタイプの者達は私を含め二名生存しただけだった。

 十四名いた討伐隊の生存者が二名。大敗だった。私達にしてみては今まで類を見ない程の失態だった。 


 フリーのハンターの協会、ノルマル・リニアオン。通称ノルンに所属しているハンターならばありえる事かも知れない。ノルン所属ハンターは個人の能力の良し悪しに差があり、せっかく資格をとってもあっけなく死んでしまう者が多いからだ。

 だが、私達が所属していたティバーは特別だ。選び抜かれたハンター達でしか入ることの出来きない協会だ。

 ノルンは試験さえパスすればすぐにでも資格証を発行してくれるが、ティバーはそうはいかない。入る為の条件が厳しいのだ。

 過剰適合者だけは全てパスで入会できるが、普通のハンターの場合ノルンでの実績がものを言う。

 ノルンで成功を収めた者だけがティバーへと進む権利を得るのだ。つまり、ハンターとしてのエリートでないと入ることの出来ない特別な協会、それがティバー。

 そんなハンター達と過剰適合者だけで編成された討伐隊が潰滅したのだ。


 ……こんな風に偉そうに話しているが、当時の事はほとんど覚えてない。

 後方支援として任務に参加してはいたが、早い段階で私は意識を失い、気がついた時には周りに誰もいなかった。

 もう一人いた生き残りは……精神に異常を来たし、治療中自害した。

 つまり、本当の所での生存者は私のみ。それなのに私は相手の事さえまるで覚えていない。


 ティバーは私の監視を強め、私は討伐隊に任命される事はなくなった。

 毎日監視員が付、データを集める。そんな毎日に爆発しそうになった時レイスが連れ出してくれたのだ。

 普通ならば追っ手が放たれ捕獲されるはずが、私達は名の知れたハンターとして活動できている。

 私には何も話してくれないが……たぶん、レイスがティバーと何かしらの契約を交わしているのだと思う。

 どんな交渉を試みたのか全くわからないが、きっとそのおかげで私達は自由を手に入れる事が出来ているのだ。

 どうしてレイスがそこまでして私を助けてくれたのかわからない。でも、私はレイスに感謝しても仕切れない程の借りがあるんだ。



 ◆ ◆ ◆



「……来た」


 緩い意識の中にいた私は、自分の結界に何かが触れたのを感知し、意識を浮上させる。


「……異生ですか?」


 私が寝ているすぐ隣に座っていたレイスは私を起き上がらせながら聞いてくる。


「いや……、対象がはっきりとはわからなかったが、異生ではなかったと思う。墓地に出没した。急に感知できたから……転移してきたのだと思う」


 少し靄がかかったような頭を振っていると、心配そうな、でも賑やかな第三者達の声が飛び込んできた。


「ロリア様! 休んでいて下さい。俺がそんなヤツやっつけて来ますから!」

「ロリア、大丈夫? 私の雷で一コロにしてやるからね!」


 …………なぜここにいる?

 急激に頭が醒めた。そのままレイスを睨み付けると目をそらされた。


「いえ、本当はリンダだけ呼び寄せたのですが、一緒にいたせいでリートまでついて来てしまいました。リートにはまだ早いと思ったのですが、まぁ、仕方ないですね。実践に勝るものはありませんし」


 もっともな事を言っているが、随分と悪い顔になっている。

 顔を背けてはいるがバレバレだ、なんだその顔は。

 あわよくばリートのプライドをへし折ってやろう、なんて思ってないよな?


「だって! ロリア様俺との契約考えてくれるって言ってるくせに、全然契約してくれないじゃないか! それに最近は雑用ばかり! だから、ここは一つ実践で俺頑張るから! だからロリア様~いいだろぉ?」


 少女の様な容姿で大きな目をキラッキラさせて両手を顔の前で合わせ、真摯な態度で頼まれて……声が詰まる。

 リートのそのおねだり攻撃ははっきり言って心臓に悪い。しかも寝起きとなってはなおさらだ。

 可愛いじゃないか。


「ロリア様ありがとう! 俺頑張る!」


 威力絶大なおねだりに辟易して曖昧にうなずいてやると、ぱぁーっと花開くように笑顔になり抱きついてきた。

 その瞬間、目にも留まらぬ速さで冷気駄々漏れのレイスに引っぺがされる。そしてそのまま放り投げられて尻餅をついて、ギャーギャーと文句を言っているリートを見て、頭が痛くなってきた。

 絶対に揉めそうだ……。


「そんなことより、ロリア大丈夫? 行けるのかしら?」


 一応女性らしい心遣いで心配してくるリンダに頷くと、ベットから起き上がる。


「墓地にいる、行くぞ」


 私は音頭を取ると部屋を飛び出し墓地へと走り出した。



 ◆ ◆ ◆



 晩餐後、夕日を浴びて優しく輝いていた気配は跡形もなく、深夜の墓地は静まり返っていた。

 当然訪れる人もいない。

 窓から見た墓地は緑の中とても綺麗で……死者への労りが感じられたが、今この場ではとてもそんな気持ちを感じる事は出来ない。

 ……正直に言ってしまえば、夜の墓地は不気味だ。いや、何を言う。私は人とは違う異生と言う化け物を退治する役目にあるプロだ。そんな人間が暗闇を恐れるなどあるわけが……。


「きゃぁ!」


 木々の陰からガサッと言う音が響き、私は隣にいたレイスにしがみつく。


「ロリア様、風ですよ」


 しがみつく私の背中をゆっくりさすりながらレイスに言われ、激しく波打つ心臓を落ち着かせる為、深呼吸した。

 その間もレイスが背中をさすってくれる。


「ロリア様、怖いんですか~」


 リートにいつものように一本螺子が飛んだような阿呆な顔でほわーんと言われて舌打ちする。


「うるさい、黙れ」

「そうなのよー、実はロリアったら暗闇だめなの! それに異生と戦ってるくせにお化け

もダメなのよ~。可愛いでしょ~」


 ホホホホと高らかに上から見下すようにリンダに笑われ歯軋りする。なんだその乳邪魔だ。


「うるさい、黙れ」

「よろしいではないですか。いつも不遜で口が悪く、とても女性とは思えない性格のロリア様にこんな可愛らしい弱点があるとは微笑ましくて」


 馬鹿にしたような満面の笑みで、聞けば結構酷い事をレイスに言われ、私はしがみついていたその手を振りほどく。


「うるさい黙れ! バカ言うな! 暗闇が怖いなどあるわけないだろう。それよりこっちだ、急ぐぞ!」


 私は恐怖心を自分の中から投げ飛ばし、笑っていた膝に蹴りを入れ目的の墓まで走り出した。

 ハンターの訓練で、夜目が効く。レイスもリンダも問題ないだろう。リートは心配だが、思っていた以上に道が綺麗なので転ぶ事はないだろう。


「ロリア様待って下さーい」後方で焦るリートの声と。

「一人で行ったらお化け出るわよ~」笑っているリンダの声と。

「走ると転びますよ」まだ馬鹿にしているレイスの声が聞こえたが、私は無我夢中で墓地を抜けた。


 ……墓地を抜けた?

 立ち止まり後方を振り返ると、整理された墓地が広がっていてその先に滞在していた屋敷がぼんやりと明かりを燈している。

 そしてギャイギャイ騒ぎながら三人が走ってくるのが見えた。

 不審者がいると感知できた墓は前方だ。前方に墓地はなさそうに見える。と言うか林しか見えない。


 どう言う事だ? この先にまだ墓があるのか?

 ヘドベルトは何を隠している?


 そもそも墓を荒らされると言っていたが、そう言えば後方の墓地は綺麗なものだった。誰かが荒らした痕跡など見当たらなかった。

 夕方二階の部屋から墓地全体を見晴らした時も気付かなかったな。どう言う事だ?


「ロリア様速いです~」


 リートが息をあげながら言うのを嘲笑しながら一瞥する。


「この程度で速いなんて言うなど鍛練が足りないぞ?」


 嫌味っぽく言ってやると、リートの顔がサッと朱に染まる。私をからかった報いだ。


「ほ、本っ当、あんたは、いつも思うけど、そんななりして、どうしてそんなに、規格外なのよっ!」

「ふふん」


 リート以上にひーひー言っているリンダは、両膝に手を付いて肩で息をしている。

 そんなリンダを、余裕そうに腕を組んで――乳は邪魔にならないがな、くそう――上から見下ろして笑ってやると、悔しそうに目をそらされた。


「……どうされました?」


 まったく息も乱さず、涼しい顔で聞いてくるレイスには……脛を蹴っ飛ばしといた。


「っ。……ロリア様……私には敵わないからと言って暴力に訴えるのはよくない、といつも」

「あ、すまん。無意識だ」


 レイスが言い切る前にまた顔面を殴ってた。

 恨みがましく鼻を押さえ私を見てくるレイスを無視して、前方を見る。行方を憚るかのように背の高い木々が立ち並び、先が見えない。

 墓地の不気味さなど可愛らしく思えるほどその暗闇はおどろおどろしい。

 ……え、この先へ進むのか?

 さっきまでの痩せ我慢など意味を成さないほど、その先はとても立ち入ってはいけないような空間に見えた……。


「……レイス、行って見て来い」

「……ロリア様……この先ですか? 怖いからってそんな態度はいけませんよ?」


 私が返事するよりも早く、レイスは私の膝裏に手を差し込むと抱っこした。


「レイス! やめろっ! あほ! バカ!」


 お姫様抱っこから抜け出そうとバタつくが、私を抱きしめるレイスの腕はまったくぶれることがない。

 いつもみたいに顔面を殴ろうと拳を作る前に急にレイスが走り出し、不安定になりつい首にしがみつく。


「飛ばしますよ。しっかり掴まってて下さい」


 私よりずっと素早く走っているくせに、重心は全くぶれる事無く言葉にもなんの影響を及ぼさないその身体能力に嫉妬を覚える。


「しゃべると舌を噛みますよ」


 何も言わずにいる私にワザとそんな事を言うレイスが憎たらしくて……抱きついていた首に爪を立てておいた。

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